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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
継承ノ章
120/122

放火


 ☆★


 月日が過ぎて、ナナミがアズサと共にオケアヌス神社の奉巫女(ほうみこ)に就任する日がやってきた。

 俺は戸籍上、奉巫女(ほうみこ)ウィオラの義弟なので関係者席の中でも上位の位置で見学する。

 本殿での儀式は皇族や皇居華族などが参加するので、いくら神職の家族でも役目の無い俺はそこには入れない。

 なので海岸に造られた舞台の前、現役神職の待機場所近くの決められた位置で家族と共にまったりしている。


 本日の主役、オケアヌス大神宮の新しい豊漁姫達が現れるまでは、叔母達現役の奉巫女(ほうみこ)達が国に選ばれた者達と共に演奏や歌、舞で海の大副神様の気を引いている。

 幼い頃にあった叔母の任官式を、俺やレイス、ユリアは単なる大きなお祭りだと思っていたなと思い出して、そういう話で家族親戚と盛り上がる。

 レイスが、


「この儀式の後に祝言したら関係者席だったのに、さっさと嫁に行ったからユリアは後方ですね」


 そんな悪態をついたり、俺もそうですねと笑ったり。

 父達にもっと早くそれを言え、祝言を遅らせられたのにと怒られ、母達がよく気がつかなかったと褒めたり、神聖な儀式の前だけど日常の延長。


 間も無く本儀式が始まるという合図の鐘と太鼓の音で場が急に静まり返り、神聖な儀式が始まるという予感がして身が引き締まる。

 すまし顔で全く緊張していませんという涼しい顔のナナミが、緊張でガチガチという様子のアズサの手を引いて登壇。

 ナナミが去り、舞台中央にいるのはアズサだけ。

 彼女は可哀想なくらい青ざめて見える。

 そんな中、演奏団の主席演奏者に選ばれたミズキの琴の演奏がそっと始まった。

 続けて、今日の儀式の為に特別に編成された音楽団が演奏を開始。

 曲は龍神王様の創世記より、天泣土潤(てんきゅうどじゅん)満華光(まんげこう)


 俺は自然と涙を流した。

 これは創世記ではなくてミズキの絶望からの再生、歓喜をそのまま表した演奏だと感じる。

 飲みまくって泣いて「アリア……」と呟いたあの悲痛さや、(おぼろ)屋での鬼気迫った演技を見た時の辛さが蘇って胸を刺しに刺し、満華光(まんげこう)の調べからは、ミズキとアリアの幸福な生活が目に浮かぶようだ。

 これを邪魔しないどころか引き立てている音楽団も素晴らしい。

 ミズキの演奏に酔いしれていたら、全然注目しないうちにアズサの舞が終わっていた。

 すみません、アズサさん……。


 多分無事に終了したアズサが舞台の中央で礼をすると、大きな魚がベチンと彼女の前に目の前に落下。

 空を見上げたが、雲が多いだけで他には何もない。

 豊漁妹姫(ほうりょうまいひめ)だーと大歓声になったので俺も参加。

 驚いておろおろしているアズサのところへサッと先輩達が現れて、海の大副神様からの祝いの品で汁物を作って振る舞いますと告げてアズサと共に退場。

 叔母の時もこのように不思議な事が起こったなと懐かしむ。


 次は本命、任官前から「豊漁姫」や「姉姫」と崇められまくっているナナミが登場。

 演奏団が変わり、主席演奏者は神職代表の叔母。

 曲は同じく龍神王様の創世記より天泣土潤(てんきゅうどじゅん)満華光(まんげこう)

 アズサは一人で舞ったけど、凖奉巫女(ほうみこ)である彼女とは異なり、ナナミは正統な次世代の豊漁姫なので、彼女の舞には先輩達が枝舞を添える。

 叔母の演奏も先輩による枝添えなので、ミズキとは異なり競演会で勝ち取った座ではない。


 ミズキと同じ曲なのに、叔母の演奏は全く違うものに聴こえる。

 他の解釈とあるけど、わりと有名なのは龍神王様がこのような世界では生物は生きられないと嘆き悲しんだという部分が天泣(てんきゅう)なのに、ちょっと泣いたけど、我ならすぐに世界を変えられる! ひゃほーい! みたいな明るい曲調。

 こんな天泣(てんきゅう)は聴いたことがない。


 龍神王様が世界を作り変えていく土潤(どじゅん)部分も、必死に創世しているとは感じられず、軽々と実施しているように楽しげ。

 ただ、満華光(まんげこう)になるとミズキと同じくこの世の春という幸福感溢れるものになった。

 これはミズキと系統が同じだから甲乙つけ難い。

 演奏だけを切り取ったら、俺はミズキに一票!


