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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
剣術小町ノ章
30/122

 お喋りが苦手で、不器用だからあれこれ鈍臭くて、背がにょきにょき伸びて、同年代の男の子よりも大きいし、おまけに力もあった昔の私は、男女とか、巨人女みたいに揶揄(からか)われることがちょこちょこあった。

 特に母の実家辺り、下街辺りだと。

 町内会や小等校関係は、育ちの良い家の子が多いからそこまでの悪口は言われないけど、ヒソヒソ陰口はあり。


 しかし、テオはいつも褒めてくれた。

 お喋りが苦手なのはお行儀が良い、不器用なのは手伝い甲斐がある。

 背が伸びれば健康で元気でなにより。力持ちだから率先して荷物を持とうとして偉いな。

 彼が私を褒めるのは私だからではなくて、誰にでもそういう感じ。

 よく喋って騒がしいし、短絡的なところが玉に(きず)だけど、皆の長所を見つけて褒めて優しくするところが好き。


 テオが兄嫁である私の叔母ウィオラのことを、ウィオラちゃん、ウィオラちゃんと呼んで、お嫁にすると言っていた頃は、ふーん、家族になったら楽しそうという感想くらいしか抱いていなかったけど、気がついたらとても慕っていた。

 

 ウィオラをお嫁に出来ないと理解したテオは、ウィオラちゃんと言わなくなり、お嫁さんはウィオラちゃんみたいなお嬢様がええなぁと言うから、私は言葉遣いも仕草も叔母の真似をしてきた。

 しかし、背はどんどん伸びたし、叔母はほんわか癒し系なのに私は凛々しい雰囲気で、普段は大人しめだけど剣術が大好き。

 容姿はともかく、中身は上手く自分を偽れたら良かったけど無理だった。


 失恋して一年が経ったけど、私の恋心は全然消えない。

 家族親戚ぐるみで親しいので、一ヶ月もしないで会うせいだ。


 昨年と変わらない通学路を歩き、朝から性根の悪い人がいたので木刀で成敗して逮捕に協力し、目立つのは恥ずかしいのでさっさと皆のところへ合流。

 制服ですぐ女学生だと分かるので、女学生達は身を守る為に集団登校が基本。付き添い人もいる。

 私は強くて皆の護衛なので、幼馴染や友人達と後ろを歩いて前を見張る。


 女学校へ到着すると、門のところに派手な朱色に荒磯模様に(タカ)という着物姿の若い男性がもたれかかっていた。

 着物は半分はだけていて、下に着ている厚手の黒い長袖肌着が見えている。

 私よりも背が高く、ド派手な着物姿かつお坊ちゃんはしない髪型であの顔だから、どこからどう見ても幼馴染のテオだ。


「お嬢さん達、冬は乾燥しているから火の用心。俺の心に火をつけるのは良いぜ」


 父親譲りの顔の美青年火消しが、ニコニコしながら手を振るから、次々とひっそりとした黄色い声が上がる。

 女学校の校門前でこんなことをするのは非常識極まりないけど、火消しは兵官と並んで治安維持部隊で、火消しは兵官よりも区民と親しい人気者なので、非難ではなくて喜ばれている。

