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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
絶望ノ章
49/122

 かつて叔母が我が家に来てくれていたように、ミズキが個別指導に来てくれるようになって今日で五回目。

 放課後、趣味会で練習をしたのに、帰ってもまたお稽古とはまるで琴門の息子みたい、なんて。

 稽古が終わったので、挨拶の一礼を行う。


「なぁ、ミズキ」


「なんですか?」


 今日も今日とてミズキはお嬢様風だけど、この前まではうっかりドキドキしたけど、もう全然。


「琴門の息子だとこんな感じですか? 趣味会後にまた稽古」


「まさか。趣味会なんて入りません。授業が終わったらすぐ家業のことです。寮暮らしでしたけど、別に家は遠くなかったので、寮と家の往復です」


「それ、寮暮らしの意味ってありますか?」


「寮暮らしでツテコネ作りです。三人部屋ですし、食事や入浴などでも、同級生達と一緒に過ごしますから」


「ああ、そういうことですか」


「琴門の息子みたいだと思ったんですか? 愛くるしいですね」


 ツンツン、と頬をつつかれたのでその手を払う。


「あら。ようやく(わたくし)に照れなくなりましたね。寂しいです」


 ふうっと耳に息を吹きかけられたので、ゾワゾワッとして身を捩る。

 この男は騙してすみませんと言っておいて、俺もジンも揶揄(からか)ってばかりだ。


「やめて下さい」


「基礎練習をサボっているからです。曲の練習ばかりしているのでしょう。まず基礎練習。つまらなくても基礎練習。曲の練習は趣味会と私が来た時だけ。約束を守って下さい」


「うるさいなぁ。俺は好きな曲を軽く披露出来るくらい弾ければええのに、基礎、基礎、基礎。叔母上の稽古は楽しかったけど、ミズキは最悪。クビにしますよ」


 本気ではなくて軽口のつもりだったのに、ミズキは傷ついた顔をして(うつむ)いた。


「……レイスさんまでそのように」


「俺まで? 誰かに似たことを言われたんですか?」


「君の従兄弟、全員です。ララさんまでお稽古拒否。(わたくし)は真面目に、真剣に教えようとしているのに」


 お嬢様の哀しげな拗ね顔はかわゆいけど、こんな時でもミズキお嬢様という人物演出は完璧なことに驚く。ただ、もう全く心は動かない。


「全員って全員ですか?」


「なーんて。他の誰にも指導していません。レイスさんはどなたを想って弾いているんですか? あちらの飾り紐を贈る女性ですか?」


 あちらという単語で、慌てて確認したら机の上にアズサの組紐が乗ったまま。

 おまけにミズキが来るまで書いたりやめたりしていた手紙もそのまま。


「ちがっ。あれ、あれはユリアへです」


「隙ありです!」


 俺はさっきまで琴を弾いていて、ミズキの方が机に近い位置にいたので止める前に机の上の手紙を奪われた。


「悪趣味ですよ!」


「ユリアさんへなんですよね?」


 ニヤニヤ笑うお嬢様ミズキから手紙を奪おうとしたけど、ひらりと舞うように逃げられた。


「やめて下さい」


「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」


「返せ」


「嫌ですわ」


 追うとかわゆく無邪気に逃げるお嬢様。これには少し萌えてしまったので腹が立つ。


「誰も見ていないのに、お嬢様演技をするな!」


 なぜかもう惚けないけど、本物の若い女性みたいでかわゆいからムカついてならない。


「猫の君へって、全くもって雅ではありませんね。却下。書き直し」


「えっ?」


「それになんですかこの堅苦しい短い文章。これでは返事はきません」


