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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
絶望ノ章
50/122

 ここは我が家から小一時間程離れた下街。

 中流層のお屋敷が並ぶ、我が家が所属する町内会のある地域とは雰囲気が異なる場所。

 先生が体調不良で放課後の趣味会が無くなり、イオリもスザクも用事があるというので、下校後にすぐここへ来た。

 ここは南三区六番地で働く災害実動官——火消し——の勤務先の一つ、ハ組近くにある小神社だ。


「いよっしゃあ! また俺の勝ち!」と花札の札を前へ出す。


「さすがレイス。お前の勝ちだな」


「ぼんは頭がええのに運も強いからなぁ」


「二組の負けだ。お前ら全員、逆立ちしてナンパして来い。レイス、こいつらへの要求はそれでええよな?」


「まさか。それよりも近くの区立女学校に行ってお嬢さんに文通お申し込みで。すっげぇ、面白そう」


「それは敷居が高くねぇ?」


「でも愉快そうだろう?」


「やったらやり返されるんだぞ」


「俺は平気だから、なんなら今度手本を見せてやるよ」


 俺は高等校で借りてきた猫みたいに大人しく潜伏しているので、この下街幼馴染達とバカ騒ぎするのは、かなりの息抜き。

 イオリとスザクのおかげで、この息抜きは減っていたけど、ぼんはなんで最近来ないんだ? と誘われると遊びに来たくなるもの。


 下街育ちの幼馴染達と、花札で遊び賭けをしながら酒盛り中。

 俺は年が明けたら元服年。

 飲酒は十六才になった日からと決まっているし、学生だと卒業後が推奨されているのに、特殊公務員家系で役人の手本という家柄の嫡男なのに、俺は今日も今日とて法律違反中。


 火消しの格好なので、友人知人以外は誰も俺をお坊ちゃんと思わないだろう。

 この場に密告するような者は特にいない。いたとしても、俺は意に介さない。

 飲酒違反くらいで我が家の名誉は吹き飛ばない。

 ダメ嫡男の小さな小さな悪い事くらいで、家族親戚が積み上げてきた高評価はガクッと下がらない。


「友人達を導くはずが、ミイラ取りがミイラです。精進します」としおらしい顔で言えば、まだまだ許される若造だ。

 火消し達に混じって、日頃から多少の善行をしているし、学校では教室長を勤めて品行方正。

 減点されても赤点にならないように、元々の数字を高くしてある。

 俺はそのように強かで、計算高くて、内弁慶なので、他人、特に同級生から見ると二重人格気味かもしれない。


 区立女学生を使って遊ぶ事を全員がすると問題視されるので、誰か一人にしようということで、二組の者達に組手喧嘩をさせて、勝者に対して賭けに負けた罰を与えると決定。

 罰は日を改めて、今度、敢行する。

 代表を決めている間に俺はそろそろ帰ろうと社の中で制服に着替えて、あげていた前髪を横分けにした。

 丸坊主にされた髪がようやく伸びてきて、髪型を色々変えられるので嬉しい。

 社を出てくると、幼馴染テオが呆れ顔を浮かべた。


「本当、どこからどう見てもお坊ちゃんだ」


「ええ。自分はお坊ちゃんです」


「分からないところがあるんだけど、聞いて良いか?」


「もちろん」


 勉強をするのなら飲むな、飲むなら遊べと思うのだが、幼馴染テオは軽く飲んで騒ぎながら端の方で勉強をしていた。

