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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
絶望ノ章
58/122

十六

 今年中にも亡くなる可能性の高いアズサに背を向けて逃げる道もあるが、俺は最後まで関わって、何かしてあげたい。

 父経由で、アズサの両親にその事を手紙で伝えると、これまで我慢ばかりだった娘が望むことは、出来る限りさせてあげたいという返事がきた。

 幸い、彼女は今、最後の輝きというようにほとんど健康体。


 娘が元気な間だけで構わないので、まだ少し文通をしてくれないかと頼まれた。

 イオリの両親に相談して了承を得られれば、彼にも伝えるので、二人で息子を支えて欲しいとも。

 叔母レイが命をとりとめて意識不明から回復して退院。

 彼女とユミトが助けた女性も元気になり、年末年始に体調を崩していた家族親戚もすっかり良くなり、悪い事は続かないとホッとしていた時のことである。


 あ趣味会の後にスザクに誘われて、三人で個室のあるお店へ行き、こういう話をされた。

 アズサは「治験施設」というところへ入る事になったという。

 治験施設とは、治療の為の実験施設のこと。 

 眠り石病は稀な死病でまだまだ資料を増やしていきたいし、石化病は国をあげて治療法を探している難病、死病である。

 アズサはそのどちらも患っていて、それでいて珍しく発見が早かった。


 優秀な医療関係者が彼女を観察、治療をする事で本人が助かるかもしれないし、延命出来るかもしれない。

 これまでの罹患者達のように病気に負けて亡くなっても、治療結果は良いことも、悪いことも、全て未来へ続いていき、いつか病克服に繋がるだろう。


「家族とは離れて暮らすことになりますが、アズサさんは長生きしたり、もしかしたら完治するかもしれないです」


 この話を最初に彼女にしたのは俺の叔父だそうだ。経緯を聞いて、とても驚いた。


「まるで、アズサさんは治験施設へ行った方が良いと導かれていたような出来事です」


 そう語ったスザクの表情は、ここ最近で一番明るい。

 叔父からも、ミズキからも、このような話は聞いていない。


「アズサさんはこれまでずっと家族に迷惑をかけてきたと心苦しかったようで、お世話してくれる人がいるところで、他の人の治療にも繋がっていくことだからと、非常に前向きです」


