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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
人魚姫ノ章
17/122

 夕食後に、ミズキにここで集合と言われて、戸惑いながらも支度をして近所の酒処前へ。


 驚いたことにミズキはド派手な火消し風着物姿で、化粧はしておらず、長い髪を高いところで一本に結んでいた。

 羽織無しの着流しで、柄は流水模様に水神様。

 背中には三味線を背負っていて、手には風呂敷包みを待ち、足元は黒い足袋に下駄を合わせている。


「よぉ、ジオ。お疲れ。今夜の俺は火消しってことでよろしく」


 お嬢様声も所作もどこへやら。

 腕を組んで歯を見せて笑ったミズキに脱力。火消し姿で花街ってモテたいってこと。

 叔父やオルガの心配は杞憂なのではないだろうか。


「……おお。えっ? その格好……。男だな。久々に見た」


「なんだ。お嬢様とデート希望だったのか? それなら一回帰るけど」


「いや。いやいやいや。この方がええ!」


「お坊ちゃんが夜に女と密通なんて世間体が悪いからな」


 行こうぜと言われたのでついて行く。

 近くの小花街ではなくて、大きい方に行くそうだ。

 この格好で来たのなら、俺と何やらしたいなんて希望はないよな? と緊張しながらついていく。

 叔父は違うと言ったけど、まだ身構えてしまう。


「火消しってこんな口調や動きだと思うけどどうだ?」


「えっ? ああ、かなりそれっぽい」


「師匠に言うて知人に借りてもらった。よう、お嬢さん。乾燥しているから火の用心。気をつけて帰れよ」


 ミズキが向かい側から歩いてきたお婆さんに、豪快めに笑いながら片目をつむって手を振った。


「あらぁ、見ない顔の火消しさんね。お嬢さんだなんて嬉しいわ」

「女性はいくつになっても乙女ですよ」


 今のミズキは喋り方も台詞もまさしく火消し。前に素を見たことがある俺からすると、誰だこいつ状態。

 話し方も所作も上品で、どこからどう見てもお坊ちゃんだけど、少し人を食ったような性格という、あの素さえ嘘だったかもしれないと、背中に冷たい汗が伝っていく。


「元気ねぇな。どうした?」


「いや。ミズキという人間が分からなくなってきて……」


「あ? 俺は俺だぜ? どういう意味だ」


「演技力が高いからどれが本物か分からないって意味です」


「ふーん。それならこの火消し役練習はまた後でにしておきます」


 前に男装ミズキを連れて観光案内した時のような雰囲気や歩き方、話し方に変化。

 今日のミズキはずっとオケアヌス神社で神事の手伝いや稽古をしていたという。

 ミズキの師匠である俺の叔母ウィオラは奉巫女(ほうみこ)という神職で、所属は海辺街にあるオケアヌス神社——正式には大神宮——だ。

 最近はぬるめだった鬼師匠の鬼稽古で疲れて帰ってきたら、オルガ達にまとわりつかれて更に疲れたという。


「だからパァーッと飲みたいなぁと思いました」


「そういうことですか。あなたのミズキなんてやめて下さい。しかも花街だなんて」


「花街には行きますよ」


「……えっ? 本気ですか?」


 家の方針で女性を買うのは禁止されていることは聞いているので、お喋りくらいにしますと告げられた。

 俺と花街へ行きたいのでと、父や叔父に許可を得たのは本当のようだ。


「いや、あの。お喋りって、まさか遊楼(ゆうろう)に入るつもりですか?」


「奢りますよ。お家の方針的に、する前のことなら良さそうなんで、お喋り以上する前までならお好きにどうぞ」


「いやいやいや。いやいや。あの……」


 ニッと意地悪く笑ったミズキが俺の背中を軽く叩いて「ニヤけていますよ」と一言。

 そんなことはないし、そもそも散財はしないし、お金で女性にあれこれ強要なんてしないと言ったけど、ふーんと鼻で笑われた。


 ミズキの話はまたオルガにまとわりつかれた事に戻り、立ち乗り馬車の停留所に到着。

 このくらいの時間になると通勤用の立ち乗り馬車は減り、繁華街方面への立ち乗り馬車の数が増える。


「あの、帰り……」


「行きますよ」


 自分達が立ち乗り馬車に乗る番が来た時に、やはり花街なんてダメだと決意したのに、ミズキに腕を掴まれて引っ張られて結局乗車。

 結構揺れるので舌を噛むかもしれないし、お喋りは迷惑なので唇を結んでいたら、ミズキも同じく喋らない。

 ほぼ男だらけの立ち乗り馬車が目的地に止まり、俺達も含めてほとんどの者が降車。

 世の中、色ボケだらけなのかよ……と髪を掻く。


