氷姫と太陽2
豊漁姫任官話というものはわりとすんなり決まり、様々な恩賞が与えられる特殊一等辞令もすぐに下されることが多いらしいが、私のことは前世代のウィオラ以上に揉めている。
ウィオラの任官話が揉めた理由は、神通力があまり無さそう、この娘は神職相当ではないという政府と、どう考えても次の豊漁姫は彼女! という漁師組合が喧嘩をしたから。
ウィオラは神職なんて疲れそうだから私に構わないでと、当時は会話出来なかった龍神王様達に念じていたという。
結果、その祈りは届いたものの、あまり念じていない時に加護があるので、彼女の日常生活で起こる加護話を知っている漁師や区民達と、祈祷に参加させても成績が悪いという面を見ている政府で対立。
私の任官が中々決まらないのは、
「政府のせいでこんな目に遭ったから任官なんてしない。家族友人知人に何かしたら絶対に許さない」
そういう嘆願書をかなり前に農林水省南地区本庁へ送りつけたから。
これは父と共に話し合いをしてくれたウィオラとルーベル副隊長の入れ知恵。
ウィオラとルーベル副隊長は、自分達はこういう理由で怒っているとうっかり、あまりに腹が立ってついつい周囲に愚痴った。
愚痴を言った相手は私の味方になりそうな人達で、その愚痴は計算だ。
独特な性格で権力も強めの漁師達や火消し達がギャアギャア言うと、役所が困るとよく理解した上での策略。
ついでに、先輩達がこんな風に対応してくれている。
自分達の担当役人には日頃お世話になっているから不漁大罪人はシン・ナガエということにしたけど、あれはそもそもあなた達のせいだ。
ナナミへの対応が悪かったからあんなに海が荒れに荒れた。
個人が海の生物を蹴飛ばして、それがたまたま副神様だったという話だとそこまで大事にはならない。
実際、なっていない。
しかし、神職担当役人達が神職候補を激怒させて、そのせいで不漁や悪天候というのは一大事だ。
ナナミの扱いを慎重にしてくれないと私達奉巫女達が苦労する。
一番若い豊漁姫が一番海の大副神様に影響力があり、どう考えてもナナミは既に豊漁姫だから気をつけて欲しい。
任官話も下手に持っていくと彼女を怒らせて神罰に繋がるから一緒に考えましょう。
あの子の説得は私達が協力するし、徐々に態度を軟化させているので、くれぐれも彼女に失礼のないように。
日頃のお礼に今回は庇ったけれど二度目は無い。私達もそこそこ怒っている。
そんな感じで、オケアヌス大神宮の神職全員は私の味方。
私の生い立ちもあるし、聖女達を管理している自分達こそが偉いというような、調子に乗って横柄な役人達にそろそろお灸を据えたいから。
そういう訳で私は新しい生活のことを先輩達とルーベル副隊長、それから父と決めた。
私は区民を味方につけるために任官前から豊漁姫らしい生活を実施。
神社の清掃と病院慰問や保護所の手伝い、それから散歩と称してぷらぷらすると区民にありがたがられるので悩みはないか聴取だ。
教えられた困り事は先輩達に放り投げる。手伝えることがあればお手伝い。
この生活をするにはオケアヌス神社で暮らしていた方が良いけど、せっかく再会した家族とも暮らしたい。
しかし、実家は神社からも、惚れさせたいジオの家からも遠い。
ジオは私がこの神社で仮住まいをしているから困っていないかとよく訪ねてくれるけど、実家に帰ったらそれが無くなってしまう。
私は照れを無視して、ジオ関係のことを父に伝えて、実家に帰りたいけど帰りたくないと相談。
さすがにそれはジオの叔父叔母であるルーベル副隊長とウィオラには言えないくて。
あと、神職は毎日勤務ではないので、可能なら大好きだった祖父や今の父と同じようにお菓子職人になりたいという希望も伝えた。
ついでに、ジオさんはああ言ってくれたけど、彼と比べたら他の男性は全員雑草だから、お見合いは彼としかしない、もうそろそろしたいとも。
向こうにその気がないなら、状況を逆手に取って結納して口説き落とすまで。
皇子が現れた時は驚いたけどあれも雑草だから無視。手紙が何通も来てウザいから全部燃やしている。
結果、父は色々考えたり調べてくれた。
母の姉が嫁いだ老舗お菓子屋の雅屋が、ジオの叔母が働いている鶴屋と共に海辺街に新店舗を出店するという話があるという。
その話を知った父はそれに参加したい、自分が仲介すればあの「ふくふく」を売れるだろうから、それは大きな武器になると提案。
神職の父親が働いているとなれば大集客出来るので、あとは自慢の味で客を掴んで離さなければ人気店の仲間入り。
父は心労に加えて息子達が経営よりも実務希望なので経営権を本家に返して、雇われ奉公人になろうと考えていた。
