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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
継承ノ章
114/122

豊漁妹姫1

 十中八九、私とナナミはオケアヌス神社の奉巫女(ほうみこ)になるだろう。

 そう言われていたのだが、楽しい東地区観光から帰ってきたら、私には西地区にある健康の大副神様を祀るサルース大神宮に任官という話しが浮上。

 しかし、死病が治ったのか不明なので友人知人達と離れるのは嫌だと拒否した。

 オケアヌス神社の奉巫女達から教わっていなかったら、私も家族も国からの命令を断るなんて考えず、名誉話なので「はい」と首を縦に振っていただろう。


 富豆腐を西地区にも開業させてくれる、その全ての費用を国が出す、我が家は商家から大商家になり特権が増えるのに納税額は変化無しのままという大褒賞付きだったけど嫌なものは嫌だ。

 気がついたら寝たきり人生で、ようやく人並みの生活を出来るようになって、少しばかり友人知人が出来たのに、知らない土地へ行くなんて断固拒否。

 そもそもレイスとすぐに会えない場所という時点で嫌。絶対に嫌。


 断ったらふーん、そうですか、それなら今の家や事業のまま、すぐ近くのオケアヌス神社はどうですか? と問われたので二つ返事で了承。

 海の大副神様に祈る能力は低そうだけど、同期——教えてくれなかったけど多分ナナミのこと——がいるので許可するらしい。

 家や事業に対する褒美はないけれど、任官に対する謝礼金はくれるそうだ。


 それから一週間後、農林水省の偉い人達が何人も来て、先日は失礼致しました、オケアヌス神社に任官でも褒賞を与えますと告げた。

 まもなく冬になるのに全員汗だくで、何かに対して大緊張している。


「新規事業資金だなんて、新装開店は考えていませんので困ります」


 父は大商家の器なんてないと言っていて、兄が役人を目指しているから後継ぎは弟でまだ幼い。

 長男は公務員になる予定なので、自分が突然死した時に軌道に乗っていない事業が残るなんて困る。

 そんな風に父が遠慮すると、役人達は落胆した様子になった。


「そこをなんとか。お願いします」


「どなたかに命令されて困っているのですか?」


 私は勇気を出してそう問いかけた。

 未来の先輩達から教えられたことその一。

 困っている役人達にはなるべく恩を売っておくべし。

 そうすると、規定で縛られまくる自分達に、彼らが融通を利かせてくれる。

 管轄外から圧がかかっているそうだけど、その人物の名前は言えないそうだ。


「お父様。こういう理由で困りますと一筆書きましょう。謝礼金をいただくので他に何も要りません、むしろ迷惑ですと」


 そうした結果、特権授与話は消滅して謝礼金が増えた。

 どこからなぜ農林水省の偉い人に圧力がかかったのだろう。


 さて、こうして私はオケアヌス神社の奉巫 女になると正式に決定。

 勤務は週に一回で、それも体調をみて。

 健康になったようだけど、神のみぞ知るなので緊急災害時の臨時強制招集は免除。

 私は副神様に気に入られた稀有な存在だけど、豊漁姫としては能力がなさそうなので、オケアヌス神社や海をうろちょろすれば良いらしい。

 役職名にも「凖」がつき、オケアヌス神社の豊漁姫の正統なる後継者ナナミの妹分。

 出勤は女性兵官が馬で運んでくれるけど、希望があれば牛車も可。

 自由が良いなら立ち乗り馬車でも良いが護衛はつく。

 我が家周辺の見回りも多少強化されるが、この辺りは治安が良いし、そもそも神職誘拐事件は起こらないものなので門番はつかない。

 なにせ、神職になるような者やその家族には神々の加護がある。