 しかも、女学生達が既に知っているテオだし。


「ユリア〜。おはよう。休みだから不埒(ふらち)な男が登校する乙女達に近寄らないか監視しにきた」


 私は彼の中身が好きだけど、惚れたら顔が三倍良く見えるという通り、彼の姿は朝日のように眩しい。

 元々美形なのは、周りの女性達の発言や顔つきで分かるけど、私にとっては一番の美形に見えている。

 昨年見かけた彼の恋人の顔を正面から拝んでしまって、それが顔見知りだったら、私は遠くへ引っ越すつもり。

 行き先は料理人叔母の暮らす海辺街か、うんと遠い、叔母ウィオラの実家の東地区だ。


「テオさん、おはようございます」

「おはようございますテオさん」


 皆が挨拶をするけど私は会釈のみ。

 会話をしたら全然消えない恋心がもっと消滅しなくなってしまう。


「皆さんおはよう。今日も全員かわゆいなぁ」


 幼馴染達にチヤホヤされるテオは見慣れた光景なのだが、女学生達にチヤホヤされたくて非番の日にわざわざ来たんだろうと若干呆れる。


「ユ〜リア。おはよう」


 テオが私の前にひょこっと顔を出したので、びっくりして後退りしそうになった。


「……」

「喋ろ。今日こそ喋ろ。口がついているけど、この口は飾りか!」


 唇にテオの指が伸びてきた瞬間、恥ずかし過ぎるので、つい抜刀してテオの首にそれを当てていた。

 苦笑いしたテオがゆっくりと両手を肩の上へ上げる。


「刃がない木刀を首に当てても脅迫にはならないぜ?」


「……」


「だから喋ろよ! なんで一年も口をきかないんだよ!」


 それは女性と腕を組んで歩いていて、物凄く不愉快だったからである。

 会話をしてしまったら好きが消えないという理由もあるけど、嫉妬しているから、口を開いたら変なことを言いそうで。


「……」


 逃げるが勝ち! と走って校門の中へ飛び込む。


「先生! 若い火消しさんが神聖な女性の園に侵入しようとしています!」


 叫んだら後ろからテオの、


「あっ、どうも先生。打ち合わせの時はありがとうございました。今日はよろしくお願いします」という丁寧めな発言が背中にぶつかった。


 振り返ったら、服装とはチグハグな、品の良い会釈をしていた。

 礼儀作法に厳しい母親にしっかり躾けられた幼馴染の図。


「ふっはっはっ! 休みは嘘で今日は護身や防犯訓練の助手として来た! だから堂々とここに入れる! 今日こそ逃すか!」


 目が合ったテオが、両手を腰に当てて私に向かってしたり顔。

 それも束の間、彼は後ろから「よいやっさー!」と蹴られて地面に転んだ。


「っ痛」


 テオを蹴ったのは彼の父親。

 背後から蹴り飛ばされたテオは地面に倒れて、滑り、その体は私の足元まで来た。

 恋人なんて作って私は悲しい! と蹴りたくなるけど我慢。この辛さは、彼を射止められない自分のせいで彼は悪くない。


「かわゆい女ばっかりだからって女学校ではしゃぐな! なんでいつもの格好で来ているんだ!」


「いてぇ。このバカ(ちから)


「俺だ俺だ俺だってうるさいから助手になることを許したのに、約束を全部破るとはどういう了見だ!」


 テオの父親は、父の普段みたいな落ち着いた格好をしている。目が合ったので挨拶の会釈。

 少し迷いながら、そっとテオに片手を伸ばした。こういうことがないと、一生彼の手に触れられることはない。私はこれを思い出にする!


「……」


 しかし、テオは何も言わないし、起き上がらないし、私の手も取らなかった。不機嫌そうな表情のまま、無言でこちらを見つめ続けている。


「……」

「……」

「……お」


 お、の続きはなんだろう。

 

「俺と祝言しろユリア」


 言われた言葉が理解出来ずに頭の中でハテナがぐるぐる回る。


「なんで手紙の返事一つ返さないで喋らないんだ」


 手紙なんて貰ったことがないと返事をしようとしたけど、髪の毛を両手でぐしゃぐしゃにしたテオが捲し立てる。


「俺が何をしたって言うんだ。百通以上送ったんだから一通くらい返せ。拒否の返事でもいいから一通くらい返事をしろ。嫌なら理由を述べろよ。改善出来ねぇじゃないか。喋らないし、逃げるし。俺が何をしたっていうんだ」


