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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
人魚姫ノ章
20/122

 叔父は仕事へ行き、俺と叔母とミズキの三人になり、オケアヌス神社の中で話し合うことに。


 俺はまず、自分の推測はミズキや叔母と同じなのか確認。

 飛行船の墜落時刻に歌姫アリアがこの近くの海にいたということは、おそらくミズキに会おうと考えて、帰国をやめたということ。

 叔母は事故のあった日に、この街から燃え盛る飛行船を見たというので、アリアも目撃したに違いない。

 彼女は絶望して、真冬の凍てつくような海に身を投げた。


 ミズキに会わずに入水自殺が解せなくて、それを質問したら、ミズキはこう語った。

 幼い頃に血縁者を失っている彼女にとって、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の多くの者は家族で、妹のように可愛がっていた孤児達も共に来国していたので、彼女は全てを失ったと。

 歌姫アリアは、尊敬する親が残してくれた唯一の遺産は自分の体で、人を救うために生きた親のように、死ぬまで眠れない子達の為に歌うという夢を追いかけていた。

 幸せにしたい子供達をこの国に招き、死神に連れて行かせたとなれば、その悲痛は想像に容易い。


「自分が熱なんて出さなければ……。子供達ごとしばらく我が家にって……言うつもりだったのに……」


 片手を額に当てたミズキは苦悶の表情をさらに歪めて、再び涙目になった。

 隣に座る叔母が、よしよしと彼の背中を撫でる。


 ミズキは自分の気持ちが移ろうまで実家に帰るつもりはないと告げた。

 アリアが記憶を失くしたまま生きていくなら、自分の気持ちが済むまで支えていく。たとえ、自分が選ばれなくても。


 そもそも彼は選ばれる気はないそうだ。記憶が戻ったらまた入水自殺してしまうかもしれないので、出来るだけ彼女を刺激したくない。

 だからミズキはもう全力で演奏したり、本気で役者をするつもりはないという。

 幸福を失った自分はもう、喜劇関係の音楽に魂を注げないそうだ。


 もしもアリアが記憶を取り戻したら、彼女が望めば一緒に死ぬし、絶望の中でも生きていくというなら、全身全霊で幸せにする。

 何一つ迷いのないミズキの瞳はとても真っ直ぐで、昨夜のお芝居の最後の演技で魅せてくれた微笑みと同じでとても眩しい。

 あの芝居は、主人公シャーロットと今の自分を重ねた結果だと感じる。

 未熟者過ぎるという嘆きは、同じ境遇だと重ねて演じることしか出来なかったからだろうか。

 分からないので問いかけたら、そうですという小さくて力の無い返事。


「はぁ……。姉上、ジオさん。大変ご迷惑をお掛けいたしました。不精このミズキ、これより再びしかと日常平穏を演じてみせます」


 叔母、俺という順で深々と頭を下げたミズキになんと言って良いのやら。

 俺は寿命以外で親しい誰かを亡くしたことなんてないし、女性に惚れたこともない。


「ミズキさん、破裂しそうな時はここへいらっしゃい。一人だとろくなことがありませんので私とですよ。ジオさんとここでも構いません。先輩達に、弟子が芸者として思いつめていると伝えておきますので」


「姉上、両親やアサヴさん達との板挟みにもしてしまうでしょうが、どうか助けて下さい」


「ようやく助けてと言えましたね。偉いですよ」


 叔母に手を取られて微笑まれたミズキは小さく頷き、(かわや)へ行って、顔を洗って戻ってくると立ち去った。


「ジオさん。ミズキさんをよろしくお願い致します」


「はい。もちろんです」


「ミズキさんは女性の免疫が乏しいジオさんがアリアさんを慕いそうだと考えたのでしょう」


「……えっ?」


「ミズキさんは最近、ユミトさんにもちょっかいをかけています。ほら、ユミトさんはまだミズキさんを女性だと思っていますので」


 俺は信用、信頼されて秘密を打ち明けられたのではなくて牽制されたってこと。

 あんなミズキを見て、こんな打ち明け話をされて、横からアリアを掻っ攫うなんて人道に反することはしたくない。

 俺がそう考えていたら、叔母がそういう話をして「ジオさんならそう考えそうです」と苦笑。


「それにしても、これではアリアさんではなくて、ミズキさんが人魚姫のようですね」


「どういうことですか?」


 ミズキは東地区では名家の三大分家の次男。

 所属している提携業務先の輝き屋も東地区では一、二を争う陽舞妓(よぶき)一座。

 海のお姫様ならぬ、東地区のかなりのお坊ちゃんが、異国の歌姫に恋をして家を捨てた。

 

