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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
約束ノ章
5/122

 夜公演で疲れているのに、早朝からアリアに叩き起こされるので眠い。

 扇子で口元を隠しながら、ふぁぁと欠伸(あくび)をしたついでに、俺は通り過ぎた若い男子学生に流し目をしてみた。

 異国人だ、美しいというようにアリアに惚けていた男子学生三人が、俺に見惚れて照れ臭そうにする。


 今日は朝から北東農村区へ向かっている。それも「歩きたい」という我儘(わがまま)お姫様の希望で徒歩。

 俺とアリアそれぞれの付き人と護衛数人、十数人の団体だ。アサヴは「疲れるから嫌だ。任せたミズキ」と俺に体力お化けのアリアを押し付けた。


「ミズキってこれまで恋人がいたことがないんでしょう?」

「ええ。この間お話しした通りです」


 歌姫アリアにはこれまで二人の恋人がいて、破局したそうだ。

 彼女は秘密にしたいことなんてない、というようになんでも話す。


 恋物語の歌劇で主役を飾るのに、恋のこの字も色っぽいことも知らないのはどうなのかと考えて、他の劇団の人気踊り子と交際してみたが、つまらなくて三ヶ月程で別れた。

 参考にならなかったと、次は音楽家と交際してみて、音楽談義では盛り上がったけれど、つまらなくてまた三ヶ月程で関係は終わり。


 天下の歌姫、絶世の美女ともあろうものが、実にろくでもない恋愛遍歴である。


「運命を変える一生に一度の恋とか愛とか、そんなものあるのかしら。あれだけ素晴らしい遊霞(ゆうがすみ)が舞台よりも恋を取って金儲けしかしないってなんなのよ。今日こそ遊霞について教えなさい」


「また遊霞さんの話ですか」


「またって、全然教えてくれないじゃない!」


「鬼才芸妓は恋に落ちて、公演に出続けて天に名を轟かせるよりも、愛おししい人のお世話をすることを選びました。そう教えましたよ」


「どこの誰なのよ」


「ですから、輝き屋御隠居しか知りません。掘り出し物を見つけたので育ててお披露目。そのはずが、恋をして花柳界には骨を埋めないと去ったそうです」


 そうじゃなくて、とアリアは拗ね顔になった。


「そうじゃなくて、相手の男よ。音楽の神様に愛されている女をその神様から奪えた男のこと」

「教えてもらえないので、存じ上げません」


 その顔は嘘つきの顔だのなんだの、ぎゃあぎゃあ言われたけれど無視。


 遊霞ことウィオラ・ムーシクスは現在神職である。

 自らは花柳界よりも恋を選んだが、龍神王様はその才覚を愛して離さない。

 特に龍神王様の鱗から生まれた、海の大副神様が遊霞を愛でており、彼女が歌い、演奏し、踊れば時々豊漁が訪れる。

 そのように、たまに奇跡を起こすような女性は国内に百人程いる。

 彼女達は何かしらで発見され、国に神職の座を与えられる。


 ウィオラが大金を求めて舞台に立つ理由は大体、神職とは別の慈善活動に使うため。

 今回稼いだお金を何に使ったのか知らないけど、彼女は稼いでは寄付する。

 そんな彼女を独占したのは、あっちでもこっちでも慕われている、活躍地域ではかなり有名な兵官。

 二人はお見合いをして意気投合。望む物を譲り合い、欲しい世界を半々にして生きていこうと話し合ったものの、ウィオラが神職に任官となったので、彼女の実家で暮らしたり、輝き屋の舞台に立ち続ける話は消失した。

 

「知りたいったら知りたい!」

「知らないことを教えることは出来ません」

「この嘘つき!」


 俺はアリアに嘘ばかりついているので罪悪感無し。肩をすくめてしたり顔。


「世の中が全て思い通りになるなんて幻想はお捨てなさい、お姫様」


「諦めを許してはいけない。私の命の恩人の言葉よ。主張しなければ伝わらず、求めなければ手に入らない。当たり前のことじゃない」


 強い光を放つ新緑の瞳に吸い込まれそうになる。

 なんとなくなのだが、俺は彼女の瞳の中にアサヴと似たような光を感じている。

 美しい瞳の中に、苦悩や孤独という、鈍くて暗い光が混ざっているような感覚がするのだ。

 

