二十一
私は目を覚ましても、覚さなくても、予定通り治験施設へ移送される予定だったが、運良く目覚めた。
そして、来訪した女医や薬師は私を診察して、これは典型的な石化病ではないし、落眠石化病にしては少々おかしく、報告資料と違うと指摘された。
今日は主治医やロカも来ていて、あれこれ会話が飛び交う。
それを聞きながら、私はどうやら「若いのに致死率が低い老年性の石化病」かつ「落眠石化病に類似した症状の謎の病気」だと理解した。
あくまで現時点での推測だけど。
主治医とロカは、これまでの石化病の兆候と変化していると、それぞれ記録を見せて話は白熱している。
私の問診は続き、まるで小説内で簡裁官に尋問される者みたいになり、女医が「それは、海のホウヤクでは?」と告げた。
宝の薬と書いて宝薬。
龍神王様が与える、どんな病も治すという奇跡の薬。
彼女はその宝薬について祖父に聞いたことがあり、関連文学も知っていて、私の話と似ているという。
祖父に聞いた宝薬話でも患者も石化病だった。
国をあげて宝薬を運んだ海蛇や、宝薬を探そうとした結果、天候が荒れ続けるようになり、神職達が口を揃えて「龍神王様に怒っていると夢で告げられた」と進言したので調査は断念。
担当役人が呼ばれて、話を整理したり、考察をするということで移送は中止。
おまけに大雪が降りだして風も強く、危ないので、そういう意味でも出発は延期。
そんな大雪と猛風の中、何人かの見送り客が来てくれた。
副隊長家族とミズキ、レイスの両親二人に、兄の友人イオリと彼の両親だ。
会いたかったレイスがいないなんて、とても悲しい。
兄は特別に休みを取ったけど、今日は平日だから彼は学校。それなのになぜか兄の友人イオリはいる……。
隣の部屋との間にある襖を取っ払って広くした居間に集まり、父が私の出発は今日ではなくなり、雪の様子で決まるという事をお客様達に伝えた。
赤鹿を連れてきてくれた副隊長は、あまりにも天候が悪化したので出勤すると去り、父はレイスの父と話があると書斎へ。
母達も母親同士で話があり、兄は子守りを任されて、イオリと共に自室へ。
残りはミズキと副隊長の妻ウィオラで、私に三味線を教えてくれるという。
ウィオラは弟子のミズキが私にお世話になっているので、挨拶をしたかったそうだ。
彼女は三男をレイスの母親に任せて、私に三味線を教えるという建前を使って、こうしてミズキと三人になったと告げた。
私は今日、副隊長の姿を見た瞬間からソワソワしていた。
彼はやはり夢の中で見た青年に似ていたので、絶対にあの青年は彼やレイスのご先祖様。
私のご先祖様は彼との恋が実らなかったので、来世で縁結びしたいと願った。
自分の願望が見せた夢だろうけど、片想いから文通に進化出来るなんて浪漫があって素敵。
母には恥ずかしくて言えないが、ミズキになら話せるというか話したい。
ウィオラがいるからどうしようと悩んだけど、夫のご先祖様のことを知っているかもしれないし、彼女とは今日しか会わなそうだから話すことにした。
照れる内容なので、つっかえながらだけど、夢の話と考察を披露したら、ウィオラがみるみる困り笑いになった。
「……あの。すみません……。病弱どころか先が短いのに、甥っ子さんに対してこのように……。でもあの、御申込されたので、文通くらいしたいです……」
最初に縁を切るのが優しさだと思うけど、母やミズキは違うと言ってくれて、あんな夢まで見たので、私はこのように踏み出すつもりである。
やはり死病だったらガッカリさせるのでまだ秘密だけど、死病ではない可能性も出てきたのでなおさら。
「こちらこそすみません。知り合いの昔話と似ていたので、戸惑って妙な態度をとってしまいました。文通や交際のことは本人達の望むままでと思っています」
