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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
継承ノ章
115/122

豊漁妹姫2

私が死病だと判明した日、レイスがオケアヌス神社で見つけた蝸牛かたつむりもどきが副神リマクスだった疑惑があり、その副神リマクスが消える前に残した薬で全身大火傷だった歌姫エリカが復活。




 歌姫アリア生存という大事件に続いて、奇跡の歌姫エリカのことで新聞は大賑わいだし噂も歌姫達のことでもちきり。


 なぜ歌姫エリカの大火傷跡が治ったのか私は知っているけど秘密。


 彼女は私と同じ謎の病に罹っていて、それが治ったことは秘密ではない。 


 オケアヌス神社で育て始めた白い彼岸花や、私の謎の病気についての医学調査団が来る以外は自由気ままな日々だ。 


 週に一回はナナミの部屋に泊まり、それとは別に一回は日帰りで遊びに行き、家業の見学をしたり、家事の勉強をしたり。




 副神様が病気を治してくれてから、不思議な夢を見ることが増えた。


 その夢の中で私は男性だ。声や自分の視界で見える手や服装で男性だと分かるけど、鏡がないから姿は見えない。


 夢の中の私は美しい金色の巻き髪の女性と一緒にいることが多いけど、彼女の顔はいつもぼやぼやして見えない。


 あとたまに悲しく苦しいことに、火で燃やされる夢も見る。


 レイスのご先祖様に恋をした前世とは違う、別の前世では男性で火事で亡くなったようだ。




 秋にレイスの叔母が赤鹿乗り夢と結婚してお祝い。


 ほぼ同時期にレイスとユリア、それにマリが成人して、その後にナナミが成人したのでお祝い。


 兄やレイスの就職が内定したのでお祝い。


 色々準備が終わったと、ミズキとアリアの婚約話が新聞記事になったし、本人達から直接手紙で教わったのでお祝い。


 年明けにレイスの双子の妹ユリアが火消しのテオと結婚したのでお祝い。


 お祝い、お祝い、お祝いの嵐でとても嬉しい日々だ。




 そうして、豊漁姫に任官する日がやってきた。


 余命あと少しから随分長生きしているし、すこぶる健康。


 医学調査団は本当に不思議がっている。


 蜂のような副神様が置いていったあの謎の美味しい玉が薬だった可能性大だけど、全部食べてしまったので誰も調べようがない。


 


 ナナミとお揃いの豊漁姫の制服を着て、頭に叩き込んで練習した儀式の段取りを頭の中で反芻はんすう。


 私は前と何も変わらないけど、ナナミは日に日に神聖な雰囲気をまとうようになっている。


 絶世の美人だからなのもあり、同じ制服姿でも空気感が全然違う気がする。




「では、アズサさん。参りましょうか」




「はい」




 手を差し出されたのでナナミの手に手を乗せたら、とても懐かしい感覚がした。


 ナナミが柔らかく微笑んだのでとても安心する。


 二人で手を重ねて控室から本殿へ。


 しばらく末だったウィオラ・ムーシクスの次世代、新たな豊漁姫はナナミで私は彼女の妹分にして補佐なので彼女が前で私は後ろ。


 祈祷用の豊漁鈴大幣おおぬさを手に持ち、転ばないように、転ばないようにと集中しながら歩き、先輩達に招かれて祈念座に着席。


 今日は皇居から偉い人達が幾人も来ているので大緊張。


 なのに隣にいるナナミは凛然と前を見据えている。




 頭が真っ白になり気がついたら新任ノ儀式の時間となり、手足が震えるから逃げたくなった。


 ナナミに大丈夫よと耳打ちされて、震える手を握りしめてもらってから儀式開始でなんとか終了。


 次は海まで歩いてまた踊らないとならない。


 本殿を出たら人があまりにも沢山でめまい。


 教わっていたけど予想外の大人数で大歓声。




 練習で転んだからナナミに手を取られてゆっくりと歩き、なんとか無事に海岸に造られた舞台へ行き、観覧席の後ろの方にレイスや彼の家族、自分の家族を発見して少しだけ緊張がほぐれた。


 私は凖神職でナナミの補佐。本殿での儀式では先輩達やナナミと舞ったけど今度は一人で先に舞う。


 嬉しいことに伴奏は国に選ばれたミズキだ。


 


