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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
継承ノ章
116/122

恋心

この前に豊漁妹姫2がありました。

データ探し中です。

 特に誰かに話していないのに、俺、ジオ・ルーベルが身請けしたという噂は方々に散ったらしく、最近、あちこちから手紙が届く。

 俺はナナミへの贖罪(しょくざい)の為に、他にも方法はありそうだけど、懐を痛めて彼女を買うという道を選んだ。

  しかし、アサヒが気が変わって「私の可愛い妹はあなたになら三銀貨」と言ったので懐は全く痛まず。


 アサヒから見た俺の罪に対する罰は三銀貨。

  その三銀貨の罪は彼女の身請けを見逃そうとしたことではなく、ミズキが芸を披露した夜にナナミと会話せず、手紙に返事をしなかったことて彼女を悲しませたこと。

  俺は腑に落ちないけど、それがアサヒ、そして彼女にそう語ったナナミの心情なら尊重する。


 そういう訳で俺はアサヒに三銀貨を支払い、ナナミを身請け。

 ナナミ・カライトは戸籍上亡くなっているので、今の彼女の身分は平家。


【平家ナナミ 奉公先無し 身元引受人ジオ・ルーベル】


 みたいな身分証明書に衛生省の身請け許可印やアサヒの証印がついていて、そこに叔母ウィオラが、


「保護人:オケアヌス大神宮奉巫女ウィオラ・ルーベル」


 そうを付け足している。

 大金の支払いが三銀貨になったから、彼女の新しい生活に最低限必要なものは俺 が買うことに。

 アサヒは「大好きな妹分」になったナナミに色々渡そうとしたけど、ナナミは自分は商 品にならずに済んだ幸運な女なので何も要らないと断ったから。

 望んだのは姉妹の証としての(かんざし)だけ。


 アサヒから俺への手紙に、あの子は昔から欲が乏しくて、だから余計に腹が立った と記されていた。

 春売りどころか色売りなんて死ぬ程嫌だから全ての稽古に全力を注ぎ、店の人間を 汚物を見るような目で眺め、殆ど喋らないまるで氷のような美しい少女。

 飢えや惨めさに耐えられず、贅に救いを求める自分達とはかけ離れているからこそ、彼女は年の近い姉妹達に本能で恐れられた。


 美しく、賢く、そこに努力で手に入れた能力、生意気に見えるつれない態度がそれに拍車をかけた。

 講師に良くしてもらう為、お小遣い稼ぎをするべく客の前でだけ愛想が良いのがまた姉妹達を苛立たせる。

 ナナミは皆が欲しがる美しい着物や飾り物、小物に関心を示さず、同じ本ばかり読み、そこらにある日用品で遊び、気まぐれで与えたハムスターとばかりお喋りしている変わり者だったそうだ。


 ☆★


 ナナミの新しい生活を家族親戚と支援していたら、父親に彼女の父親がそろそろ両家の食事会をしたいと言っている、結納書類の作成は進んでいるのか? と問いかけられた。

 平凡な俺はコツコツ努力が信条なので、勤務初日から少しずつ仕事関係の試験勉強をしていて、その時も夕食、風呂後のそういう時間だった。


 父が俺と弟の共通部屋を訪ねてきて、こんな話をしたので首を捻る。


「それはどういう意味ですか?」


「どういう意味って、落ち着いたらナナミさんと縁談だろう? 落ち着いてきたそうだ」


「縁談? お見合いをしましょうという約束はしましたが縁談とはなんですか?」


 軽い感じで立ち話という様子だった父は廊下にいたけど部屋に入ってきて、俺の前であぐらをかいた。


「縁談ではないお見合いってなんだ」


「なんだって、文通お申し込みとか、お見合いしたいですという挨拶ですが、なんだとはなぜですか?」


「......それも縁談のうちだろう? それに文通はもうしているし、お見合いするっていう宣言も済んでいるじゃないか」


「......父上、ナナミさんと文通なんてしていません」


「今朝も朝食後にウィオラさんにナナミさんへの手紙を預けていただろう」


「何を言うているんですか。あれは恋文ではありません」


「......」


 父が首を傾げたので俺こそ不思議だと同じ仕草を返す。


「ジオ、話しを整理しよう」


「整理ですか?」


 俺はある日突然、戸籍上は父親、大恩あるガイに報告せず、実父の自分にも何も言わず、その他家族親戚の誰にも相談しないで勝手に(おぼろ)屋へ行き、朝露花魁からナナミを購入。

 理由は前にミズキと共に朝露花魁のお座敷へ行った際に、遊楽女(ゆうらくじょ)雛罌粟(ひなげし)に一目惚れしたから。

 寝ても覚めても忘れられなくて、なんでもするから身請けしたいと朝露花魁に頼みに頼んだ。

 朝露花魁は俺が恩人の関係者だと気がついたので交渉に応じ、身請け内容が結婚 ではなくてお見合いだったから、可愛い妹分の意志を尊重してくれるから、新しい生活 をしかと支援するというから、妹分を売った。


