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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
継承ノ章
111/122

稀代ノ小説家4


 それは、あまりにも衝撃的な出来事だった。


 使用人のアリアがあの歌姫アリアだったと去り、友人ミズキも共に居なくなり、アザミも息子が急な腰痛で困っていると帰ったので、マリと二人になってしばらくしたら日のことである。

 この屋敷を訪ねてくる者は限られている。

 毎日この屋敷で一緒に食事を摂るようになった、ご近所の七地蔵竹林長屋の者達か、俺の仕事相手である出版社の人間かマリか俺の友人。

 マリの下手ながらも一生懸命な琴を聴きながら、居間で執筆していたら、ガラゴロガラン、ガラゴロガランと玄関の呼び鐘が鳴ったので応対。


 平日の真っ昼間、約束をしていない日に来訪者となるとテオだろう。

 そう思って玄関に移動して、小窓を開けながら「テオ」と声を掛けたら役人だった。

 役人は役人でそこらの役所の人間とは服装がかなり異なる、昔、家庭教師に教えられた皇居官吏の制服な気がして焦った。

 俺には一生不漁大罪人という肩書きがつくが、海の大副神への謝罪も罰も終わったと言われたのに、まさか終わりではないのか? と冷や汗。


 役人は小窓に向かって身分証明書を提示しながら、皇族アルガ様とドルガ様がオケアヌス神社附属の寺子屋になるこの屋敷を視察しに来たと告げた。

 小窓の向こう側にいる役人がスッと横にどいて、麗人がこちらを覗き込んできた。


「俺がそのドルガだ。突然すまない。思いつきで行動する性格でな」


 詐欺師達の企みは何かと警戒心を抱いたものの、小窓の向こうにいる麗人の服飾がどう考えても皇族にしか許されないものであるので、まさか本物? と、とりあえず玄関扉を開いて平伏することに。

