十七
十六話のデータが見つかりません……
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オケアヌス神社に顔を出したら、叔母ウィオラの勤務日ではなかったので会えず。
予想はしていたので参拝だけして、叔母レイのお見舞いへ。
手土産は母に朝、預けられた「レイが好きなりんご」である。
母の中では三十才近い妹レイはまだ子供のようで、うさぎりんごが大好きだからそうしてあげるんですよと、当たり前みたいな顔で俺に告げたので、朝から吹き出しそうになった。
病室を訪ねたら、レイは芋に囲まれて芋の皮剥きをしていた。
料理人が女だと舐められると、彼女はいつも男装だけど、入院中もそうしているとは。
理由を尋ねたら、まだ夜熱が出るから退院出来ないけど、退屈過ぎるから病院に仕事を貰ったそうだ。
「入院費の値引き、値引き。遠いのによく来てくれたねぇ」
「母上が、レイ叔母上はりんごが好きだと持たせてくれました」
「食べる!」
俺が皮を剥こうとしたけど、レイは俺からりんごを奪うように手にして、見事な包丁捌きであっという間に食べられるようにした。
どれも見事な飾り切りで、レイは実に楽しそう。
「ほら、レイスの好きな鳥だよ!」
「ありがとうございます」
「何よその顔。昔は大はしゃぎで可愛かったのになぁ。もう子供じゃありませんって言えばええのに。ジオは言うたよ。言うようで言えない、気遣い屋なのはレイスのええところ〜」
ありがとう、とレイは笑った。
それで、なぜ浮かない顔をしているの、私はもうこんなに元気だから心配要らないと告げた。
元気そうだけどまだ不安ですと嘘をつき、事情は伏せて聞きたいことだけ聞くために直球で質問。
たまたま耳にしたのだが、エドゥアールへ行ったのは、初恋のユミトを追いかけたためというのは本当なのか。
二人は親友で、同じく長屋で暮らして、ウィオラが関与している保護所の卒業生達を世話している。
神職のウィオラに頼まれたからなのは知っているが、なぜ一人ではなくて二人なのかを、俺は深く考えたことがなかった。
「なんで今さら私の家出話が出てくるの」
「父と友人の酒盛りの場で聞きました」
「ようやく初恋を諦めたと思ったら、今度は見合い破壊魔人。あの我儘わがまま妹は、とかグチグチ言うてたんでしょう。毎度毎度、話が違うせいだから。文句ならテルルさんやリルお姉さんに言うてって伝えて」
「父上が公認家出と言うていました。公認って、家族は許したということですか?」
「許したっていうか、喧嘩の果てに諦めたの方かなぁ」
エドゥアールは北地区にある、俺達が暮らすところからは数日はかかる観光地。
そんなに遠くで暮らすことに躊躇ためらいはなかったのかと問いかけた。
ずっと一緒だった家族と別居は大変だろうし、家族親戚に何かあってもすぐに知ることは出来ず、すぐに帰る事も難しい。
「別居は大変って何を言うてるの。私は元々かめ屋に住み込み奉公だったでしょう? 小さかったから覚えてない?」
「……ああ、そうでしたね」
「レイスって喋り方はロイさんなんだけど、顔はリルお姉さんだからお兄さんみたいだよね。その、とぼけた顔がそっくり」
「……街中で、その顔は副隊長さんの息子さんですか? とよく声を掛けられます」
「おいおいおーい。お前を人質にしてあの腹の立つ副隊長に復讐してやる!! って怖い目に遭ったことはない?」
「今のところ」
「いつも言われてるだろうけど、気をつけてね」
話が逸れたなと考えていたら、レイはエドゥアールは楽しかったから、またどこかへ行こうかなぁと笑った。
せっかく親戚がいるので、前から東地区生活に興味があるという。
「お兄さんが馬に乗れるから運がええ。誰かに何かあったらビューンって来てくれるもん。沢山お世話してくれたガイさんのおかげ。ガイさんを長年支えているのはテルルさんだから孝行しないと」
