連恋輪廻応報「終わりも始まりもない物語」
むずむずして親が暗くて広いところへというのでそうしたらしばらく夢を見た。
父のような、それでいて彼で姫でもある人間、変わった匂いのするナナミと一緒の夢でホッとした。
以前、よく見ていた戦わされたり、足をもがれたり、人を食い殺しまくる夢は嫌いだ。
前はそんなに嫌いではなくて、ふーんという感じだったけど今は嫌い、大嫌い。
『アトラはこの曲が好きよね』
人とは器用で三本の糸と木の板と人間特有の指というもので素晴らしい音を作る。
あれは楽しくてならない。
ハッと目を覚ましたら周りに硬くて白い物があって、親に「脱皮した」と言われた。
そこまで大きくなったら悪魔に殺されるから帰って来いと。
——そうしたらナナミと遊べない
——別の子と交代しなさい。意識を共有すれば共にいるのと同じだ
それもそうだなと我は帰ることにした。
まだギリギリ子供だから許してもらえるだろうと親に言われて、頼んだらセルペンスもアングイスも道を通らせてくれた。
ここらではもう百年以上、アラーネアは自分達を捕食していないし、今も敵意が無いし、子供は宝だからと道案内まで。
同じ子供のセルペンスとアングイスが一匹ずつついてきて、あの変な姫はどうして喋れない、お前とは喋るのにと問いかけた。
——さぁ。変な姫じゃなくて父や彼が混ざっているからだろう
——父? 父って? それに彼って?
——父は我らを造った者だ。彼はテルムだ
——テルムは分かるよ。造った? 親ってこと?
——さぁ。我も知らん。ナナミは彼で父で彼で変な姫で忙しい。
——ふぅん、変な姫で彼で父だとナナミって言うのか
——そうだ、あの匂いはナナミっていう
転生したというおぼろげな記憶はあるけど、知らないことばかり。
ナナミは自分は転生前のことを思い出す気配はないが、それなのに一緒に楽しく暮らせた。
もっと一緒にいたかったな。
いくら意識を共有出来る他の子が代わりに遊ぶといっても、我はもうあの柔肌で撫でてもらえることはない。
こうして我は親のところへ帰った。
向こうにいる兄弟と繋がっているからナナミに会えるけど彼女は泣いた。
『アトラはどこへ行ったの? あなたはお喋り出来ないのね。お腹は減ってない? 寒くない? 平気?』
兄弟が泣かないでと頬に体を寄せた気がしたけど我にはナナミの温もりは感じられず。
向こうの声はするから話しかけられるけど、こちらの声は届かなくて返事は無い。
巣に帰ったら更に大きくなってまた成体に近づいたので、親の言う通り人里にはもう出られない。
それに親達が我は王になるもの、新たな王の器だというので、未熟なのに人里に出て殺されるのはダメだと。
成体になるに連れてどんどん悪魔が嫌いになっていく。
とてもとても嫌いだ。
なのにいつまで経っても人肉を食べない我はそんなでは王になれない、記憶の海にも全然入らず学ばずにナナミ、ナナミばかりだから怒られる。
それにナナミの周りをちょろちょろしていた、嫌な匂いはするけど何もしてこない、むしろ我に何やら良い感情を向けていた悪魔も恋しい。
悪魔は我らを殺すだけ、殺意を向けてくると思っていたけど違ったと学べた。
親がそれは人間と悪魔がいるからで、それを学ぶために子らがそうしたいなら旅をさせる教わった。
この世は弱肉強食だし、世界には様々な生物がいて、生存の為に食って食われるし、時に共闘するものだから、過保護に育てても良いことはないと。
人間と悪魔がいることは学んでいたけど、ナナミの番は悪魔なのに我にとても優しかった。
どう考えても悪魔ではないのに匂いは悪魔。
あれをもっと知ってみたかった。
それこそ王になる器が学ぶべきことだった気がしてならない。
そうしたら親達にそれはそうだ、まだまだ匂いの嗅ぎ分けが甘い、修行せねばと言われた。
我は特殊体質のようだし、王の器だと深淵を覗かないといけないらしいので、記憶の海には入りたくないなぁ……。