「ど、ど、ど、どうしたらええですか⁈」


 叫んでから、俺はあのアズサに文を渡したいし、返事が欲しいのかと気がついた。

 そもそも、書いたりやめたりしている時点で、薄々そんな気配はしていたけど、更に自覚。


「まずは着席して下さいませ」


 真剣な眼差しで言われて、畳を扇子で示されたので思わず正座。


「どこのどなたですか?」


「なんでそんな話をしないとならないんですか」


「このままではこーんなブサイクな手紙には返事はないので、彼女は他の誰かのものになりますがよろしいのですね?」


 ブサイクな手紙という台詞に、頭を殴られたような衝撃を受けた。


「よろしくないようなので教えて下さいませ」


「……学友の妹さんです」


「なぜ猫の君なのですか?」


 ボソボソ声で、つっかえながらなんとか説明すると、ミズキは俺の前に正座して、神妙な表情で目を伏せた。


「それは難しいですね」


「何がですか?」


「雅は放棄してアズサ様へにしましょう。組紐を口実にしてもう少し交流してみたいということですよね? それならありふれた手紙が良いです」


「ありふれた手紙……ですか」


「つまり、このままです」


 俺が手紙に書いたように、昼間なのに浴衣姿だったということは、彼女は兄の風邪をもらった可能性大。

 そう察して、気遣いの言葉を(つづ)っているので好印象。


「直すのは猫の君へのところです。お見舞いの品を添えて兄君に……渡すと私はその子を見られないので、一緒に行きましょう」


「……なんですか、その一緒に行きましょうって!」


「それなりの家の男性も騙せるのか試したかったので良い口実が出来ました。その日にネタばらししますのでご安心下さいませ」


 この紙は風流ではないので、明日持ってきますねとミズキは部屋から出て行った。

 

「……——っ!!!」


 決意していないのに、アズサに文通お申し込みをすることになってしまった。

 親に教えずに勝手に文通お申し込みなんて……と考えて、下街幼馴染達の姉妹とは、ほいほいお出掛けしていたので、今更だと開き直る。


 父は「お金で女性を買ったり、非常識なこと、不倫や二股などはしないように。子育て出来ないうちは致さないように」くらいしか言わない。

 母は、異国の悲劇物語ロメルとジュリーの結末が嫌いなので、余程でなければ反対しませんと放任主義。

 祖母は「ジオに良家のお嬢様を」とまず年上のジオだと、ジオに夢中。

 俺のことは、良い学校へ入学して、このまま中央勤務でしょうから、良縁があるでしょうと楽観的。


 クギヤネ家がどんな商売をしているのか不明だけど、堅実な商売をしているなら誰も文句を言わないはず。

 文句を言われたく無いってことは、そういうこと! と俺は自分の頭を抱えて畳の上を転げ回った。

 これはミズキお嬢様に(かどわ)かされたようなものだと自分に言い聞かせる。

 国立女学生である妹の友人達にさえ、そんなにそそられなかったのに、ミズキお嬢様には引っかかり、次はあのアズサ。


 共通点は……ない。特に無い。

 妹の友人とそう変わらない雰囲気だった。ミズキお嬢様よりは好みの顔の美少女。

 好みとか美少女なんて考えるな! 女性の上辺しか見ないとミズキに騙されたように、痛い目を見る。

 しかし、あの流星群を宿しているような綺麗な瞳は、きっと内面の光を反映しているのだろう——…。


 じゃない!!!


 なんでこんなことばかり考えているのだろうと、俺はゴロゴロ、ゴロゴロ転げ続けた。

 こんなことは、初めてだ。


 ★


 翌日、趣味会が終わってスザクとイオリと校門を出たら、日傘をさしたミズキが母の実家の犬のクロの綱を握って校門前に立っていた。

 美少女ではないのに雅な雰囲気があり、実に絵になる立ち姿で、下校する生徒達の注目を集めている。

 

