共犯者達
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これは職場では教わらない、上から降りてこない話。
俺の関係者によると、神職の頂点である龍神斎王様や猛虎将軍ドルガ様、それにアサヒの知人アイナ皇子妃やその夫、それにショウキ皇子の激怒で、ナナミ誘拐事件とそれに関する組織犯罪の可能性についての捜査と監査が大々的に行われることになった。
関連公務員達は久しぶりの大祭りで多忙化。
火消しはあまり関係ないので俺や同僚達はそんなに。
叔父ネビーは漁師達を宥めたし、ずっと捜査をしていたし、騒動にならないように上に嘆願していたので近々、昇進予定。
同じく叔父ロイも同じ理由で近いうちに昇進予定。
ロイは昇進するけど、代わりに北部海辺街の区民——主に漁師達——が手に負えない、助けて欲しいと呼ばれてしばらくオケアヌス大神宮でお奉行様という名目の漁師の相手役を任された。
昇進しなくて良いし、なんなら前から嘆願している中央勤務から地方勤務へ……と言ったけど拒否されたそうだ。
家族親戚でこそこそ優秀だから大変だと言い合い、あれこれ労う予定。
皇族が出てくる大事になり、調査の結果、現、オケアヌス大神宮の奉巫女担当者は全員クビで役所も解雇された。
担当がクビになることはそこそこあるけど、役所を解雇は余程。
区民に嫌われている担当者がいて、そこそこの権力者だからその座に居座っていて、他の担当者達は逆らうどころか染まってしまった結果巻き添え。
というか、ある意味自業自得。
俺やナナミは大したことはしていないのに、気がついたらあちこちに火がついて大捜査や大監査という大火事だ。
これを知ったナナミは任官拒否の意思を取り消し。
むしろ、犯罪者達に恨まれて殺されたくないから神職になれるならなりたいと嘆願。
彼女だけの希望でそうしたのではなく、様々な相談者達の意見を取り入れた結果だ。
のほほんと暮らしていたけど、ナナミの件で俺の家族親戚にはかなりの権力がくっついていたと判明して驚き。
ナナミやその家族の新生活の準備、それに彼女の神職任官関係で俺と彼女の本縁談はまるで進まず。
俺と彼女は相愛なのに結納をしていないから恋人ではないみたいな非常に宙ぶらりんな関係だ。
デート! をしたり手を繋ぐくらいはしたい、なんなら結納で許される範囲のこともなのに何も進んでいない。
月日が過ぎて、誘拐犯達と誘拐計画犯が逮捕された。
誘拐犯達は下っ端の使い捨て。
誘拐計画犯は、ナナミの母の実家で奉公をしたことのある女性の息子。
彼の母親は怠惰でクビになり、その数年後に息子は反社会的世界へ足を踏み入れ始めた。
そうして彼は裏花へと入った。
裏花とは法律で禁止されている売春事業で儲ける悪の世界。
定期的に取り締まりがあるのに撲滅出来ない人の業より生まれる産業。
彼は裏花で儲け、大金を手に入れた。
裏世界でとはいえ成り上がったので、これでナナミの母と結ばれると考えて会いに行ったものの、彼女はとっくに結婚していて子供まで生まれていた。
約束したのに——捜査資料では約束していない——なぜ俺を裏切った。
殺すなんて生ぬるい。
そういう訳で彼は計画を練り始め、当時生まれたばかりのナナミがある程度大きくなったら誘拐することに。
見せても良いものだから、むしろ知りなさいと叔父ネビーに見せられた資料によれば、ナナミを誘拐後、彼は幼女のうちから犯し倒し、そういう娘を産ませて、やがてその娘とまた……という考えがあったようだ。
そうしたら永遠に彼女——ナナミの母親——と共にいられると。
そういう妄想を記していることも、どういう事をしたいか書いてあることも、一方的な恋慕を相愛のように変換していることも、何もかもが気持ち悪過ぎる。
その最悪最低の誘拐計画犯が使った実行犯達がずぼらだったおかげでナナミはそんな目に遭わずに済んだ。
実行犯達は美少女お嬢様を嗜虐したいとド変態からの依頼という認識で、ナナミという個人に思い入れがあるとは考えず。
他の仕事と同時並行でずぼらだったので、他の商品とナナミを間違えて朧屋へ納品。
裏社会の成り上がり者が、政府が管轄する花街の店、それも老舗の朧屋のものになった彼女を正当な方法で入手することは難しい。
誘拐計画犯は新たな計画を練ることに。