 ただ叔母達演奏団の演奏は、ナナミの動きに合わせているので彼女の美しい舞を引き立てている。

 ナナミが演奏に負けない舞を踊れるということもあるだろう。

 全くおどろおどろしくなく、天女のようなナナミが軽快かつ可憐な舞で世界を作り、大勢の命が生まれて幸せいっぱいになったというような、それでいて神聖さのある歓喜の舞。

 この舞にはこの演奏が相応しいので、そういう意味では叔母に一票!


 ウィオラは師匠なのに弟子ミズキを好敵手扱いし始めて、これまでしなかったような演奏をするから面白い。

 ミズキにはどんどん名演奏者になって欲しいものだ。


 観客達は演奏や舞にうっとりしているけど、俺はナナミが「ウィオラさんはムカつく、私が主役なのに食おうとする、練習です練習」と踊りまくっていた事を思い出してクスッと笑みをこぼした。

 彼女はお菓子職人になると言っているのに、もっと上手くなりたいと三味線や琴、踊りの練習をしまくりだ。

 ナナミは負けず嫌いなようだし、おまけに叔母が実力のある彼女に厳しめの指導をするからムキになっている。

 たまに来るミズキもミズキで役者として大成すると言っているのに、ナナミの演奏には負けないとメラメラ燃えて対抗心剥き出し。

 

