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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
絶望ノ章
61/122

充苦

復旧中:後で改行など修正します

 これはとても幸運な話なのだが、私は最先端の治療を受けられるだけではなくて、その対価として、我が家に恩賞があるという。

 わざわざ、遠い、遠い皇居にいるとても偉い役人が手紙をくれて、私は家族と共にとても喜んだ。


 治験施設のある中央三区は、物語の世界でしか知らない上流貴族の世界のようなところのはず。

 しがない豪家の娘である私は、健康なら足を踏み入れることは出来ない場所。

 それなのにそこで暮らせるし、家族と共に観光することも可能になる。


 死病を患ったというのに、数多の同じ病の者達の為に家族と離れるという決断をしたことで、殊勝だと褒められてとても嬉しい。


 兄の志望している就職先が衛生省だったので、せめて兄君だけでも側にいられるように手配してくれると言ってもらえた。

 成績優秀な兄は最等校へ進学。

 進学は来年になるが、それでは遅いかもしれないのでまず高等校を転校。

 施設近くの学生寮に入り、放課後は治験施設で役人仕事の見習いとなり、学ばせてもらえる。

 ずっと励んでいた兄は両親に向かって「アズサさんのことも、同じ病で苦しむ方々のことも、お任せ下さい」と誇らしげに胸を張った。


 私はどうやら、兄を尊い人間にする為に生まれてきたようだ。

 何も成せず、何も残せず、ただただ人に迷惑をかけて死んでいく。

 そうでないことに、大きな喜びを感じ、不覚にも担当役人達や家族の前で泣いてしまった。


 まだまだ地方までは浸透していないが、若者の石化病の余命推定は確実に精度が上がっているので、死期が近くなれば、望めば最後は家へ帰って来られるという。

 私としては、家族に死にゆく姿なんて見せたくないけど、両親は大泣きしながら大感謝したから、黙って受け入れた。

 弱っていく姿を見せて迷惑をかけることも親孝行みたい。

 

 龍神王様は、九は苦しいという響きと同じなので、大切なことや縁起の良い日を九日目にあてると苦難や苦痛を吹き飛ばし、幸福が訪れると告げている。

 そういう訳で私は、家族と共に治験施設へ入ると決めて九日目に皇居入内(にゅうだい)することになった。

 治験施設は皇居直轄であるので、私には女官吏の身分を与えられる。皇居で働かないけど皇居入内(にゅうだい)である。

 もちろん、特別扱いだから位も特殊らしいけど、しがない豪家の娘が女官吏なんて本来ならあり得ない話だ。


 ☆


 治験施設へ行く契約を交わしてから五日目の朝、海で出会った友人になってくれたミズキがまた遊びに来てくれた。

 現在、治験施設にいる若者達は、身分はバラバラで、家族の有無も同じく。

 作法は必要ないだろうけど、中央区へ行くのだから、少しでも教養を身につけておきたくて母に習っていると手紙に書いたら、教えますと会いに来てくれて今回で三回目。

 