一方、朧屋の楼主も裏花と繋がっていたのだが、表の店は表で「実は血筋の良いお嬢様」という商品を作ろうとしていた。
没落家の娘、それも美少女は取り合いなので高額だし、そもそも市場に出てくるのは稀なこと。
それなら誘拐して作ると犯罪計画を企てた。
別の商品と入れ替わったナナミが自分は拐われたと主張したので、楼主は入れ違いに気がつかず。
楼主はナナミを中流華族の娘と思い込んだまま育て、本物のお嬢様が花街堕ちという需要は高いので大儲けだとほくそ笑んでいた。
言動が他の子達と異なり、貧乏生まれや花街育ちでは真似出来ない目をしていて、雰囲気があり、おまけに変わった体質で、三味線も歌も才能がある。
楼主はナナミは金の成る木だと大喜び。
誘拐計画人は数年をかけて裏社会の繋がりを辿って朧屋の楼主と接触。
しかし、金の成る木を手離させる事は無理そう。
売り出し後で人気があまりなら金で会えるが、ナナミは遊楽女だから商品前の秘蔵っ子なので「金だけ」では会うことすら無理。
楼主は誘拐計画犯を「胡散臭い」とか「あれは反社」と判断して追い返したこともあった。
そこで誘拐計画犯はナナミを買いそうな人間に次々と接触。
特に競い合っている水揚げ人達には応援するフリで近寄り、罠で彼らの弱みを作り、ナナミと寝る時は変わること、大金を支援するからなるべく早く身請けするように指示。
誘拐計画犯はそこまでナナミに迫ったのだが彼女は予想外のことに足抜け。
で、ナナミは番隊副隊長がいる俺の家へ。
その次はオケアヌス神社。
おまけに豊漁姫候補になって、存在感たっぷりなのでいつも区民に注目されまくり。
だから何かしようにも無理。
ようやく神社を出たと思ったけど、新しい家には彼女を見たい男性達が常に数人いるし、そのせいで兵官の見張りが増えたからやはり接触は無理。
そうこうしているうちに、誘拐計画犯は水揚げ人経由で叔父達捜査班に目をつけられていたので逮捕。
旅行先にまでついて行ったので、それを理由に、まず単なる美人神職候補の付きまといとして捕まえられた。
自宅調査にて、ナナミと関係する筆記帳が発見された。
それだけではなく、かなり細かく調べた結果、捜査班は地下室を見つけ、そこに言いたくもない被害者達や死体、白骨があったので別件逮捕。
その地下室は、どのくらいなら商品を傷つけても問題無いのか、特殊な体の商品は作れるかなどの実験場かつ、裏花商売用の場所の一つだった。
楼主も楼主で誘拐犯計画犯として逮捕だけど、更に違法薬物利用を出来る女性を買える店、しかも未成年もいるという商売が発覚したので更に罪は増す。
ここから芋づる式に悪党達が逮捕されるだろう。
ただ、どこまでいけるか。
裏花は潰しても潰しても現れるものだし、朧屋の楼主のように花街の人間も繋がっているし、顧客は基本金持ち達だ。
この辺りのことは叔父がナナミの父親と長男兄にも報告。
皇帝陛下の名の下に始まった捜査や監査ではあるものの、犯人達から辿って上に行くほど揉み消し、すっとぼけなどがまかり通るし、容疑者の自宅捜索も許可が降りないかもしれない。
現に叔父のところに「お前らはここまで」みたいな圧が来て足止めされている。
ただ、権力者や金持ちというのは一枚岩ではない。
商売仇やその権力者の椅子が空くので、これを機に落とせという陰謀も起こる。
権力にもお金にも興味が無い叔父は、圧をかけてきた者達や、それとなく接触してきた者達をそのまま横流ししているという。
相手はナナミをこそこそ見にくるショウキ皇子。
俺はショウキ皇子から変な手紙を送られたり、ナナミを盗み見している不審行動ばかり見ているが、彼は皇居でかなり力を持っている優秀な皇子らしい。
そういう訳で叔父はナナミに内容を軽くして心の傷が増さないような捜査報告をして、どこまで関係者を捕まえられるかはショウキ皇子頼りだと伝えた。
さて、今日は休みなのでナナミとオケアヌス神社で待ち合わせしてデート。
結納話が進まないので、結納前にデートなんてという常識は捨てた。
ナナミが用意しないなら、俺は常識的なことしかしないので付き添いも無しと開き直っている。
待ち合わせ時間に間に合うようにオケアヌス神社に到着して、参拝客達に豊漁姫の旦那みたいに話しかけられるので「まだです」と訂正していく。
