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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
剣術小町ノ章
32/122

 テオと初めて出会ったのがいつだったかは記憶にない。

 なにせ、生まれてからしばらくして、テオの両親が彼を連れて我が家にお祝いにきてくれたそうなので。


 私の両親とイオの両親はそこそこ親しくしていて、特に母親同士が定期的にお茶会や料理会をしていたので、私達は自然と交流。

 私は無口めだけど行動的で、女の子とおままごとよりも体を動かしたい性格で、私従兄弟のジオと双子の兄レイスもいたので、四人またはもっと大勢で遊ぶのはとても自然なことだった。


 私が彼を初めて意識したのは八才の時。

 その日は母の実家で、私とレイスの生誕日お祝いをしてくれるという名目の、よくある家族親戚集合日で、テオは家族と共に私達のお祝いを持ってきてくれた。


 来訪したのはテオ家族だけではなく、両親と親しくしている母の実家周りで暮らす人達が、何人も出入りしていて、我が家には何人もの子どもが集合。

 半元服を迎えている子どもは、基本的に男女別々に遊ぶもの。

 なので私は下街幼馴染達と、お絵描きやおままごとをして楽しんでいて、テオは兄達と庭で何かしていた。


 すると、ユミトが現れて、赤鹿を連れてきたから遊びたい人はいますか? と私達を誘ってくれた。

 ユミトは昔々、叔父がまだ駆け出し兵官だった頃に保護した人物。

 彼はうんと遠い保護所で育ち、成人になる頃に仕事を求めて上京。

 助けてくれた恩人何人かと会いたいと考えていたユミトは、街中でたまたま叔父と再会し、新しい生活を支援してもらった。


 その結果、ユミトは叔父のような兵官になりたいと熱望するようになり、約十年努力を重ねて現在駆け出し警兵——正式名称、警備兵官——である。


 私達は彼のような赤鹿に乗る警兵を赤鹿兵官さんと呼ぶ。

 赤鹿兵官は大人気。なにせ赤鹿に乗れる者は少なくて、老若男女は可愛くて賢くて活躍する赤鹿が大好きで、赤鹿兵官は私達に赤鹿との触れ合いを提供してくれるから。


 まだ警兵ではないけど、既に赤鹿を飼っていて、わざわざ遠くから来てくれたあの日のユミトは私達子供の人気者。

 男の子も女の子も関係なく庭に集まって、順番に赤鹿に触らせてもらったり、乗せてもらったりしたいた。

 その時、


「ユリアは相変わらず優しいな」


 そう、テオが話しかけてきた。


「なんで?」


 あっ、言葉遣いはなんでですか? だったと思いつつ、今日の私はお嬢さんではなくて下街娘だから平気、平気、お母さんもお父さんも怒らなそうだと、二人をチラッと確認。


「なんでって、さっきからずっと友達に怖くないよとか、裾が汚れないようにするねとか、主役なのに一番最後にするとか、色々してるだろう」


「皆するよ」


「皆する? まさか。ああ、家族は皆ってことだな。ユリアってあんまり喋らないよな。だから俺は少し待つようにすることにした。親父が……」


 瞬間、私達の近くにいたテオの母親が「父上と使いなさい」と軽く叱った。


「……はい。父上がリルちゃんも……」


「テオさん、リルさんです。お父上がたまに幼馴染をリルちゃんと呼んでもテオさんはリルさんと呼びなさい」


 話が進まないと唇を尖らせたテオに、彼の母親が「ジオ君もレイス君はそのような嫌な顔をしない、とても格好ええ男の子ですよ。その親友が格好悪いと……火消しだから格好悪いと言われそうですね」と追撃。