 任官後に事件に巻き込まれそうになった神職はいつも全員無事。

 理由は犯人が謎の大怪我や死亡に至るから。その原因は不明だそうだ。


年始に任官ノ儀——正式名称は長くて難しくて覚えられない——が行われると決まった。

 私はそれを、農林水省からのお知らせが来る前にオケアヌス神社へ遊びに行って知った。

 ナナミに会いに来て、彼女の部屋でくつろぎ体勢になったら教えてくれた。


「新年早々三日間なんて最低最悪よね。だから文句を言ってやったわ。アズサさんも同じように文句を言うと良いですよ」


「新年はのんびりしたいですものね」


「それもあるけど、ユリアさんとテオさんの祝言があるでしょう?」


「......あっ、そうでした」


「ユリアさんと親しくなり始めている私達は出席したいに決まっているし、そもそもユリアさんはウィオラさんの大事な姪っ子さんなのに、そこの農林水省

の私達付きってバカなのかしら」


 神職になるからこの口の悪さを直さないとね、バカっていう悪口は内緒よとナナミが肩を揺らして笑った。

 ナナミは既に、優しい先輩が大切な姪の祝言に出席出来ないなんて悲しいから、任官日をずらして下さい、海の大副神様にまつわる大吉日、一月の十五日

はどうかという意見書を提出したという。


「ナナミさんは頭の回転が早くて感心します」


「アズサさんの分も考えるから、私が気がつかないことをお願いします。私達、双子姫らしいから」


 かつて双子の豊漁姫がいたことがあるらしくて、私が添え物になるとナナミの神通力が底上げされると漁師達が騒いでいるので私はナナミを支える妹姫。

 漁師達はその辺りのことを嫌いな役人達に言わなくて、副神様が現れて死病 が治った奇跡の娘——私——がサルース大神宮に任官という話が浮上。

 漁師達や彼らと繋がる権力者達が、新しい豊漁妹姫を奪うな、お前らは何を考えているとやいやい言ったせいで農林水省は疲弊したそうだ。


 レイス曰く、一、農林水省は基本時に避けるべしというのはそういうことが原因。


「そうそう、これは聞きました? アルガ家のお屋敷でこの神社付きの寺子屋を運営するって」


「ええ、存じています」


「ねぇねぇ、私もアズサさんも学校に通ったことがないでしょう? 二人で通いましょうよ。マリさんの手伝いもしつつ」


 普通の寺子屋はお金を払って通わせてもらうところだけど、シン・アルガのお屋敷を改装して創設される寺子屋は保護所預かりの子どもが優先。

 余裕があるようなら、申請が受理された貧乏な家の子供も無償で通える。


「通いたいです!」


 寺子屋が開業したら二人で申し込もう、事前に統括者に依頼しようと盛り上がる。

 その寺子屋で先生の一人になるマリが、義足訓練のために私達に会いに来たので早速相談。

 マリの元婚約者、現夫のシン・アルガは歌姫アリアを一時的に庇護し、執筆した小説で記憶を思い出させたので国からいくつかの褒賞を賜った。

 小説家シンイチは素晴らしい小説を書く限り、彼の作品は国が管理する印刷機で印刷してもらえる。

 それから病で片足を失ってしまった妻のマリに、国の英雄が使用するような貴重な義足を授与された。

 そういう訳でマリの片足は何で出来ているのか分からない鉛銀色の美しい義足で、彼女曰くとても軽いそうだ。


「......お二人とも、学校に通ったことがないのですか?」


「ある訳ないじゃない。私は遊楼(ゆうろう)育ちよ? アズサさんは長年闘病」


「...... 遊楼 ? そうなのですか?」


ナナミが皆知っていると思っていたけど知らないのと驚き顔になった。


「有名人になった気がしていたけど、漁師達の中で有名ってだけみたいです。私は元遊楽女(ゆうらくじょ)です。ユリアさんの従兄弟、ジオさんが買ってくれたのでこうして外に出られました」