 賑やかだったのに、係の声掛けでとても静かになり、ミズキの琴の演奏がそっと始まった。


 続けて今日の儀式の為に編成された音楽団達も演奏を開始。


 曲は龍神王様の創世記より、天泣土潤てんきゅうどじゅん満華光まんげこう。


 とても悲しく、寂しげな旋律から始まり、やがて激しい雷雨を表現するように変化。


 練習と同じく主役は私というよりもミズキみたいだから緊張が減ったし、舞の初心者の私の為にとても簡素な振り付けで、自分なりに頑張って練習してきたから大丈夫そう。




 それにしても練習時も美しかったけど、それに勝る綺麗な演奏。


 記憶を失ってしまった恋人は死者も同然ということで、私に恋人は亡くなったと語った彼の演奏時の音とはまるで違う。


 私は音楽に詳しくない素人だけど、変幻自在な音色によるこの大感激が彼の素晴らしさを物語っていると思う。




 無事に終わったと舞台の中央で礼をしたら、大きな魚がベチンと目の前に落下。


 空を見上げたけど、雲が多いだけで他にはなにもない。


 豊漁妹姫ほうりょうまいひめだーと大歓声になったし、この魚はどうして良いのか分からないので茫然。


 きょろきょろ周りを見たら、先輩達が来てくれて、海の大副神様からの祝いの品で汁物を作って振る舞いますと告げて私と共に退場。




 これで私の仕事はもうほぼ終わりなので、終わったたぁと大きく息を吐いた。


 ミズキが挨拶に来てくれたので、終わりましたねと笑い合う。




「あーあ。こんなに素晴らしい舞台なのに、後続が姉上とナナミさんで引き立て役とは残念です」




「別々に練習でしたので楽しみですね」




「まさか。きっと悔しさしかないですよ」




 指定見学場所まで移動して、本日の大主役ナナミの儀式を待つ。


 曲は同じく龍神王様の創世記より、天泣土潤てんきゅうどじゅん満華光まんげこう。


 先輩達は枝舞をして、私の時とは異なり演奏はウィオラ一人。




「姉上と解釈違いです。自分にはあんな指導をしておいてこんな演奏だなんて」




「最初から楽しそうな曲になりましたね」




 ミズキは返事をしないで悔しそうな顔で師匠を凝視している。


 瞬き一つしない。


 私はミズキの演奏も同じくらい感激して好みだったと伝えたら、この悔しさを感じなくなったら上達しない、師匠もきっと自分の演奏を聞いて悔しくなってくれたはず、自分は君と知り合った頃よりもグンッと成長したんですよと笑いかけられた。


 