「で、蓋を開けたら雛罌粟(ひなげし)さんはナナミさんで誘拐児だった訳だけど、まだ捜査は全然だし、彼女の死亡届は撤回されてない」


「ええ、叔父上と共に説明した通りです」


「ナナミさんのお父上やご家族もこの経緯は知っている」


「はい」


「それで落ち着いたから両家の顔合わせと結納に向けて話し合いをそろそろ。それが今だ」


「父上、ナナミさんは自由なんですよ? 身請けしたから無理矢理妻にしますという話 ではありません。ご家族に誤解があるなら解かなければなりません」


「いや、だから。ナナミさんは他の縁談にまるで興味が無いから約束通りジオとお見合いすると」


「......?」


 詐欺罪にはならないけど、俺は(おぼろ)屋の楼主に詐欺をしたから、ナナミが足抜けする前に身請けしていたという嘘を貫き続けている。

 詐欺に加担したシシド夫婦と、それを教えた叔父ネビーと、彼が妻とは運命共同体だし必要になるかもしれない権力だからと教えたウィオラ、そして共謀者のアサヒと当事者のナナミしか真実を知らない。


 なので俺は世間一般的にはナナミにベタ惚れということになっている。

 ナナミがその俺とお見合いすると言ったら......両家顔合わせになるのも結納書類は? になるのも当然な気がした。

 彼女もそのくらい分かるはずだけど。


「ナナミさんが? なぜですか?」


 今の状況で俺とお見合いしますと言ったら結納話に発展するのになんでまた。


「なぜですかってお前の気持ちに応えますってことだろう」


 その「俺の気持ち」は嘘で、彼女はそれを知っているのにどういうことだ。

 このままでは彼女は俺と結婚することになってしまう。


「何か知っているかもしれないので叔母上に聞いてきます」


 父を部屋に残して叔母を訪ねたら、夫婦の部屋だから叔父が現れた。

 叔父に聞かれても問題の無い内容なので二人にナナミから何か聞いているか質問。

 すると叔父が呆れ顔でこう告げた。


「どう考えても今の状況を利用して、君と婚約してそのまま結婚しようっていう計算だ ろう」


「自分と? なんでですか?」


「知らん。君にくっついてくる何か、権力などが欲しいのかもしれないし、単に助けてくれた人と結ばれたい乙女心かもしれない。彼女の本心は彼女にしか分からない」


 俺はナナミに惚れて暴走して身請けしたということになっているので、彼女との結納話を断るのはおかしい。

 つまり、俺はこのままナナミと結納、そこから結婚が既定路線。

 気が合わなかったから結納破棄は可能。

  叔父はそう告げて、自分で蒔いた種だから両家の顔合わせも結納の打ち合わせもしなさいと肩をすくめた。


「ジオさんはどうですか? あのように可愛らしいお嬢さんで、お世話になっている雅屋の女将さんの姪御さん。この感じですと彼女は豊漁姫となります」


 彼女が妻になると何か損はありますか? と叔母に笑いかけられて、得しかなさそうなのでそう口にした。


「それなら結納で問題無いではありませんか。結納したら今のように一方的にしょっ中会いに行く状況が常識的になります」


「支援すると約束したんですから会いに行くのは常識的ですし、一方的ではなくて、またすぐ来て下さいと頼まれています」


「結納して婚約者ですともっと自然ですよ?」


 それもそうだな。

 再び叔母にナナミと婚約すると俺に損があるのかと問われたので得しかないと回答。

 それならこの話は終わりで、父親によろしくお願いしますと返事をしなさいと叔父夫婦に言われて、そうだなと納得して自室へ戻った。


 風呂から上がって部屋に戻ってきた弟と父が遊んでいたので、弟に兄は父上と大切な話があると断り、父と二人で廊下へ。

 叔母に聞いてもなぜか分からなかったけど、状況からしてナナミは俺と結婚する気があるようなので、彼女が良いなら話を進めて下さいと頭を下げた。


「もっと喜ぶかと思ったのに淡々としているな。義理やお礼なら大丈夫ですとお父上に伝えたけど、違うと言われたぞ。ナナミさんがお前には何も言ってなかったとは」


 父は腑に落ちないという様子で部屋に入り、息子——俺の弟——とまた遊び始めた。

 腑に落ちないのは俺なので、一人で考えてみるかと人気(ひとけ)の無い部屋を探して、台所がそうだったので板間に腰掛けてぼんやり。

 ナナミは俺と結納して婚約者になりたい。

 なぜだ? いう疑問しか湧いてこない。

  直接問いかけるしか答えは出ないのだが......。


 俺の持っている物が欲しい......。

 卿家の嫁っていう肩書き?