早く着いて暇なので掃除をして、顔見知りの保護所の子達が遊んでと現れたのでちゃんばら遊び。
そうしたらナナミが現れて、お姫様を救出するお芝居ごっこになった。
それがひと段落したら「豊漁姫様!」と参拝客達が集まったので自然発生の相談会に。
初めてではないので、ナナミが困らないように、然るべき役所へ届けられるように書き付け。
俺は彼女のこういう親切なところ、どんな話にも耳を傾けて親身になれるところが益々好き。
ナナミは区民を味方にすると得だからと言うけど、そうだとしても、日々、この言動や表情を継続させることは難しいと思うのでこれが彼女の本質なんだと感じている。
多分もう、俺は美女が現れてもときめかない。
このままでは終わらないので、たまたま居合わせた兵官に任せて俺とナナミは逃亡。
人目につくとまたああなるのでという事を言い訳にして、最近ちょこちょこ密会で使う蔵書室へ。
俺が理性を保てば良いし、そもそも未来の夫婦なら先に何をしても良い気がするから、未婚の男女が密室に二人だなんてという考えを放棄している。
今日は何をしようとか、相談があるという日ではなくて、俺が休みだから会おうというだけの日。
ナナミは蔵書室の棚に並ぶ本の背表紙を撫でながら、俺から遠ざかっていく。
「結構読んだけどまだまだ沢山あります。放置され過ぎて文字が消えそうな本もあるんです」
「俺は借りた本を中々読めていません」
俺もナナミの真似をしつつ、彼女と距離をつめることに。
「お仕事が忙しんですよね? ウィオラさんが教えてくれました」
ナナミは俺を見ないで蔵書の背表紙をジッと見つめている。
「そこそこです。ガイさんが手伝ってくれています」
「あと工作に夢中って。なんで教えてくれなかったんですか? こちらは手製ですって」
こちらを向いたナナミは帯に飾ってくれている俺が作ったちび簪を手にしてニコッと笑ってくれた。
「言わなかったら商品と間違えられるので、商品並という評価がつかないかなぁと……」
「ええ、買ったものだと思いました」
「役人の道を選びましたが自分は職人の孫で息子です。本職と異なり時間はうんとかかりますが、流石自分の孫だ、息子だと褒められる良い物を作りたいです」
「褒められました?」
「それが、祖父に作りが荒いと貶されて手直しされました。なので商品のような仕上がりです」
「それならおじい様にもお礼品を差し上げないといけませんね」
「もう年なのに晩酌好きなので今度お酌して下さい。お喋りだからナナミさんと喋りたいでしょうし、物よりも喜びます」
「私達の両家顔合わせは中々決まりませんね〜」
「本当に」
笑っていたのにナナミはまた蔵書棚の方を向いて憂い顔を浮かべた。
「何かありました?」
「……父から軽く聞いて、色々考えてしまって。私と間違えられた女の子はどうなったのかなとか……」
「……」
それはとても言えるような内容では無い。
娘は事故死したことにされたその家に、その家族に教えるか教えないか、そこが難しいと叔父ネビーが叔父のロイと共に悩んでいた。
「その顔、酷い目に遭って殺されたんでしょうね。よくも俺の邪魔をしたな。このクソ女! 的な?」
俺を睨むような表情でこちらを見たのでたじろぐ。この睨みは犯人に向けられたものだろうけど、自分が睨まれたようで胸が痛い。
「……まぁ、そのように」
「許せない。絶対に許さない」
ナナミはまた棚に顔を戻したのだが、その時の彼女の目が明日灯りの室内でまるで炎のように赤い気がした。
瞬きをして目を擦ったらそんなことはなく。
「……私、考えたんです。神様に叱ってもらったらどうかと。神託があれば偶然の不幸も罰みたいに感じて必死になるかもしれません」
「どういうことですか? ナナミさんが龍神王様を呼ぶんですか? まさか、呼べるんですか?」
「まさか、そんなことは出来ません」
ただ、任官の儀式が行われる日は毎回不思議なことが起こる。
その時にそれらしい振る舞いをしたら人々を誤解させることは可能ではないか。
ナナミは、俺達が幼い頃に龍神王様が激怒して現れたという記録を読んで、そういう企てを思いついたという。
「先輩達もたまに自分達が正義だと思うことを成す為に悪巧みをすることがあるそうです」
これから自分はある程度の権力を持つことになるからと、先輩達がそれぞれ色々なことを教えてくれる。
