四
放課後を告げる鐘が鳴ると一目散に帰宅。
幼馴染達に一人で帰ると告げて、ひたすら走り続けて、途中でひったくり犯を木刀で突き飛ばして見回り地区兵官に任せてまた走り、息を切らして家に上がり、台所にいた母親に向かってこう一言。
「ユリアはお母様と同じく、十六才でお嫁にいきます」
「……えっ? ユリアさん?」
私が驚いているので母が驚くのは当たり前。
「ユリアはお見合いします」
「お見合いします? どなたかに文通お申し込みされたのですか?」
「テオさんです」
母はそうですか、と笑ってくれた。
「手紙はこれからいただけます」
「良かったですね」
「はい」
「十六才で、ではなくて急がずにゆっくりでも良いのでは?」
「おばあ様やおじい様が元気なうちに花嫁姿を見せたいです」
「それはきっと喜びますよ」
それなら祖父母にも報告と、母を連れて同じことを告げたら、祖父に恋人がいたのか? と問いかけられた。
「いません」
「それならなんでいきなり嫁に行くなんて」
「テオさんが文通お申し込みしてくれました。手紙はこれからいただけます」
「はぁ? 文通お申し込みは手紙を渡すことなのに、これから貰うのか? これから渡しますって言われたのか?」
「百ハ通書いた手紙をレイスとジオが私に渡さずだそうです」
「お、おう。そうなのか。百八? テオ君は百八通も書いたのか?
「そうらしいです。二人が馬に蹴られて死んでは困りますので、帰宅した二人を成敗致します」
「……お、おう。そうか。まぁ、ほどほどにしなさい」
祖父に話が見えないから、テオ君とどういうやり取りがあったのか説明してくれと言われたので、今朝のことを教える。
彼の格好悪いところははしょっておいた。
「まぁ。テオさんってそうでしたの。ユリアに気が合ったなんていつからかしら」
と、祖母が首を傾げる。
「少なくとも一年前からなのは確実だ。家族親戚、経歴、性格、全部知っているから調べる必要は全くない。そうかそうか。あのテオ君なら安心だから早々に両家顔合わせの席を設けよう」
「向こうが話を持ってきて下さいますよ。でもユリアさん、なぜリルさんと同じ十六才で嫁ぎたいのですか? そんなに急がなくても」
「挙式に元気なおじい様とおばあ様がいて欲しいからです」
祖父母が笑い合う姿はどこからどう見ても嬉しそうなので、私も嬉しくなる。
では正式なお申し込みを待ちましょうとなったけど、そう言えば文通しますとか、お見合いしますという返事を忘れていたと気がつく。
母に耳打ちして、恥ずかしいから自分で言えなそうと伝えたら、テオ君はイオさんの息子だから、多分明日もユリアのところに現れるので、手紙を用意しておくと良い、有名龍歌だけでもきっと伝わるという助言をしてくれた。
「リルさん、ユリア。ロイは誰が相手でもやかましそうだから、しばらく黙っておきなさい」
確かにその通りで父は娘である私を溺愛しており、昔から男の子という男の子を威嚇している。
「はい、お義父さん」
「はい、おじい様」
こうして私は悩みに悩んで有名恋歌を選んで、なるべく美しい文字を心がけて書き、喜んでくれますようにと拝んだ。
拝んでいたら時間が過ぎて夕食の時間で、母に呼ばれて居間へ顔を出すと、レイスとジオに「体調は大丈夫なのか?」と気遣われた。
「体調は良いです」
「もう良くなったのか。それは良かった」
「顔色も良いので、良かったです」
機嫌は悪いですと教えたら二人とも逃げそうなので、首を縦に振るだけにしておく。
父の姿がないので母に確認したら、親しい友人と食事らしい。
今夜も美味しい母の手料理を堪能していたら、カラコロカラ、カラコロカラと呼び鐘が鳴り、少し遅れて、夜分遅くにすみませんと知っている声がした。
「この声はイオ君だな。レイス、出てくれ」
両親には反抗期気味でも、祖父母には素直な兄レイスはきちんと返事をして、立ち上がって玄関へ向かった。
昼間のあれの後にテオの父親イオが来訪するとは、嬉しいお知らせの予感。
お箸を箸置きに置いて、そわそわしながら待っていると、やはりイオは息子のテオも連れていた。
イオは挨拶の後に、お食事中にすみませんと告げて、お約束を取り付けたらすぐに帰りますと一言。