エドゥアールは遠過ぎるし山だから難しいけど、東地区のウィオラの実家は行きやすい平坦な道ばかり。
老夫婦旅行にはエドゥアールよりも東地区の方が良さそうだと、レイは微笑んだ。
「それが最後の祖父母孝行かなぁ。私に結婚は向いてないから、死ぬ前に花嫁姿は無理そう」
レイが寂しそうに、悲しそうに笑いながら芋の皮を剥いていく。
彼女と俺の祖父母には血の繋がりは無いのに、とても大切に思ってくれていると伝わってくる。
「夫婦旅行って、祖父君達を招待するってことですか?」
「あの子はちゃんと生活しているかしら。向こうの家にご迷惑をかけていないかしら。テルルさんならそう言うから、そうしたらお母さんが祖父母四人で様子を見に行こうって言い出すよ」
目も片手もやや不自由になった俺の祖母はすっかり引きこもりだけど、家族親戚のことだと重たい腰を上げる。
心配をかけるくらいが丁度ええと、レイは歯を見せて笑った。
「あの娘はまたお見合いを破壊して! ってプリプリ怒っていると病気のことや体の苦痛を少しは忘れるから、私はなんて母親想いの娘なのかしら。なーんて。義理の母でもないのに、嫁に妹が何人もいて、慕われて、娘みたいだからテルルさんは大変だー!」
レイは良く喋るし、色々前向き。俺もこういうノリで中央区へ行けば良い気がしてきた。
ここに警兵ユミト登場。
「また皮剥きをしている。病人は働くな!」
レイに彼の雷が落ちた。
「エルさんを帰したらこれだ! また呼ぶぞ!」
「やだ! お母さんの小言はもう沢山だからやめて!」
「それなら大人しく寝てろ!」
「退屈過ぎて逆に死んじゃう〜。昼も熱が出ちゃう〜!」
「ゴロゴロ料理本を読め。借りてきてやったから」
ユミトが呆れ顔でレイに風呂敷包を差し出した。
「あっ、その手があったか。でも入院費の節約!」
「俺が払ったから大丈夫」
「それは一番大丈夫じゃないでしょう! そんなの貯金ゼロの勢いじゃないの⁈」
「いや、ある。でも妹が怪我して金が無いですって言えるから、赤鹿乗りでお小遣い稼ぎをさせてもらえることになった。どうも」
「ちゃっかりしてるねぇ。でもさ、今の発言は聞き捨てならないんだけど。どう考えても、私が姉でしょう」
「はぁ??? どこが。昨夜も腹を出して寝てたぞ。妹どころか子供みたいだ」
「ユミトさんだって、洗濯を出さないし、繕いものも放置で、掃除しかしないじゃん!」
「洗い物もしてるだろう」
「洗い残しばっかりだけどね。さすが、皿洗いには要らないって厨房から追い出された男だ」
「そんな昔の話をするな」
二人がぽんぽん会話するので俺は聞き役。
ずっと同僚で腐れ縁と言っている二人を、兄妹みたいな関係だと思っていたけど、かつてレイはユミトに惚れていたという事実を知った今は、変な感じがする。
男の子の格好のレイとユミトだと、兄弟みたいだし、会話の内容もそんなだからこれまで意識していなかったけど、片方の気持ちを知ったら、ソワソワしてしまう。
お見舞いは嬉しいけど、レイは疲れているからと俺はユミトにほぼ強制連行。
家まで送ると言われたので、質問があるから素直に頼んだ。
道中、遠回しに、もう三十才になるのに結婚しないのかと問いかけてみた。
「そろそろ正官が近くなったから誰かと縁結びしても許されると思うんだ。俺は欲張りだから、誰かに見つけてもらいたい。だからさ、レイス君も俺が縁談を始めたって広めてくれ」
「分かりました。ユミトさんは口説くよりも惚れられたい派なんですね」
「そういう訳じゃないけど、紹介されてもあんまり心が動かなくて」
話は逸れて、レイが助けた謎の女性は、自分達では世話しきれないので、レオ家に預けることにしたから、たまに気にかけてあげて欲しいと言われた。
その人魚姫は毒クラゲを飲み込みかけたせいで、全然食べられなくて、どんどん痩せていっているそうだ。
