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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
継承ノ章
121/122

神託の巫女と八咫雲の大副神


 一度滅びかけた大陸は、命の力強さで再び蘇り、再度文明を築いている。

 かつての超文明からすれば原始的ではあるが、多くの技術や知識の大半が失われてやり直し始めた頃からすれば栄えに栄えている。


 始まりとはとてもあやふやだ。

 どこを切り取って「最初」や「きっかけ」と呼べば良いのか非常に曖昧(あいまい)


 新時代の幕開けは南西の地であることは確かだし、数多の命が「悪魔の炎」から命を守る盾となり失われ、その尊い犠牲のおかげで生き延びた者達が必死に逃亡して辿り着いた北西の凍れる大地で再起、再興を始めたことは大陸史の大きな区切りである。

 しかし、区切りではあるがそれは始まりとは言い難い。

 絶滅を免れたことも、命が生きづらい氷の世界でどうにか生活を始められたことも、その前にあれこれ何かが起こっていたから実現したことだ。


 たとえばとある海岸で、年頃の男女が出会ったとか、その前にその女性を研究所から連れ出した者がいたとか、その時期に研究所から逃げたとある生物が青年と出会い、打ち解けたとか。


 それが起こる前にも様々なことがあった。


 そのどれかが一つでも欠けていたら悪魔の炎は殆どの生物を死滅させた。

 命とはとてもしぶとく、絶滅はしなかったというのは結果論で、絶滅しなかった事には理由があり、様々な事が布石となっていた。

 当時は誰もそんな事を知らないし、考える余裕も無いし、大量の資料を集めて考察し、俯瞰(ふかん)し歴史を振り返ってみればであるけれど。


 そのように、現代で起こっている様々なことは後の世にとって布石となるし、歴史が大きく変化するきっかけの一つとなるのだが、今を生きる者達はそれが何に繋がるかなんて知らない。

 ただただ今を、懸命に生きている。


 ☆★


 ジオと画策して「龍神王様はお怒りだー」と演出した結果、一部の先輩達、オリエとウィオラにはバレた。

 神職の偉い人にもバレて遠回しに怒られたけど、内容が「罪人をのさばらせるな」であるし、龍神王様の言葉を利用したから、皇帝陛下などに詐欺だと密告しないと許された。


 それとは別件で、あれ程までに神々が会いに来るとか、八咫雲(やたくも)大副神——アトラのこと疑惑——が(あまの)羽衣の糸を贈るなんて、私は余程の龍神王乙女。

 そういう訳で任官地を変えるという話も浮上。

 王都内ならまだしも、新しい属国はどうかとか、あのショウキ皇子がそんなに熱烈なら夫婦にして……みたいな話まで出てきて辟易(へきえき)


 まだ決まっていないし、拒否権もあるようなのに、話をされただけで苛々(いらいら)するので、そのたびに周りの人間の具合が悪くなったり天候が荒れる。


『ナナミさん。あなたはこれから喜怒哀楽の怒りを捨てなければなりません。励みましょうね』

 

 これが難し過ぎる。

 そういう訳で私は政府の人間達と会話することをやめた。

 先輩達や妹姫のアズサ経由ならそんなに腹が立たないので。

 その関係で新人役人、ジオの従兄弟のレイスが私の担当者の一人に。

 担当と一切喋らないでは困るだろうということで逆指名。アズサの恋人となら喋っても良いし、イライラしないので。

 ショウキ皇子だけはしつこいけど、会うたびにアトラにフッて毒針を飛ばされて痺れたりしている。

 平気だからやめてと言っても、アトラは私が心底嫌がっているから戦うと勇敢。

 私には聞こえないけど親と会話して、やめなさいと怒られて良くしょんぼりしている。


 これまで体が弱かったアズサは踊るのが楽しいと言い、私はアトラがねだるのもあり、歌と演奏が良いので役割分担することに。

 政府に対しては引きこもり姉姫と、取次をするたおやかな妹姫という風に分からられたのも私にとって得。

 

 さて、今日は定期祈念日だけど不良巫女の私はサボってジオとデート。

 神社で祈ったって神様達は私達に恵みをもたらさないということを、アトラと繋がる私はよくよく知っている。

 無駄なことはそういう能力の低いアズサや先輩達に任せて私は彼らが本当に喜ぶことをする。

 私と似たようなオリエやウィオラも型に嵌められた祈りでは何も起こらないと理解しているし、それを利用して自分達を矮小化してひっそりしている不良巫女達だ。

 その二人に最近ずっと豊漁ではないので、本当の祈りをと頼まれて今日の私はサボり姉姫。


 今日が定期祈念日だと知らないジオと我が家で待ち合わせて、約束していたアルガ邸へ。

 今日のお目当ては赤鹿で私は今日こそ赤鹿乗りになる!