 彼は今年元服して、年末に火消し——災害実動官——になるための公務員試験を控えている。


「遊ぶ前に勉強会時間ー! お前らも覚えろ」


「えー。テオ、遊び時間と分けろよ」


「元服年合格にならないと……。最悪だろう?」


 テオがぶるっと震えると、同い年の五名が同じように顔を青くした。

 残りの年下組はソワソワして、昨年無事に親の跡を継いだ者達はどこ吹く風。

 俺は半刻程友人達に勉強を教えて、帰ると告げたら、まだ足りないとテオがついてきた。


「なぁ、レイス。今度は前よりもマシなはずだから頼む」


 歩いていたらテオに手紙を差し出されたので「そうか」と受け取る。

 妹に対する恋文なんて腹が立つので今日も燃やしてやる。


 テオは元服した日に「大人になったから文通お申し込みをする」と妹宛の手紙を渡してきた。

 笑顔で応援すると伝えて「上手くいくと兄弟になれるな」と告げたけど、心の中では舌を出して猛反対中。

 妹の相手は誰でも嫌なので、テオが嫌なのではない。

 むしろ同年代の男性、友人知人の中ではおすすめ物件だけど却下。

 ちなみに、他の者からは手紙を受け取ることすらしていない。


「ユリアのやつ、相変わらず喋ってくれないんだけど。どういう事だ?」


「さぁ」


 俺は妹がテオと喋らない理由を知っている。

 それが単に妬きもちで、女性関係に硬派で厳しいテオに恋人がいるというのは妹の誤解だけど、都合が良いので放置中。


「もう半年くらい経つんだけど。目も合わせてくれない。あーあ。選び放題なのになんでこんなことに。次……。次か……」


「基本、妻って一生に一人なのに半年で心変わりってことは本気じゃないんだな。遊びで俺の妹に近寄るな」


「えっ? まさか」


「それなら一年でも、三年でも、五年でも口説け」


「それは……。確かに」


 十年耐えたら、仕方がないから応援してやると心の中で呟く。

 多分、その前にまとまるので腹が立つ。

 俺とユリアは双子で、あらゆる事が違うけど、お互いが考えていることはわりと以心伝心。

 なので妹の心はテオに向いているという勘は、多分当たっている。

 俺はゲシッとテオの足を蹴った。

 両親、特に父親が愛娘を嫁に出すとは思えないので同居になるだろう。

 家の中で甘い雰囲気を出したら、即座に邪魔してやると胸の中で毒づく。


「っていうかテオ。ユリア狙いなら婿入り一択だぞ。長男なのに許されるのか?」


「嫁取り一択だけど。お前がいるのになんで婿入り一択なんだ」


「あの親父が愛娘を家から出す訳ないだろう」


「嫁取りするけど、そっちで同居。それで問題ないだろう」


「お前の両親はそれを許すのか?」


「当たり前だろう。家族親戚がうじゃうじゃいる土地から離れられてせいせいする。ラオの孫のくせに! ラオの孫! イオの息子なのに! ラオの孫ー! ラオイオラオってうるさいからな。そこにハオにタオもあるし」


「母親に寂しいから出て行くなって言われないか?」


「あのババァは逆だ。私は静かに暮らしたいから早く一人前になって出て行きなさい。早くしっかり者のお嫁さんを探して二人暮らししなさいって言う。あのババァ。ババァになっても親父に夢中だからな」


 それは俺の母親とは大違い。


「親父にも早く出て行けって言われる。うるさいのが三人居なくなったらまた新婚生活だーって。俺らが出て行ったらもう一人二人作りそうで嫌なんだけど。ババァをミユちゃん、ミユちゃんってやめて欲しい」


