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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
絶望ノ章
51/122

 やたら眠くて、一日どころか数日眠り続けてしまうようになり、まるで老衰前の人間のようだと、家族も自分も心配したけど、主治医や薬師に、このような症例は知らないと言われてしまった。


 様子見と言われて、ビクビクする日々を過ごしていたけれど、沢山眠るおかげなのか、体力がついて、体の重さが減った。

 主治医が「謎現象だけど、眠ることで体を治癒しようとしているのではないか」と推測してくれて、少しずつ活動負荷をかけてみることに。


 兄の同級生が手紙をくれたのはそんな時だった。

 風邪をひいた兄を訪ねてきた彼は、よろよろした私に優しくしてくれたとても雅な男性。

 不届者、泥棒! とはやとちりした使用人マイが猫を投げたというのに、怒った猫に引っ掻かれたのに、勘違いは仕方ないと許したくれた。

 ぐずぐずした説明が遅くなった私のせいなのに、それに対しても怒らず。

 それどころか、マイや私を庇って母に嘘をついてくれた。

 

 その日、部屋からいつものように河原を眺めていたら、その彼が、あの落雷で枯れた木に手当てのように布を巻いているのが見えて、まるで万年桜の主要人物セイみたいだと感じた。


 セイは誠実の誠という漢字の青年ではないかと言われている。古典解説本にそのようなことが書いてあった。

 だから兄の同級生も誠実な気がする。

 同級生はもう一人いたようで、彼と二人で枯れ木に向かって手を合わせていたのだが、あれはきっと、元気に蘇りますようにと祈っていたのだろう。

 優しい、優しい友人を持てた兄は果報者だ。


 なので、私はお礼の手紙を書こうとしたというか、気がついたら筆を手にしていた。

 しかし、なんだか急に恥ずかしくなり、やめようとして、でもせっかく書いたので渡したいと兄に相談。

 このようなお礼や感謝の手紙は非常識ではないだろうか。

 私は家族と使用人くらいからしか学んでおらず、あとは文学知識くらいしか有していない。

 だから世間知らずなので、このような手紙は問題ないですか? と兄に問いかけた。


「年頃の女性が男性に手紙は、そういうことになる。それでも渡しますか? 違うなら自分が代わりにお礼や感謝を伝えます」


「……そういう……ことですか……」


 兄は、貴方が気になるので、交流したいですという意味だと笑った。


「普段は顔色が悪いのに、今は急に少し血色が良いですよ。渡しましょう。練習相手になって欲しいと頼めば、二、三往復くらいの雑談は、礼儀としてしてくれるでしょう」


「そんな。赤くなっていないと思います」


 慌てて両手で頬を包んだけど、少々熱い気もする。

 兄がそんなことを言うので、胸がドクン、ドクンと強く脈打つようになり、変な感覚。


「彼の名前はレイス・ルーベルさんです」


「……ルーベルさんって、まさかあの一閃兵官さんの息子さんですか?」


「彼は甥です。本人に聞いていないですが、同じ学年には他にルーベルさんはいません」


 我が家が営む豆腐屋で働いてくれている職人の一人は、あの大狼と戦って勝利したという三区六番地一番の豪傑、一閃兵官の幼馴染だ。

 一閃兵官は幼馴染のお店の豆腐は美味しいと気に入ってくれていて、幼馴染から奉公人達はとても良くして貰っていると聞いていると、父のところへたまにお礼に来て、地域の困り事があれば応じますと言ってくれる。

 ツネコネがない区民の為に働くのが地区兵官だけど、こうやって聞きに来ないと小さな困り事は放置され気味なので、関係者だけでも気にかけるようにしているという。

 