もっと大きくなり、ますます人里に出られるような大きさではなくなり、ナナミは死んだ。
ナナミも転生者だからどこかでまた生まれるはず。
探しに行きたいけれど、大きくなり過ぎたし間も無く戴冠だ。
今の王が寿命とやらで死ぬので王の記憶を受け継いで次世代へ繋げないとならない。
悪が蔓延るこの世界から家族を守らないとならない。
なぜ我らアラーネアは蛇一族達のように人里に根付く道を選ばなかったのか。
それを我はもう、かなり理解している。
ナナミに会いたいがまた別れるのは辛くてならない。
お別れは一度で良い。
人という生物達は蛇一族よりも我らの姿形を忌み嫌う。本能で。
だから蟲一族も我らのように人という生物達と離れている。
ナナミがそうしてくれたように、人が畏怖する姿形の者が側にいても迫害されないように人が仕組んでくれない限り共存は無理。
振り返ると良くナナミは我を受け入れたな。最初は怯えられていた。
百年しないくらい経ち、ナナミも我と同じく同じ血のところに転生すると思っていたのに、すぐそこの人里で誕生。
嬉し過ぎて思わず拐ってきてしまった。
しかし、ナナミは我の事を全然覚えておらず、ナナミという記憶も無く、匂いはどうしようもなくナナミなのにまるで別生物。
しかし、震える手で我に手を伸ばして、敵意を押し殺して優しい温かな気持ちを向けてくれたのは狂おしい程同じ。
王なのに他生物との領域を正しくない理由で侵害し、ナナミの転生体を怯えさせるとは未熟な王である。
伝わらないようだけど謝り、里に帰し、喜びそうなものを贈った。
我の代わりに遊びに行った子供が、やがて新しいナナミと喋れるようになりアトラと呼ばれた。
嬉しかったが、ナナミは我だけをアトラと呼び、死ぬまでに四匹の子供を別々の名前で呼んだので、やはり転生体は記憶がなければナナミではないと、とても悲しかった。
だから我には分かる。
王しか行けない感情の墓場、深淵で嘆き悲しむ父の気持ちがよく分かる。
『姿形変わろうと何もかも忘れてもどれだけ時間が過ぎようと僕のような者は必ず生まれる』
我は特別なので違うが、他者認識が曖昧な民達は彼のような者の再来で満足する。
しかし我くらいになると絶望する。
彼のような者は生まれても彼は生まれない。
息子のような者は何度だって生まれるが、息子は二度と生まれない。
ナナミのような者は生まれてもナナミはもう生まれないのと同じだ。
だから我らの父はずっと悲しくて、ずっと憎くて、ずっと苦しい。
その深淵から抜け出せず、むしろ嫌な記憶は自分が請け負うと引き受けて深淵をより深く、暗くしている。
我らは父がいるからこうして永遠に守られる。
我はナナミを殺されていないから憎くない。
そこだけは我らの父と異なる。
歴代の王は何とも思わなかったのか、そこまで深いところへ潜れなかったようだが、我は父を深淵から連れ出したい。
我らを永遠に愛し、永久に守る者を幸福にしたいのは当たり前だ。
しかし方法は不明。
ナナミは分類的には悪魔だ。血の濃さ的にそうだった。
だからその命は余りにも短かった。
たった数十年なのだから、最後の最後まで共に生きる道を探せば良かった。
蛇一族達のように海中で暮らせれば、大きな体を人から隠せたと途中で気がついたので訓練中。
全然ダメだ。
こんな事を考えているので、仲間達が反発してお前は王の器では無いと言い出した。
それならそれで構わない。
似たような異端児に誘われたので我はナナミがいた地に近くなるロトワへ引っ越し、我は王座を返還して一族と縁を切ることにする。
ロトワは住み心地が良い。
我が選ばなかった世界があり異端児達が集まって和気藹々。
『今のは雷。雷は高いところに落ちるのよ。だから近くの丘の避雷針に落ちるから大丈夫。震えないでアトラ。大丈夫よ』
雷が鳴ってももう怖くない。
記憶の海に軽く沈むとあの優しい声や笑顔が蘇る。我らと違い、非常に不細工な変な顔だったな。
ナナミの温もりは流石にもう思い出せない。