「イオさんは……まぁ、そうだな」


「ミユ五回に対してイオさん一回の割合。うっとおしいって、ババァはたまに家出して、親父が追いかけて、俺が家のこと。仲が良いくせに喧嘩をするな。最悪な夫婦だ」


 そのババァこと、テオの母親ミユが視界に入ったので沈黙。

 母親に気が付かないテオはまだババァ話をしている。


「テオ。お母上をババァなんて呼ぶのは良くないと思います」


「なんだ急に……。げっ」


 目の前に母親が登場してテオは黙り込んだ。


「こんにちは、レイス君。いつも息子がお世話になっています」


「母上。買い物帰りですか? そちらの重たそうな荷物を持ちます」


「面と向かってババァと呼べない意気地無しさん。今夜の夕飯は五割減にします。嫌なら罰金を払いなさい」


「……やめろ! 俺の金が無くなる! 祝言用の資金だぞ!」


「言葉遣い! 貯金まで侵食しない額なのは分かっています。レイス君を手本にしてもっと礼儀正しくなりなさい。間も無く受験なのに勉強しないと落ちますよ」


 ふんっと鼻を鳴らしたテオの母親は、俺にはニコリと笑いかけて、上品なお辞儀をして去っていった。


「うへぇ。あんな嫁はごめんだ。親父はアレのどこが良いんだか」


「火消しのお嫁さんは肝っ玉で男を縄で縛れないとつとまらなそうだけど、自由奔放な火消しをよく縛れるよな」


「そりゃあそうだけど、あれはやり過ぎだ。親父には甘々のくせに。いや、親父は自ら下僕だからな。なんであのババァの奴隷になったんだか」


 ユリアはミユと姿形は異なるけれど、凛としていて、言う時は言う。男を尻に敷きそうなのも似ている気配。

 俺はユリアみたいなのはごめんだ。なぜあの母親からユリアみたいな家事下手が生まれる。

 家事が下手というよりも、ユリアはそもそも家事が嫌いという人間だ。


「テオ。そういえばユリアは家事が壊滅的だぜ。火消しが望む、家守り嫁なんて無理」


「何を言うてるんだ。丈夫な子を産んで立派に育てて欲しいから家事の半分以上は俺だろう俺。怪獣を相手にしてもらうのに一人で家守りなんて無理無理無理。そっちで同居なら、リルさんがいるから大丈夫」


「母上……がいるのか。そうだった。父上と関係無くユリアは絶対に家から出て行かない。あの食べることが大好きなユリアが母上の料理やお菓子を捨てるわけがない」


 こう話してから「丈夫な子を産んでもらう?」と脳内に疑問符を浮かべ、妹に手を出されるとイラッとして、今回も絶対に手紙を渡さないと決意。

 勝手に誤解して喋らないユリアが悪い。それで機会を失ったら学習する。

 人は失敗を経験しないと本当の意味では学びにくい。だから自分のする事は妹のためだ。そう、自分を正当化。


 不意に、アズサのことが脳裏に過ぎり、スザクは俺の手紙を捨てたりしなかったなと考えたものの、練習相手の俺と、本気のテオでは違うと心の中で首を振る。


 テオが俺の家——母の実家だけどテオはこう呼ぶ——へ行くから手土産を買うと告げたその時、天敵の叔父が俺の目の前に現れた。

 制服姿ではなく私服姿なので、もしかしたら俺をつけて、見張っていたのかもしれない。

 しかし、この状況なら何も咎められない。俺は今、何もしていなくて制服姿だ。


「叔父上、お勤めお疲れ様です」


「おいこら、なんで酒臭いんだ。来い!」


 酒のことを忘れていた!


 叔父に母の実家へ連行された。


「買い物を頼まれたら、偶然悪さをしている甥を発見。日頃の行いが良いからだな」


 叔父はそう微笑み、その後は鬼の形相でお説教開始。


「いつもいつも、うるさいですよ! 俺は父上や叔父上みたいに心の強い人間じゃないんです! 期待なら生真面目なジオ(にぃ)にしろ!」


 不満が爆発して、つい反抗的な台詞を吐いたけど、逃げ損ねて捕まって、また正座させられた。


「弱いなら強くなれ。努力しろ。己を甘やかしても良いことは一つもない」


「そんなに厳しく律しなくても、皆、普通に良い生活をしています!」


「いいや、自らの行いにはいつか必ずしっぺ返しがくる。それが取り返しのつかない事だった時に、誰よりも苦しむのは自分だぞ!!!」


 叔父の雷落下。本当にうんざりだ。


「それなら世の中、不幸な人ばかりです!」


「他人の幸不幸はそんなに簡単に分かるものではない。自分の人生の為なんだから、こんな些細なことくらい励め!」


 畜生!

 俺はこの、ルーベル家の祖父や父よりも厳しい叔父が嫌いだ。

 格好良い自慢の地区兵官で、優しく遊んでくれるから昔は大好きだったけど、小等校くらいからどんどんこんななので嫌い。


 まるで犯罪者みたいに我が家へ連行されて、祖父にもお説教を食らった。

 次は父だと身構えたけど、二人きりになった時に、父は呆れ顔で肩をすくめただけ。


「言うべきことは、父上とネビーさんがもう話したでしょう。規則を守れないなら、バレないようにしなさい。毎回、すぐバレるんですからやめなさい」


「……」


 俺は父のこの冷めた目も嫌いだ。

 俺には期待していないという態度が辛い。


「俺だって、自慢の息子になりたいけど、俺には何もないんです」


「入学してからのすべての試験、小試験も含めて全科目六十五点。なんですかこの逆に披露しているような点数は」


「……なぜそれを」


「この間の中間試験でおかしいと気がついた先生がいらして呼び出されたからです。がむしゃらに励んだ結果、入学試験は次席。慌てて自分を矮小化。何もないって、優秀な頭脳があるじゃないですか」