昼間、レイといる時は微笑むけど、他の時間はぼんやりしているか、突然泣いたり怯えたり。
記憶が吹き飛ぶ程の苦痛に襲われたのだろうと、ユミトは小さなため息を吐いた。
「叔母上が助けたって、助けたのはユミトさんですよね?」
「レイさんが海に飛び込まなかったら俺は海に入らなかった。泳ぎは苦手だから、綱を使おうとか、人を集めようと動いた。俺が助けたかったのはレイさんで、彼女はついで」
己の力を過信したり、盲目的に動くのは兵官としては失格。
赤鹿に乗れるから、あれこれ贔屓ひいきされて目標の第一歩である警兵になれたので、最低限の教えや規律は守るし、自分や友人知人の為にも無茶はしない。無茶は全滅は繋がるから。
レイは昔から無茶ばかりだと、ユミトは延々と愚痴を言い、彼はとても成熟していて、叔母は子供っぽいから二人の仲は進展しなかったのだろうと考察。
無茶をしたら全滅になるのに、叔母のためなら海に入るんですねと口にしたら、ユミトはしれっと、レイさんが死んだら俺も死ぬからそりゃあという回答。
「レイさんは俺より先に死んだらダメだ。そんなの、当たり前の話だろう」
そこからユミトの話はレイの愚痴になった。なにがどう当たり前なのか、聞きそびれた。
母の実家に到着すると、ユミトは時間があるから従兄弟達と遊んでくれるというので、俺はウィオラ探し。
彼女は台所で祖母と夕食作りをしていたので、手伝うと告げて、話を出来そうなタイミングを見計らう。
「レイス、そわそわ、そわそわしてなんなのよ。言いたいことがあるなら言いなさい。そういうところはリルそっくりね。男らしく、ガツンと言いなさい」
「えっ? あ、あの。はい。すみません。ウィオラ叔母上に少々相談というか話があります」
「それなら二人で外で魚を焼いてきてちょうだい」
祖母の気遣いで俺はウィオラと土間外にある囲炉裏場に並んで座ることが出来た。
串刺しの魚を囲炉裏に刺しながら、その……とウィオラに話しかけた。
「豆腐屋のお嬢さんの件ですよね。良い環境を得られるようで嬉しいけど、遠く離れた場所へ行ってしまうので悲しい。そんなところですか?」
「……叔母上はご存知なのですね」
「ええ。彼女に例の施設を紹介したのはネビーさんですもの」
俺は父に打ち明けた自分の気持ちを吐露して、父はこう言ってくれたと伝えた。
レイに少し聞きにいき、俺の懸念である家族親戚の不幸時についての答えがあったと教えた。
「どのような答えでした?」
「叔父上に頭を下げて、あらかじめ頼みます。家族親戚、特に祖母上に何かあったらすぐに迎えにきて欲しいと」
「馬にも赤鹿にも乗れる叔父がいて良かったですね」
「……はい」
「ユミトさんにも頼むと良いですよ。彼はネビーさんに色々お世話になっているので、恩返しをしたいと言ってくれています。甥っ子のお世話は大歓迎でしょう」
「それならそれも父に相談します」
「レイスさんは施設に徒歩で行ける範囲の三区に下宿して、今の学校にも通う。そういう道を探しているのですか?」
「その考えは頭になかったです。どうにかして、スザクさんのように働けないかと」
「そういう特別扱いは、権力のある叔母に頼もうと、こうしていらしたのですね」
「……」
俺は首を縦に振り、それから横にも振った。
そういう無理な頼み事をする代わりに、叔母に返せるものが何も無いと口にした。
「それに視野が狭かったです。下宿すればええんですね。父上に転校出来ないか相談して寮を探します」
レイスさんと告げて、ウィオラは空を見上げた。
「もう随分昔の話になります。お見合いの席で夫がこう言ってくれた事が、とても嬉しかったです。どうしても決めないといけなくなるまで、半年ごとや一年ごとに、お互いの実家を行き来しようと提案して下さいました」
奉巫女ほうみこ就任が決まり、叶わない夢となったけど、叔父はまだ諦めていないから、二人であちこちの役所に頼んで、二人や家族で東地区の実家へ帰れている。