 叔母の任官時と同じく、ナナミが踊り始めると光苔や七色の雪みたいなものが降りだした。

 彼女が歌い始めると晴れていた空はどんどん暗く変化。

 これは叔母の任官時には見ていないけど、他の儀式の時にあったということも起こった。

 七色の光が消えてぽつりぽつりと雨が降り、やがてナナミの頭上だけが晴れ、光の柱が彼女に注ぐようになったのである。


 落雷があるかもしれない空模様だけど、ここには神職達がいるからそんなことは起こらない。

 神聖な儀式に参加するのは初ではないので、またかぁ、日頃から神々に色々贈られているナナミだからなぁと、空から次々と落ちてくる物を眺める。

 彼女がかなり好きな胡桃(くるみ)を集めて、叔母リルにまたケーキにしてもらおうかな。


 演奏に歌、舞が終わるとナナミは舞台の中央で一礼。

 ナナミは天に祈りを捧げているように空を見上げた。

 冷静、普段通りを心掛けていたし、今からも続けるけど心臓が暴れ出して喉が鳴る。

 手に汗もどんどんかいてきて背筋が冷えてきた。


 ナナミは大衆をゆっくりと眺めて、普段の彼女とはまるでかけ離れた雰囲気と無表情で、扇子をすうっと動かした。

 俺とナナミで考えてコソコソ練習をした策略が今、行われる。


「ペジテ共よ、殺せ、殺せ、さあ殺せ。殺してみろ。殺せるものなら殺してみろ」


 これは二人で蔵書を漁って探した本から見つけた文言。

 沢山練習した、ナナミの声ではないような激しい怒りを感じる静かな怒声が響き渡る。


「我の守護にて、貴様らの毒牙はこの娘に決して届かん」


 届かんと叫んだ時に雷が世界を照らした。

 ……これは練習では起こらなかったことだ。


「牙には牙、目には目、罪には罰、恩には恩、救済には希望、破壊には絶望である。我がこの世に正しさをもたらす」


 ナナミはさらに続けた。叫んでいる訳ではないのに良く聞こえる。


「龍神王が改めて告げる。飲欲、色欲、財欲、名誉欲、生来持つ悪しき四欲を善欲へ変えれば我や我の副神が味方する」


 稲光の中、海に大きな生物の姿が見えた気がして俺は目をこすった。

 俺とナナミで龍神王様を騙る作戦を実行しようとしたら、本当に現れた……。

 俺が幼かった頃、皇帝陛下暗殺未遂があり、こういう風に海に龍神王様が現れたという新聞記事を読んだけど、今、それと同じだろうという光景が眼前にあった気がする。

 俺は慌ててナナミに視線を戻した。

 何も出来ない代わりに見守って、異変時はすぐに駆けつける。

 神職に任官した者を討つことなんてないはずだが、混乱に乗じてなるべく近くへ、近くへ移動。


「牙には牙。罪を(あがな)え。天災厄災で滅びたくなければ罪人達や支援者達を人自ら裁け」


 瞬間、稲光と雷音がしてナナミはふらっと揺れて倒れた。

 場は騒然となり、ナナミが先輩達や係の人に運ばれ始めて、俺は思わず飛び出した。

 予定ではしばらく佇んで、へなへなと座り込むはずだったのにナナミの様子がおかしい。


「ナナミさん! ナナミさん」


 誰も彼女に近寄らないし、なぜか周りの人間が引いたので、俺はナナミの上半身を抱き起こして彼女の名前を何度も呼んだ。

 すると彼女は目を覚まして、なぜ自分は横になっているの? と口にして、不思議そうな表情を浮かべた。


「泣かないで……」


 よしよし、と俺の頬を撫でてにっこり笑うと、ナナミは「眠いです……」と目を閉じてすやすやと寝息を立てた。

 彼女を抱き上げてオケアヌス神社へ運ぶと叫んだら、指示が始まったので従う。

 世界を良くするために、緊張で倒れるくらい頑張ったナナミを労うのは俺だ。 

 それからナナミは三刻程眠り続け、目を覚ました時に室内にいた俺に向かって力無く笑いかけた。


「他には誰もいません」


 ゴネるつもりだったけど、叔母達がナナミはきっと俺に側にいて欲しいと口添えしてくれたので二人きりだ。

 部屋の外に見張りというか護衛はいるけど小声なら何も聞こえないと教える。


「古い本に書いてあった眠り薬なんて使わなければ良かった……。気持ち悪いし眠い……」


「……そんなものを使ったんですか?」


「ええ、私はミズキみたいな名役者じゃないもの。ふわぁ……まだ眠い……。頭も痛い……」


「げっ、それ、毒じゃないですよね?」


「事前に試したけど同じ。三日くらいですっきりするわ」


「……打ち合わせして下さい。うんと心配しました」


「ジオさんが棒読みになっても困るでしょう?」


「そうですけど……」


 歴代の先輩達もそうだったと知っていたけど、本当にあんなに幻想的な光景が現れたり、あのような天候になるとは驚いたとナナミは苦笑いしながら肩を揺らした。


「私のこと、怖くない?」


「怖くはないですけど心配です。叔母上はよく頼られて疲れています。ナナミさんはこれで本物の豊漁姫ですから頼られまくりです」


「大丈夫でーす。ジオさんに甘やかしてもらうので」


 手を繋いで欲しいと可愛いおねだりをされたのでそうしたら、彼女は約束の……と頬を赤らめて、そこから顔中をまだらに赤くした。


「……今ですか?」


「……うん。だって……サッて駆けつけてくれて格好良かったんですもの……。す……す……だなぁと」


「……」


 格好良かった、好き、キスしてって可愛いにも程がある。

 任官話が先で結納話が止まっているけど、俺とナナミは自分達はもう恋人同士と定義つけている。

 ただ、手を繋ぐ以上のことはまだしていなくて、任官した日、二人で国を騙してより良い世界を祈った特別な日、つまり今日、一歩先へという約束をしていた。


「眠り姫を起こしたのは皇子様のき……でしたって言うからそれが良いです」


「えっ? いや、俺としてはその……ちょっと見つめあってからが良いというか、憧れというか……なので……」


「そう言われたらそっちです!」


 一生懸命というように体を起こしたナナミが怠そうなので慌てて支える。

 自然と目が合い、好きと言われて俺もと唇を寄せた。

 育ちが育ちだから男性達に対して冷たいのに、俺にはこうやって甘えるし、おまけに積極的だからすこぶるかわゆい。

 

「やっぱりまだ恥ずかしいです」


「……」


 直前で逃げられて不満だけど、心の準備がまだな女性を襲うわけにはいかない。


「それならまた今度ですね」


「……そこは強引に……。ジオさんだけ、強引で良いんですよ?」


 もじもじしながら、こんな風におねだりされたら、それなら失礼します! と食いつくのが男だと思う。多分。

 少なくとも俺はそうだ。

 

 その後、ナナミが目を覚ましたことを知らせたら、偉い方々に囲まれて事情聴取を受けることになり、彼女の頼みという形で俺も同席を許された。

 また眠り薬の効果が切れていないナナミは怠そうで眠そうで、話すこともなく、覚えていませんだけだから事情聴取はすぐに終了。

 頑張って起きようとしていたけどナナミは力尽きて、退室前に眠ってしまった。


 ☆★


 こうして、俺とナナミの放火本番は終了。

 その効果は不明だけど、悪いことをする人が減り、悪事を見逃さない世の中に少しは近づいたと信じたい。

 

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