『蜘蛛って肉食なのにアトラはどうして貝殻が好きなのかしら。丈夫な歯……はあるの? へぇあるのね』
親が人里で肉を食べると殺されるというから、肉ではないものを色々食べてみて気に入ったのが貝殻だった。
今はもうあんなに小さなものでは腹が満たされないけど、たまに無性に食べたくなる。
これまでは食べられなかったけどロトワならセルペンスが採ってきてくれる。
『良かったアトラ。あら、あなた。模様が少し違うわね。あなたはどなた? アトラの友達?』
生まれ変わってまた巡り合いたい
その時もきっと見つけて
その時はきっと離さない
あの時はあの歌の意味がまるで分からなかったけど今は深く深く胸に突き刺ささる。
あと少しナナミが長生きだったらロトワで共に暮らせたのに。
我も生まれ変わってまたナナミと巡り会いたい。
その時もこの間のようにナナミの転生体を見つけて、その時こそ、次こそ離れないで共に生きる。
その時は固有名を忘れてしまった、あのナナミの番の転生体も居て欲しい。
あいつがいるとナナミはうんと幸せみたいだったから。
やがて我にも寿命がきて意識が途切れた。
それで気がついたらロトワではない森にいて、ふーん、色々記憶が欠けているし、能力も乏しくなっているし、我は我だけどはぐれ王でもアトラでもない子供だから変な感じ。
転生とはこんなだったか? と散歩。
せっかく父と語り合っていたのに転生するとは。
自ら死ぬのは怖いし嫌だけど、深淵で父と遊ぶ方が楽しいので早く死にたい。
なにか忘れているような……。
なんとなく、勉強しないといけない気がして人里を目指した。
親達が掟破りと騒いでいるけど、掟を破らない親達は追って来ない。
死んでしまう、殺されてしまうと言われたけど、そうしたらまた転生するだけなので無視。
異端児だ、異端児、なんだあれはと言われたけど我は異端児だ。
王の器がないと記憶のサルベージや伝達、繋がることが不完全なのは前世で確認済み。
生まれ変わってまた巡り合いたい。
いつ覚えたのか不明だけど好きな歌。誰が歌っていたんだっけ。
好きな歌を歌って散歩は楽しい。
その時もきっと見つけて
その時はきっと離さない
自分の歌声に混ざる違う声が記憶の海からして実に幸せ。
これはいつの我のどの友との合唱だろうか?
何かとても大切なことを忘れている気がする。
あまりにもギラギラした太陽に衝撃を受け、これは干からびる……と意識を失った。
転生してすぐに死ぬのか。
前世はたまたま長生きしたけど、そういえば知的好奇心が旺盛過ぎて短命が多かったなと思い出す。
これで父と楽しく暮らせる……。
死んだと思ったけど死んでいなくて、水の中にぷかぷか浮かんでいた。
カラカラだったので蘇ったようだ。
喜びの踊りをしていたら悪魔が登場。
「——」
我はロトワで悪魔語を覚えたけど、転生した結果忘れてしまったようで何て言ったのか理解出来ず。
我らの会話法は特殊な者でなければ伝わらないのでお礼を言ったけど無反応。
悪魔の真似、会釈をしたら潰されそうになったが、激しい動きなのに敵意はなくて襲ってこない。
前にもあったような?
『——。そんなに遠くまで跳べるなんて凄いって褒められたのよ。潰そうとしたんじゃなくて拍手と言って賞賛』
これは誰の声だ? 前世のことで誰かからの言葉だな。
我は目の前の悪魔の行為が潰そうという攻撃ではなく褒め、拍手だということは思い出した。
ぴょんっと跳んだらまた拍手されるかも。
昔々、我が我でない頃に、遠くまで跳んだら拍手されたらしいので。
☆★
そこはあれから約千年後、砂漠と死の森の境界にあるとある小さな小さな研究棟。
鎖国したというのに、主人不在のそこへ足を踏み入れた少年に、国際指名手配されている極悪人の魔の手が伸びた。
瞬間、極悪人は蜘蛛のような生物に噛まれ、猛毒を受けた。
少年は叩き潰されそうになった蜘蛛を掴み、背中をナイフで切られたが、軽傷でなんとか走れたので逃亡。
——風の子だ
——風の子が怪我をしてる!