「火消しは格好ええに決まってるだろう! ガミガミばばぁは毎日ガミガミ。でんでんミユミユ鬼の角。お前の角は隠れない〜。角あり〜、爪あり〜、痛っ!」


 いつの間にか近くに来ていたテオの父親が、歌うテオの背中をバシンッと叩いた。


「人の悪口を言う男は格好悪いに決まっているだろう。親友に対するふざけ悪口は遊びの範囲だけど、他はやめろって教えているだろう!」


「父上や母上がいると、落ち着いて友達と話せないだろう! うるさい!」


 行こうぜユリアと手招きされたのでついていく。父がすっ飛んできて、二人でどこへ行くんですか? と問われた。


「お父様、知りません」


「ロイさん! ユリア、ロイさんと行こうぜ。あの鬼達がいるとお喋りの邪魔ばっかりだから。俺はユリアに用事があるのにさ」


「テオ君、娘に用事はここではいけないのですか?」


「あの二人が近寄ってこないなら、ここでもあそこでも、どこでもええです」


 振り返ったテオは、親に向かって歯をイーッと見せて、フンッと鼻を鳴らした。

 それで私の父の手を取って、私を手招きして、歩き出した。

 どこへ行くのか分からないけど、テオが喋り出したし、庭の端にでもいくのだろうから特に気にせず。


「おお、見てみろユリア。カニがいるぜ。サワガニだ。トト川が近いからいるんだな。家に持って帰ったら死ぬかな。死ぬのは可哀想だから見ているしかない」


「うん」


 テオがしゃがんでカニを指で示したので、私もかわゆいと観察。


「ユリアはまた背が伸びたけど俺も伸びたぜ」


「こんなに伸びなくてええのに伸びるの」


「女の子で背が高い人は少ないからあんまり嬉しくないってことか?」


「うん」


「人と違うと気になるけど、あっ、あそこにユリアがいるってすーぐ見つけられるから友達としては得だぜ。ユリアの周りには、あっ、ユリアだって集まる人が沢山。それは楽しいことさ」


「そうかな」


「違ったら俺はユリアを見つけて、見つかって楽しいだろうって笑わせる」


「……それなら伸びてもええかな。うん。まだまだ背が伸びても楽しそう」


「父上がリルちゃんも昔は喋らなかったけど、のんびり屋さんなだけで、お喋りだったって。俺らがせっかちだから、お喋りをお喋り出来なくさせてたって。俺がなんでユリアは喋らないのかなって聞いたら、そんな話をされた」


「……ユリアは小さい頃に変な喋り方とか、なんか変って言われたから、喋るのはあんまり好きじゃない。剣術が好き」


「それは小さくてお喋り下手だったからで、今は違うし、そんなことを言うのはイジメだ。意地悪な奴の言葉を気にする必要なんてない。今日も友達と楽しそうに喋ってたから、ユリアはお喋り好きさ」


「うん。友達は好き」


「友達とのお喋りは好きなら、俺とも喋りたいだろう? だから俺は少し待つことにした」


「そっか。久しぶりにお喋りしてるね」


 兄とジオと仲良しのテオは、三人でわーって喋るので私は聞き役ばかりだけど、今日は会話出来ている。


「うん。あのさ、また今度、剣術をしようぜ。レイスは剣術は嫌いってしないし、ジオも弱々。火消し見習い仲間は疲れて手習なんて出来ないって」


「うん、ええよ」


「俺は剣術ばっかりの奴の相手にはなれない。弱いからさ。ユリアが俺を強くしてくれたら道場がもっと楽しくなる。稽古をつけて俺を助けてくれ」


「うん、助ける」


「男は女に簡単に飾り物を贈っちゃダメなんだってさ。俺はユリアのその真っ直ぐでサラサラしたつやつや髪と、かわゆい顔にはキラキラしたかわゆい飾り物が似合うと思うけど。だからこれにした」


 八才になるということは、大人になれる可能性が高いという意味。

 だからうんとお祝いするもの。だからこの日の為に、テオは私とレイスの為に、沢山お金を貯めたと言って、小さな包みをくれた。

 開けて嫌いじゃないか確認してと言われて中身を確認。


 そこにあったのは可愛らしい組紐で、神社で買った糸を使って職人のところに教わりに行って作って、ハ組の副神様のところにしばらく祀ったものだから、最強の護身守りだと教えてくれた。

 稽古や試合で怪我をしませんように。かわゆい女の子は街中で悪者に狙われるので、狙われませんように。


「レイスは剣術はしなくて勉強好きで賢いから本にした。ジジ……じゃなくて祖父君に頼んで古い大事な本。火消しはご先祖様の本でも文字はなんか嫌だって読まないから宝の持ち腐れだろう?」


「ありがとう。レイスも喜ぶよ」


「紐ならどこにでも結べるし、お守りは飾り物じやない。よし、ユリア。赤鹿に乗せてもらおうぜ! ユリアとレイスは今日の主役なんだから」


 行こう行こうと手招きされて、ユミト達のところへ行き、私がモジモジしていたら、テオが「俺、俺、俺も乗る!」と他の子達を押し除けてユミトに話しかけて、君はまだだったなと笑いかけられた。