「命の恩人……死にかけたことがあるのですか?」


「ええ。流行り病で死にかけたわ。両親も親切だった村の人達も大勢。旅医者さん達が助けてくれたの」


 足を止めたアリアは、空を見上げてゆっくりと目を閉じた。


「昔話は久しぶり……。流れ星は叶えてくれる」


 彼女はそのまま歌い始めた。

 更には日傘を使って踊り、付き人達を遠ざけたので、あっという間に彼女の独壇場。

 こういうところもアサヴのようだと俺は付き添い人に持ってもらっていた三味線を手にして伴奏。

 それから、アリアの歌に枝添えの歌も披露。


「……凄いわ! 凄いわミズキ!」


 拍手大喝采の中、会釈を繰り返した後にアリアは俺に抱きついてきた。


「ちょっ……」


 彼女は今日、(フラァ)旗袍(チパオ)という服に袴と着物の半着を合わせた独特な服装なので、胸元があいている。

 くっつかれるとその豊満な胸の感触が伝わってくるのでさすがに動揺。


「やっぱりあなたは凄いわミズキ。すぐに演奏出来て、すぐに歌えて、更に私を引き立たせるなんて!」


「女性同士でもはしたないので離れて下さい」


「そうでしたー。ここは照れ屋の国ですものね」


 アリアは満面の笑顔で区民に手を振りながら歩き出した。


「ねぇ、なんでミズキは舞台の中央、主役の座を奪いにいかないの? これだけの実力と才能があるのに」


「……それはどういう意味ですか?」


「だってアサヴはこの間、私に対抗してきたわよ。今みたいに私を輝かせる役にはならなかった」


 多忙な師匠との特別稽古があるのて無理と付き合わなかったお出掛けで、アサヴとアリアが大喧嘩した結果、瓦版になった話のことだろう。

 大通りで歌って踊って、お忍びデートがバレたので、歌姫と人気役者が大盤振る舞いみたいな題名の記事だったような。


「アサヴさんは世界は自分中心に回っていると考えている方です。そうでないと悔しくて眠れなくなって食事が喉を通らず衰弱死します」


「私もそうよ。エリカと主役を交代交代と聞いた時は、一週間ほとんど眠れなかった。歌姫アリアと歌姫エリカなんて屈辱」


 こういう闘争心も才能だ。


「遊霞も私に喧嘩を売ってきた。恋を選んで舞台を捨てた癖に、嫉妬心は星の数程って性格悪っ」


「遊霞さんに喧嘩を売ってもらえて良かったですね」


「あら。ミズキの胸の奥にも火はあるのね。二番手に甘んじているのは実力不足だと自覚しているだけなの?」


 私達はまだまだ若いのだから、何も諦める必要はないわ。アリアは無邪気な笑顔で俺に笑いかけた。


 チリッと俺の中で何かが焦げつく。

 物心ついた時からアサヴと比べられ、たゆまぬ努力の果てに常に惨敗してきた俺の何が分かる。

 無邪気と無頓着は表裏一体。

 俺はやはり、この歌姫アリアが心底嫌いだ。


「どうしたの?」


「お腹が減ったと思いました」


「そう? それなら早めの昼食……なにあれ、なにあれ! ねぇミズキ! 水の上に街があるわ!」


 北東農村区へ行きたいと言うので出発したのに、あれはなに、これはなにと道を逸れていくのは前回と同じ。

 あれこれ質問してくる、うるさい歌姫にひたすら知識を与え続けて口がカラカラ。

 俺の腹はとっくに空っぽで、背中と腹がくっつきそうだ。

 それなのに、俺が腹が減ったと言ったことを忘れて、彼女は目の前の世界に夢中。

 