 百通の手紙なんてまるで知らない。


「……」


 粗野めな火消しだけど、他の火消しよりは礼儀正しいテオなら、多分文通お申し込み書を私の家族の誰かに渡したはず。

 なのに、私は百通以上のうち一通も受け取っていない。


「どんどん話さなくなっても、喋って笑ってくれていたのに、なんで無視するんだ。俺が何をした!」


 頭を抱えて、人目もはばからずに地面を転がり出した幼馴染に呆れる。

 彼が自分を口説いてくれることを夢見ても何も起こらないし、書いた手紙は勇気が出なくて引き出しの中。

 本命どころか誰からも文通お申し込みされないのだから仕方ない、父親似だから悪いというのが、ここ一年半くらいの私の気持ちだった。


 一方で、剣術を好んでいるし、父親の仕事仲間のような女性兵官になりたいから、そこは捨てずに女性らしくなるにはどうしたら良いかと日々悩んでいた。

 実際は、本命は振り向いていた疑惑。


「テオ。何をしているんだお前は。これだと六防所属の自慢の息子の反対だぞ。乙女の園で醜態を晒すな」


 テオが父親にげしげし蹴られた。


「転属だ転属。俺は上地区本部に行って熊と組手する!」


 火消しは本部所属になると熊と組手なんてするんだ。


「もう無理。もう嫌だ。なんでこの俺がこんなに振られないといけないんだ! なんで本命だけ氷のようなんだよ!」


 彼から見た私はそうなのか。


「俺はテオだぞ。テオさん、テオ君って大勢が俺を恋人にしたがるのに、なんでこんな不毛な片想いをしなきゃならねぇ。だから熊と組手だ! こいつよりも強くなるって熊と組手しかねぇ!」


 熊と組手なんてやめて欲しいし、自分よりも強くなるとはなんなのか。


「えっ。お前の本命って、氷河の君ってユリアちゃんだったのか? 誰だろうと思っていたらそうなのか。あはは」


「あははって笑うんじゃねぇ!」


 体の反動で一気に起きて地面に両足をついたテオが、父親の着物の合わせを掴んで食ってかかった。


「……手紙なんて読んでいません」


「……えっ?」


「百通も書いたんですか?」


「百と八通書いた。百八煩悩の数まできちまった。ついでに言うと君が俺を見て無視したのもさっきので百と八回」


「……こひ人と私を二股ですか?」


「恋人? 本命がいるのに恋人なんているわけないだろう」


「……腕組み。去年の今頃……」


「腕組み? 俺と腕組みできる女は足を挫いた人かユリアだけだけど。えっ。皆で初詣した時に俺とこっそり腕組みしたかったのに出来なかったから拗ねていたのか? なにそれかわゆい」


「バカだなぁ、お前は。足を挫いた女がいて、肩や腕を貸して〜って言われて何も考えずにそうしたんだろう。で、本命に誤解されたと。注意不足だな」


「っていうか、それミズキじゃないか? 俺は女にくっつかれないように日頃から気をつけている。昔の親父みたいに女遊び人とか、親父似って言われたくないから」


 ミズキとは、ユリアの叔母に弟子入りしている琴門留学生で、奏者としてだけではなくて女形の役者としても修行中だと自ら女装している同年代の男性である。

 一年前から母親の実家で暮らしているミズキは同年代の私の兄レイス、従兄弟のジオ、目の前にいるテオと親しい。


「おいテオ。ミズキちゃんがこの街に来たのは半年前だぞ」


「あー、それならやっぱり誰か怪我人に肩を貸したんだな」


「……」


「うわあ。勘違いでヤキモチを妬いて一年も喋らないとかかわゆい」


「……」


「否定しないから嫉妬だ嫉妬。絶望から一転、この世の春が来た!」


「……」


「私よりも強くないとって言うから、それは難しそうだけど試合で勝ち抜いたんだけど、まさか見てない?」


「……風邪をひいて見てない。告白したって聞いた」


 昨年の今頃目撃したあの子に、お祭り試合で告白か……と落ち込んでいたけど、この感じだと相手は私みたい。私みたい!!!


「君に返事くらいしてくれって言うた。あれ、ユリアじゃなかったのかよ! それなら誰だ、あの女。逆光で見えにくかったけど、レイスの隣にいるのがユリアじゃなきゃ誰だ」


「知らない」


 反抗期レイスは非常識なので女の子とこっそりデートくらいしそう。

 破廉恥(はれんち)兄が、せめて常識を守って付き添い人をつけていますように。


「あの野郎。俺に黙って女を作ってしかも二人でお忍びか? 今日にでも聞きだそう。なーにがユリアにはちゃんと渡しているんだけど……だ。あの妹バカに頼んだ俺が間違ってた。卿家のお嬢さんだから常識を守ったのに邪魔しやがって! ジオもグルだな!」


「……」


 口は悪いけど妹贔屓(ひいき)のレイスと、兄妹同然のジオなら手紙の()き止めくらいしそう。

 レイスが頼んで、彼に甘いジオが「ユリアには悪いけど仕方がない。テオが弟になるのはうるさい」みたいに賛同したに違いない。


 許すまじ!


 人の恋路を邪魔する者は罰として馬に蹴られて死ぬので、叔父の馬が二人を蹴って殺す前に、私が罰を与えて救わねば。

 今は恥ずかしくて体が熱くてしょうがないし、嬉しくて失神しそうなので逃亡!

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