「ユミトさん、楽しいことは女優先だから先にユリアでお願いします」


「女の子が優先なのか。そりゃあ間違えた。ユリアちゃんは主役だから最後に気が済むまでって思ってた。ネビーさんが帰ってきたら二頭になるからレイス君と一緒に好きなところって」


 ネビーは私の叔父で、彼も赤鹿に乗れる。叔父と仲良しの赤鹿は普段ユミトがお世話してくれている。


「ユリアは叔父様と乗ります!」


 その後のことは赤鹿に乗ったことばかり覚えていて他のことはあまり。

 ただ、夜になると嬉しさが津波のように襲ってきた。


 女の子なのに剣術に夢中で変。

 あの子は全然喋らない。

 たけのこみたいにニョキニョキ背が伸びていくから、男の子みたいだとか、凛々しいお顔とか、私は家族親戚以外からは「かわゆい女の子」扱いされたことがなかったけど、テオは全部褒めてくれた。


 テオは皆とは違って、嬉しい事を沢山言ってくれるから、私は私を嫌いにならずに済んだ。

 それは前からだったけど、あの日くらいからそのことを意識するようになり、彼のあの前向きさや優しさは幼馴染の自分だけに対するものではなくて、誰にでもだとどんどん知って、そこがとても好きになった。


 ☆


 目の前で父が首を斜めに傾けて、少々白目で「テオ君ですか……」とぼやいている。

 父が帰宅して、母が「自分の口で伝えるのですよ」と言うので、母に付き添ってもらって今日のことを父に教えたらこんな感じ。


「……」


 父はそのまま動かないし喋らない。

 母に「今夜は寝ると言って廊下に出て盗み聞きしていなさい」と耳打ちされたので素直に従う。

 

「お父様、お休みなさいませ」


 挨拶をしたのに父は反応しない。

 廊下に出て、父の書斎の襖を閉めて耳をピタッとくっつける。


「十六才で嫁にいくなんて許しません」

「私は十六才でこの家にきました」


 しばし沈黙。十六才の母をこの家に招いたのは父だからだろう。


「そもそも嫁入りを許しません」

「嫁入りでここに同居ですのでユリアは離れません」


 そうなの?

 私は祖父母と一緒にいたいのでそうしたい。

 母はいつも私の気持ちを理解してくれているから、以心伝心ってこと。


「そもそも火消しは言語道断です」


 なぜ? 家族親戚に一人は火消しが欲しいが手に入らんなんて格言があるくらい、火消し一族は火消し一族と縁結びする。


「家族親戚に一人は火消しさんです。ルル達はいつ南三区へ戻るか分かりません。体が弱くなったお義母さんやお義父さんがすこぶる安心します」


 ルルは母の妹で火消しと結婚してくれたけど、夫の仕事の都合でそこそこ遠くにお引越ししてしまった。

 また沈黙。


「……他に、他に、他に反対理由が……無い」


 イオは硬派ではないのだろうか。妻一筋で仕事もしっかりしていて、性格も良いけど。


「赤ちゃんの頃から知っている性格良しでお仕事も立派です」


「そうですね……」


「お金遣いは荒くなく倹約家で、あの顔立ちの火消しさんなのに女性遊びもせず、遊び喧嘩は止める側。お酒もほどほどで皆を見守る役です」


「そうですね……」


「賛成理由しかありません。うわあああああ。イオさんに頼まれてネビーさんやティエンさんと育てたらユリアを取られる! 取られた! いつからこんなことに!」


 娘溺愛父なので、小声なのに凄い絶叫みたいな発声の仕方だ。


「始まっていなかったのでこれから交際です」


「昔から嫌な予感はしていたんですが、どう見たってええ子でレイスやユリアの情操教育にええから、仲が良くても仕方がないって我慢してきたけど、嫌だぁあああああ! 自分もレオさんくらいは文句を言いたいです!!!」


「旦那様は文句を言われずに、お願いしますと頭を下げられたではないですか。同じです」


 それは知らない話というか、よく考えたら私は両親の縁談話を知らない。


「畜生! イオさんに文句を言うてきます!!!」


 父も畜生なんて使うんだ。口が悪い父は滅多になくて、畜生! は聞いたことがなかった。

 部屋から出てきそうな気配なので、向かい側の部屋に入って父からかくれんぼ。

 

「明日もお仕事ですから寝坊しないで下さいね」


 父が部屋から飛び出して階段を駆け降りていき、そこに母がのんびりめな声を送る。

 

 こうして、私とテオのお見合いは父にも許された。表面上は、断固拒否という様子だけど。

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