少年に会いに集まっていた者達は彼を捕まえて運び、彼らの医者のところへ行こうとして、人には人の医者では? と大移動。
彼らの言葉が分からない少年はされるがまま。
少年は近くの故郷ではなく、彼らが信用していて喋れる者がいる、医学大国らしいと学んだ遠い、とても遠い地まで運ばれた。
——入れないぞ
——監獄だから入れないね
仲介役がおこりんぼで役に立たないと彼らはプンプン怒り、親にぎゃあぎゃあ言って、ようやく彼らの目的の人物の遣いが現れた。
軽傷とはいえ背中を誰かに切りつけられて熱発している少年はすぐさま運ばれ治療開始。
少年を運んだ偉い子達が離れず寄り添い続ける。
その中には密かに現代のアトラもいた。
少年は特別な場所で休むことになり、そこで美しくも恐ろしい雰囲気の女性と会った。
草原の中で佇んで、青空を見上げて祈るように手を合わせている彼女に、少年はそろそろと近寄って自己紹介。
そのはずが、目が合った瞬間、体が動かなくなり声が出ず。
「そなた、もう体はよろしいのですか?」
恐ろしいと感じた女性はそういう労りの言葉をかけてくれたので、少年はホッとしてお礼を告げた。
体のことを心配してくれたなら手当や看病をしてくれた人の仲間ですねと続けようとしたけど緊張で無理。
女性がしゃがみ、品の良い手で少年の髪を撫でて、顔色は良いですねと微笑みかけた。
「あの! ここはどこですか! 僕は師匠の研究塔にいたんです! そうしたら怖い雰囲気の男がいて、ナイフを持っていて、でも……あーっ!!!」
少年は自分の両手を確認して何も居なかったので叫んだ。
「どうしました?」
「蜘蛛が助けてくれたんですけど居ません!」
その時、女性は丁度少年の肩にそこそこ大きな蜘蛛がいると気がついたので払ってあげようとしたところだったがその手を止めた。
「助けてくれる蜘蛛とは天候を司る副神様の遣いです。こちらにいらっしゃいますよ」
ゲテモノと言われるあらゆる生物が平気な女性は、神様ならなおのとこなので、手の形を変化させて指で少年の肩の上にいる蜘蛛をくすぐった。
「フクガミ様ってなんですか? 天候を司っているのは風の神様です」
「私の国には八百万の神々がおりますの。八百万とは数えきれない程という意味です。八咫雲は我が家を守護する大副神様。好かれるとは、そなたは良い心根をお持ちなのでしょう」
「数えきれない神様……。うーん。神様は風の神様だけです」
「ふふっ。そなたのお国ではそうなのですね。それならきっとこちらの蜘蛛さんは風の神様の遣いなのでしょう。助けてくれたのですから」
蜘蛛は少年の肩から女性の肩に跳び移り、その体をそうっと首筋に寄せた。
「あらあら、愛くるしいですね」
少年はまるで師匠みたいだとその女性が一気に好きになった。
しかし、先程会ったばかりで、どう話しかけて良いのか分からずもじもじ。
「ここはどこなのかご説明致しますね。そなたがどこから来たのか教えて下さい。参りましょう」
少年の手を取って歩き出すと、女性は副神様へ恩返しはまず歌ですよとゆっくりと歌い始めた。
その美しい歌に蜘蛛はなぜか幸せだと、とても幸福だと体を左右に揺らす。
何も知らない氷姫は自国の神事で使用される歌を口ずさむ。
千年も経てば山のような血が混じり、混じっていない血はないのではないかというくらい混じっている。
その血にどれだけの命が流れているか、それを氷姫は知らないし、これからも知る事は無い。
その血にどれだけの命が流れているか、それを少年、風の子は知らないし、これからも知る事はない。
「あの、それはなんて歌ですか?」
「奇跡ノ歌姫という古典戯曲の恋慕再縁という歌です」
「ギキョクってなんですか?」
「物語を演じる舞台のことです」
「それなら分かります!」
「奇跡ノ歌姫はご存知ですか?」
「知らないです。ヤタグモ? という蜘蛛が出てくるんですか?」
「八咫雲様が出てくるのは氷姫と太陽でございます。そちらもご存知無いでしょうか。姿形でそうですが、そなたは私とは異なる国の子のようです」
「僕は崖の国のリノです!」
そこへ、一人の男性が女性の名前を呼び、駆け寄ってきた。