「あっ、綺麗……」




 空にふわふわ光苔。


 どこから飛んできたのだろうと考えていたら、踊り始めたナナミには七色に光るものが降り始めた。


 彼女が歌い始めると晴れていた空がどんどん暗くなり、七色の光は消えてぽつりぽつりと雨降り。


 土が潤うという曲になった時に雨が降り始めるとは……と鳥肌。


 おまけに満華光になると、ナナミの頭上だけが晴れ始めて光の柱が彼女に注ぐように。


 雨はもう止んでいるけどゴロゴロと雷が落下しそうな音が鳴り響く。


 そして——……。


 なんか色々降ってきた。


 日頃そんなにという先輩達の時も奇跡のような事が起こったと聞いていたけど、きっとこういう景色のことをいう。




「……ちょこちょこ感じていましたがこんなことが起こるとは。神職になろうとしてもなれないとはこの事ですね」




 私の隣でミズキが空を見上げながらそう口にした。




「どう考えても私は大した存在ではありません」




「アズサさんに大きな鯛が贈られたことも充分不思議な出来事ですよ」




「この世界には不思議が溢れていますね」




「ええ」




 演奏に歌、舞が終わるとナナミは舞台の中央で一礼。


 礼をしたら彼女は舞台を去るはずなのに動かずに空を見上げている。




「ペジテ共よ、殺せ、殺せ、さあ殺せ。殺してみろ。殺せるものなら殺してみろ。我の守護にて、貴様らの毒牙はこの娘に決して届かん」




 ペジテは古語で悪魔、龍神王様の敵だ。


 これも予定通り……ではなさそう。


 ナナミは普段の彼女とはまるでかけ離れた雰囲気で無表情。扇子をすうっと動かして大衆を見据えている。




「牙には牙、目には目、罪には罰、恩には恩、救済には希望、破壊には絶望である。我がこの世に正しさをもたらす」




 ナナミはさらに続けた。叫んでいる訳ではないのに良く聞こえる。


 龍神王が改めて告げる。


 飲欲、色欲、財欲、名誉欲、生来持つ悪しき四欲を善欲へ変えれば我や我の副神が味方する。




「牙には牙。罪を贖あがなえ。天災厄災で滅びたくなければ罪人達や支援者達を人自ら裁け」




 瞬間、稲光と雷音がしてナナミがふらっと揺れて倒れた。


 場は騒然となり、ナナミが先輩達や係の人に運ばれるので慌てて側へ。




「ナナミさん! ナナミさん」




 早かったのはレイスの従兄弟のジオで、ナナミの上半身を抱き起こして彼女の名前を何度も呼んだ。


 すると彼女は目を覚まして、なぜ自分は横になっているの? と口にして、不思議そうな表情を浮かべた。




「泣かないで……。眠いです……」




 それからナナミは三刻程眠り続け、目を覚まして偉い人達に軽く事情聴取をされると、礼をした後のことは記憶にないと告げた。


 こういう事を言ったと教えられれば記憶に無いと返事をして、また眠いと再び睡眠。


 こんなことがあったので、彼女の神通力は強いのではないか、地方大神宮の奉巫女ほうみこではなく龍神王様に仕える斎宮いつきのみやへ。


 そんな話も出たのでナナミはとても忙しくて落ち着かない生活をしている。




 一方、豊漁妹姫の私の印象は薄いので、今のうちだとレイスとお見合い!


 就職したレイスから我が家へ本縁談のお申し込みがあって、我が家から農林水省に確認していて、多忙そうだけど返事をくださいと催促したのに無視されているので、返事がない=許可ということに。


 後から何か言われて困ったら、先輩達よりも格が高くなりそうなナナミが文句を言ってくれるということで。




 人生初のお見合いはつつがなく終わり、レイスの叔母レイが働く鶴屋の料亭で両家の食事会も和気あいあいと終了。


 私が倒れて大無しになってしまった人生初デートをやり直し。


 鶴屋の料亭には海岸が見える個室があり、そこから家族が私達を見守れるので、レイスと二人だけで階段を降りて砂浜へ。


 風が冷たくて肌寒いけど、沢山重ね着しているし、喜びと緊張で暑いので全然平気。




「レイスさん、今日の海は穏やかですね」




「ええ。アズサさんの顔色は今日も良くて嬉しいです」




「はい。とても調子が良いです」




「こほん。その、無事に結納出来てそのまま祝言に至るように願っています。初めてお会いした時からお慕いしています」




「……」




 うわぁ、初めて手紙ではなく直接告白されたと照れ照れ。


 


「……わ、私も……気がついたら……です」




「……えっと、あっ! カニ! カニがいますよ! 貝殻を背負っています」




「本当ですね」




 レイスが歩き出して止まってカニを手で示したので私も近寄って二人でしゃがんで観察して笑い合う。


 


「あっ、夫婦ですかね。もう一匹きました」




「並んで歩き始めましたね。こほん。自分達も長い人生を歩んでいきましょう」




「龍神王様と副神様に毎日お礼をしていますが、改めてします」




「それなら自分も。あと一緒に、アズサさんがどうか自分よりも長生きしますように。自分も長生きしたいですと祈ります」




 二人で海に向かって手を合わせて、ありがとうございますと口にして、自然と顔を見合わせて笑った。


 健康の副神様に好かれている疑惑があり、この幸福を一人でも多くの人に分けていきたいので、私は豊漁妹姫として役目を果たしつつ、足を運べる病院や薬師所へ行って神棚へ向かって祈念するという慰問を開始する予定。


 謎の病気を治せる白い彼岸花も育てていく。


 