 沢山生活を楽しんだ後に海へ行って歌って演奏して、幸せだからありがとうと感謝をすれば多分明日は豊漁。

 そういう訳で本物の神職ナナミは今を思いっきり楽しむ。


 アルガ邸は現在寺子屋を運営出来るように改装中。

 うるさくて仕事に集中出来ないというこのお屋敷の主シン・アルガは、不漁大罪人でもあるからオケアヌス神社で祈って信仰心を学ぶことを条件に、神社の空き部屋を仕事部屋にすることを許されて不在。

 このお屋敷には他に彼の妻、担当編集かつ付き人のアザミ、近所の長屋の元住人数名が暮らしている。


 七つの地蔵を祀り、竹林に囲われていた長屋は私設保護所で保護所を卒業した人間と寮長であるレイ——ジオの叔母——と赤鹿乗りユミトが暮らしていたが、昨年の悪天候で壊れた。

 お世話になっているし、これからも片足の妻を助けて欲しいとシン・アルガはその長屋の住人達に屋敷の部屋を貸すことに。

 アルガ邸は元旅館で個室になる部屋が沢山あり、温泉まである。

 ここにオケアヌス神社附属の寺子屋が創設される理由はレイがウィオラの義理の妹で、シンと親しいので相談した結果。

 最初は世捨て人みたいな引きこもり青年に人との交流をという考えで、後にマリが片足を失ったので、彼女の世話人や仕事を確保という理由。


 そのアルガ邸に到着して、すっかり親しくなったマリに出迎えられて居間へ。

 外に働きに出ている者ばかりで今日、このお屋敷にいるのは彼女と夜勤明けのユミトだけ。

 そのユミトは居間でお腹を出して眠っている。


「叔父上、まるでレイ叔母上のように寝て。風邪をひきますよ」


 ジオに話しかけられてユミトはむにゃむにゃ眠っている。

 呆れ顔のユミトが彼に布をかけ直した。


「余程、昨夜の仕事が忙しかったのか朝食中に眠ってしまって起きないんです」


 そう、マリは愉快そうに笑った。

 彼女は歌姫アリアと生活を共にしてお世話をしたという理由で政府より賜った美しい義足に慣れたようで、杖無しでゆっくりなら普通に歩いて不自由の無い暮らしをしている。

 そのきっかけ、歌姫アリアを冷たい海から助けたユミトが爆睡中。


「疲れているなら起こす訳にもいかないけど、ケルウスと遊ばせてくれるって言うたのはユミトさんなのに」


 私もそこそこ楽しみにしていたけど、もっと楽しみにしていたジオがむうっと頬を膨らませた。


「寝る前にお二人のとこを言っていましたよ。ケルウスさんは賢い成体で、二人のことを好きな人間だと覚えているからジオさんは好きにどうぞと」


「好きにですか?」


「ええ。乗っても良いですと」


「乗っても?」


「はい。乗せてくれなくてうりうりされるだけだろうと笑っていました」


「ユミトさんがそんな風に言うのは初です! ナナミさん、これは一人前の赤鹿乗りになる第一歩なんですよ!」


「あとケルウスさんがナナミさんを怪我させることはないけど、一人で乗ろうとするジオさんは別だから気をつけなさいと言っていました」


「はい!」


 ナナミさん、行きましょうと誘われてケルウスのいる中庭へ。

 しかし、ケルウスは散策中なのか不在。


「乗ってええって居ないです。まぁ、赤鹿って馬と違って自由ですけど」


 ぷうっと頬を膨らませたジオが面白くて大笑いしたら、そんなに笑わなくても拗ねられた。


「でもええや。ナナミさんは笑っているのが一番」


「一番? 一番なんですか?」


「ん? そんなの決まっているじゃないですか」


「聞きたいです」


 ほらほら、私を褒めなさいよというように指でつんつん頬をつついたら、別に、まぁで終わり。

 最近のジオは照れ屋で全然だ。


「ケルウスに乗れないし叔父上も寝てるから先に海へ遊びに行きましょうか」


「はい」


 アルガ邸を出て、元七地蔵竹林長屋方面へ進み、七地蔵竹林(ほこら)となったそこを参拝。

 そこから竹林へ入って海岸を目指す。

 まだ色々バタバタしていてショウキ皇子の手前と役所がうるさいのもあり、私とジオは未だに婚約出来ていない。

 でも恋人同士だし、付き添いはアトラがいるからこうして二人で出掛けまくっている。