 また歌うし、また踊る。それで人を集めるので、仕方ないと枝添え。

 俺は公演前の大事な時間に、一体何をしているのだろうか。


 十五時の鐘が鳴って少しして、俺達はようやく昼食にありつけた。


「ごめん、ごめん。お腹減っていたのよね? 楽しくてつい」

「どちらにしますか?」


 彼女の希望で付き添い人達とは別々の部屋で食事になり、俺とアリアは半個室で二人きり。

 若い男女が二人きりなのだが、俺は女装していて、アリアは俺を女だと信じているし、彼女への嫌悪感が強くて色気のいの時のもない状況。

 煌国の文字が読めないアリアの為に、お品書きの内容を説明していく。

 (フラァ)国の文字と似ているらしいひらがなは少しずつ覚えているようだけど、漢字は難しいようだ。

 

「ミズキは何にするの?」

「梅膳にします」

「それなら私もその梅膳にしよう。飲みやすいお酒も頼んでちょうだい」


 アリアと過ごしている時間の中で、彼女が俺の目の前でお酒を飲むのは初。


「飲みやすいお酒とはどのようなものですか? 煌酒はもう飲んだことがありますか?」

「ウーメシっていうお酒は好きだったわ」

「梅酒ですね」

「そう、うーめしゅ」

「梅酒。量はどうしますか?」

「気分が良いから何杯か飲むわ」

「それなら徳利で頼みます」

「とおっくりって何?」

「来たら分かりますよ」


 梅膳二つと梅酒を中徳利で一つとお猪口を一つ、それから一応割る為のお水を注文。

 先に梅酒が届き、アリアは当然のように俺にお酌をしてもらう仕草をしたけど無視。


「ちょっと。同席者はお酌をするものでしょう?」

「君を接待して私にどのような得があるのですか?」

「そんなの、ミズキが(フラァ)国に来た時に、私が自ら案内するわ」

「君の案内は必要ありません」

「どうして? (フラァ)国に来たことがあるの?」

「ありませんし、行く予定もありません」

「招待するわよ。こんな風に接してくれる同年代の女性は初めてだもの」


 こんな風に? と尋ねたら対等みたいに振る舞うところ。それもわざとではなくてと言われた。


「私はあっという間に頂上にいたの。そうしたら、誰も登ってこないわ。横に並ぼうとして嫉妬ではなくて、妬みと憎しみで邪魔をしようとか、憧れて遠巻きとかばっかり。同じくらいの実力のエリカも私を崇めるの」


 アリアお姉様と崇める歌姫エリカの心酔ぶりを思い出す。あれは確かに対等とは遠い。


「私は違うと感じるのですか?」

「あなたは私に嫉妬しているけど、それは真っ直ぐな気持ちでしょう? 必ず私に追いつくっていう誠実さがある」

「はぁ……。私は君を下に見ていますので的外れです」

「下? まさか。あなたよりも私が輝いているわ」

「人気商売なのですから、客観視は大切ですよ」


 本心なのに、これまでの公演のことを全てほじくり返して、あれはこうだった、これはこうだった、遊霞ならこうしていただろう、私の歌ならこうなると説教じみたことを言われ続けた。

 苛立って、見た目と歌しか取り柄のない、三流役者と言い返す。

 言うだけでは足りなくて、俺は気がつけば立ち上がって、アリアが演じる「シャーロット」の名場面を演じていた。


 どうだ、この野郎という怒りのままに。


「わぁ……素敵よミズキ」


 結構お酒を飲んでとろんとした瞳のアリアは笑顔で拍手を開始。

 嫉妬されずに褒められるだけとは虚しい。


「……。ねぇ、アリア」

「あら。いきなり呼び捨て? ミズキなら許すわ」


 扇子を取り出して、アリアにゆっくりと近寄る。


「ねぇ、アリア……」

「なんで急に泣くのよ。あなたは飲んでないのにお酒の匂いで酔った? それとも情緒不安定?」

「アリア……」

「……」


 ゴクリ、とアリアが唾を飲んだと伝わってきた。彼女の笑顔は引きつり、顔色がゆっくりと青白くなっていく。

 