その声に氷姫が振り返り、その耳たぶで七実神玉が揺れる。
それは、一度は故郷に置いてきたが、紆余曲折を経て彼女のところへ戻ってきた家宝。
蜘蛛はあれこれサルベージ出来ないけれど、七実神玉を見て、これはいつか誰かと別れの時に、その者に贈った宝石だと気がついた。
あれから千年も経っていることはまだ知らないがそのうち学ぶ。
いつのことで、誰にかは分からないけれど、この宝石はとても大切な者に贈ったと思い出して、蜘蛛はこの者はとても大切な者だと氷姫の首筋に体を寄せた。
ゲテモノだろうがなんだろうが特に嫌悪感はなく、むしろ懐いて愛くるしいと再度指で彼に触れた。
理由は分からなくても、互いの温もりは互いにとってあまりにも懐かしくて幸せだった。
☆★
これがきっかけで、後の歴史・生物学者は敵意を向けられていた大蜘蛛一族に気を許されることになり、それは大陸史的にあまりにも大切なことなのだが、それはまた別の物語。
ナナミとアトラの絆は歴史上点でしかない。
そしてその絆が結ばれるには、ちょっとしたことの積み重ねが必要だった。
それは幸福だけではなく、悲劇も含めて全て。
☆★
「僕は罪を悔い改める。例え造られた命といえど同じ命。自由を得る権利がある。共に行こう。君に名を与える。僕と共に人として生きよう」
「……」
「……達は僕の力では連れて行けない。持てるだけの培養孵卵器を手に入れる。彼等にも君と共に自由を」
「……」
「このまま殺戮兵器、道具でいたいのかい? 分からないか」
そこに至るまでには、様々なことが無ければならない。
☆★
「僕はテルム。この近くの海辺の村の漁師だ。蛇達とは仲が良い」
「ごめんなさい。勘違いしました。あとペジテ人はなんて勝手に決めつけたのもごめんなさい」
「海に入るならその怪我が治ってからだな。手当しよう。村から色々持って来るから待ってて欲しい。蛇達よ、彼女と待っててくれ」
「アングイスとセルペンスよ! 蛇達じゃないわ!」
「なら君は?」
「私?アピスよ。多分もうすぐ名前が付くの。父がうんと悩んでいるからとても素敵な名前が付くわ。名前が二つになるのよ!」
そこに至るには、とある研究者が実験体を連れ出さないとならない。
☆★
「人形人間六番なんて酷すぎる名だ。一生懸命考えた。アモレ。君はアモレだ。愛の名前が相応しい」
「アイ? お父さん、アイッて何? アイなのにアモレなの? 違うの?」
そこに至るには、彼が彼女に親心を抱かないとならない。
☆★
「姿形変わろうと、何もかも忘れても、どれだけ時間が過ぎようと僕のような者は必ず生まれる。どうか忘れないでくれ!」
「……」
「アモレ! この地を守れ! 何もかもを守ってくれ! 絶対にいつか理解する! 僕は間違っていない! 絶対に続く! 僕の意志は決して消えない!」
そこに至るまには、彼が彼女を通してあらゆる命を愛さないとならない。
★★
「テルム・サングリアルが告げる! 誓いを守る限り仲立ちし続ける! 両者手を出すな!」
「嘘だろう? 死者が、燃やされて灰になった人間が蘇った!!!」
そこに至るには、二人は異種族の男女から生まれないとならない。
★★☆
遠く離れても家族は共にある。
それぞれが鮮やかな未来を作ろう。
いつか交わる。
そう信じて強く生きていこう。
憎悪と諦めを決して許すな。それが三つ子の誓いだ。
そうして、絶滅を免れた命達はやがて大陸中に散っていく。
北西の地、凍れる世界から新たな文明が始まる。
★☆
「こうして三つ子は三つの国を興しました」
「興すとはなんですか? 国は人ではないから起きてって言えません」
「作りましただと分かりますか?」
「分かります」
「ミズキさん。このように命には終わりも始まりもないのですよ」
「ふーん、姉上、よく分かりません」
☆★
「……握手。してくれる? 星空がキラキラ光っているようなすてきな音でした。魔法みたい。あなたの手は魔法の音を作れるのね」
「……」
「魔法でてんしが幸せになってすごかったわ!」
☆★
「ユリアはまた背が伸びたけど俺も伸びたぜ」