 それで父はたまに、町内会や奉公人達の困り事を取りまとめて、一閃兵官に取次している。

 師団長になっても、副隊長になっても、腰が低くて大した事のない話にも耳を傾けてくれると、祖父も父も彼を褒める。


 父と一閃兵官はそういう関係なので、世間話でこういうことが発覚した。

 兄が一生懸命勉強して入学した学校に、一閃兵官の甥が次席で入学したと。


 入学試験の結果は、三位までしか発表されず、兄は三位。

 兄は一閃兵官の甥が気になり、友人になれたらより学力を高め合えるだろうと考えて、別の教室になった彼を探した。


 結果、教室は端と端だったし、お互い趣味会に入らなかったので接点無し。

 一閃兵官の甥は、入学後の試験はいつも中間あたりの成績で、入学時の成績はどこへやら。

 教室長なのでかなりの生真面目。堅物で融通が利かない、いつもすまし顔の冷徹学生。寡黙であまり喋らない。

 大した成績を取れないし、武術系の授業は悲惨なので、先生達に取り入れるような言動をしたり、生活態度で点数稼ぎをしているのだろう。

 入手した噂はそのくらい。


 奉公人ルゥスに、幼馴染の甥は「礼儀正しいくて優しいええ子ですし、友人も多いので、きっと内気な若に人を集めてくれますよ」と聞いていたのにまるで別人。

 接点がないし、別人疑惑もあるので、内気な兄は彼に話しかけることはなかった。

 しかし、兄がこの間入会した趣味会に、彼も入会したという。


「中途半端な時期に同時に三人入会したので、三人で組んで連奏することになりました。それで少し親しくなり、お見舞いにきてくれたんです」


「そうでしたか。お兄様はようやく彼と接点を持てたのですね」


「武術系が苦手だと、叔父君と比べられて嫌な思いをしている可能性があります。なので、とりあえず一閃兵官さんの甥ですよね? とは問いかけていません」


「私もその話題を出さない方が良いということですね」


「それもあるけど、もしレイスさんが一閃兵官さんの甥だと、我が家からしたら高嶺の花です」


 兄は続けた。

 前に父が言っていた。一閃兵官の父親は煌護省南地区本庁の官吏で、兄は中央裁判所の裁判官だと。

 前に奉公人の一人、棒手売り——若い女性——に付きまといをされた時に相談をしたら、警告書類を作ってくれたそうで、そこにその三名の連名があったという。

 この娘さんとの会話、五歩以内に近寄ることを禁止する。

 それは調査して簡易裁判をした結果なので、異論があれば役所に訴えなさい。責任はこの三名です、という書類。


「レイスさんはあの雰囲気なので華族かなぁと思ったら卿家(きょうか)でした。しかも、どうやら中央卿家(きょうか)のお家です」


「偉いお家の中でもさらに、ということですか」


「一閃兵官さんとの縁が欲しいという家は沢山あります。おまけに一閃兵官さんの奥様は神職です。神職と繋がりたい家は星の数程。つまり、レイスさんには星の数程の縁談があるでしょう」


「……」


「アズサさんは圧倒的に不利ですが、挑戦するのは自由で、選ぶのはレイスさんです。感謝とお礼の手紙で軽く様子見どころか、文通お申し込みでも、我が家としては大賛成でしょう」


