七
今日は料理会初参加日。
若干人見知りの私は新しい集まりに参加する時は手汗びっしょりになる。
顔には全然出ないらしいけど。
新学年になる一月からではなくて二月からなのは私ぐらい。
先生に紹介されて、よろしくお願いしますと挨拶をして、料理は下手なので励みたいですと頭を下げる。
「そうね、ユリアさんは……。マリさん。マリさん達の班でお願いします。一人減りましたし、実力的にも良さそうです」
先生の手のひらで示された班は、奥の真ん中机にいる五人組。
年長者二人と年少者三人みたい。
マリさんと呼ばれた生徒が返事をして、前から知っている同い年の子だったので心の中で拍手。
マリ・フユツキとは一度も同じ教室になったことがないけれど、隣の教室になったことは何度かある。最終学年もそうだ。
教室が隣だと廊下で見かけるし、マリはとても可愛らしい容姿なので自然と目につく。
通学路もわりとかぶっているので、そうすると彼女が誰かに優しくしていると気がつく。
いつもニコニコ笑って、区民にしっかり挨拶をしている優しくて可愛らしい彼女が自分なら、この恋も叶うかもしれないと羨ましかったから、一方的に知っている相手。
新しい友人作りと料理の勉強だと張り切っていたけど、わっと人が集まって、なぜか握手会になったので握手に応じる。
握手をしながら、家族か友人か親戚が叔父に助けられたことがあるという話をされるので、叔父と間接握手をしたいのだと理解。それならと、どんどん握手に応じる。
「ほらほら皆さん。趣味会の時間が終わってしまいますよ」
先生に促されて本日の料理を開始することに。
新年で新しい子が増えたので、基本班は野菜の切り方を覚えられる具沢山のお雑煮がお題。
上級班は上級生ばかりで自由なようだけど、私達は基本班なので、先生が用紙を渡してくれた。
私は先日、叔母レイと母と共にお餅入り芋煮を作ったので自信があったけど、大根の皮剥きをしようとして気がつく。
皮剥き器が無い!
☆
明後日はついに人生初デートの日。
母が考えてくれたお弁当草案は、無事に作れたら素晴らしいものだけど、私には無理そうで、出来ないと母が作ってしまうので、母に手を出さないでと頼んだ結果、悩みに悩み中。
料理会で同じ班の生徒で、マリだけが同い年なので、ついつい彼女に相談している。
親しい友人達だと恥ずかし過ぎて全然テオのことを話せないけど、関係の浅いマリ相手だと話しやすい。
親しい相手には相談しにくいけど、そこそこの仲の相手だと打ち明けやすいことってある。
「苦手で練習中なのですから、凝ったことはしない方が良いと思います。私、昨年張り切って、父の生誕日に、台所をごちゃごちゃにして、味もイマイチにしてしまいました」
「これしか出来ないって言われないか心配です」
おむすび、たまご焼き、それから香物だけ。
今の私の実力でどうにかなりそうなのはこのくらい。
「幼馴染さんは、ユリアさんがこれまで料理を好まなかったこともご存知ないですか?」
「いえ、全部知られています。赤ちゃんの時からの幼馴染で家族も親しいので欠点は筒抜けです」
「それでしたら大丈夫ですよ。優しいユリアさんが優しいと言う方ですもの。一生懸命なことや、失敗しないように悩んだことを、きちんと理解してくれます」
おむすびの工夫なら失敗は少ないということで、綺麗な色になるおむすびを考えようと提案してくれた。
母にも似たようなことを言われたけど、それならあーしたい、こーしたい、これだと綺麗だとどんどん凝って、仕出し弁当以上の草案にしたから、マリと考えた身の丈に合った案だと安心。
今日の趣味会は料理はしないで草案を完成させて、買い出しが必要なものを書き出して終わり。
女学生の下校は安全な為に集団なので、校門の内側で同じ町内会の生徒と合流して、まだ話し足りないのでマリ達の集団と途中まで一緒に帰ることにした。
「ユ〜リア〜! ユリア!」
笑顔でぶんぶん手を振って駆け寄ってきたのは仕事中のはずのテオ。
制服姿なのでやはり仕事中のはずなのに、ここに来るとはサボりだろうか。
火消しのサボりは常習で、火消しを管理する役人のジオは、そういう火消し一族特有の考えがまだまだ分からないと頭を悩ませている。
幼馴染のテオがいるし、テオの家族や他の火消し家族とも知り合いだからまだなんとかなっているらしい。
「テオさん。お仕事中です」
「おうよ。仕事中だ。どうも、どうも、皆さんこんにちは。露出狂が出たって聞いたんで護衛しにきました。六防のテオです!」
美青年が片目つむりに爽やか笑顔なので、女学生達が次々と頬を染めた気がしてイラッ。
「ユリアに会えなくて辛いって言うたらジオが仕事をくれた。護衛の後におつかいもある。おつかいついでにユリアを道場に送ってええって!」