それなりの家は娘を事業の駒にするものなので、自分も家族も遠くへ嫁ぐことに、そこまで抵抗感が無かった。
もちろん、お互いに寂しい気持ちはあったけど、当然だと思い込み、覚悟を決めて離れて暮らすと諦めていた。
「お見合い席にはルルさんとレイさんもいて、兄君が大好きで離れたくない妹二人が、お兄さんが半分ずつって言うなら、自分達もと言ってくれました」
半分と半分は足すと一つになるのですよ、と叔母は星空から視線を移動させて、俺にニコリと笑いかけた。
「私の家族もたまに来てくれます。私が嫁がなければ、こんなにしょっ中海を見ることは出来なかったと笑ってくれるのですよ」
お互いの住んでいるところが遠い地でも、真ん中で会えば近くなる。
亡くなるその日に会うことよりも、日々、思い出を増やして、幸せを共有しておく事が大切だと思っている。
だから、ウィオラはとても大切な祖父が急死した時に南西農村区で仕事中だったかど、後悔は無かったそうだ。
こういうことをしておきたかったという後悔はあれど、死に目に会えなかったとは思わないと。
「家族親戚を捨てて、彼女の近くに行きたいですだと大反対ですが、協力してもらってなるべく会いたいですなら、誰も反対しないどころかなんでもしますよ。私達はあなたがとても大切ですもの」
それで、前者だときっと気遣い屋のお嬢さんや家族は断るけど、後者なら喜んで受け入れてくれるだろうと笑いかけられた。
遠い地へ大事な娘を嫁がせた自分の家族がそうであるように。
「この答えで頼めば、土下座なんてしなくても、ネビーさんもなんでもしてくれますよ。赤鹿や馬に乗れるようになりたいですと付け加えたらより良い気がします」
「……乗れるように……乗れるようになりたいです!! 自分の力で自由に動けるようになりたいです!!」
母の実家に泊まるかもしれない話を既にしてあるので、俺は叔父の帰宅を待つことに。
その間にミズキと会い、なぜ知っている話を俺に言わなかったと言いかけてやめた。
情報を流さなかったのは誰かに口止めされたか、そうした方が良いと考えたからだろうから。
なので、アズサを叔父と会わせたお礼にしておいた。
「たまたまです。縁結びの副神様の引き合わせというものです」
「……ミズキ?」
ミズキは笑っているのに、とても寂しそうで気になる。アズサのことで胸を痛めてくれているのだろう。
「私を捨ててあの子を選ぶのですね。酷いですわ!」
抱きつかれて押し倒されて、慌てていたら、大笑いされたので、いつものふざけだと呆れる。
「こんな時までやめて下さい」
「私、彼女とお友達になりましたの。修行の身なのでとスザクさんにも頼みましたが、アズサさんを上手く騙せていて、女の子同士だと思われているので勝手に教えないで下さいね」
「友達……ですか」
「ふふっ、や、き、も、ち、さん。ちなみに、明日は彼女とデートです。茶屋へ行きますの。お先にごめんあそばせ」
「……ズルいです! 女のフリをして女性とデートだなんて詐欺だ詐欺!」
「明日やろうはバカやろうですので、今夜から乗馬や赤鹿乗り訓練に備えないと、他の男性に取られてしまいますわ〜」
中央区には雅な男性が沢山いて、施設の職員や同じ立場の人間達もいる。
彼女は狭い世界から大海原へ旅立つ。
ミズキはお芝居風に俺の焦燥感をせっつき、命短し恋せよ男児と、有名な言葉をもじって俺の頬をつついた。
「毎日楽語らくごに通って笑っていた岩患者が、どこへ行っても余命半年程度と言われたのに、十年生きたなど、花柳界にはいくつもの逸話があります」
辛気臭い顔は己や他人の寿命を削るから、辛くても苦しくても笑って下さいませと、ミズキは俺の背中を叩いて、稽古があるからと部屋から追い出した。
パンッと自分の頬を両手で叩いて気合いを入れて、背筋を伸ばす。
父が言っていたではないか。
強くならなければ誰かを支えることなんて不可能だ。