 スザクは妹は優しい分、他人を慮って傷つくんですと言いながら涙目に変化。

 彼女の家族への気持ちを初めて知り、俺の心はさらに痛んだ。


「話し合いの結果、国にアズサさんを頼もうと決めました」


 治験施設があるのは中央三区。

 治験施設へ行くということは、実験台になるということ。

 その殊勝な決意には褒賞や特権が与えられるという。

 本来なら足を踏み入れることが出来ない地で、この国最高峰の医療を受け、同じような若くて未来が絶望的な仲間達と励まし合って、僅かな希望にすがって精一杯生きる。

 これまでの彼女にあったのは、ただ、ただ、家族と死を待つだけの道。

 病気の発見が早かったからこそ、二つの難病に罹った不幸があるからこそ、彼女は希望の光をわずかに手に入れたのだ。


「自分達は要りませんが、家族にも恩賞が与えられるそうです」


 スザクはこう続けた。

 皇居役人がわざわざ家まで来てくれて、恩賞の具体例を提示してくれたそうだ。

 その中にはスザクが望む衛生省への就職もあり、家族に与えられる他の全ての恩賞を断るなら、アズサの命がある限り、治験施設での就労も選べる。


「妹さんの側でお世話したいですよねと、言うて下さったんです。これまでの成績も優秀だからですと」


 イオリがこれ以上ない環境だと賛同したけど、俺としてはあまり。


「アズサさんが施設を出ることになった時の勤務はどうなるんですか?」


 と、俺はスザクに問いかけた。


「予定なので変わることもあるそうですが、防所を管轄する衛生省役人が不足しているので、地元に帰ってきて、六防か自宅近くの組所属だそうです」


 つまり、妹を利用して、スザクを不人気かつ人手不足のところへ放り投げるってこと。


「……そうですか」


「火消しさんと区民を助ける役人さんになるんですか! 素晴らしいです」


 役所関係のことを知らないイオリは響きに騙されていて、スザクも表情からして同様のようだ。


「ええ。こんなに良い話があってええのでしょうか。完治したアズサさんと帰ってくるのが一番の目標です」


 多分、スザクだけではなくて家族も国に騙されている。

 どうしたものかと考えたものの、スザクが断ると、彼は家族の代表としてアズサの側にいることが出来なくなるので、俺はぎゅっと唇を結んだ。

 病人を人質にして、あこぎなことをしやがると腹が立ったけど、それが政治というものだ。

 使えるものは使い、より良い国を築いていく。

 スザクという青年が火消し関連の業務で疲弊して退職になるくらい、この国の政治にとっては痛くも痒くもない。


 俺には火消しの幼馴染達が何人もいる。

 スザクが俺と親しくしている限り、思考が独特な一族、火消し達のせいで潰れることは無い……はず。

 スザクは俺に叔父と父、それから俺宛の手紙を渡して明るい顔で帰宅。

 俺とイオリも帰ることに。


「スザクさん、ずっと暗い顔でしたから良かったです。アズサさんも」


「……ええ」


「レイスさんは大丈夫ですか? その。これから親しくなりたかった女性が、重い病で、遠くへ行ってしまいます……」


「辛いのはクギヤネ家の皆さんで、自分なんかが悲しんではいけません」


 しかし、悲しくて辛くてならない。

 イオリは無言で首を横に振り、何度か俺の背中を撫でてくれた。

 家の方向が異なるのでイオリと別れて別の立ち乗り馬車に乗り、ぼんやりしながら窓の外を眺め続けた。


 アズサと出会って半年も経っておらず、会話したのは二回だけで、あとはとりとめのない文通を数通くらい。

 兄と共に生き延びられる可能性のある場所で、大事に扱われるなんて良い話なのに、気持ちが沈んで仕方がない。


「……ない」


 離れたくない。

 俺はまだ彼女と離れたくない。

 再会出来るのは、お役御免になって、死に際となった彼女が帰省した時くらいだろう。

 急死なら会えないままで終わる。

 それならどうしたら良いと考え始めて、自分もスザクと同じように、その施設で働けば良いという結論に至った。

 友人を支えるという名目で働き、二人を励ましていく。

 しかし、問題はどうやってそこへ就職するかだ。

 卒業してからでは遅いかもしれないので、スザクのように特別待遇でないとならない。

 どうにか出来るとしたら……叔母だ。叔母ウィオラしかいない。

 彼女は王都に百名程しかいない神職で、背後には農林水省や数多の漁家がくっついている。

 叔母ならどうにかしてくれるかもしれない。


 人に何かを頼むには対価が必要だ。

 俺が代わりに叔母へ差し出せる何かとはなんだろう。

 悩みながら立ち乗り馬車を降り、とぼとぼ家へ向かい、鎮守社の前で足を止めて、手を合わせてアズサの快癒を祈った。

 祈っているうちに、彼女を追いかけて中央三区へ行くということは、家族親戚と離れて暮らすことだと気がつく。

 俺は時々、この鎮守社へ来て、年々体調を悪くしている祖母の健康と長寿を祈っている。

 祖母はもう高齢で、あちこち悪く、隠しているようだけど最近は視力も悪化しているようなので、離れている間に何かあるかもしれない……。


 いつも元気いっぱいの叔母レイは、つい最近死にかけた。

 そんな風に、親しくて大切な家族親戚に急に何かあるかもしれない。

 妹ユリアや弟レクス、従兄弟達の誰かがアズサのように石化病になりましたと宣告されるかも。

 それなら俺は、どうしたら良いのだろうか……。

 気がついたらうずくまって泣いていて、ここは町内会の人間の目につくと思って這うように社の裏に周り、泣き続けた。


 かなり泣いて、日が暮れて星空が姿を現し、さすがに帰らないとと立ち上がって重たい足を動かす。

 答えが出ないまま帰宅して、出迎えてくれた母に「友人と少し喧嘩してぼんやりしてしまいました」と嘘をつき、夕食を拒否して自室へ。

 すると、しばらくして父が俺の部屋を訪ねてきた。

 襖越しに具合が悪いと言ったけど、父は俺のその発言を無視して部屋に入ってきて、横になっている俺を座らせた。