「こんなに伸びなくてええのに伸びるの」
「女の子で背が高い人は少ないからあんまり嬉しくないってことか?」
「うん」
「人と違うと気になるけど、あっ、あそこにユリアがいるってすーぐ見つけられるから友達としては得だぜ。ユリアの周りには、あっ、ユリアだって集まる人が沢山。それは楽しいことさ」
「そうかな」
「違ったら俺はユリアを見つけて、見つかって楽しいだろうって笑わせる」
「……それなら伸びてもええかな。うん。まだまだ背が伸びても楽しそう」
☆★
「男は単純で守備範囲も広いから、好みからわりと外れていても、気立の良い性格良しで尊敬出来るところがある女性にグイグイ来られたらまぁ、うん。少しその気になりました」
「……その気に?」
「照れて大人しくなった愛くるしい時は結構好みです」
「……」
☆★
「理性を失う酒を、理性を保たねばならない花街では飲まないどころか舐めません。お心遣いありがとうございます」
「そうでございますか。それではお茶をご用意致しましょう」
「いえ。すぐ帰りますので」
「そんなつれないことを申されると悲しゅうございます。嘘でも一晩お話しして下さるという優しいお言葉が欲しいです。ね?」
★★
「今夜を最後に本気の演奏はしないと、自分で自分に引導を渡しました。さぁ、無料でじゃんじゃん飲ませてもらいましょう。美女だらけですよ」
「……すみません。何も気が付かなくて。何があったか知りませんが、話なら俺が聞きます」
「平気平気。騒いで飲みますよ!」
★☆
「人懐こいです。シンさん! こちらの兎さんを飼っても良いですか?」
「……」
「えっ? シンさん? 置いていかないで下さい! 兎さんがお嫌いですか? シンさん、お待ちになって!」
「兎は飼って良いから来るな! ち、近寄るな! いや、前を歩け! 俺を抜かして前を歩け!」
★★
「これは動くのか? 外だと片手しか使わないから支障があるけど家の中では大丈夫か?」
「……」
「何にそんなに驚いているんだ?」
「……。気味が悪い、妖や鬼だと言わなかったから……」
「ここで闘病生活って嘘か? 親にここに一人で住んでいろって言われているのか? さっき、捨てる親がいるって言うた時に恨めしそうな顔をした」
「……だったらなんだ」
「殺す親もいるからここまで大きく育って良かったな。親っていうのは覚悟がなくても、他人に情を抱けなくてもなれる。なれちまう。不運だからロクデナシの親に生まれて、幸運だからこうして育った。本当の家族は自分で作ろうぜ。俺も協力する」
★☆
「なぜそんなに泣いているのですか?」
「泣いていません」
「泣いていました」
「……ありがとうございます」
「二度と会わない者同士です。あんなに大泣きしてしまうくらい辛かったことを、井戸の代わりだと思って吐き出して良いですよ」
「……いえ」
「ほらほら、帰るに帰れませんから話しなさい」
「……私の人生はもう長くないそうでして……。本日、そう宣告されました……。長くても三年だそうです……」
☆★
「こんなところでどうしたのミズキ! 具合が悪いの?」
「……君こそ、こんな夜明けにどうしたのですか……」
「私? 私はいつもの悪夢よ。だから気晴らしに散歩ー」
「そう……ですか。大丈夫ですか?」
「もう少し明るくなるとミズキが琴の練習をしているでしょう? 魔法みたいに落ち着くから良く聴いているの。悪夢を見て良かった。ミズキがこんなに辛そうな時に気がつけたもの」
☆★
ミズキと指切りしたから長生きしないと……。
一秒でも長生きする——……。
三年だ。三年は生きて、ミズキに約束を果たしてもらおう——……。
私では恋については穴埋め出来ないけれど、友情で楽しませて、彼女が望む幸福な音を取り戻せるように、沢山一緒に笑う——……。
レイスに返事をせずに死ぬわけにはいかない——……。
私はこれまで特に希望の光も目標もないまま、死ぬのは怖いけど、辛いから死んでしまっても構わないというような、絶望的で投げやりな人生を歩んできた。
絶望の中で絶望したら光を発見。
人生とは何が起こるか分からない。
☆☆