最近だと、ウィオラが提案して先輩達が乗っかり、何で怒っているのか分からない海の大副神様の激怒をシン・ナガエのせいにした。
婚約者を救命しようとしているのに、神職や恩が出来る赤鹿を侮辱したとなるとどうせ区民達に袋叩きにされる。
神様に叱られて、役所にあれこれされれば、その袋叩きという私刑は無くなり、なんなら過剰過ぎる罰で同情される可能性大。
それとは別に、これは最近区民達を蔑ろにしている貴方達担当者のせいですよという脅しにも使った。
「で、あの大荒れ天候は私が原因みたいです。家族のことを教わって、この国を恨みに恨んで呪ったから。なんか神職ってそこまでみたいです」
「……あー。叔母上がたまに、私は一応奉巫女なので、悪意がなくても害されたら罰を与えないとなりませんとか、自分が許しても神様が来てしまうのでみたいに……」
誤って足を踏んでしまったら申し訳なさそうな叔母に軽く叩かれるなど、そういうことが日常生活である。
叔父ネビーもたまに、叔母を怒らせると不漁になって沢山の人が不幸になるから謝りなさい、他の場所よりも神様が見ているという叱り方をする。
多分、そういうことのもっと強い話ってこと。
「よっぽどの善人以外、お気に入り以外は絶滅。龍神王様ってほら、元々人がお好きではないから簡単にそう考えるようで」
「……叔母上は自分が思っているよりも苦労している気がしてきました」
「私も多分そうなります」
「しかとお支え致します。叔父上という手本もいますので普通の男性よりは頼りになるかと」
「……えへへ、嬉しいです。いけない、話が逸れました」
こちらを見て嬉しそうに可愛い笑顔になった後、ナナミはまた棚に視線を戻した。
「その。一人でするとか、先輩達とって考えたんですが、二人で火をつけて燃やそうと話したから、これは二人でしたいなぁと。二人で考えて私が実行です」
ナナミはこんな感じはどうかと軽く見せてくれて、改良の余地はあるけど良さそうだと思ったので賛同。
「自分とナナミさんは共犯者ですから、この放火に誘われて嬉しいです」
「……良かった」
ナナミはゆっくりとしゃがみ、それからしばらく無言で、とてもとても小さな声を出した。
聞き取れなかったのでどうしました? と問いかけて少し近寄り自分もしゃがんだ。
「……私、ジオさんには本当の自分を知って欲しいです」
「何か打ち明け話ということですね」
雰囲気的にナナミはそれを俺に話すことを恐れている。
安易に受け止めますと言えなくて、ナナミも喋らないので室内は無音になってしまった。
「……この神社で友達が出来て、その、蜘蛛に似ているんです。多分、空の雲の副神様です」
そう告げたナナミは袖に手を入れてそこからそこそこ大きい蜘蛛を取り出した。
そこに居たことも、ナナミが平気なことにも驚いていたら、少し喋れますと告げられた。
「へぇ、叔母上と同じですね。叔母上は言いませんけど多分、喋っていますよ。言動がおかしいです。叔母上は蛇と話せます。我が家には蛇の副神様が何匹かいるんですよ」
「……ああ、悩んで損しました。そうでしたね。ジオさんはウィオラさんの甥で家が一緒ですね」
「喋れるかぁ。ええですね。雲の副神様といえばシーナ物語です。ご存知ですか?」
「知らなかったので先輩達に教わりました」
「おっととエドゥ山事件みたいなワクワクする話は教えてもらいました?」
「……あはは。本当に悩んで損しました。面白話は特に。赤ちゃんみたいですぐ歌って、演奏してって言います」
目が沢山あって、それが全て深い深い青色で宝石みたいにキラキラしている。
俺は蜘蛛嫌いではなく、むしろ格好良い形の生物だとか、ハエトリグモはぴょこぴょこ跳んで愉快で可愛いみたいな感想を抱く人間。
「副神様って本当に普通に生物に紛れているんですね。よろしくお願いします」
会釈をしたら会釈が返ってきたので普通の蜘蛛ではない。
「何か言いました?」
「よろしくお願いしますって言ったと教えたら遊んでやっても良いけど今は眠いから今度ですって」
「ほうほう。では今度遊んで下さい」
こうして、俺はナナミとまた詐欺を働く、放火犯になると決めた。
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