 彼女は豊漁姫になるから他の卿家男性とお見合いし放題。

 っていうかその肩書きは欲しいか?

 格下相手は欲してくれるが同格、格上以上からは不人気だ。卿家の娘は卿家好きというけど。


 叔母上の権力......は欲しいか?

 それは同じ職に就く予定なので必要無い。

 叔父上!

 俺と叔父ネビーは戸籍上は兄弟なので、俺と結婚するとナナミは副隊長の妹だ。

 誘拐された彼女は叔父上という守護者が欲しいのかもしれない。

 叔父にはガイやロイというとても頼りになる相談役がいて......中央裁判所の裁判官ロイの妹という肩書きも強い。

 二人が中心になってナナミの誘拐事件を公にして、死亡戸籍を復活させようとしてくれている。

 その味方を縁者になることで更に縁を強化したら心強い。

 そんなことはしなくても叔父上達は縁のあるナナミを助けるし、縁がなくても助けると教えてあげよう。

 理由らしきことに思い至ったの試験勉強をして寝ようと考えたけど、不意に叔父の、


「単に助けてくれた人と結ばれたい乙女心かもしれない」


 という言葉が蘇った。


 俺は助けていないけど、ナナミはどうやらそう思っているということは何度か感じている。

 助けられて惚れたから俺と結納出来るように話を進めた?

 彼女にそういう気配はあったかと思い出したけど別に何もない。

 それよりも俺の持ち物の何かが欲しい、俺の叔父という頼れる救済者二人との強い縁という方がしっくりきたので、ナナミに答えを聞くまではそれを正解とする。


 その後、布団の中で眠る体勢になった時に、不意に「ナナミさんと婚約?」と急に照れた。

 婚約するということは楽しいデートをして、親しくなりましょうと手を繋いだりするし、 深い仲になりますように恋文を送り合う。

 とびきり美人で可愛い、言動が愉快なナナミと......やっぱり得しかないな。

 ニヤニヤしていたらそのまま眠りに落ち、ナナミが「ジオさーん」と俺を手招きして、 海辺で楽しそうに笑う夢を見た。


『うわぁ、これが本物のカニなんですね。アズサさんなら、お嬢さんならカニさんと言い そう。カニさん、カニさん、どちらへ行くのですか〜』


 これは夢ではなくて実際にあった出来事......と目を覚ましたら、可愛い......という感 想しか出てこなかった。

 俺は美人に弱くて誰にでもデレデレしてしまうし、その相手が喋れない深窓のお嬢様だったら、お嬢様ミズキにしようとしたみたいに手紙を送る。

 ナナミと今、気軽に会えなくて手紙も送ってはいけないとなったら......なんかするな。

 天井を見つめて、手紙をやり取りしているし、会いに行っているし、会いたいと言わ れているからお申し込みしていないだけだと瞬き。


 そういえば雛罌粟(ひなげし)にデレデレしたら金をむしり取られると怯えた時にアリアの事が脳裏に過った。

 あれも多分美人に弱いからで、ミズキの打ち明け話で彼女は俺の中で「女性」という 対象ではなくなった。

 だからあの後、アリアにときめいたことは一度もない。

 それならナナミには? と考えてみたら、再会してから彼女のことしか頭にない。

 もう叔父達に投げた案件なので彼女のことは放置しても良いというか、俺に出来ることはないのにせっせと会いに行き、手紙を送り......。


「俺、惚れてるのか。なんで気がつかなかった......」


 なぜと考えて、腹を立てているからだと推測。

 ナナミを不幸な目に遭わせたその全ての者に罰を与えたい、その事で頭がいっぱいだ。

 それ以外のことが頭にもたげた今、彼女にときめいたことはあったか? と自問自答。

 そうしたら、その時は感じなかったのに、思い出したやり取りのあれもこれも可愛かったと悶絶。


 思い出して特に印象的だったのは、我が家に迷惑をかけたくないから今夜のうちに去ると言ったことと、俺と二人で神社の廊下で喋っていた時に、あれだけ怯えていた蜘蛛(くも)見かけて、真っ青な顔で苦笑いしながら黙って扇子に乗せて、自分から遠い場所へ運んだこと。

 そんな風に自分の辛さよりも相手を慮る女性だから、俺が知恵も力もうんとつけて守ってあげたい。

 蜘蛛にすぐ気がつかなかったように、俺は察しが悪いから観察眼を磨かねば。


 自分の気持ちに気がついたけど、ナナミの本心は不明なので父にこう頼んだ。

 まず生活支援と思っていたから口説く事を後回しにしてきたけど、向こうが落ち着いてきたならそれをするから、両家の話し合いはもう少ししてからで。

 こういうことは過程も大切だ。

 勿論、父は賛成してくれたのだが、いざ、恋文を贈ろうと考えたら、今の俺とナナミの関係だと脈絡が無さ過ぎる。

 どう切り出すべきだ?

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