 買い物をした日以降、朗報が精神的に良い影響なのか調子が良いので、私はミズキを自室ではなくて、居間でもてなすことに。

 頭の中に残っている、彼女の髪型や化粧を真似しようとして失敗し、母が笑いながら手伝ってくれた。

 支度して居間でミズキと会い、母に散策しても良いと言われているので、恐る恐る彼女を誘ってみた。


「なんですかその顔は。迷惑をかけない人間はいません。私がくらっとしてしまったら、是非、色男に助けを求めて下さいませ。不細工は嫌ですわ」


「……ふふっ。あはは。ミズキさんはいつも愉快ですね」


 二人で近くの甘味処へお出掛けして、彼女から人魚姫話を教えてもらった。

 ミズキは現在、人に恋して陸に上がろうとして、声と記憶を失った人魚姫と暮らし始めたという。

 彼女は絶対に人魚。昨日、足に鱗のような模様が見えたと教えてくれた。

 女学生の放課後はこんなかもしれないと、とても楽しい。

 おしるこを食べ終えてお店の外に出ると、驚いたことに赤鹿がいた。


「うわぁ。ミズキさん。幸運なことに赤鹿がいます」


「私が呼びました」


 長椅子に座っていた警兵が立ち上がり、挨拶をしてくれて、赤鹿乗り体験をしてくれる予定だった人物だと知った。


「私の恋人です♡」


 二人が腕を組んだので、そうなんだぁ、と拍手したら、警兵ユミトは「嘘をつくな!」と叫んだ。


「君の親衛隊に詰め寄られて怖い目に遭うからやめて下さい!」


「親衛隊? それはなんですか?」


「ミズキ親衛隊ですよ。ほらっ。今日も休みっぽい男達が、ちらちらいるじゃないですか」


 指摘されたら、ミズキを眺めていたらしい、慌てて隠れた男性が数名いた。

 歩いていても視線を感じるけど、ミズキはモテモテ!


「付きまいなんてミズキ、怖ーい」


「怖いのは君です! くわばら、くわばら」


 私達二人が赤鹿に乗って、さらにユミトが乗っても赤鹿は力強く走れるという。

 親の許可は取ってあるそうなので、喜んで乗せてもらった。

 ミズキは今日袴で、母が私にも「袴はどう?」と言ってくれた意味はこういうこと。

 前は私で後ろはミズキ。その後ろには立つように乗ったユミトがいる。

 赤鹿ケルウスは力強く走り出した。


「うわぁ! 風になったみたいです!」


 世界はなんて眩しく、優しいのだろう。

 私はこんなに幸せで良いのだろうか。

 そう思っていたら、ミズキが「たかが失恋で海に入ろうとしなくて良かったです」と囁いてきた。

 聞くに聞けなかった自死しようとした理由はそういうこと。


「世界はなんて眩しいのでしょう」


「ミズキさん。私も同じことを考えていました」


 ミズキは歌い始めた。とても美しい声と歌詞だけど、どこか切ない。


「私は眠れない子達の為に歌いたいです。施設でそういう方がいたら、呼んで下さいませ。君に招かれないと入れないでしょうから必ず呼ぶように」


「是非、お願いします」


「三区観光もしましょうね。前から行きたかったけど縁がなくて」


「そのようにありがとうございます」


「なぜアズサさんがお礼を言うんですか? 私はあなたのおかげで三区観光を出来る予定なのですよ」


 赤鹿に乗って海まで行き、二度と見られないと思っていた美しい海を眺めて、ミズキが寄るというので知り合った日に訪れた病院に寄り、入院している子供達と少し遊んだ。

 ここはミズキの師匠にして親戚の、オケアヌス神社の奉巫女様が慰問する場所の一つらしい。

 

「ミズキちゃん。あのね。昨日、美味しいお豆腐を食べたの。豊漁姫様が持ってきてくれてね、ミズキちゃんにも食べて欲しかった」


「奉巫女様が持ってきてくれたものは、妹のミズキちゃんも食べてるに決まっているじゃないか」


「ねぇ、ミズキちゃん。そうなの?」


「富豆腐のお豆腐ですよね? こちらがそのお豆腐屋さんのお姫様です」


 遠い場所でもで我が家の豆腐が食べられていたとか、奉巫女様が慰問に使ってくれたなんて感激。

 私に忖度かもしれないけど、美味しいという言葉で胸がいっぱい。

 ミズキが大豆姫は、豆腐ばかり食べているから豆臭いとか、疲れるとたまに納豆の匂いがするみたいにふざけはじめ、来月は節分ですから豆まきの練習をしましょうと、私を投げる代わりに押した。


