九
叔父は仕事へ行き、父と個室のあるお店へ。
父は女性兵官見習いの規則関係の書類や報告書の見本を取り出して、不明点は祖父のガイに尋ねるようにと告げた。
報告書の提出先も祖父だそうだ。
読みなさいと促されたので二つの書類の内容を確認。
資料を読んだ結果、アリアは親戚一同がかなりお世話をしているようで、私の出番は無さそうに思える。
支援に関して指示を仰ぐのは母方の祖母エルとアリアを保護しているレイで、報告書の提出先は叔父。
「……アリアさんの保護費はレイ叔母様が出しているのですか」
人魚姫アリアの身分証明書は現在、鶴屋奉公人レイの使用人となっていると記されている。
そこに待遇や与えられた仕事は実家家族の手伝いと続いている。
「ユリアは知らなかったんですね」
「はい」
「まもなく成人で女性兵官志望なのにその程度の情報も得ていない。のほほんとアリアさんとお喋りくらいの関係性。恥じなさい。だから見習いの見習いから開始です」
「……はい」
私はテオとの恋に浮かれて、親戚が保護した女性について関心が薄過ぎた。
父の指摘通り、これは恥ずべきことである。
父は目を伏せて、注文したお酒を手酌で盃へ注ぎ、気怠そうに小さなため息を吐いた。
「ユリア。君が登下校中に何度も犯罪者逮捕に協力していることは胸を張って誇って良いことです」
「……ありがとうございます」
あまり危ないことをしないようにと苦言を呈しつつも、良くやりましたと褒めてくれるいつもの父は今は居ないみたい。
「しかし、命を助けることと、心や生活を助けることはまるで異なります。アリアさんにはレオ家がついているので大丈夫です。君は家族親戚が行っている支援から学びましょう」
「はい。しかと励みます」
アリアの書類は参考資料なので読んだら終わりで、彼女の今後のことも資料通り祖母や叔母レイがかなり考えているので、混ざりなさいと言われた。
父はもう怠そうではなくて、微笑んでくれている。
「ユリア。友人が心配だから助けて欲しいと頼まれて、とても嬉しかったです。この通り、色々疲れているんですが、大事な人の為には頑張れます。世の中、一人では出来ない事ばかりです。なんでも自分で解決できると思い込まないように」
「はい」
「マリさんのことですが、この資料の通りだと殆ど問題ありません」
促されたのでマリに関する書類を読んだら、彼女は姉の借金を返済する為に花街奉公を決意したけど、親がなんとか資金援助先を見つけた、みたいに記載してあった。
マリはナガエ財閥四男シン・ナガエの看病嫁として望まれて、フユツキ家は代わりに無利子で借金代を借りられ、業務提携もすることに。
お家の借金による不幸は公的支援対象外であり、さらに幸運な縁談の出現によりマリ・フユツキの支援は不必要という記載は気に食わないが、仕方ないのだろう。
お金を貸したお店に違法性はなく、むしろ踏み倒すつもりで家や家族を担保にした次女に問題ありと書いてあるが、その通りだ。
マリから聞いていない情報でここに書いてあるのは「花街奉公予定だった」というところと、フユツキ家の次女が作って全く返さなかった借金の額。
ちょっとした友人の私に、こういうことを話す訳がないけど、このままでは花街に売られてしまうから助けて欲しいと言われたかった。
彼女も私の叔父は番隊副隊長だと知っているはずなのに、そのように助けを求められなかった。
助けてと言われて何を出来たのかは分からないが、叔父や親なら私には思いつかないことを考えてくれた気がする。
「アリアさんの資料は自分とネビーさんが作成したものですが、こちらは兵官さんが作ったものです」
「そうなのですか」
「こちらが自分とネビーさんが、娘や姪っ子の為に調べて作った追加資料です」
父は鞄から分厚い書類を出して、こちらに渡さずにまた鞄へ戻した。
「これは答えのようなものです。今からあれこれ調べてみなさい。君は既に、どこから手をつければ良いのか知っています」
「どこから……。マリさんに会いに行きます!」
「それはレイさんとユミトさんが様子を探ってからと言われているでしょう」
父は先が思いやられると笑いながら、フユツキ家に行きなさいと指示された。
「狙い目は長女さんです。成人とはいえ、箱入りお嬢様でマリさんとは仲良し姉妹。きっと心配しているので口を滑らせます」
レイスと異なり、私は策を練るみたいなことは苦手なのでと、父は交渉術だといくつか手段を教えてくれた。
「そのままの君が役に立つかもしれないので、余計な事はここまでにします」
いってらっしゃいと言われたので席を立つ。父はこのまま一人で飲むのだろう。
「フユツキ家の後はレオ家でアリアさんに自分も担当になったと伝えて下さい。エルさんやレイさんは知っているので報告は要りません」
「はい、お父様」
こうして私はフユツキ家へ行ったのだが、マリの母親に「ありがたいけど娘は大丈夫です」と追い返されかけた。
長女に会うどころではない。
「ち、知人の赤鹿警兵さんがマリさんと会いました」
「赤鹿警兵? 赤鹿警兵がマリさんを保護したということですか? マリに何かあったのですか?」
ここではちょっととマリの母親に玄関内に促されて、さらに「マリさんに何があったんですか」と詰め寄られた。
「誰かに何かされるような心当たりがあるんですか?」
私の問いかけに、マリの母親は苦虫を噛み潰したような表情で、小さく首を横に振った。
「いえ。娘は嫁ぎ先にいまして、良くしていただいています。なのにいきなり赤鹿警兵だなんて、向こうの家の方と出掛け中に何かあったのかと」