この提案をされた雅屋と鶴屋の経営者は、父が新店舗で働くことに大賛成。
妹も引っ越しは寂しいけど、友達はまた作れるし海辺街で海三昧は嬉しいと賛成してくれた。
皇子と結婚してくれと言われたら悲しいから隠していたけど、父は報告を受けていて、それでも何も言わずにいてくれたと知り嬉しかった。
そういう訳で、私の実家はオケアヌス神社からそんなに遠くないところになる予定。
新しい店舗で職人見習いは難しいので、私の修行は雅屋が引き受けてくれることに。
雅屋はジオの家と近く、おまけに職人ユラとその夫はルーベル家と懇意。
そのシシド夫婦が女将さんの姪を可愛がりたいから、週の何日かは我が家に泊まって、雅屋の職人見習いをしたらどうかと言ってくれた。
こんな感じで新しい生活のことが決まったので、私はジオが様子を見に来てくれた時に、家が二つも出来る、実家の引っ越し後に仮住まいから家がある人になれると報告。
「叔母上やユラさん、それにジミーさんから聞きましたよ。ご家族と住めて、通勤が遠くなくて、さらに夢に向かって修行を出来るから本当に良かったです」
「ありがとうございます」
落ち着いたらお見合いすると約束をしたから、その落ち着いたらはもうすぐですよーと彼を見つめてみたけど特に反応無し。
彼が何もしないから私が密かに動いている訳だけど。
彼は女性と密室で二人きりにはならないので、参拝客達からよく見える廊下に並んで座って話している。
参拝客達から観たら多分私達は良い仲。
ジオはそこは気にしないから不思議。
漁師達は区民達とこんな噂をしている。
ババァ姫になるウィオラさんの甥っ子が新しい豊漁姫と恋仲。
あいつが大金を払って身請けしたから俺達の新しい姫が見つかった。
それは、引きこもり気味の私の耳に入ってくるくらいの大噂だ。
こうなるとジオはもう、他の人と縁結びは難しいと思うので焦っていなかった。
しかし、あのショウキ皇子が邪魔をしそうだから私達の嘘、ジオが私に惚れて身請けしたということを利用して結納するけど。
「そうそう、ナナミさん。自分とのお見合い話なんですけど」
「……」
おおー、父に頼んだのに立ち消えたので、どう話を切り出そうかと悩んでいたけど、向こうからその話をしてくれるとは。
「皇族も現れたから保留ですよね?」
「まさか。なんであの気持ちの悪い人のせいで保留しないとならないんですか?」
「……いやあの、皇族ですよ?」
「だからなんですか。人間は人間、男性は男性です。あの見た目も口説き方も肩書きも興味ありません。皇居になんて行きたくありません」
「……」
保留したくないなら自分とお見合いですか? 皇族よりも自分なんですか? って聞きなさいよと見つめたけどジオは何も言わない。
「……。……やっ、蜂!」
うっそでーす!
そう、心の中で舌を出しながらナナミ怖いのーというようにジオにぴとっとくっついてみた。
「えっ? 蜂? どこですか?」
照れないで真剣な目や表情で任せて下さいと庇われて、これは格好良いなぁと逆に見惚れた。
「刺されたら困るので逃げましょう!」
私がときめくんじゃなくて逆!
ドキドキしながら手を取って立ち上がり、廊下を進んで曲がるともう大丈夫でしょうかとジオを見上げた。
「……」
照れた。
照れたー! 照れたー! と心の中で万歳をしながら、払われるまで離すものかとそのまま手を繋いでおく。
「……あっ、あの手! 手っ! 手……小さいですね……」
「女性の中では普通だと思いますけどそうですか? 男性は大きいですものね」
恥ずかし過ぎて続行不可能だから、名残惜しいけどそうっと手を離した。
「まぁ、自分はこの通り背が高めなので手も大きめです。いつも共にある自分の手が標準なので……相対的に小さいなぁと」
彼は両手で顔を隠して天を仰ぎ、うーんと唸った。
ジオの耳が赤くて嬉しい。恥ずかしいからここまでは出来なかったけど、これまでの努力くらいでは無駄なようなので挑戦して良かった。
これを繰り返せば意識してくれるはず。
「今朝よなほなんて言いますが……その通りです。見慣れた場所なのにこれまでとは違い、唐紅に燃えているように光って見えます」
両手を顔からどかしたジオは、庭に視線を移動して、あそこに秋桜秋桜がありますねと小さな声を出した。
ここは聖域だから摘めないので、花屋へ行って君の好みを知りたいです、何か贈っても良いですか? と恥ずかしそうな笑顔。
君と初めて枕を共にした翌朝から世界が一変したという惚気龍歌を少し使い、超有名ど定番恋愛龍歌ちはやぶるを足して、君に花を贈りたいだから——……なんか急にめちゃくちゃ口説かれた!!!