「吐くほどお嫌いとは辛かったですね。大丈夫ですよ。蜘蛛さんはもう旅に出ました。新しい家を探すでしょう」
「……ありがとう」
☆★
「先程の曲はどのような舞台のものですか?」
「我が家に伝わる物語の海蛇王子と歌姫です」
「初めて耳にする題名です」
「そうでしょう。曲や舞台脚本まであるのに使われていません」
「なぜですか?」
「強い幸や不幸を招く不思議なものだからです。ムーシクス一族はかつて旅の一座でこの地に半分くらい残り、この物語関係で財を成しました」
☆★
「あのね。くれた」
「ありがとうございます」
「すえには毒消しだって」
「すえとは何ですか?」
「しらない。もっとたべて。すききらいだめ。ミズキちゃん、ねむい……」
☆★
「私だってお嬢様だったのに! 私だって、私だって……あのまま育っていたら、蜘蛛を殺してなんて言わないし、蜘蛛くもさんって呼ぶし……。シーナ物語っていうのも読んでいて、友達に……うぇええええええ……」
「あの、お嬢様だったのにってなんですか?」
「何って……言わなかったっけ。誘拐されて売られたの。逸れたら怖い人に何をされるか分からないって教わって育ったのに、守らなかったから……」
「ゆ、誘拐されて売られた? えっ? あの。君は口減らしで売られたとか、親が借金返済のために売り飛ばしたとか、虐待されて保護されたとか、捨て子ではなくて、誘拐されたんですか?」
「そうだけど……」
「そうだけどってそれは大犯罪ですよ!!! 足抜けの罪なんて吹き飛ばせるくらいの!!! なぜそれを先に言わないんですか!!!」
「……そうなの?」
☆★
「……この神社で友達が出来て、その、蜘蛛に似ているんです。多分、空の雲の副神様です」
「へぇ、叔母上と同じですね。叔母上は言いませんけど多分、喋っていますよ。言動がおかしいです。叔母上は蛇と話せます。我が家には蛇の副神様が何匹かいるんですよ」
「……ああ、悩んで損しました。そうでしたね。ジオさんはウィオラさんの甥で家が一緒ですね」
「喋れるかぁ。ええですね。雲の副神様といえばシーナ物語です。ご存知ですか?」
「知らなかったので先輩達に教わりました」
「おっととエドゥ山事件みたいなワクワクする話は教えてもらいました?」
「……あはは。本当に悩んで損しました。面白話は特に。赤ちゃんみたいですぐ歌って、演奏してって言います」
「副神様って本当に普通に生物に紛れているんですね。よろしくお願いします」
『悪魔なんぞ反吐が出る程嫌いだが、攻撃してこないしナナミと親しいようだから遊んでやっても良い。我は今は眠いから今度な』
☆★
点は増えて集まれば線となる。
その線は前にも後にも辿れて、始まりも終わりも見つからない。
何か一つが違うとあの人とあの人は出会わない。
そのあの人はあの人やあの人がいないと出会わない。
廻る廻るくるくる廻る。
失われても何度も巡る。
絶滅しない限り、命は終わりも始まりもない物語の中を生き続けていく。
大陸中央、煌国。
龍神王を崇めた今は亡き長い平和を享受した大国。 そこで生まれた縁の数々は、無数の点は、全て千年後の大歴史の布石。
廻る廻るくるくる廻る。
失われても何度も巡る。
未来永劫命は続いていく。
このお話にお付き合いいただきありがとうございました。
体調不良明けの頭ぼんやりで、完結間近で下書き削除をするはずが作品削除をしてしまい絶望しましたが、読者の方々のおかげで作者だけでは取り戻せない作品をこのように取り戻せました。
本当に、本当にありがとうございます!
感想が消えてしまったのが本当に本当に申し訳ないです……。
ルビや改行など、最低限の修正が必要なところを修正していきます。
作品を取り戻してくれた方も、感想、誤字脱字修正して下さった方も、読んでくださかった方々もありがとうございます!!!
この作品は作者自己満足の他作品と繋がりのある短編集なので単体でどうなのか不明ですし、頭の中にある物語がなかなか文章に出来ず苦労していますがそれでも色々書けて楽しかったです。
☆〜☆☆☆☆☆で評価、一言でも感想をいただけると、とても励みになります。