 ジオに何かされても嬉しいだけで、何でもされたいから見張りなんて要らないというのが我が家というか私の意見。

 ジオ側は私を身請けして猛求愛中と世間に知られまくっているので、他の縁談のために何もありませんみたいな証拠が必要ないので付き添い無しで良いと。


 そういう訳というか、街外れの竹林に入ったらもう人と会うことがないので、ジオが無言で私の手を取った。

 街中だと私が目立ってすぐ豊漁姉姫〜となるから手繋なんて無理だけどこういう時はいつもこう。

 二人で仲良く手を繋いで歩けるのはとても幸せ。


「ナナミさん、今朝の新聞は読みました?」


「アリアさんとエリカさんの復帰後の初公演決定ですか?」


「そうそれ。今朝ミズキさんから手紙が来て、場所は事故現場で追悼公演なんですが、招待してくれるそうです」


 アリアから私への手紙もあると渡された。

 その時間だけ一回手が離れて、それだけで寂しいとは私は日に日にジオ好き。

 この人を落とすと決めた時には既に大好きだと思っていたのにその先があるとは恋とはとても不思議。


「新婚旅行前にお互いの家族と旅行を出来そうですね」


「新婚旅行ですか? 私達、どこかへ行くんですか?」


「……?」


 そんな話をしたことがないので質問したら、ジオはジオで何を言っているんだ? その質問はなんだというような顔で私を見た。


「行かないんですか?」


「行きたいですけど行くなんて話をしたことがなかったので」


 というか結婚話もしたことがない。

 するのはいつも正式なお見合いが中々出来ませんね、婚約話が進まないという話だけ。


「なんか当たり前のようにエドゥアールへ行くつもりでした。そうですね。ナナミさんとエドゥアールへ行きましょうと約束していません」


「そもそも結婚の約束をしていません」


「……?」


 ハテナという顔をされたけどそれはこっち。

 君と結婚したいですなんて言われた記憶は無い。


「……しないんですか? えっと、手はこのようで……慕い合っていて、それで終わりってなんですか⁈ 今から別れ話をされるんですか⁈ 何か悪いことをしました⁈」


 衝撃みたいな顔をされたけどそれはこちらだ。


「何もされていませんですけど、結婚しましょうねという約束もしていません」


「ならこれはなんですか⁈ なんで逃げないで触らせてくれるんですか⁈」


 驚き顔で握っている手を持ち上げられて、笑ってしまった。


「……あはは。あはははは。真面目なジオさんは異性に触れたら結婚する覚悟ってことですね。あはは。嬉しいです」


 言われていないけど既定路線なのは考えれば分かることなので、約束していない、言われていないという私の意見こそ頓珍漢だったと愉快。

 いっぱい笑っていたら、確かに言うてないですとジオは髪を掻いた。


「そもそも婚約が結婚を前提に親しくしましょうという約束なのにそれが進まないから。そのせいです」


「ショウキ皇子がまだデートもしていない。一度くらい出掛けないと惚れられないのは当たり前ってゴネているせいです。あの人、早くどこかにいかないかしら」


「心が広かったら一回くらい出掛けたらどうですか? 相手は皇子様ですしと言うんですが、言いたくないので黙っています」


 また「果たし状」が来て、頓珍漢なことが書いてあったのでおっかなびっくり、違うと思います、競うことではないと思いますと返事をしたそうだ。


「無視ししないで付き合って偉いですね。私はあの人をずーっと無視しています。あっ、海岸に出ました」


 まだ二月で寒いけど海だーっと草履を脱いで、足袋も脱いで、袴の裾を軽くあげて海へ突撃。

 今日は凪いでいるし、溺れそうになっても海で暮らす海蛇達、龍神王様の鱗達が助けてくれる。

 先輩オリエやウィオラと共に話す練習中の彼らとはまだ語り合えないけどきっとそのうち。

 アトラに続いて海蛇達とお喋り出来たら楽しいだろう。


「ひやぁ〜! 冷た過ぎる! 冷たい!」


「ちょっ、風邪をひきますよ!」


 ほんの少し海に入ったら冷た過ぎたのですぐ撤収。

 冷たい、冷たいと、太陽で温まった砂浜に足を突っ込み暖を取る。


「本当、君はお転婆ですよね」