「それそれ、鬼は外〜。大豆姫にぶつかると元気が増えますよ〜」


 くるくる回されるように押されて、子供にぶつかり、騒ぐ子達に押されたり、ミズキに押されて非常に愉快。

 沢山笑って、笑って、うんと楽しかった。ここのところ、楽しいことばかりだ。

 自室にこもってばかりの世界とは大違い。なぜ私の体は軽くなったのか不思議だけど、これなら持病でも良い。

 死んだように生きていることこそ、死にたくなる程辛かった。


 帰り道、私はミズキに問いかけた。

 私のことを、レイスは知っているのかと。


「知りません。むやみやたらに話すことではありませんもの」


「お父様やお母様、お兄様に頼んだのですが、彼は優しいから、病気のことを知ったらきっと悲しんでくれます」


 私は穏やかな彼の笑顔が好き。

 好き、そう口にしたのは初めてで照れた。

 手紙の内容も、兄やミズキや親が教えてくれた話も、優しさが滲んでいる。

 好きだから悲しませたくないので、あの笑顔を曇らせたくないので、教えないで欲しいと頼んだ。

 短い人生なのに、片想いが出来た私は果報者だ。


「ミズキさん。この片想いは誰にも言っていないので内緒ですよ」


「内緒なのですか」


「指切りげんまん、嘘をついたら新しい家に呼びません」


「それなら、仕方がないから指切りします」


 帰宅した私は、家族にミズキと過ごした話を沢山して、今夜も我が家の奉公人達が作った美味しい豆腐を口にした。


「あれっ、お母様。神棚に飾っておいた金平糖を知りませんか?」


 体が軽いので配膳を手伝っていたら気がついた。

 レイスと砂浜を歩いた日の思い出の品がない。

 

「長年、我が家の美味しい豆腐で幸せになっていますとご挨拶に来て下さったレイスさんのお母上が、異国の魔除けに使う実に似ていると言うので、事業水源に使うことにしました」


「異国の魔除けとはなんですか?」


「聖域に降ってくる星を生活用水に入れるそうです」


「お母様、あれはヤドカリが食べようとしていた金平糖です」


「削って苦かったら星の実らしくてそうしたら苦かったのよ。お茶に淹れたら味が分からなくなったから、お夕飯の時に全員で飲みしょうね」


 大切な思い出の品だから、神様に感謝してから大事にしまうはずが、お茶にされてしまうとは。

 我が家にも奉公人にもお客にも御利益があるなら素晴らしいことなので仕方がない。


 ☆


 翌日、またミズキが来てくれて、昨日聴きたいと言ってくれたから演奏にきたと言ってくれた。

 重たいのにわざわざ琴を運んできてくれた。

 尋ねたら親切な知人が重そうだからと運んでくれたので、苦労はしていないそうだ。


 私と別れる日まで学校には行かないという弟二人と共に、ミズキの演奏を鑑賞することに。

 あれこれ理由をつけて、私の為とは言わずに、私と共に過ごしてくれる母も一緒。

 タイミングが良いことに、父も「少し休憩」と帰ってきた。


「あら、お客様が増えて嬉しいです」


 ミズキが演奏してくれたのは満華光(まんげこう)という曲で、新年一月に、新しい生活に幸福と幸運が訪れるようにと弾く定番曲だそうだ。

 私は音楽をほとんど聴いたことがないけれど、これは世界一ではないかというくらい素晴らしい演奏だ。


 人の指はあのようには動かないというような不可思議なミズキの指の動きに瞬きを忘れる。

 人の世は儚く短く、閃光のようだが、だからこそ幸あれと祈ってくれる龍神王様の語りを思い出して、この曲に、この演奏に込められたミズキの気持ちに、その優しさと慈しみに涙ぐむ。

 演奏が終わると、私はごく自然に拍手して、彼女を大絶賛していた。

 ほぼ無意識に感想を口にして、彼女を褒めに褒めて皆で泣き笑い。


「……未熟者でして、気持ちと異なる形で伝わってしまったようです。精進致します」


「異なる? そうなのですか?」


「誤差範囲ですが私は一流の上を目指しております。未熟者の音で耳を汚してしまい、大変失礼致しました」


 そんなことはなくて素晴らしかったと伝えたけど、ミズキは悲しそうに微笑み、今日は帰って修行すると帰ってしまった。

 レイスからの手紙を私に渡して。


 ドキドキしながら一人になって手紙を読もうと封筒を開いたら、中身はまた封筒だった。


【星華光の君へ御申込】


 驚いて内容を確認したら、どこどこの誰々で、こういう理由で私と文通したいです。

 ご両親に了承を得られたら、一言、お願いしますとお知らせ下さいと(つづ)ってあった。

 そして、最後は龍歌で、読めるけど読めない。なにせ、私が知っている有名龍歌ではないからだ。

 多分、君となら、どのような困難も乗り越えられるみたいなこと。


 これは噂の文通御申込。

 気になる相手に送る恋文……昨日、兄から受け取った面白かった手紙は文通練習だったけど、これは本当の……。


 私は慌てて母に報告して、この龍歌はそういう意味かと尋ねて、彼は何か知っているのかと問いかけた。


「彼のご両親に頼んでくれたのですよね?」


 まだ少しだけ、練習文通をさせて下さいとお願いしてもらった。

 あと三通だけにするから許して下さいと。

 それで、私の好きにして下さいという気遣いの言葉をくれたと聞いている。


「ごめんね、アズサ。その……ミズキさんが親戚、それも弟みたいなレイスさんに嘘はつけないと、打ち明けてしまったそうです……。それで、私とお父さんで、何度かあちらのご両親とお話ししました」


