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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
剣術小町ノ章
28/122

 この国は私ユリア・ルーベルにとって少々生きづらい。

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。良妻賢母を目指しましょう。

 これが私のようなそれなりの家に生まれたいわゆるお嬢さんやお嬢様が通う国立女学校の目標。


 しかし、私は父親似ののっぺりめの吊り目だから花みたいに可憐とは遠く、竹細工職人の祖父のご利益なのか、たけのこのように、にょきにょき背が伸び、叔父のような力持ちかつ剣術の才能に溢れている。

 家守りに優れた母の子なのに、家事という家事が苦手で、おまけに好きではないから苦痛。


 初恋の幼馴染も、もれなく可愛らしいお嬢様が好みで、昨年の今頃、とても可愛いお嬢様と寄り添って幸せそうに歩いていた。

 

 告白も出来ずに失恋した私は、数年越しの初恋は中々忘れられないぞと考えて、今はとにかく夢を追いかけると決意している。

 そういう訳で、新年のご挨拶を兼ねて、父に決意表明とお願い事をする所存である。


 双子の兄と、年の離れた弟と居間の下座に並んで座り、祖父母からと両親からお年玉をいただき、今年の抱負をと促されるのは毎年恒例行事。


 不真面目な兄が、真面目な顔で、きちんと卒業して、しかと就職致しますと告げたら、そのような当たり前で程度の低い抱負は却下だと、父がお説教を開始。

 父は兄に期待し過ぎだけど、兄は優秀なので仕方ない。


「うるせぇな。その低い低い抱負でさえ無理な息子はこの世にごまんといるぜ。新年早々かったるい。じゃ、出掛けるから」


 絶賛反抗期でまるで格好良くない兄レイスが逃亡。

 母が追いかけようとしたけど、父が「どうせレオ家です。小心者ですから」と母を止めた。


「コホン、では気を取り直してユリア。ユリアの今年の目標はなんですか?」


「女性兵官見習いになります。お父様、よろしくお願い致します」


 私もお説教かもしれないけど、頼まないと見習いになれないので深々と頭を下げる。


「……兵官見習い? まさか。そのような危険はさせません」


「女性仕事が壊滅的で好みでもない私は、働くしかありません。働くのなら、お父様や叔父様のように、世の為、人の為がようございます」


「家事はほら、学校を卒業してからが本番です。リルさんがみっちり教えます」


 その母が、父の隣で小さく首を横に振り、


「苦手でもやる気があればどうにかなりますが、嫌いだからと逃げる娘には教えられませんか」


「ええではないですか。ユリアはもう既に、女性兵官見習いのようですし」


「特技は活かすものだ」


 母と私は仲良しなので、前から相談していた。気が利く母は、祖父母の説得をしておいてくれたようだ。

 年末、お手伝いしますと大掃除やお節作りを祖母と母を手伝い、苦笑いで「もう大丈夫ですよ」と追い払われて、祖父の新しい浴衣を縫うと宣言して、ガタガタで悲惨めな浴衣を作った甲斐がある。

 祖父は義理の娘——私の母——に、こっそり浴衣の直しを依頼したけど、隠せていない。


「孫や娘が危険な仕事を選んで賛成するなんて、考え直して下さい」


「女性兵官は裏方、お世話係で捕物は全然だろう。心配なのは分かるが、知っているのにやめなさい」


「そうですよロイ。どう考えてもユリアに家守り嫁は無理です。売り子なんて長く続かないし、家事が全然のユリアに女学校の先生も無理です」


「見習いから始めて女性兵官になって、道場の師範代へ。そのようなお嬢様こそ欲しいという縁談もくるだろうし、安泰、安泰」


 父はごねたけど四面楚歌なので許可が降りて、祖父と叔父で手配してくれるという。

 万歳!


 弟レクスは苦手なことをいくつかあげて、今年こそ克服しますという抱負を述べて、全員に褒められた。


 翌日、母の実家から親戚が新年の挨拶に来てくれたので、祖父と母と共に叔父に頭を下げた。

 叔父は家族親戚の大自慢で、この街を守ってくれる兵官達を束ねる者の一人、南三区六番地地区兵官の副隊長である。

 私は彼のツテコネで、女性兵官見習いにしてもらう予定。


 しかし、叔父は首を縦に振らなかった。


「ロイさんと頼みにこない限り、俺は協力しません」


 それなら父を引きずってきてと考えていたら祖父がすかさず、


「それならもう君の仕事は何も手伝わないぞ」


「……。大変申し訳ございませんでした! ガイさん、ガイ様、父上。未来永劫、助けて下さい」


 叔父、即座に土下座。

 区民が見ることのないこの情けない姿を、私は何度も見て育った。

 立派な者でも苦労しているの図。だからレイスも良い家に生まれて嫌だと拗ねてないで、諦めて、あるものには感謝して生きれば良いのに、無いものねだりの不器用もの。


「死んだら無理だからな。老人をこき使いおって」


 お互いの出世の為に、母の兄である叔父は、私の祖父の養子になった。

 二人は長年持ちつ持たれつだったけど、祖父が退職してからは、ほとんど祖父が叔父をおんぶ中。

 ただ、なんだかんだ仕事人間の祖父は、退職しても働けるので生き生きしているから、おんぶしているだけではないかも。


 祖父と叔父と父で各所にお願いや挨拶に行って、話がまとまったら手続きをして、今月中には女性兵官見習いになれると決定。

 新年早々、幸先良し!