「レイスさん」


 ミズキの語尾は弾んでいて、頬は少し赤らんでいて、こんなのどこからどう見ても、ミズキは俺の婚約者。

 もの凄い注目を集めているし、スザクとイオリも驚愕している。


「お母様に大人しく待っていなさいと注意されたのに、気持ちがはやって来てしまいました。こちらは番犬で付き添い人の代わりのクロです。なので、怒らないで下さいませ」


 うるうる瞳で「怒らないで?」みたいに見つめられてげんなり。

 ミズキは恐ろしい男というか、恐ろしい役者だ。

 俺は昔、輝き屋の公演を見たことがあるけど、その時にミズキを見た記憶はない。

 その頃のミズキも幼くて、まだ舞台には上がれなかったのだろう。


「ち、ちか、近くの茶屋にお母上がいるのですね?」


「もちろんでございます」


 男子校の校門前で待つ女性はほぼ居ない。

 いるとしたら家族親戚など血縁者か、付き添い人もいる婚約者。

 俺の友人にはすぐネタバラシをすると言っていたので、とりあえず人目を避ける為に近くの茶屋へ移動。

 クロがいるので、お店の外の長椅子を選択しようとしたけど、ミズキはクロを外に繋いで、個室にしたいというので許可。


 個室に入ると、ミズキは両手を天井に伸ばしてグッと伸びて「いやぁ。大漁、大漁」と笑った。


「役者修行で女装しているんですが、自分は男性でレイスとは単なる友人です。男性なので、母親と一緒ではありません」


「……」と、イオリとスザクが顔を見合わせてから、俺を見つめた。


「その通りでこの人は男です」


「「ええええええええ!!!」」


 ここまで完璧な化たらこういう反応になるのは当たり前。


「んんっ。あー。地声だとこんなです。上手く騙せて嬉しいです。俺、女形(おやま)なんで」


「うわぁ。それはわりと男の声です」


「ほ、ほ、本当に男性ですか?」


(しも)でも見ます?」


 イオリとスザクは顔を見合わせて、見たいですよね? 見ますよね? と言いだした。


「本物の女性だったら、あそこを見られる、ですか? 見せる女性はいませんよ。あばずれならともかく。身が危ないから、あばずれだってこんなところでは売りません」


 ほらよ、みたいにミズキが着物の裾をバッと広げて、逞しい太ももやもっこり股間を披露。


「なんか変な性癖が生まれそうで怖いです! レイスさん! なんて危険な友人なんですか! 普通に男性姿で紹介して下さい!」


「そうだそうだ! 男なんて嘘だろうってドキドキしていたから、アレを見て興奮みたいに脳みそが誤解しそうです! 怖い、怖い、怖い! レイスさん、これは流石にふざけすぎです!」


「違います! ミズキが勝手に来たんです!」


「あはは。男子学生さん達は愉快ですね〜。まぁ、まぁ。お詫びにご馳走するんで、何が良いですか? 一人一銀貨までですよ」


 一銀貨? 

 いくら一区でも、ちょっと一休み、おやつや小腹を満たすものを少しという茶屋で、一人一銀貨の予算はおかしい。


「えっ? 一銀貨ですか?」


「一銀貨ってなんですか?」


「修行中なので、お嬢様ミズキに戻りまーす。飲み放題、食べ放題です。少々遊んだお詫びですからどうぞどうぞ」


 こうしてミズキと俺達で軽食開始。

 ミズキはどんどん二人に質問して、家のことや家族構成を次々と聞き出して、二人と打ち解けていく。

 俺は内弁慶で人見知りなので、彼のこの能力はとても羨ましい。

 彼はついに、二人に想い人がいるのかどうかを聞き出した。

 イオリは気にかけていた幼馴染が別の幼馴染と上手くいって、一刻も早くお見合いを始めたいですと、遠い目。

 スザクは親が今年からそろそろ練習開始しなさいと探してくれた女学生三人と文通中。


「それでしたらイオリさんも練習すると良いですね。レイスさんには妹がいるんですよ」


 友人の妹は良い練習相手。

 毒にも薬にもならない手紙をやり取りして、相手や彼女の母親などに採点や評価してもらう。

 ミズキはそう告げて、イオリにどうですか? と尋ねた。

 場の空気があるので叫ばないけど、俺はそんなの断固拒否する!