「……えっ」


 この間、指切りして約束したのに、ミズキの裏切り者……。


「そんな……」


 足から力が抜けて座り込みそうになったけど、母が力強く私の体を支えて、立てるなら立ちなさいと私を真っ直ぐ見つめた。


「アズサ。立って、歩いて、笑って、精一杯生きなさい」


 旅立ちの前日、レイスと両親が我が家に来るので、兄とミズキを付き添いにして出掛けなさいと言われた。


「……嫌です。お母様、嫌です。皆して酷いです! なぜあの人を傷つけたのですか!」


「逆の立場になって考えなさい」


「……分かりません。なぜ、そのような酷い仕打ちを……」


 明日もまたミズキが来てくれるから、今日は寝なさいと言われたけど眠れず。

 翌日、午前中にミズキが来てくれたけど、私は即座に裏切ったことに対して酷いと怒った。

 それも、気がはやって玄関で。母は当然のように私を叱った。


「嘘をついたら新しい家に呼びません、でしたから別に好きにして良いかなぁと。私は呼ばれなくても勝手に会いに行きますもの」


「なっ……」


 にこりと笑いかけられて、なぜレイスを傷つけたのかと問いかけたら、鼻で笑われた。


「次にあなたの話を耳にした時に、その内容が自分に教えずに遠い治験施設へ行ったなんて、どれだけ傷つくと思っているのですか」


「は、花嫁修行の為に良家に奉公へ行くと言ってもらうことになっていました!」


「それなら文通は続けられるのにもう終わり。練習はもう終わりと宣言した結果は正式な文通御申込。それを断るのだから、袖振りして傷つけるということです」


「それは……私なんか……ですから、そんなに気にしません……」


 ミズキにキッと睨まれたし、自分でもそれは違う気がして、声が小さくなっていく。

 失恋したら人はそれなりに傷つくし、ましてやあの龍歌のような内容を贈ってくれたくらいの気持ちなら、きっと真剣な想いだ。


「奉公に行って帰ってくると期待していたのに、次に会うのはお葬式。次に会えた時は死装束だなんて、あまりにも失礼で酷い事です」


 扇子を取り出したミズキは、ペシペシと私の頬を叩いて、鈍感故に残酷なお嬢さんと嘲笑った。

 私は取次にいて彼女を見下ろしているのに、彼女に見下されているような感覚がする。


「それなりの家の息子で、おまけに世間体が大事な卿家(きょうか)の跡取り息子。練習を頼んで(かどわ)しておいて、練習だから、遊びだからなんて言えません。最初から、練習では無いのは明らかです」


 経歴故に世間知らずで友人もおらず、鈍感だから気がつかなかったようだし、周りもそれで良いと判断していた。

 しかし、もう良くないのでこうして教えにきた。親には了承を得てある。

 ミズキはそう告げて、再び私の頬を扇子で軽く叩いた。


「ほいほい盲目的に頼みを聞くことは、本当の友情ではありません。あなたの為にならないことだと判断したまでです」


 裏切り者、おおいに結構。

 今日は帰るので、仲直りしたければそちらが訪ねてきなさい。

 明日、十二時にこの間の茶屋へ来なかったら絶交。

 ミズキが玄関から去ると、私はへなへなと座り込んでしまった。


「お母様……」


「あらあら、初めて友人と喧嘩しましたね。明日と言わず、今日にしたら? 謝りたいなら、追いかけて呼び戻しますよ」


 全部見透かされているようで、私は子供じゃないから明日一人で謝れると八つ当たり。

 色々辛い事ばかりなのに、もう苦難は充分なのに、なんなのもう。

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