「すぐなんて言わなくてええ。それに、日付を改めなくても用があるなら話してくれてええ。それとイオ君、一局どうだ?」
祖父はかなりの将棋好きだ。
「お話しが終わっても誘ってくだされば。あれ、ロイさんは居ないんですね。やはりまた後日にします」
着席したばかりだったイオに向かって、母が「予想通りの話なら、旦那様が居ない時がええです」と伝えた。
「リルさんがそう言うなら。コホン、既にご存知かと思いますが、息子が昼間、醜態を晒しました。ユリアさんやご友人達の登校の邪魔をしてすみません」
「申し訳ありませんでした」
隣同士で正座するイオとテオ親子がほぼ同時にお辞儀。やはりかなり似ている顔立ちだなぁと眺める。
「孫と祝言したいとお申し込みしてくれたそうですね。検討しましたので、是非お願いしたいです」
祖父がこう口にした瞬間、テオが「いよっしゃあー!!!」と絶叫しながら立ち上がった。
「なにがユリアちゃんは気持ちを知っただけだろう。なにが誤解は解けたけど、別に惚れてないだ。父上! 相愛だったぞ!」
相愛という響きは実に恥ずかしくて、それでいて嬉しい。
イオが大笑いしながら、仕方がないとテオ貨幣をいくつか渡した。賭けをしていたようだ。
座れ、礼儀と軽く父親に怒られたテオが座り、ニコニコ笑いながら私に手を振る。
照れてならないけど、氷河の君とは心外なので、小さく手を振り返す。
「話は後日改めてではないかもしれないと、一応持ってきました。こちらは結婚お申し込み書になります」
「そちらは何か欲しい書類はありますか?」
「特にないです。ルルちゃんがティエンと縁結びした時に火消しと外家の結婚がどんななのかご存知でしょうし」
ルルは母の妹の一人で、ティエンは昔ハ組で働いていた火消しのこと。
今は少し離れたところで暮らしている。
「その通りだ。文通もまだらしいですが、幼馴染なので何回かお出掛けして、やはり気が合うなら両家顔合わせにしましょう。いかがですか?」
祖父が母に「リルさん、二階の書斎で日程調整をなさい」と声を掛けた。
「はい。イオさん、テオさん、夕食は済んでいますか?」
「悪い返事ならテオを飲みに連れて行こうと思ってまだ。何か用意してくれるの?」
「お餅と香物ならすぐ用意出来ます」
「台所に入ってええなら餅を焼きつつ話そう。手伝うよ」
イオは母の兄とかなり親しい幼馴染なので母とも仲良し。
こうして、私達四人は台所へ行き、私と母は持ってきたお膳に乗る夕食を板間で食べて、テオが七輪に火を入れたり餅を焼き始めた。
☆
初デートについて決まり、テオが「来るまでに書ける、思い出せる限りのことを書いてきた」と手紙を何通もくれたので、勇気を出して、母に背中を押されて、用意しておいた龍歌を彼へ。
上機嫌のテオが、祖父とイオと三人で将棋対決と晩酌を開始。
母にお酌係をしたらどうかと促されたけど、その前にする事がある。
このままでは馬に蹴られて死んでしまうレイスとジオの救済だ。
案の定、二階にある男児部屋は封鎖されていた。
「お兄様、ジオさん、開けて下さい」
しかし、返事はない。
「レイス、ジオ、開けなさい」
しかし、返事はない
「レイス、ジオ、開けないから襖を破壊しますよ。弁償するのは二人になります」
ようやく、襖が開いた。
「レイスが脅すから仕方なく!」
「ジオが脅すから仕方なく!」
「表に出なさい!!! 大切な兄君が龍神王様に遣わされた馬に蹴られては辛いですので、先に成敗致します!!!」
土下座した二人の服を掴んで引きずって、門の前だとご近所の目があるので庭へ。
一方的に木刀で殴るなんて好まないので、順番に掛かり稽古をしますと宣言。
「今、防具をお持ちします。逃亡は重罪ですので……」
「ユリアさん」
振り返った母がいて、剣術道具袋を持っていて、私に差し出した。
「ありがとうございます」
「私が許さないことの一つは相愛の者を理不尽に引き裂くことです。小さい頃から教えていましたよね? 反省しなさい」
すまし顔で淡々とした声だけど、この母はかなり怒っていて、滅多に怒らない母の怒りだから身震い。
こうして私はレイス、ジオの順で小一時間掛かり稽古を実施した。