「えっ。他の人も見るんですか?」とイオリが顔をしかめた。


「練習ですもの。練習なりの文を書き、評価してもらう。大切なことです。基礎が出来ていないと、応用は出来ません。いざという時に困りますよ? お見合いを始めても惨敗ばかりになってしまいます」


「惨敗……。そうですね。練習します」


 誰が練習でも妹との文通を許可するか、とイライラしていたら、ミズキに「こっそり俺がやり取りするので」と耳打ちしてきたので、出そうになっていた言葉を飲み込む。


「そうなるとイオリさんには姉妹が居なかったので……レイスさんはスザクさんの妹さんに練習を頼みたいですね。スザクさん、どうですか?」


「えっ? 妹ですか? 練習……。ええ、本人と両親に確認します。レイスさんが我が家なんかの練習に付き合ってくれるなんて、ありがたいです」


「練習させていただくのはこちらですよ? ねぇ、レイスさん」


「え、ええ」


 その後、ミズキはスザクの文通練習の話題を盛り上げて、気がつけば話は趣味会のことで、今度の土曜にミズキが学校へ遊びに来ることに。

 自分は琴門で、師匠が話をつけてくれるだろうから、社会勉強にきた箱入りお嬢様ということにするのでよろしくと、ミズキは悪戯っぽく笑った。


 こうして、ミズキのおかげでアズサに堂々と手紙を贈れることに。

 良い家の息子さんが文通練習をしてくれるとは有り難いと受け入れられてホッとしている。

 俺は確かに肩書きとしては良いところの息子。

 家族親戚が重荷、嫌だと思っているけど、今回のことでは感謝。


 帰宅後、ミズキは俺に旧煌紙をくれた。


「年頃なんで家族親戚には言いたくないでしょう。この家に縁談のこだわりはなさそうなので、二人だけの秘密にします」


「えっ?」


「自分は成人で親戚の君を導く立場。このくらいのことを内密にしても、非常識ではありません」


「あー。そうですね。ミズキは親戚で年上のお兄さんです。……ありがとうございます」


「まだ俺を半分くらいお嬢様って誤認してそう。見返りはそのうち頼みます」


 妖艶な笑みだったので何を要求されるのか怖くなるけど、それよりも他の家族親戚に言いたくない。

 それに、ミズキは真面目なことには誠実そうな気配。


 ミズキが選んでくれた旧煌紙は「雪晒し」で、色は深白で、俺がつい喋った流星群のような柄。

 彼はアズサの組紐をあれこれ結って、他の結び方でも良いけど、有名な縁起良しの結びはこの辺りなので、好きな結び方で返すと良いですと助言してくれた。

 彼が私立高等学校卒業者だということを改めて実感。


「ミズキはこういう知識で誰かにお申し込みをしたことがありますか?」


「雅のみの字もない、教養知らずに惹かれたので、苦労しています」


「……俺には根掘り葉掘り聞いたから、誰か聞いてもええですか?」


「なんでそこは遠慮がちなんですか。まっ、兄弟並みの幼馴染にもまだ秘密なので秘密です。そのうち」


 お互い頑張りましょうと俺の肩を叩いたミズキはとても上機嫌で、ミズキお嬢様ではなくてミズキお坊ちゃんの声や所作だった。

 お坊ちゃんミズキは下街娘に惚れて四苦八苦しているようだ。

 ジオには言って、二人で誰が突き止めて、ミズキで遊ぼうと考えたけどやめた。

 騙すし遊ぶのに、真面目な話のことは茶化さないどころか真剣に協力してくれたので。


 こうして俺は、アズサの組紐で文を結んで、スザクに渡した。

 結び方は叶結びを選択したので、スザクに何か言われるかもしれないと緊張したけど、特に何も言われずに「練習ありがとうございます」で済んだので、すこぶるホッとした。

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