「そこが好きな癖に〜」


 ふざけて体を少し屈めてジオの顔を覗き込んだら、まさかと言われてしまった。


「……」


「かなりです。戸籍は卿家のお坊ちゃんだし、学校も高等校まで通ったけど、平家の両親と共に下街育ちなので」


 私はジオのこういうところが好き。

 照れてもちゃんと「かなり好き」ときちんと教えてくれるところ。

 かなりの後にきちんと「好き」も言ってくれたら花丸満点だけどそこは硬派な男性らしく言わない。

 そこも好き。

 妻にしたユリアを褒めて口説きまくるあのテオみたいなペラペラお喋りよりも、私はこの感じが好き。


「……ありがとうございます」


「うぉほん。お転婆ナナミちゃん。それだと岩場遊びには行けませんよ」


「あっ、そうですね。足袋に草履」


「それに足が埋まっていると、シャチが現れても逃げられませんよ」


「ナナミ、怖ーい」


 ふざけて抱っこというように両腕を伸ばそうとしたら、人生で二回目のキスをされた。

 

「ほら、襲われても逃げられません」


 照れたように前髪をちょんちょんしながらそう告げて背中を向けられた。

 んもう、好き! と思ったらアトラが肩に乗って幸せなら歌う? と問いかけた。

 これは「歌って」という意味なのでそれなら一曲。

 妹姫アズサが今頃一生懸命頑張っていることだし。

 自分で持つと言ったけどジオが背負ってくれていた三味線を手にして演奏と歌を開始。


 終わったらジオが満面の笑みで拍手をしてくれて、その膝の上でアトラが楽しそうに左右に揺れているので大満足。


「あっ、ケルウスです! ケルウス! 乗せて下さい!」


 アトラにすぐ慣れたジオは彼を触りまくりで、今もひょいっと頭の上に乗っけて、海岸に赤鹿ケルウスに向かって走り出した。

 私の歌と演奏に皆うっとりするのに、ジオときたらいつもこんな感じで他のことに夢中。

 比較相手があのウィオラやミズキのせいだ。

 ジオは駆け寄ってきたケルウスに転ばされて、前足でうりうりされて、アトラまでジオの胸に乗ってケルウスの真似。


「あはは。乗せて下さい。もう子供じゃないのにあはは」


 ここへ私の担当の一人になった新人レイスが現れて、私に向かって「見つけた!」と近寄ってきた。


「おいジオ(にぃ)! 豊漁姉姫に仕事をサボらせて呑気にデートなんてええ度胸だな!」


「えっ? サボらせて? ナナミさんは今日休みだと……」


 ジオが私を見たのでテヘペロッと下を出して肩をすくめる。


「ここで祈っても同じことでさっき奉納演奏も歌もしました。ねぇ、ジオさん」


「レイス、確かにそれはしていました」


「では新人君に証明する為にもう一回……」


 そう思ったけどケルウスが近くに来て乗って良いというような大勢になったので失礼しますと上に乗る。

 ジオもケルウスに頭で押されて誘導。

 ということでケルウスに二人乗り。

 

「逃してくれるってことみたいなので行きますか」


「お願いしますケルウス! あはは、バイバイ、レイス君! もう一回くらいどこかで祈祷しておくので」


 私がバイバイと行った時にはケルウスは駆け出して、レイスが「待って下さい!」と追いかけてきた。

 でも赤鹿は早いのでどんどん遠ざかっていく。

 私が前でジオが後ろなので、少し身を乗り出してレイスに手を振る。

 

「乗せてくれたけどどこに行くか不明ですよこれ。ケルウスに運ばれているだけです」


「お願いすれば良いんですよ! お願いケルウス。今日は岩場で生き物観察……って逆ですよ!」


 連れて行かれたのは小高い丘の上で、そこまで来るとケルウスはしゃがんで私達が降りるまで微動だにせず。

 そこでまたジオはケルウスにうりうりされて、お前の自由に乗せないというように遊ばれた。

 

『あの生き物は速かった』


(そういえばアトラは初めてだったわね)


『我はこんなに高いところも今の人生では初めてだ』


(今の人生? 前の人生もあるの?)


『我はおそらく転生者だ』


 転生者とは、何度も生まれ変わって記憶を一部引き継ぐ者という意味らしい。


(前はどんな人生で誰と暮らしていたの?)