「人魚姫と同じです」


「あっ。想いが届かないのも同じです。王子様は自分を助けてくれた女性が人魚姫だと知らずに、別人が助けてくれたと誤解して、その女性を慕います」


「お父様達に、ミズキさんが百花繚乱(ひゃっかりょうらん)に帯同させていただけたのは、親しくなった友人と離れたく無いアリアさんが頼みに頼んだことがキッカケだと教わっています」


「恋人と別れたくなくてってことですか」


「記憶を失ったアリアさんは、命の恩人ユミトさんが気になるようです。ミズキさんは彼本来の音楽を失ってしまいました。あんなに素晴らしい音を持っていたのに……」


 本人は芝居の道を進んでいきたいと熱望しているけれど、彼が最も光り輝くのは演奏家としてだったが、失恋したミズキの音は叔母からすると、崩壊して酷い有様だという。

 それをミズキ本人が誰よりも理解しているから、彼は大切な師匠から譲り受けた三味線を破壊してしまった。


「おじい様が孫の私ではなくて、わざわざ親戚のミズキさんに贈ったのに……悲しい話です……。人魚姫は声を奪われ、ミズキさんもまた音を奪われてしまいました」


「……叔母上。しかしミズキが元の世界に帰っても、泡となって消えはしません」


「帰ってももう、ミズキさんに居場所はありません。生活はしていけるでしょうが、夢も希望もない、虚しい日々になるでしょう。それは泡になるのと同じだと思います」


「そんな」


「可愛い弟みたいなミズキさんを不幸にはしません。二人は奇跡のように再会したのですから、きっと縁結びの副神様が、幸せになりなさいと後押ししているのです」


 ミズキだけの為に動ける生活をしていなので、どうか私達を助けて下さいと叔母に頼まれたので大きく頷く。

 叔母はこれからこの神社附属の保護所へ顔を出して、まだ「母上は他の子達ばかり」と拗ねている息子達を甘やかすそうなので、ミズキをよろしくだそうだ。


 ここにミズキが戻ってきたので、叔母が「気持ちが落ち着いていたら帰りなさい」と伝え、俺とミズキで我が家に帰ることに。


 二日酔いだし酷い気分だけど、立ち乗り馬車ではなくて歩きたいというので賛成して、二人で歩き出した。


「あのさ、ミズキ」


「美人だし無邪気で愛くるしいけど惚れないで下さいよ。ジオさんは他の女性にもすーぐ鼻の下を伸ばすから、他の女性にして下さい」


 火消し風の服装だし、どこからどう見ても男っぽい顔つきで、声もいつもと違う低い声。

 しかし、女装している時と同じような悪戯っぽい笑い方で俺の顔を覗き込んできた。


「い、いきなりなんだ。もちろんそのつもりだし、そういう意味でも俺に話したかったんですよね?」


「口が固そうだし、真面目だし、信用しているからです。彼女に惚れそうな男でも、教えませんよ」


「それはありがとうございます」


「貸し一。君からなら、余程でなければどんな頼みでも聞くので、困ったら必ず相談して下さい。自分は家もお金も地位も名誉もわりとあります。役立ちますよ」


「なんですかそれ。俺は自分のお尻は自分で拭きます。借金はしないし、地位や名誉が必要な時なんてなさそうです」


「まあまあ、人生は何が起こるか分かりませんよ」


 そこからミズキは、人がいない時だけ、アリアとの思い出話を語った。

 惚気る相手がいなかったけど、ようやく話せて嬉しいと笑ったけど、その目はとても寂しげ。


 ミズキが稼いだお金を貰っていないというので朧屋(おぼろや)へ行ってお金を回収。

 朝露花魁はとてもご機嫌で、ミズキが提示した値段の三倍を支払い、昨夜の旦那様からと更に同額を彼に渡した。


 朧屋(おぼろや)を出た時に、昨夜の遊楽女(ゆうらくじょ)が声を掛けてきて、手紙の返事をいただきたいですと笑いかけてきた。

 袖を少し掴まれたのも、笑顔もめちゃくちゃ可愛いのだが、惚れたらお金をむしり取られるので直視してはいけない。


「申し訳ありませんが、お返事は出来ません。家族親戚が認めた方としか文通致しませんので」


「……そんな。売り出される前の乙女のうちに、普通のお嬢さん達らしいことをしてみたいのです。そのように辛辣に袖振りしないで下さいませ」


 辛くて泣きそうみたいな彼女に同情心が沸くけど、人気花魁の遊楽女を身請けなんてお金は俺にはないし、彼女も絶対にそれを分かっているから、これは売り出し後の客候補にするぞって意味。