御申込することは自由で選ぶのは相手。もちろん、逆もそうです。
ウィオラはそれだけ告げると、三味線のお稽古を開始しますと話題を強制終了。
しばらくすると、ウィオラはこういう話を始めた。
レイスと出会ったのは、自分が彼の叔父とお見合いした時。
彼は自分を介して楽器に興味を抱き、琴に夢中になった。
しかし、父親も叔父も剣術を好んでいてずっと道場に通っており、叔父は地元だと有名人。
顔が似ているのもあり、レイスはなぜ弱いといじめられ、特技の琴を披露すれば男のくせに、なよなよしていると笑われた。
なので、彼は好きだった琴を捨ててしまった。
「簡単に手放してしまうくらいの気持ちしか無いのなら、いずれ手放していただろうと傍観してしまいました」
けれども、それは間違いだった。
彼はとても音楽に惹かれて、楽しんでいた。
しかしそこを強く否定されて、腐され、心に虚無が生まれた結果、レイスは卿家男児としては徐々に道を踏み外していった。
下街幼馴染達とつるむのは良いが、一緒になって飲酒、賭博、少々非常識な遊びの数々。それで、お説教してもまるで反省無し。
「ようやくご両親が気がつきまして私に相談しました。私もそれで反省です。振り返れば時折、私に背中を押して欲しそうでしたのに……」
後悔しても過去は変えることが出来ない。
それで彼女は甥に、再度琴を始めなさいと強めにすすめた。
彼は再度手に入れた琴という世界で気の合う友人を手に入れて、入り浸っていた下街幼馴染達とはやや疎遠に。
下街幼馴染達は悪友だった訳ではないが、無意識だろうけど、異なる価値観で育った彼らに無理矢理溶け込もうとしていたのだろう。
前も楽しそうだったけど、今はより楽しそう。
背伸びも、虚勢も、無理もせず、自分らしく幼馴染達と付き合うようになるだろうから、甥と幼馴染達はきっとこれまでよりも深い仲になる。
「お兄さんにもお伝えしましたが、甥の素行不良を直してくださり、新しい人付き合いを与えて下さり、ありがとうございます」
私と兄は関係ないと言おうとしたら、大事な友人の妹に文通御申込するのに、こういう素行不良は良くないと、彼はこれまでのあれこれを反省して、卿家男児として恥ずかしくないように励むと宣言したそうだ。
「不思議ですね。アズサさんはたまたま私の甥と出会って、文を何通か交わしただけですのに、彼をうんと大きく変えたのですよ」
もう一度ありがとうございますと笑いかけられて、私こそと返した。
自分はこれまで誰かの役に立ったことがなかったので、そんな風に言われて嬉しい。
それも、気になる男性のことだからなおさら。そう口にしたらミズキに怒られた。
「ちょっと、アズサさん。君はまたそのように。私の役に立っていることをお忘れですか?」
ペシっと頬を扇子で叩かれて、頬をむにっとつままれたので、忘れていませんと返事をしたけど、ほっぺを引っ張られているから変な声しか出ず。
「不良甥でしたが、大反省して変わろうとしています。夢は願望と申しまして、アズサさんは甥と縁があると嬉しいようです。甥と少し会って、お話ししてくださいますか?」
「レイスさんが不良だなんて想像出来ません。ミズキさんはご存知ですか?」
「ええ」
軽く教えられて、母から聞いた父の若い頃みたいだったので「どこの家でも跡取りは重圧に負けて、常識の範囲内でグレるのかな」と、笑ってしまった。
「そのように笑えて嫌悪がないなら、彼と会う問題はなさそうですね」
「雪で出発が延期になったので、今度会える可能性がありますよね。嬉しいです」
「応接室で一人、青ざめていますよ」
本日、両親と一緒に来たレイスに、目を覚ましたことは教えたそうだ。