「大切な話があります」


「……なんでしょうか」


 話はアズサの事で、こういう経緯で彼女は来週、中央三区へ旅立つと告げられた。

 日付のことは知らなかったが、他の事は今日、スザクに聞いたと返答。


「クギヤネ家の方々は、来週とはまだ知らないでしょう。今頃、知っているはずです」


「……なぜ父上がクギヤネ家よりも早く知っているんですか?」


「担当の一人が友人で、彼に頼ったのは自分とネビーさんだからです」


「……父上」


 耐えきれなくなって、俺は自分の素直な気持ちを吐露した。

 アズサとはどうしようもなく離れがたく、もっと親しくなりたいし、彼女や彼女の家族が許してくれるなら、どんな支援も惜しまない。

 しかし、スザクのように、治験施設で働けるとしても、それは家族親戚としばらく縁を切るような道だ。

 もしも祖母の死に目に会えなかったら、俺は後悔するし、自分を恨み続けるだろう。


「そもそも来年にならないと働けません……。父上、自分には何も、何もありません……」


 彼女に会いに行く路銀も、彼女を救える知恵や知識や技術も、叔母ウィオラに頭を下げる以外の取引材料も、何も持っていない。


「気が大きいようで小さいし、わりと悲観的。強くありなさいと言うたでしょう」


 家族と離れるなんて決めたら、気遣い屋のアズサさんが悲しみますよ、と父は俺の背中を撫でた。


「レイスは家族想いの優しい女性を見つけたんですね。彼女は知りませんが、担当の一人が友人なので筒抜けです」


 身体が弱過ぎてずっと家族に迷惑をかけていたけど、これからは違う。

 それどころか沢山の人の役に立てるかもしれない。

 自分にも生まれてきた意味があり、生きていて良いと分かって嬉しい。

 いつ死んでも良いと考えていて、怖いけど早くお迎えが来ないかなぁと後ろ向きな日々を送ってきたが、これさらは一秒でも長く生きるように、強い心を持つようにする。

 アズサはそういう気持ちを吐露したそうだ。


「レイス。君の幸せは家族親戚の幸せです。なので、そんなに難しく考えなくて良いですよ」


 祖母は母の妹達を、母と年の離れた三人を、孫みたいだと可愛がっている。

 そのうち二人は、祖母の望みとは違う道、それも遠くへ行ってしまった。


「レイさんはエドゥアールまで家出するし、帰ってきても海辺街暮らし。ルルさんは姉と共に祖母孝行をするって言うていたけど夫の転属についていきました」


「……祖母上はたまにその話をします。とても寂しそうに」


「ええ。息子夫婦と本物の孫が近くにいても、時々寂しそうです」


 でも、祖母は嬉しそうにこう語るだろうと言われた。

 ほぼ自由に馬や赤鹿に乗れる義理の息子がいるから、足が悪くなっても観光に行ける。

 息子と義理の息子がお世話しているユミトも赤鹿乗りだから頼める。

 この年で出掛けるなんて億劫だけど、孫みたいな子達に会いに行くとなれば話は別だ。


 俺は祖母のそのような気持ちを聞いたことはないけど、「ちょっと会いに行ったのよ」という台詞を聞いたことがある。


「ルルさんもレイさんも悩んだ結果今の道を選びました。後悔しない道や何かを諦める道ではなくて、なるべく皆が幸せになれる道を模索したのです」


 だから、今の俺がするべきことは、なるべく皆が幸せになれる道を見つけること。

 それはきっと一人では歩けない道だから、家族親戚に悩みを打ち明けて、助けを求めなさいと告げられた。


「ではまず、自分から。家族と恋しい人。二つを天秤にかけて選んだ親戚が何人かいます。どうやって決めたのか聞いてきなさい」


 ウィオラにはすぐに会いに行ける。レイはそろそろ退院だからお見舞いがてら。


「レイ叔母上? 叔母上は独身です」


「ここだけの話、レイさんは初恋のユミトさんを追いかけてエドゥアールへ公認家出しました。妹扱いされて相手にされないと、彼の親友になりましたけど」


「そうなんですか⁈ 料理修行の為ではなくて⁈」


 ぼんやりだけど、幼い頃の記憶の中で、レイは俺に向かって、龍神王様が「転んで削ってしまって悪かった」と温泉を与えたご利益の山で大料理人になると笑っていた。


「実はそうなんです。料理が大好きで、すぐ料理修行が目的になりましたけど」


 天涯孤独なんだから寂しいだろうと、レイとユミトの友人が二人で彼を追いかけていった。

 とにかく帰れと言われたけどレイは無視。なにせ、王都内有数の観光地での修行に夢中になったからだ。


「……あれ。そもそもなんでユミトさんはエドゥアールに行ったんですか? レイ叔母上がついて行くってなったら、遠回しにやめてもらいそうですけど」


 ああ、赤鹿かと口にして、いや、ユミトに「エドゥアールに行ったおかげで赤鹿に好かれる体質だと知れた」と聞いたなと思い出す。


「レイさんとユミトさん、それからウィオラさんとネビーさんと話せば少しは考察出来ます。ネビーさんとは必ず話しなさい」


 鬼を避けていては強くなれない。強くなければ強い人の支えにはなれない。

 この鬼は、優しい鬼ですよと背中を叩かれた。

 怖かったら甥ではなくて、一人の青年として相談しなさいと言われた。


「怖くありません」


 嘘。また叔父に大説教されそうでかなり嫌。


「この間、また彼に怒られたんですよ。自分達がそんなに叱りたくないからって押し付けてって。大笑いしていましたけど」


 自分は父親にガミガミ言われて、お説教を聞き流すような性格になったし、父をちょこちょこ小馬鹿にしてしまうから、叱責役は彼に投げがち。

 父はそう言ったあとに「子供を甘やかして、父上、尊敬していますと言われたくてつい」と、少し恥ずかしそうに笑った。


 最近は特に頼りになると身に染みているので、尊敬していますと素直に伝えたら、寝ますと逃げられた。

 俺は生まれてからずっと共にいる父の一面しか知らないのかもしれない。

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