「……それなら近くの川辺で紅葉の枝を手折りたいです」
「……そう致しましょうか」
二人で相愛ですねという意味のことをしたいですに、そうしましょうだから……今、私はジオの恋人に昇格した!!!
どういう流れでなら渡して良いのか悩んでいたけどと、ジオは袖の中から文を取り出した。
その文は小さめの簪に結ばれていた。
飾り部分は深い青色の吉祥結びと海を閉じ込めたような小さな蜻蛉玉とんぼたまが三つ。
どうぞと差し出された、もしかしてと震える手で手紙を開いたら、ふわっと良い香りが鼻腔をくすぐった。
文の内容はどう見ても、どう考えても恋の龍歌で、学んだものの中にはないから多分自作。
「髪にはアサヒさんからの姉妹の証がありますので、そちらは帯飾りにどうぞ」
「……」
私はアサヒから贈られた簪を外し、そっと自分の髪を結んでいる組紐を解いた。
それでまた髪を結び、上手く出来ないと最後だけ彼に頼んだ。
告白したのにどうした、なんでという表情だったジオに背を向けて、髪を結んでもらう。
「二人して結びし紐を……ひとりして……我は解き見じ直に逢ふまでは……をお返事にします」
「……えっ? えー……」
そうっと振り返った時には、ジオはうずくまって頭を抱えていた。
「かわ……。っていうか……。まだ抱いたこともないのにそのように……」
ふーん、としゃがんで「今から抱きますか?」とふざけたらジオはむせにむせた。
「じょ、冗談にしても刺激的過ぎます!」
「結納したら触り放題ですよ。最後まではめっ。それは初の夜以降のお、た、の、し、み」
あそこにいる人達からここが少し見えそうだと判断して、驚いて固まっているジオの頬に突撃。
そうっとちゅってキスして逃亡。
脈無しかと嘆いていたら脈ありだったとは。
充分嬉しいけどもっと意識しろ!!!
この後、急いで買い物に行き、悩みに悩んで手紙と共に贈る物を決めて、趣向を凝らして彼の家へ速達。
買い物から戻ったら居なかったので。
翌日から、ジオからの手紙の内容がこれまでのような雑談や報告に加えて恋文みたいになったので大満足。
☆★
さて、その後、ジオ・ルーベルは振られる時はあの恐ろしい凍てつくような眼差しで告げられるのかとビビりつつ、彼なりに頑張って想いを伝え、彼女を大事に大事にしている。
そんな彼のところには、たまにショウキ皇子から「果たし状」が送られてくる。
【龍神王様に愛されている女性を一生守っていくには力が必要である。いざ、尋常に武術のなにかしらで勝負をしようではないか。そちらの得意なことで受けてたとう】
今回はこんな感じだったので、ジオは悩みに悩んでこう返事をした。
シュウキ皇子の目付け監視役達に怯えなくても大丈夫、庶民と交流しないとより良い皇居官吏になれないので思うがままみたいに言われているがビクビクしながら。
彼女を守るのは龍神王様や副神様、それに兵官達なので自分達に物理的な力は必要ありません。
もちろん、全く鍛えずいざという時に何の役にも立てないことは論外ですがお互い違うと思います。
どちらかが怪我をするかもしれない争いなど、心優しいナナミさんが悲しみます。
なので、決闘はお受け出来ません。
また上手く逃げられた、正論だとショウキ皇子は悔しがって側近達にこれを話し、側近達がまーた負けたと面白おかしく女官吏にバラし、それが遊び創作物になり、とある女官吏へ伝わり、そこから友人の庶民へ。
その庶民リルはショウキ皇子という雪の結晶のように美しい皇子様が雪のお姫様に振られ続けていると、教わった創作話を家族友人達に教えた。
真っ先に教えたのは義理の息子になる予定のテオだ。
「へぇ、雪のお姫様って本当にいるんですね」
「つれない皇女様の例えでしょう」
「シンに教えて面白おかしく膨らませて本にしてくれって頼みます」
「それは読んでみたいです」
このようにして、後の世まで残る「氷姫と太陽」の誕生へまた近づいた。