 心配なのは、袖振りされて気落ちして、ただでさえ弱い体が弱ることだけど、ここまで家柄格差があれば最初から望みが薄い分、そこまで落ち込まないだろう。

 自分はそう思うけど、私はどうか。

 最近、少しずつ元気になっているので、いつかの本縁談に備えて、練習をしてみないか。

 私が決意したら両親に相談する。兄はそう言ってくれた。

 病気がちな話はしっかり伝えて、私は強い娘だと教えて、罪悪感で断れなかったなんてならないように、根回ししてくれるという。


「……お願いしたいです。高望みは致しません。贅沢は言いません。せめてあの方の文字を拝見したいです」


 すると、兄はじゃじゃーん! と懐から文を取り出した。

 それは丸めてある文で、紐で結ばれている。その紐は、私が野良猫と遊ぶ用にしている、髪の短い私には他に使い道のない飾り紐。

 野良猫おもち——勝手に名付けた——が口しにて行ってしまったのに、なぜここにあり、手紙を結んであるのだろう。


「なんと。ルーベルさんがアズサさんに手紙をくれました。こちらの紐を猫が落としていったので、落とし物を持ち主へ、だそうです」


「……まさか。お兄様、お気遣いは無用です」


「本物ですよ」


 兄によれば、この間お見舞いに来てくれたレイスとイオリは、兄が縁談練習で文通をしていると聞いて、それなら自分達も練習文通をしようと言い出したという。

 友人の妹は良い練習相手。

 毒にも薬にもならない手紙をやり取りして、相手や彼女の親などに採点や評価してもらう。

 そう、年長者に助言されて、イオリには姉妹がいないので、レイスの縁談練習は兄の妹でどうか? と提案されたそうだ。


「なので、こちらの手紙は両親も自分も読みました。単なるお見舞い手紙です。でも、良かったですね」


 お見舞いの手紙に返事を書くのは普通のことだし、両家の了承も得られていることなので、何も問題無い。

 

「……書いて、書いて良いのですね。こちらの手紙に、ありがとうございますと……」


「新しい友人で、お世話になっている方の甥です。噂とは違い、優しくて楽しい方です。あまり笑わないけど、そういう顔なんでしょう。礼儀として返事をして下さい。失礼がないか母上が確認します」


「……はい」


「それでまた返事が来たら、もう内容確認はしません。困った時、辛い時、悲しい時、悩んだ時は誰でも良いので相談するのですよ」


「お兄様、ありがとうございます」


 年齢は一つしか違わないのに、子供相手みたいに軽く頭を撫でられた。


「兄妹共に、体が温まり風邪が良くなりますようにと、柚と生姜をいただきました。それからりんごです。アズサさん、良かったですね」


 こうして兄は部屋から去った。

 兄から受け取った手紙は、生物ではないから熱なんてないのに手がとても熱い。

 複雑で可愛らしい結び方になっている紐をほどこうとして、もったいないので、そのままの形であれるように、手紙だけを慎重に引き抜く。


 兄が差し出してくれた時もそうだったけど、ほんのりと良い香りがして、これが文学に出てくる「香文」だと感激。

 ——すみれの君を想い、香を紙に焚きしめる。

 この間読んだ古典の一文が脳裏に過ぎった。

 ゆっくりと手紙を開くと、アズサさんへという美しい文字が目に飛び込んできた。


 これは恋文ではないので、私はなになにの君とは返せない。

 私は彼のことをなんで呼ぼうとぐるぐる悩んでいたけど、この手紙への返事なら、兄のご友人様や、レイス様へで良さそう。

 私としては、誠の君へと書きたいけど。

 手紙は短めで、私も風邪をひいたのではないかと考えたので、ご自愛下さいという気遣い。

 あと、組紐をどのように入手したという説明。

 友人の妹へ単なるお見舞いの手紙で、これは彼の文通練習だから、こういう内容なのだろう。


 手紙は見たことのない上質な紙で作られており、純白と呼ぶくらい白くて、とても美しい白銀模様がある。

 香もそうだけど、文通練習なので、わざわざこうしたに違いない。

 本番なら、きっと内容は情熱的で、きっと絵や龍歌を添えた。

 文学により得た情報は、昔のことや創作話ではないみたい。


 私は張り切って返事を書いた。

 優しい人を心配させてはいけない。

 会ったり話してみたいから、同情されるのは嬉しいしむしろ釣りたいけど、優しい人の心を、浅ましい気持ちで苦しませたり傷つけてはいけない。

 なので、自分は元気です、元気になっていますというような事を書くことにする。


 どんどん良くなっているので、両親と弟達と共に、趣味会の発表会へ行くつもりです。

 三人の連奏を聴けることを、とても楽しみにしていま——……。


 手紙を書いていたのに、私は眠っていて、起きたら四日後の夕暮れ時だった。

 それだけ寝たからか、更に体が軽くなっており、嬉しくて母と相談してお風呂に入ってみたけど問題無し。


 これなら髪を伸ばそうと思う。

 誠の君が私に届けてくれた飾り紐を使って、窓から見える同年代の女の子達が最近良くしている、横流しの三つ編みにする。

 その前に、肩まで伸びたらもう少し女の子らしくなるので、その時に、兄のご友人に「いらっしゃいませ」とお茶くらい出したい。

 もちろん、その兄の友人は彼が良い。

 

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