「神とは我也」


 パシンッと扇子を閉じて、一気にアリアに近寄り、彼女の喉元に扇子を突きつける。


「たとえ神が許そうと私は許さない」

「……っ」


 彼女は声にならない悲鳴を上げた。


「愛おしいと語ったその偽りの口など裂けてしまうが良い!」

「……っいやああああああ!」


 怯えて大きな悲鳴を上げたアリアに大満足。これはとある文学作品の名場面である。

 付き添い人や護衛達が現れて、何があったのかと問いかけられた。

 俺よりも先に、泣きながら笑うアリアが「素晴らしい演技を見たのよ」と告げたので、俺はお咎めなし。


「さっきまでは凛としたお姫様だったのに、今のは何?」

「さぁ」

「さぁって何よ」

「ねぇ、今の二つの演技から、愛おしさや恋慕は感じました?」

「全然」

「ですよね。アリアさんの反応は私が望んでいた反応と違います」

「そうなの?」

「三流役者は私です……」


 アリアにあれこれ言われて傷ついたが、俺には人並み以上に客観視出来る能力があるので、彼女の言葉が全て的を得ていることを理解出来るし、もっと前から既に自分で感じていたことばかり。

 自分の立ち位置も、能力も、なにもかも、俺は自覚している。


「ちょっ、ちょっと。なんでそんな悲しそうな顔をするのよ……」

「君がずけずけ言って、私を傷つけたからだと分からないのですか?」

「んもう。打たれ弱かったの? そうは思っていなかったけど。仕方がないから慰めてあげる」


 えっ? と思ったらアリアの膝の上。

 彼女は俺の頭を軽く撫でながら、大丈夫、大丈夫と笑った。


「去年の今頃、エリカもこんな風だったわ。ミズキは壁にぶつかっているのね……」

「……」


 うるさい、と言い返して膝の上から脱出しようと考えたど、若い女性にこのようにされたことはない。

 女形(おやま)として、何度も男を膝に乗せているけど逆はない。アサヴ達はこのような景色を見ているのかとぼんやり。

 

「そりゃあ、そうよね。あの遊霞と同じ役をさせられて、あーだこーだ言われているんだもの」

「……」

「でもあれは簡単には無理な芸術よ。本番に備えて、日頃からしっかり励んでいるのでしょうね」

「……まさか。遊霞は家族の世話で忙しい方です」

「やっぱり知っているんじゃないの! 教えなさいよ!」


 アリアに耳たぶを引っ張られて、かなり近くで怒鳴られた。

 その声はあまり大きくなく、耳元で囁くようなものだったので、少し身を捩る。


「耳元でうるさいですわよ」

「教えなさい」

「多くは知りません。遊霞は芸を捨てたのに芸に愛されています。あんなにも強い光を放ち、御隠居も師匠も、あのアサヴさんも虜にして、君もご執心……」


 琴、三味線、舞、演技練習、文学研究、人間観察などなと全てを極めるには時間が足りない。

 才能のない俺には、何かにうつつを抜かす時間なんてない。

 天才なら余り時間を使って人生を謳歌して、その時間さえも芸の肥やしに出来る。

 しかし、俺はそうではないのだ——……。


「よしよし、大丈夫よミズキ。あなたにはあなたにしかない光があって、私もアサヴもとても焦がれているわ」


 つい、感傷に浸ってしまったが、こんなの屈辱的だと起きようとして体の向きを変えたら、彼女と目が合った。

 そこには、遊霞が夫を眺める時の瞳の輝きがあった。そして、先日鑑賞した絵画の主題だった、微笑む異国の聖母とアリアが重なる。


「……アサヴさんが私に?」

「ええ。そう言っていたわ」

「君は私のどこに?」

「あなたは必ずこの国の代表として(フラァ)国へ来ることになるから、その時に教えるわ。約束」


 そっと小指と小指を指を絡められた。


「つまらない自己卑下や自信喪失で舞台から逃げないで。私に言えたのなら、今の孤独や不安を周りの人達にも言えるわよね? それも約束よ」


 ただただちやほやされて育ったお嬢様には、先程のような表情は出来ない。

 俺はますます自分の器の小ささを痛感して、惨めでならなかった。

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