「赤鹿警兵さんに、マリさんはご近所さんのお屋敷で同居結納と聞きました。道をぷらぷらしていたので、家出お嬢さんかと思って声をかけたら違ったと」
「まぁ。そうでしたの。娘を気遣っていただき、ありがとうございますとお伝え下さい」
「あの。私は近々、マリさんに会いに行く予定です」
すると、マリの母親はそれならどうか娘にこっそり手紙を届けて欲しいと私に頼んだ。
「マリのことは気に入って下さったんですが、私達家族はろくでもないって煙たがられていまして。お恥ずかしいことに、娘や妹管理が出来ずに、マリさんに負担をかけようとしてしまったので」
次女がかなりの借金をして、どうにも首が回らなくて困っていたところに救いの手。
マリが気難し屋で引きこもりの病気がちな息子さんのお世話をすることで、資金援助をしてもらえることになった。
彼女はそう告げて、その息子さんは前からマリの事を知っていて、気に入ってくれていたんだそうですと続け、手紙を持ってくるのでと家の奥へ去った。
戻ってきたマリの母親に数通の手紙を託され、警兵さんと一緒に娘をよろしくお願いしますと頼まれ、気がついたら家の外。
結納契約書にフユツキ家側からの訴えで離縁禁止、暴力、暴言、その他どんな扱いも許すとあるのはなぜなのか聞きそびれたし、長女にも会えていない。
「あ、あの」
声をかけられたので振り返ると、驚いたことにマリが文通お申し込みした男性だった。
彼は私に「撫子の君のご友人の剣術小町さんですよね」と話しかけてきて、彼女にこの手紙を渡して欲しいと文を差し出した。
「お姿を殆ど見なくなり、とても心配しています。ご病気か何かということですよね。お母上には、すみませんと言われて、受け取ってもらえなくて。どうかお願いします」
マリの文通お申し込みは失敗したと彼女から聞いていたけどもしや嘘?
二人は文通を初めていたの?
質問する為に彼を追いかけたけど、途中で迷子を発見して、女の子の親を探している間に彼を見失った。
こうなったらマリに早く会いたいので、ユミトからの連絡は待たずに、こちらから彼に会いに行こうと決意。
その前に母の実家に寄って、アリアに一言挨拶と思ったら、なぜかテオがいた。
私の従兄弟達と年下叔母ララとアリアを居間に集めて座らせて、先生みたいに前に立っている。
「何をしているんですか?」
「エルさんに頼まれて勉強会」
「おばあ様に頼まれたんですか」
「今日は夜勤だから家に居るはずのユリアに会いに行ったんだけど居なくて、用事が終わったらここって聞いたから待ってた。待つ間、お手伝いしますって言うたらこれ」
「それはありがとうございます」
とりあえずアリアだけを呼び、女性兵官見習いになって、担当になったと伝えた。
「へぇ、兵官って女性もいるの。強いらしいからピッタリね。私の担当って、この家で泥棒しないか見張りってこと? しないけど、不審者を見張るのは当然ね。ネビーさんはあんまり家にいないし。ユリアと一緒に暮らすのは楽しそう」
「違います」
「私とは仲良くなれないから楽しくない? そっか。それは残念」
「違います」
「何がどう違うの?」
「これからは私もアリアさんを独り立ちさせるお手伝いをします。それが担当の意味です」
「へぇ。それなら今日のおつかいに一緒に行ってくれる? 一人で行ってみなさいって言われたけどまだ心配。また迷子になりそう」
ここに祖母が現れて、一人で行きなさいとアリアを叱った。
また迷子になっても、また帰ってくる練習になるし、迷子にならなかったら成長だからと。
「ユリア。子育てのコツはあまり甘やかさないことよ。ちょっと来なさい」
「はい」
二人きりなので、なんの話をされるのかと思ったら、アリアの教育係補佐になったんだから、家事を一通り、人並みに出来るようになりなさいというお説教。
「人のお世話をするには、まず自分がしっかり自立して立派になりなさい」
「はい。励みます」
「趣味会が終わったらなるべく毎日ここ。アリアと一緒に、みっちり教えるわ」
「おばあ様が教えて下さるのですか」
「ガイさんが孫の手料理はもう嫌だって。あなたに手がかかって家が汚いってテルルさんも」
「……おじい様もおばあ様も私にそんなことは言うていません」
「言えないから私に頼んできたわよ。リルとロイさんまで。遅くなる前に帰すし、時間が合えばテオ君が送ってくれるでしょう」
祖母はそのまま、私に裁縫の特訓を開始。
女学校で学んでいるはずなのでと、繕い物を積み上げて、全部するようにと命令。
「途中で見に来るけど、その前に一つやってみなさい」
結果、違う、雑と怒られに怒られて、へしょげていたらテオがひょっこり顔を出してくれた。
「ちょうど良かった。テオ君。そろそろアリアに買い物って言うてちょうだい。それで、隠れて後をつけて見守ってくれない?」
「分かりましたー!」
残念ながらテオと話す暇がなし。
ユミトに会いに行くはずだったけど、祖母の勢いに流されて縫い物三昧で、アリアにも従兄弟達にも泊まっていったらとせがまれて宿泊。
帰ってきた叔父に、今日は何をしたと問われたので報告したら、ぼんやりめで流されやすいユリアらしいと笑われてしまった。
「ユリア。マリさんへ何かあるだろう? 今、書いてくれ。この後ユミトに渡してくるから」
「この後? 馬で行くのですか?」
この家では許可証を持つ叔父が馬を飼っている。
「拗ね気味の息子と夜の散歩だから姪っ子は乗せませーん」
女性兵官見習いとか担当なんて名ばかりで、私は家族親戚の掌の上みたいで不満。