不良息子は私には会わせない。父がそう判断して、私が望んだ時だけ許すということで、応接室に隔離されているという。
「あの……学校は?」
「イオリさんと同じように親が申請して、成績に不都合のない特別休です」
あまりにも嬉しくて、返事を出来ないまま死ぬかもしれないとうなされていたので、会いたい気持ちが爆発。
気が付いたら部屋を飛び出していて、応接室の扉を開いていた。
声は掛けたけど、返事を待たずにすぐ。
目に飛び込んできたのは、出会った日と同じく坊主頭で、顔に擦り傷や痣のあるレイスの姿。思わず叫んでしまった。
「えっ? あ、あの。すみませ……」
「そのお顔の傷はどうしたのですか⁈」
ミズキの恋人が乗る飛行船が燃えてしまったように、レイスも大事故に遭って死にかけたのかもしれない。
私もそうだけど、人生は何が起こるか分からないのに、返事をすぐにしなかったら、危うく彼と二度と会えなかった。
その恐ろしさと、もう一度会えて良かったという喜びと、彼の心配がごちゃ混ぜになって涙が出て、ろくに喋れない状態に。
「そのように心配しなくても大した怪我ではありません」
「な、なぜそのような大怪我を……」
誰かに聞いていないのかと問われたので、聞いていないと答えていたら、彼は応接室から出てきて、誰も居ないとは困りましたと自分の頭を撫でた。
「あっ、叔母上。叔母……母上が来るのか……」
レイスは女性と二人きりになる訳にはいかないと私に告げて、自分の母親が来ると、彼女と話をしたいと申し出た。
「アズサさん。ご家族のどなたかをお呼びします」
「……母の顔がちらちら見えていますので母を呼びます」
呼ぶというか、手招きしたら来てくれたので、レイスと話したいと伝えた。
「ミズキさんから聞きましたよ」
何をと尋ねたら、レイスが居ると知った途端、会いたくて部屋を飛び出したことだと囁かれて羞恥の極み。
ミズキの密告魔……。
四人で応接室に入り、それぞれ母を隣にして向かい合うと、レイスはすぐに挨拶とお見舞いの言葉をくれた。
「ありがとうございます」
「顔の傷は、自業自得で殴られただけです」
「殴られた? 人を殴るなんて酷いです! どなたがそのような悪行を……」
レイスは苦笑いを浮かべながら、こういう話をした。
母の実家は下街にあり、幼い頃から良く行く。
それで叔父や叔母の友人の子達と自分は幼馴染。
下街幼馴染達からすると自分はお坊ちゃん。下街世界に馴染むお坊ちゃんは少なめで希少。
従兄弟ジオは生真面目だけど、自分はゆるいので、姉妹と文通練習して欲しいとか、少し散策して中流層として助言して欲しいなど、頼まれれば引き受けた。
下街女性と縁結びする予定は全くないけど、女性と気軽に接する事が出来る家育ちではないので、自分も練習になるかと、ほいほい引き受けた。
自分がモテているようで、自尊心もくすぐられたので。
「鈍感で気がつきませんが、本気で兄に頼んだという子もいまして……」
風の噂でレイスが文通御申込したと知ったその子は、悔しくてつい親に、手を繋いでキスをしてくれたから恋人だと思っていたのにと嘘をついたて泣いた。
兄を付き添いにして、見学人も作っていたので、手を繋いだり、キスしたなんて事実も目撃証言も無い。
しかし、頭に血がのぼった彼女の親はその辺りは確認せず。
二日前に突然、叔父や父の友人が家に押しかけてきて、娘に手を出したなら責任を取れと——……。
「怒鳴られて殴られました」
レイスの母親は冷めた目で息子を見据えている。
「父親や叔父の教えを無視するから痛い目にあったのです。自業自得です」
「はい、母上。何度も申しますが反省して欠点を減らしていきます」
私の唇は自然と尖り、うつむいていた。