「……主席じゃなかったので、入学当初にあの一閃兵官と神職の息子なのにと先生に言われて、バカらしくなりました。甥だし、次席なのに……」


「一閃兵官は頭が悪くてかなり苦労した。甥にまで教わったと言い返しなさい」


「叔父上の悪口なんて言えません」


「嫌いなのにですか?」


「家族親戚には言いますが、他人へは言いません。政敵の多い叔父上の足を引っ張ることになります」


「そういう気持ちがあるのなら、口煩くは言いません。言うべきこと、伝えたいことは父やネビーさんが言うてくれました」


 もっと要領良く小狡いことをするか、趣味会や琴に打ち込みなさいと、父はまるで幼子相手みたいに俺の頭を撫でた。


「父上、自分はもう子供ではありません」


「いえ。君は死ぬまでずっと、自分の子供ですよ。でもその反抗心には覚えがあります。レイス、趣味会が行う新年の発表会を、楽しみにしています」


 叔父が怒ると父が甘くなり、父が怒ると叔父が甘くなる。この間は叔父より父が嫌いと思ったのに、今日は逆で手のひら返し。

 祖父はどちらにでも乗っかってくる。

 しかし——……。

 居間へ顔を出したら、祖父に手招きされた。


「レイス。いつ死ぬか分からないおいぼれと、たまには将棋をしてくれないか?」


「祖父上は百才まで生きそうなので、その誘いには乗りません」


 素直に「はい」と言えれば良いのに、こうやって反抗してしまうのは、思春期反抗期というものだろうか。

 

「ははっ。それなら普通に頼もう。たまには孫と雑談したい。また趣味会のことを教えてくれ」


 この誘いならと、俺は渋々祖父の前の座布団に正座。

 言われなくても正座してしまい、どうぞと促されてようやく足を崩すのは、幼い頃からそう躾られた結果。

 どんなに下街風に憧れても、俺の体にはもう、中流層のお坊ちゃんが染みついている。

 趣味会という単語だけで思春期反抗期が和らいで、素直になれた自分に驚く。


「ええ顔になった。スザクさんとイオリさんはええ友人なんだろう。大事にしなさい。家に誘ったら、張り切ってもてなすから呼ぶとええ」


「祖父上は留守でお願いします。将棋、将棋と疲れますので」


「そこはほら。ネビー君かユミト君に赤鹿って頼んでおくから許せ」


「ユミトさんがええです」


 ユミトは叔父や父が通う剣術道場の弟弟子で、叔母の一人であるレイの親友の赤鹿警兵。

 赤鹿を嫌いな者を俺は知らない。スザクはまだ不明だけど、イオリは赤鹿好きっぽいので喜びそう。

 祖父との将棋は白熱して、駒落ちだけど勝てるとなったその時に、母が「頭を使うと疲れるのでおやつです」と、かすていらを持ってきてくれた。


「……母上、ぺしゃんこです」


「ユリアが珍しく、友人に作りたいというので一緒に作ったら、こうなりました」


「そうですか」


 見た目は悪いし、舌触りも悪いけど、味は良いから普通に堪能。

 このユリアに火消しの嫁は無理なので、俺は今夜もテオからユリアへの手紙を風呂を沸かす燃料にすることに。


 顔良し、性格良し、下街では最強職業の火消しというモテ男テオに、あっさり妹を渡したって、良いことはなさそう。

 人は中々手に入らない物にこそ執着するというので、最低百通は書いてもらう。


 手紙を燃やす直前、スザクが俺からの手紙をアズサに渡さなかったら……と考えたけど、それなら俺もテオと同じく手紙を書き続ける。

 まだ返事一つないのに、そうしたいのかと、俺は俺の気持ちを改めて自覚。


 空を見上げたら、雲一つない満天の星空で、この空を閉じ込めた瞳を再度見るには、彼女の瞳に本当の意味で映るには、このままの自分でいてはいけない気がした。

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