 大門を通り、観光登録で花街の中へ入ると、ミズキが「まずお披露目広場へ行きます」と告げた。


「お披露目広場ですか? この時間にそんなところへ行っても何もありませんよ」


「これからあるんですよ」


 パーッと飲みたいと言っていたけど、道芸見学に来たようだ。

 そう考えていたら、ミズキは俺をお披露目広場にある小さめの長椅子に座らせた。


「ジオさんはなんだかんだ自分の芸を観たことがないですよね。特等席でどうぞ」


「三味線を披露するってことですか? なんで背負っているのかなぁと思っていました」


「自分は演奏者の前に役者です」


 ミズキは風呂敷包み地面に置いて開いて、蓋の無い木箱を横に置いた。

 風呂敷包みには鈴と布のついた棒——確か飾り鈴——と、折り畳まれた布がまだ残っている。


「ジオさん。区切りが良い時にこちらを二銀貨ずつ木箱に入れて下さい」


 そう言われて渡されたのは六銀貨。

 ミズキは飾り鈴を持つと、シャララン、シャララン、シャラランと鳴らして、そんなに大きくないのに良く通る声で「新年、あけましておめでとうございます」と告げた。

 お披露目広場は、昼間、あちこちのお店が宣伝をするところなので、今は広場なのかさえ分からない、単なる道と化している。


「あけましておめでとうございます!」


 シャラン、シャラララン。


「珍しい芸を売ります! さあ皆さん楽しんで下さい! 見逃すと大損ですよ!」


 ミズキは鈴棒を投げてくるりと回転して飾り鈴を手に掴んだ。

 鈴を鳴らしながら踊って、あけましておめでとうございますを繰り返し、さぁさぁご覧下さいなどと宣伝していく。

 これはオケアヌス神社で行われる新年神楽と良く似ていて、叔母のように美しく舞うミズキに見蕩れる。


 宣伝を無視していた者達が徐々に足を止め、男女問わずどんどん人が集まり、感嘆の声も漏れ始める。

 ミズキの舞は徐々にゆっくりになり、彼は広場の中央に着席。

 最初は道になっていた場所なのに、しっかり広場になり、ミズキはそのど真ん中に鎮座して、三味線を奏で始めた。


 ぶわっと全身の産毛が逆立った感覚がして、そのまま聴き惚れていたら、曲がゆったりめになり、ミズキは立ち上がり、歌も披露。

 ゾクゾクが止まらない曲と歌は、あっという間に終わってしまい、あまりにも終わりが悲しくて拍手すら忘れていたら、ミズキが三味線をベベンッと鳴らした。


「大感激ありがとうございます。皆さん、感激のあまり、拍手をお忘れですよ」


 瞬間、歓声と大拍手が巻き起こり、何度か会釈したミズキは三味線を背負って木箱を扇子で示した。

 目配せされた気がしたので、慌てて二銀貨を入れに行ったら、俺が一番乗りではなく、次々とお金が木箱に注ぎ込まれている。


「素晴らしかったです。どちらの置き屋に所属しているんですか?」


「もう一曲聴かせてくれないかい? お披露目広場で演奏ってことは仕事を求めているんだろう?」


 次々と話しかけられたミズキは、下がって下がってというように人を遠ざけた。

 三味線の音でこれからまた何か始まる気配を出したので、一気に静かになる。


「では、お次はこちらをお楽しみ下さい」


 そう告げると、ミズキは風呂敷の上にある畳まれた布を手に取った。

 それは着物で、街の灯りに照らされてキラリ、キラキラと光る柄。

 ミズキはそれを頭から羽織るとゆっくりと舞い始めた。

 こんなのもう、どこからどう見ても女性が舞っているみたいで目を奪われる。

 それは俺だけではなくて、綺麗な芸妓がいるらしい、みたいな噂になったようで、人がますます増えた。

 そうなるとなんだなんだとさらに人が増えていった。


 お披露目広場は人だかりになり、この後ミズキは火消しがお嬢様に百夜通いするという話を一人二役で披露。

 続きは木箱に投げ銭が増えたらというようにちょこちょこ中断して、扇子で木箱を示しておねだり。

 全てが終わるとミズキは拍手喝采を浴び、木箱にはお金の山。


 大金なのでと兵官を雇用して、お披露目広場から離れて静かな場所に来ると、ミズキは軽く伸びてこう告げた。


「軍資金を手に入れたので、この街一番の遊楼(ゆうろう)へ行きましょう。花魁を買えないかな」


「……ゲホゲホッ! お、花魁は一見さんには会わないし、さっき稼いだお金は量があるように見えるけど、きっと小銭ばかりだから、全然足りないですよ!」


「その通りで無理です」


 しかし、今の俺はミズキと共にこの街一番の花魁のお座敷にいる。どうしてこうなった。

 買うどころか買われて、それは当然ですみたいなすまし顔のミズキに唖然としている。

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