 ☆


 家族親戚で毎年恒例の初詣に行くことになり、いつも通りの髪型は寂しいので、不器用者の私は母に髪を結ってもらった。

 祖父母四人、両親、叔父と叔母が三組、年下叔母が一人、従兄弟が沢山の大大大家族。

 家族は料理人で新年は忙しい独身叔母だけいない。

 そこに母の兄嫁の弟子二人もいる。一人は体調不良で寝込んでいるそうだ。

 皆で歩き出して、しばらくすると、年の近い従兄弟のジオが私の隣に並んだ。


「あけましておめでとうございます、ユリア。今年こそレイスの反抗期が終わりますようにって一緒に祈って下さい」


 三年なのにジオの顔が疲れ気味なのは、レイスの兄貴分としてしっかり導きなさいという、お説教でもされたのだろう。

 母の姉の長男ジオは、我が家にまだ子供が生まれていない時に誕生したので、戸籍だけは祖父の養子となり、我が家の跡取り予備として育てられた。

 ジオは血縁としては従兄弟で、戸籍上は私達兄妹の叔父。家族親戚の扱いとしては、年が近いし仲も良いから兄妹。


「私は別の願いを頼みますが、それも頼んでも良いですよ」

「ありがとうございます」


 実の父親に似て、中々の美青年のジオがニコッと笑うと春風が吹いたようになるし、街行く女性達が数人振り返る。

 私の友人達は、何人もジオを気にかけているけど、恥ずかしい、恥ずかしい、見初めてくれないかしらとコソコソしている。

 剣術道場や、母の実家関係で親しくなった幼馴染も同じく。


 ここへ、


「いよう、ジオ、レイス、レクス。あけましておめでとう! 皆さん、あけましておめでとうございます」


 兄やジオと親しい幼馴染、火消しのテオ登場。

 彼の父親は叔父達や兄ととても親しいので、私達は赤ちゃんの頃からの仲。

 気がついたら好きになっていた、私の初恋の人。

 彼も家族で初詣のようで、日時が被って一緒に参拝へ行く感じになったので、これは昨年と同じだ。


「ユーリア、あけましておめでとう」


 素敵な笑顔は見たいけど、昨年からこの笑みは可愛らしいお嬢様のものになったので、失恋を受け入れる為に見てはいけないし、喋ってもならない。

 テオの初恋はかなりの子共の頃で、私の叔母達のうち、母の兄嫁を慕っていたので、私はかなりのお嬢様育たちの叔母を見習ってきたし、幼馴染だからかなり頑張ってまとわりついていたのに無駄だった。


 悲しい……。


 会釈だけして、ジオのところから、叔母の弟子達のところへ移動。


「ちょっ、ユリア! ユリアー。無視するなー」


 会釈しましたと口にしたら会話になってしまうので、追いかけてきたテオから遠ざかる。


「ちょっ、ユリア!」


 年の離れた弟や従兄弟達が鬼ごっこだ、一緒にといいうので遊ぶことにする。


「皆さん、神社まで競争しましょう」


 子供達が相手だし、私は足が速いので、手加減しながら走る。

 走り出したら、視界の端で人混みの中をするする歩く人が、スリをしたと気がついた。


「お待ちなさい、泥棒は犯罪ですよ! そのお財布をご夫人に返しなさい!」


 いつでも誰かを守れるように帯刀している木刀を抜いてスリを追いかけたら、ほぼ同時に兵官の叔父も走り出していて「止まれそこのスリ!」と叫んでいた。

 叔父が跳ねるようにスリの前に立ちはだかったので、私は反対側に立って包囲網。

 女性なので弱々しいと思ったのか、中年のスリは私に向かって飛びかかってきたけど、叔父の一閃突きがスリの背中に炸裂し、私の木刀も見事に胴に的中。


 皆さん、拍手喝采どうもありがとうございますという気持ちを込めて、区民達の拍手に対して会釈を返す。

 ルーベル副隊長だ、副隊長だと叔父は人に囲まれていき、私も巻き添え。嬉しい巻き添えだけど。


「副隊長さんには凛々しくて勇ましいお嬢さんがいらしたんですね」


「いえ、彼女は姪です」


 叔父と一緒にいるとこういうことはたまにあるので、囲まれたり話しかけられても動揺はしない。

 ルーベル副隊長の姪は礼儀正しいと言われたいので、皆さんに丁寧に、丁寧に挨拶をしていく。

 ふと見たら、捕物が怖くて泣き出した子供を、テオが優しくあやしていた。


「ほーらほら。大丈夫、大丈夫。高い高ーい!」


 ……好き。


 顔は見えなかったあの可愛らしい雰囲気のお嬢さんが羨ましくてならない。

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