『旅をしていたら彼に、いや彼の転生者に会えたけど、人に襲われて熱湯に入れられて食われた』


(……まさか。人はアトラみたいな蜘蛛(くも)の見た目をした生物を食べたりしないわよ。多分……そんな国もあるのかしら)


『何度も昔の夢を見て我を食べたのはナナミだ。食べさせられていた』


(……えっ、あの時の蜘蛛はアトラだったの?)


 食べさせられた相手の転生後と親友になるって変な縁。


『それが我の前の人生だ。彼だと思ったけどナナミは父っぽい。でも彼でもある。父でも彼でもなく混じっていて姫でもある変な生物がナナミ。我は覚えた』


 私は転生者なのに記憶が全然保持出来ていない、我とは違うようだと笑われた。

 輪廻転生、生まれ変わりが本当にあるということなのだろうか。

 父と彼と姫とは何なのか問いかけたら、記憶の中にあるとても大切な者達だけどなぜ父で彼で姫なのか不明、なぜ大切なのかも不明、転生すると全部を覚えていられないようだとアトラは語った。


『あの歌をまた歌ってくれ。生まれ変わっても見つけるやつ。我は何度死んでもまたナナミを見つける』


(私の近くにいたら人に殺されることなんてありません。私が守るから大丈夫)


『守らなくて平気。我は強い。ナナミを守るのが我や我らだ』


 人に襲われて味噌汁に入れられたなら全然強くないのでそう言ったら、あれは赤子だったからと怒られた。

 我はもう強いしもっと強くなるとプンプン怒ってしまった。

 お詫びに歌えというのでそうすることに。


 あなたに出会い、全て輝いて、私が生まれ、燃えるような星々に手を伸ばした


 生まれ変わってまた巡り合いたい


 その時もきっと見つけて


 その時はきっと離さない


 歌姫アリアが作詞したこの歌をアトラはとても気に入っているけど、理由が転生者だからだったとは。

 アトラは私、ナナミを忘れないように沢山覚えると笑ってくれた。

 この変わった匂いはナナミだと覚える、細胞の隅々まで刻むと。

 自分の体臭なんて分からないから変な感じ。

 アトラはお日様の匂いがする。

 それは昔飼っていたハムスター、神社に来る犬、猫、赤鹿、たぬき、狐、リスなどなどと似ているから困る。

 悪党の匂いは嗅ぎ分けられる嗅覚は有しているのに、他のことだと普通で平凡な私は、死ぬまでにアトラの匂いを覚えられる気がしない。


 ☆★


 数年経ってジオと祝言となり、私はアトラが贈ってくれた糸で作った花嫁衣装を着た。

 作り手に何も教えず、アトラが入れる場所を作って貰ったので彼はそこ、特等席で参加。


 それから二年して子供が生まれて、アトラが「彼だ、彼だ、思い出した、名前はテルム」と言うので息子にその名前をつけようとしたら、テルムそっくりじゃないからダメだとアトラに怒られて、ジオとテルムの一文字をとってジルにすることに。

 アトラが私よりも息子の側に一緒にいるようになってちょっと寂しい。


 それから十年くらいしてアトラは居なくなってしまった。

 代わりに「アトラ」と名乗る別の小さな八咫雲(やたぐも)の大副神様が現れて、問い詰めたら渋々、本当は秘密だけど、アトラは大きくなり過ぎたから岩山に帰ったと教えられた。

 向こうは話しかけてくれているようだけど、私は遠いとお喋り出来ないようで悲しい。

 アトラも海蛇達のように海中で暮らせたら、ずっと一緒にいられたのに。

 蜘蛛は水中で生活し続けられないので仕方がない。

 

 死ぬまでに私のところに八咫雲(やたぐも)の大副神様は五匹現れて、アトラが一番長くて、残りの三匹も大きくなってきたと去って、最後の一匹とは私の寿命が先にきてお別れ。

 五匹はあらゆる悪天候、魚の群れの場所、流行病、悪人の居場所などなどを教えてくれたので、私は死ぬ頃には豊漁姉姫ではなく「神託の巫女」だ。

 

 私の暮らした場所に神社が建つ予定。

 出現が稀でこの国のどこにも祀られていなかった、八咫雲(やたぐも)の大副神様を崇め奉るその神社は私の子孫が守っていく。

 そうしてもらった。

 輪廻についての研究家みたいになったアズサが、輪廻転生は子孫になるのでは? と言っていたので。

 神社はきっと中々滅ばないので、私の子孫がずっと続いてこの地に居れば、アトラが転生してまた小さくなった時に、私の生まれ変わりを発見しやすいと思う。


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