テオはなぜか私の前で片膝をついた。
「どうしたの?」
「我慢出来なくてまだですか? まだですか? って言うたらジンさんが出来たって売ってくれました!!」
テオは懐から包みを出してそれを開いて、じゃーんと口にして、手で包みの上のものを示した。
指輪だ。竹細工製の指輪は、小物屋で売っているお洒落品や下街の恋人同士や夫婦がつけるものとほとんど同じ。
「ユリア。お手を拝借」
「えっ?」
「結納話はまだだけど、結納するんだから待つとか我慢とか無理。お手を拝借」
めちゃくちゃ恥ずかしいけど、とんでもなく嬉しいのでそっと左手を出したら、まだ結納前だから布越しだと、テオは手拭いを使って私の手を取った。
「おお、ピッタリ。さすがジンさん。レオさんに頼んだら、孫のものは作りたいけどロイさんが怖いから嫌だって断られた」
「おじい様製ではなくて叔父様製なのですね」
「レオさん製だけど、ジンさんが作ったってことにしてくれってさ。二人だけの秘密」
この場には沢山の女学生がいるけど、この会話を聞いて私の父にわざわざ「祖父君が作ったそうですね」なんて意地悪を言う者はいないはず。そもそも皆、父と会わないし。
「俺はモテるけどさ。ユリア以外の女はどーでもええから、ユリアのものに手を出すなってことで、じゃーん!」
元気良く立ち上がったテオが私の前に自分の左手を出して手の甲をこちらへ向けた。彼の左手薬指にも指輪がある。
「お嬢さんは結納で恋人同士って言うけど、俺は庶民だから約束したらもう恋人。くぅぅぅ。受け取ってくれて嬉しいぜ!」
誰にでも気さくで優しいので、自分だけが特別なんてことはないと思っていたのに、私だけこんなに特別とはやはりかなりの驚きだ。
「はいはーい、皆さん! お時間を取らせました! 露出狂から守るんで行きましょう! 前は俺、後ろは同じ班の二人が守ります!」
私は集団の先頭をテオと並んで歩くことになったので非常に照れてならない。
「空が青くて気分良し〜」
テオが歌い出した。
「さあ、よい、よい、よい」
いつものように乗ってみる。いつもと言っても約一年振り。
「悩みがないから気分良し〜」
「さあ、よい、よい、よい」
「ハ組が解決火消しを呼べ……こんの露出狂! 火消しが護衛についているのに度胸があるな! た……」
目の前に怪しい男が現れて着物をはだけた瞬間、上半身が少し見えた時に木刀を素早く抜いてスパァン!! と胴打ち。
「おお、さすがユリア。早っ」
「抵抗すれば罪が増しますので、神妙にお縄について下さい」
「うわあああああ! 女にいきなり殴られたあああああ! お前、帯刀違反だろう!!」
「俺のユリアに近寄るんじゃねぇ! 脱ごうとしたから止めたんだろう!」
反撃されそうになったので返り討ちしようとしたけど、その前にテオが中年男性を蹴り飛ばした。
見回りをしていた兵官がすぐ来て、何かあったと口にした途端、中年男性は私とテオがいかに悪いのか捲し立てた。
「ハ組のラオの孫、六防のテオとルーベル副隊長の姪のユリアです! 兵官から露出狂が出るという情報をいただき、協力指示が出たので集団下校の護衛していました」
「お疲れさまです。おおー。君があの副隊長自慢の剣術小町さんですか。火消しさんと共にご協力ありがとうございます」
年配の兵官が若手に「そいつを連れていけ」と命令。
さようなら、悪事を働く嘘つきさん。悔い改めなさいと心の中で呟く。
「天から授かった才能は、世の為、人の為に使うものです。叔父がいつもお世話になっております」
「お世話になっているのはこちらです」
兵官挨拶をされたので返して、お嬢さん達をよろしくお願いしますと頼まれたので小さく頷く。
兵官が去ると、テオが一言、こう口にした。
「ユリアもお嬢さんなんだけどな。ネビーさんに言いつけよう。一般区民のお嬢さんによろしくなんて、怠け癖だって」
「えっ?」
「そりゃあユリアはそこらの兵官よりも強いけど、ネビーさんの自慢の姪だけど、あくまで一般区民だろう? 剣術道場や試合で楽しく剣術が本来のユリアの生活だ」
「私はええよ。頼られて嬉しい」
「あの子は強いから守らなくてええって油断されて、何かあったら困るだろう? ネビーさんだって一人じゃ無理な時はあるぜ。あっ、ほら。大狼とか。俺と同じ名前の赤鹿乗りと二人でなんとか追い払ったらしいし」
いつもはニコニコしているテオの真面目な顔をまじまじと眺めて、こういう皆とは視点が異なるところが好きなので、向こうも慕ってくれて嬉しいと心の中で惚気てみる。
このままじゃ伝わらないので、恥ずかしさが減る手紙にチラッと書いて送ることにした。
私の知る夫婦はおしどり夫婦なので、自分達もそうなれますように。