ずるい。私にもデート予定があったのに、眠ってしまってパァだ。砂浜で喋れただけ。
「アズサさん?」
「なんでしょうか、お母様」
「女遊びをする人とは文通したくないですか?」
「女遊びって、私の知っているそれとこれは異なります。私こそ、文通して下さいとお願いにきました。今日、目を覚まして、こうして会えて良かったです」
「そう? それなのにそのような不機嫌顔で、どうしました? 機嫌が悪いのではなくて具合が悪いですか?」
具合は良いと答えたので、機嫌が悪いと伝わっただろう。
「文通してくれるんですね!」
レイスがそこそこ大きな声を出して困り笑いを私に向けたので、不機嫌はどこかへ飛んでいった。
「もちろんです。よろしくお願いします」
「もちろん……。お見舞いに行きたいです。会いに行っても良いですか? 元気な日でしたら近くを散策しましょう。ご両親はアズサさんの気持ちに任せると申されました」
「会いに? まさか」
「それなら今は諦めますが、手紙のやり取りで呼ばれるようになります」
「……」
お願いしたら来てくれるの? 遠いのに? うんと遠いのに。
それは申し訳ないけど、私に呼ばれないのは悲しいみたいな顔をしてくれている。
「気がはやりました。まずはこちらを。最初の文です」
目覚めないまま出発だったら私に付き添う母に託す予定だった。
レイスはそう告げてから懐から手紙を出して、私に差し出した。
悩んだけど、この家がいきなり火事になったり、大地震が来るかもしれないから、すぐに読みたい。
すぐに読みたいとだけ口にしたら、レイスにどうぞと促された。
……ひゃあ、熱烈。
私が初恋だって。
惹かれた理由は瞳の中に星空や流星群があるように見えるから。
その景色は……うわぁ、うわぁ、うわぁ。
おまけに、病に侵されている君は色々気にするだろうけど、縁を切ることこそ何よりの苦痛で地獄なので、どうか逃げないで欲しい。二人で苦難を乗り越えたいと書いてある。
本物の文通って凄い!!!
ただ、こんなの恥ずかし過ぎてもうレイスを見られないので逃亡。
ミズキを探して、彼女を見つけて自室へ連れて行き、文通御申込の返事を無事に出来たら、最初の手紙が現れて、その内容があまりにも熱烈だったと報告。
「へぇ。アズサさんは不良息子と文通するんですね」
「そのうち付き添い付きデートもしてもらいたいです。教わった内容は不良もどきでした」
「恋は腐り目盲目になるというので、ゆっくり彼を知ると良いですよ」
少し思案して、今日この家にはレイスを知る人物が集まっているので、教えてもらうことにした。まずはミズキ!
予後不明になった疑惑はあるけど、私は余命半年と思ったまま生きるつもり。
それで三年ふんばる。ミズキと約束したし、三年あればレイスとより親しくなれるだろう。
明日死ぬから早くなんて言わない。きっと、早く仲良くなるなんて無理。
ミズキともこれからどんどん親しくなり、友人その一からいずれ親友になるのと同じで、一日一歩、確実に。
私は現在十四才で今年十五才。
女性は早いと十六才でお嫁さんになる。十六才でお嫁さんになれたら、二年後はお母さんかもしれない。
三年後の私は十八才で、それなりの家のお嬢さんが結婚し始める年齢。
私の生まれ育ちは後者だし、子供を残して死ぬのは忍びないので、人生の目標は有名役者になったミズキを観ることと誰かのお嫁さん。
出来れば前世からの縁がありそうな彼のお嫁さんになれますように。
私はこれまで、特に希望の光も目標もないまま、死ぬのは怖いけど、辛いから死んでしまっても構わないというような、絶望的で投げやりな人生を歩んできた。
絶望の中で絶望したら光を発見。
人生とは何が起こるか分からない。