 ☆★




 アズサ・クギヤネは死病を三つも患った世にも不幸な少女だったが、様々な縁が複雑に絡まり、奇跡的に全て治癒。


 感染症後の免疫力低下時に患う「黄泉よみ招き病」は彼女の体を長年に渡り蝕むしばみ、免疫不全症候群を発症していたが、生来の頑丈さであらゆる病から生き延びていた。




 しかし、ついに若年生の石化病という死病に掴まってしまい余命いくばくか。


 世界の裏側を知り、特効薬を有していた者達の贔屓ひいきで難を逃れる。


 それは毒消しと呼ばれ、色は白く、金平糖のような形をしており、蛇のような生物達が、彼女が良い、彼女なら許すというので密かに与えられた。




 数多の異国人が煌国王都へ出入りしていたせいで、国内では珍しい二種類の死病が、ほぼ同時期に彼女を襲った。


 ナナミに会いに来た蜂のような生物は、隣にいる人間から嫌な匂い、死んでしまう臭いがすると気がついて贈り物をした。


 その子は後で親に叱られた。


 それはいつか病気になってしまうかもしれない自分の為のもので、かなり貴重品で、おまけに人に効くこともあるが高確率で死ぬものだと。


 しかし、アズサは偶然にも生き残り、おまけにもう一つの死病から難を逃れる薬草も贈られた。


 人の世界に迂闊に近寄るなと迎えにきた者が、この少女から死の匂いがする、助けるに値する性根そうだと貴重な薬草を置いていった。




 アズサの度重なる幸運の始まりは、蛇のような生物に好まれている血筋の者に恋をされたこと。


 その蛇のような生き物がやたらとその血筋の者を気に入ったのは、アズサが生まれる前にこんなことがあったから。




 突然、私達の前にドサッと何かが落ちてきた。


 何かじゃない。多分人。黒いてるてる坊主みたいな格好。少し高い木から飛び降りた、みたいに着地。


 横ではなく真上から落下してきた。どこから? 空? どういうこと?


 雲か。山から雲に点々と移って……落ちたら死なない? 着地したけど。塀か。塀だな。痛そうというか怪我しない?




「っ痛。この高さは流石に痛いな。何も突き飛ばさなくても……」




「大丈夫ですか?」




 私が手を差し出そうとすると、ほぼ同時にロイが前に出て左手を差し出した。




「親切にどう……」




 ぐううううううっと腹の虫の音。私でもロイでもなく目の前から。




「稲荷寿司を食べますか? これからあそこの憩い処で食べます」




 あんまりにも大きな腹減り音だったのでついそう言っていた。お腹が減るのは辛いことだから。




「それはご親切にどうも。へえ、揃いの指輪ならご夫婦ですね。それなら少し話をしてみたいです」




 そのように新婚旅行中の夫婦に親切にされたのは、人であることをやめた王子、千年前には友愛という意味の言葉を名前として冠する者だった。


 彼が誕生したその日に、彼らは友愛エリニースの再来だと彼を発見する程、その血は濃く、彼は彼らに愛しに愛されている。




 美味しい稲荷寿司をいただいた彼は、その恩を死ぬまで忘れないと誓い、その結果、蛇のような生物達に好かれたその夫婦周りではちょこちょこ奇跡のようなことが起こるように。


 ウィオラという神職が誕生したのも、ナナミやアズサという神職が誕生したのも、元を辿るとこの縁である。


 それを知る者は少なく、凖神職にして彼らと通ずる能力が乏しいままのアズサは死ぬまで知ることはない。


 アズサの義両親ももちろん、新婚旅行で稲荷寿司を分け与えたことであれこれ起こったなんて知らずに亡くなる。




 国が分裂して新たな国へ変化しても変わらずそこに存在し続けている聖地、オケアヌス大神宮の蔵書には歴代の神職の名前が記されている。


 千年後、何度も何度も写されたその蔵書には、初代舞姫アズサという記載がある。


 ただ、派手で逸話の多い、それ故に歴史学者などに根強い人気のある姉とは異なりほぼ記録がないので、なにがどう舞姫なのか、なぜ初代が彼女なのか不明。




 姉はかの氷姫コキュートスの題材になった人物かもしれないとか、神託の巫女として有名であるが、オケアヌス神社の初代豊漁舞姫アズサの人生は謎に包まれている。


 よく知られているのは、白い血ではなく、皆と同じく赤い血になり、人の妻になりたいと望んだ彼女が彼岸花の精から色素を貰った結果、宝薬アズシャラが誕生したという逸話だ。




 千年後に宝薬アズシャラと呼ばれている薬草は、姚ドゥ国付近の一部の大地でしか育たず、その薬効を知る者達が流行病や戦争で大勢亡くなったことで絶滅寸前だった。


 絶滅前に採取して、保護した旅医者達が繁殖させようとしても、中々育てられなかったその薬草は、アズサが偶然、生育に良い場所を発見したことで絶滅することなく、後の世で数多の人々の命を救っている。



レイス&アズサ編はこれで閉幕。


アズサはレイスよりもほんの少し長生き出来ました。

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