 叔母の弟子達に毎回ときめき、美人のアリアにときめき、この美人にもときめいてしまう俺って、かなりちょろい……。


「はいはい、離せ、離せ。大事なお坊ちゃんを毒牙にかけようとするな。いくぞ、ジオ。こいつはファムファタルかもしれないなんてやめろ。単に毒だ毒」


 この街に入ってから、火消し風を演じるミズキがわりと乱暴めに俺の腕を掴んで歩き出した。

 俺も毒牙にかかると怯えていたので、前だけを見据えて足を動かす。


「ファムファタルとはなんですか?」

「毒の華です。今度語り弾きをしてあげます」


 こうして俺達は帰宅。

 ミズキは男装を見られたくないからコソコソ家に入ると俺と別れた。

 

 ……。


 奇跡のように再会した恋人と再び恋人になっていたら、記憶を取り戻した歌姫アリアは絶望の中でも、ミズキという光を手にして生きようとしないだろうか。

 ミズキはアリアの心を守る道を選んだけど、俺としてはその希望に(すが)りたい。

 だって俺はミズキの友人だから、彼に幸せになって欲しい。


 我が家の人間や妹弟子達へと全く同じようにちょこちょこ嫌味を言いつつも、かなり甲斐甲斐しくアリアの世話をするミズキの健気さに、その気持ちは日に日に強くなり、俺は人生初の悪巧みを敢行するぞと決意。


 甥っ子達とお風呂から出た時に、いつものようにミズキに声を掛けて、彼が脱衣所に入ったことをこっそり確認。

 入浴中という札を外して、少し待ち、ララと共に読み書きに悪戦苦闘しているアリアに「お風呂へどうぞ」と声をかけた。

 髪は長めだけど、ミズキはかなり入浴時間が短いので、このくらいの時間で良いはず。


「アリアさん。お風呂から出たらまた一緒に頑張りましょう」

「ララちゃんは頑張らなくてもぜーんぶ出来てて私の先生。先生。漢字は複雑過ぎるわ」


 情緒が安定したら外出していく予定のアリアは、まだ家の中だけで過ごしていて、ミズキとララと親しくなっている。

 このままでは二人が一緒にお風呂へ行くので、俺はララに「祖母君が呼んでいましたよ」と告げて、彼女を追い払った。


「アリアさん、先にお風呂に行ってて下さい」

「はーい!」

「はいは短く!」


 アリアがお風呂へ行くのをこっそり確認して、脱衣所に入って扉を閉めたので、入浴中の札を戻して廊下の角に隠れた。

 予想ではこの後——……。


「きゃああああああああ!!!」

「うわああああああああ!!!」


 悲鳴までの時間が短いので、アリアは脱いでないはず。俺の目論見通りなら、ほぼ全裸のミズキとアリアが鉢合わせ。

 何も知らない顔で脱衣所に飛び込んで、覗きや泥棒ですか⁈ と叫ぶ。

 ミズキは俺の予想よりも少し着替えが遅くて、(ふんどし)一丁。邪魔にならないように、髪は雑にまとめ上げている。


「ジオさん! 知らない男の人が勝手にお風呂に入っていたわ!」


「そんなまさか。ああ、ミズキですよ。彼はミズキです」


「ミズキ? えっ?」


「あれっ。知りませんでした? 彼は男性です。女役を多く演じる芸者さんだから、修行で女装ばかりですけど」


 こうしてアリアはミズキが男だと知り、俺はミズキに陰で「この大根役者! しかもなんであんな方法なんですか! 許しません!」と怒られたけど、彼は翌日にはケロッとして俺に怒りをぶつけなかったので、きっと本心ではアリアに自分は女性ではないと伝えたかったのだろう。


 どうかここから、新しい恋が始まりますように。

 俺は泡になって消えましたみたいな悲劇物は嫌いだ。


 ★


 こうして、ジオは人魚姫アリアの秘密と、人魚姫のような立場になってしまったミズキの秘密を背中に背負った。


 彼はこの約一ヶ月後、死ぬのは怖いが身売りも嫌だと花街から死罪覚悟で逃亡した雛罌粟(ひなげし)ことヒナと出会い、彼女という秘密も抱えることになるが、それもまた別の物語——……


次からは「出会いノ章」です。

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