「......ナナミさんはユリアさんの従兄弟さんの奥様なんですか⁈」


「いえ。売り出し前に身請けするので生活が落ち着いたらお見合いして下さいだから、まだ妻ではないです」


  ナナミが事情を説明すると、マリは知りませんでしたと一言。


「あの、不躾ですがナナミさんはその、借金か貧乏で売られてしまったのですか?」


「二人みたいにそれなりの家に生まれたんですけど誘拐されてしまいまして。再発防止の為に捜査中ですって」


「えっ? 誘拐? 誘拐されて遊楼へ売られたなんて......」


 そんなのあまりにも酷いですとマリが涙ぐみ、私もその事実は知らなかったのでもらい泣き。

しかし、ナナミは愉快そうに笑っている。


「それなのに商品になる前に身請けされました。おまけに神職になるんですって。私は何もしていないのに、勝手に悪い人達が罰を受けそうてで楽しーい」


 ここへマリの夫、シン・アルガが来訪したと伝言があり、彼は不漁大罪人なので社内には入れないから皆で参拝道まで移動。

  私達が到着すると、シン・アルガは参拝していた。

 連日謝罪しなさいという命令は解除されたけど、彼は毎日謝罪参りに来ているとナナミから聞いたことがある。


 彼に挨拶をしたら、マリが私達と食べる予定のお菓子を忘れたので持ってきたと風呂敷を渡された。


「あー、レイさんのお団子を忘れていました」


「本当に君はそそっかしいな」


「わざわざありがとうございます」


  優しく微笑む夫とすみませんと謝り可憐に笑う妻。

 アリア関係であの猛虎将軍が婚姻させてくれたから二人はもう夫婦だけど、恋人らしいことを全然していないので、しばらく婚約者として過ごすらしい。

 夫婦でも婚約者でも仲睦まじい相愛者達だから羨ましい。


「そうだシンさん。聞いて下さいよ。ナナミさんは酷いんですよ!」


「あら、私があなたに何かしました?」


「ナナミさんが酷い目に遭っていた話です!」


 マリはぷんぷん起こりながらナナミは誘拐されて遊 楼に売られて遊楽女にされ、運良くジオが身請けしたから今ここにいると語った。


「身請け? いくら副隊長の甥と言っても息子ではないし卿家にそんな大金はなさそうだが。遊楽女はそれなりの店にしかいない」


「姉さんとウィオラさんが知り合いで、ジオさんは恩人の甥だと知った姉さんが銀貨三枚で売ってくれました」


「......ぎ、銀貨三枚? 金貨ではなく銀貨ですか?」


「ええ、銀貨です。色々あって誘拐されたって打ち明けて、豊漁姫話も出たのでその銀貨すら返ってきました」


 高額商品になる予定だったのでマリと一緒に先生の一人になる予定だけど、豊漁姫の仕事があるから補助。

 誘拐されて学校に通えなかったので、マリの生徒になるとナナミは楽しそうに笑った。

そうしたら空から雨のように木の実が降ってきた。

私には全然起こらないけどナナミにはよくこういうことが起こるのでもう慣れた。


「わぁ、 胡桃(くるみ)が沢山。私、大好きなの」


 皆で木の実を拾ってナナミに渡して、お礼がてら海岸へ行ってお団子を食べようということに。

 シン・アルガは不漁大罪人だから海に近寄ってはいけないけどナナミと一緒なら問題無い。

 自室から三味線を持ってきたナナミと共に海へ行き、防波堤の石のところに並んで腰掛けて、ナナミだけが砂浜へ。


「では木の実のお礼に一曲、歌も添えて」


 海に背中を向けて私達に向かって三味線を弾き始めたナナミが歌も添える。


 ミズキにも負けないくらい上手な三味線に美しい歌声だからとても心地良い。

 そうしたくて目を閉じて耳を澄ますと、胸いっぱいに幸せだと感じた。

 今は昼間なのにまぶたの裏に満天の星空が映る。

どこかの丘の上にいて、隣には大好きな父がいる。


『君に娘を——......』


 一生大事にしま——......アズサさんとナナミが叫んだのでハッと我に返る。


「あなたも豊漁姫になるんですから一緒に踊りましょう!」


「はい!」


 気がつけば人が沢山集まっている。

 あんなに体が重かったのに今は軽くてこうして走れると、ナナミに向かって小走り。


 こんなに幸せだから明日死んでも構わないけれど、どうか死病が全て治っていて長生き出来ますように。

 ナナミとお揃いの扇子を懐から出して、彼女に習い中の簡単な舞を二人で披露。

妹姫でも力が弱くても、どうか少しでも私という存在も豊漁の手助けとなり、大勢の人を幸せに出来ますように。

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