 こんな詐欺師がいたとして、このような服飾をする訳がないというか、これだけで問答無用で死罪になることだ。


「良い良い、面を上げていろ」


「ドルガ閣下の仰せである。シン・ナガエは頭を下げず、挨拶をしなさい」


 ドルガ閣下と呼ばれた男性は爽やかな笑顔を浮かべている。

 皇族でドルガと言えばこの国最強の守護神、敗戦知らずの猛虎将軍ドルガのこと。

 頭を下げるなと命じられたのでそうするしかないのか、それでも頭を下げるべきなのか。

 なんで、なぜ、どうしてあのドルガがここに? 視察? 本物か? とぐるぐる考えていたら、挨拶をしなさいとまた命じられた。


「……かの猛虎将軍、我らの守護神ドルガ閣下とお見受けします。本日はご機嫌麗しゅうございます……」


「ははは、そんなに畏まるな」


 まるで知り合いみたいに肩を組まれて動揺。

 ゆったりとした袖越しでも分かる太い腕に驚く。

 この国で皇族しか着ることが許されない漆黒の束帯に、国紋をあしらった腰巻き。

 束帯に肘当てや脛当て、胸当てをしていて、腰に下げられている刀は大きく、背中には大きな弓や矢筒。

 俺の見たことのある人間の中で最も美しい男はテオだったが、彼と同じくらい整った顔をしている。

 男性であるが、濡羽色(ぬればいろ)と表したくなる美しい艶やかな髪を片側に流して緩く三つ編みにしている。

 その髪に使われてある銀細工は龍神王の意匠だ。


「どれ、まず中を見たい。広さが足りなければ増築費用を出す。改装が必要なのかも見なければ」


 隣を歩いて案内せよと命じられて、背中を押されたので従う。

 本当にあの猛虎将軍ドルガなのか? なぜ彼がオケアヌス神社附属の寺子屋になる屋敷を視察……。

 というかその話はこの家の権利が俺にはなくて父にあるので棚上げされているのだが。

 兄上が先とドルガに告げられた皇族が、失礼、お邪魔しますと家にあがった。


 皇族ドルガ様とアルガ様と言っていて、ドルガと同じように周りの官吏達が気を遣っているので彼がアルガ様とやらだろう。

 ドルガと良く似た顔で、彼とは異なる服装で、皇族らしい装飾品は何もない。

 黒に銀糸の変わった着物に朱色の羽織り。

 ……羽織りに浮かぶ模様が(フラァ)国の国紋に見える。

 歌姫アリアの小説を書くためにあれこれ調べてもらい資料も集めたが、そうだ、華国の国王の名前はアルガで、あの猛虎将軍の双子の兄だ。

 突然皇族のドルガ様とアルガ様と言われてもピンとこなかったが、こうして観察していたら繋がった。


「ふむ、ここが我が国の歌姫アリアが世話になった屋敷か。その件に関しては正式に礼をするのでしばし待たれよ」


「……は、ははぁ……」


 頭を下げようとしたというか、平伏そうとしたらドルガに「恩人だし、鬱陶しいからそのままでいろ」と止められた。

 詐欺師ではなく本物だと信じかけていたところにアリアの名前が出たので、本当に雲の上の人間達だと確信し、なぜ来訪したのかも理解。


「……なに、何も知らずに使用人になってもらっていましたが……あの歌姫に大変失礼なことを……致しました……」


 礼、恩人という単語が飛び出たので悪い事は起こらないはずだと思いつつ一応謝罪。


「アリアの料理は味噌汁以外不味いらしいな。あはは。普通なのに、舌が肥えていると怒っていたぞ」


 またドルガに肩を組まれて、本物だと確信したのもあり、ビビって腰を抜かしてしまった。

 足から力が抜けたところを、彼に支えられて、ドルガはそんなに緊張しなくてもとにこやかに笑った。

 俺の頭二つ分は大きいし、腕も太そうだけど、想像していた猛虎将軍像とはかけ離れている。

 世にも珍しき黒鹿に乗って戦場の先頭を駆け、大きな刀を振って敵を薙ぎ払う……ようには見えない。


「……すみません」


「良い良い」


「シンさん、お客様はどなた……」


 杖を使いながら廊下に姿を現したマリが目を大きく見開いて固まる。

 そりゃあ、このような訳の分からない状況を目撃したらああもなる。


「そなたが我が息子を救ってくれた患者か」


 ドルガが俺から離れていき、マリに近寄っていく。

 マリは明らかに怯えたような表情で身を縮めて俺に救いの眼差し向けた。


「そのように怯えるな。我が名はドルガ。龍神王様より民を預かりし皇族である。我が民、それも息子の間接的恩人に無体は働かぬ」


「……ド、ド、ドルガ様? あの? ですか?」


 俺よりも素直なマリは、ドルガの自己紹介をすぐに信じたようで、廊下にへなへなと座り込んだ。


 ドルガがしゃがみ、マリを愉快そうに眺めている。


「支えてやらず、すまないな。触れたらそれこそ失神しそうだったから。そんなに緊張しなくても。取って食いやしない」


「……」


 マリはぱくぱく口を動かして何も言わずに、俺とドルガを交互に眺めている。


「シン、奥方を支えてやれ」


「は、はい!」


 マリに近寄り、立てるかと囁いたら首を横に振られた。


「な、な、なん……シン……さ……。このように……え……方が……」


 なんでシンさん、このように偉い方がと言いたいのだろう。


「ここがオケアヌス神社附属の寺子屋になるから視察だそうだ。あとアリアの事で何か。ドルガ様のお隣にいらっしゃるのは華国王、アルガ陛下だ」


「……。王様……。大将軍様に……王様……」


 意識が遠のいたというように、マリはのけぞって目に片手を当てた。

 俺よりも肝っ玉人間の癖に、俺の方が冷静とは。

 と言っても俺のマリを支える手も震えている。


「その様子じゃ二人で俺達の案内は無理だな。よし、視察は従者に任せて歓談しよう。我らの歌姫アリアのことで話したいことがある。セト、仕切れ」


「かしこまりました」


 気がついたら俺とマリは居間にいて、居間に作られた上座の席でドルガとアルガに挟まれた。

 すぐ近くにはまだ名前が無いという、ドルガの息子、赤ん坊がカゴの中ですやすや眠っている。

 マリはさすが肝が据わっているだけあって、緊張は最初くらいで、隣にいるドルガの質問に答えている。

 片足を失ったのは世にも恐ろしい病のせいだと聞いているが、具合いはどうだとか、片足は不自由だろうとドルガ様はマリにかなり親切に見える。

 彼にマリの話をしたのはアリアで間違いないだろう。


 俺はというと、隣に座るアルガ様にアリアと再会出来たとか、彼女に俺達の話を聞いたと話しかけられて、はいと相槌を打つので精一杯。

 お膳やお酒が登場して、マリがドルガ様にお酌を開始したのだが、アルガ様は男に酌をされたくないと手酌。

 その時、彼が初めて長い袖から両手を出したので、左手が俺と同じく枯れ木のようで細く、掌が小さく、四本しか指がないことが判明。


「珍しき手であるだろう?」


 確かに珍しいのだが、俺としては生まれてからずっと共にある手である。

 なのでいえと答えて、そっと自分の左手を袖から出した。


「珍しい手って、兄上の手が龍神王様の加護手であることは誰もが知っていることです」


 そう、ドルガ様がアルガ様に笑いかけた。

 誰もがって少なくとも、俺は知らなかった。

 ある意味育ちが悪い俺が無知ということなのだろうか。

 しかし、ナガエ本家四男として恥ずかしくない知識は与えられたので、そんなことはない気もする。


「お揃いの手だな」


「……はい」


「弟はああ言うが、知らない民の方が多いだろう。加護手とはいえ見てくれは弱々しい手だから弱点だ。あまり人に見せん」


「……」


 笑いかけられて、その人にあまり見せない手をわざわざ見せた理由はなんだ、俺はこの左手のことをアリアに教えなかったが、彼女は知っていたのだろうか。

 そうだとして、だからと言って一国の王様が庶民にわざわざお揃いの手と言いにくる理由が分からない。


「君はその手をどう思う? いや、どう思って過ごしている。広い世界の中で揃いの手は初だから知りたい。教えてくれないか?」


 私は少し不便だとアルガ様が笑いかけられた。

 この問いかけに「はい」という相槌は無理。


「……あの、同じく不便です」


「君は何が不便だ?」


「……その、力が足りないので時に役に立たないです」


「そうそう。そうなんだ」


 ニコニコ笑っているし皇族で王様なので俺とは違うだろうけど、彼はこの奇形で何か嫌な目に遭ったことはないのだろうか。

 現皇帝陛下は暗殺されかけたことがあるので、皇族といっても一枚岩ではない。

 龍神王様の加護手と表することで双子の兄弟で自分達の地位や権威を誇示しているのなら、その逆は誹謗中傷、呪われた忌み子みたいに下げられるだろう。


「アルガ陛下と同じ手とは感涙し、以後、うんたらかんたらと始まらずに安堵だ。その調子で私のお喋りに付き合ってくれ」


「は、はい……」


「ここだけの話なんだが」


 近くにと扇子で示されて、どうしたものかと近くの従者に視線で助けを求めたら、アルガ様がグッと近寄ってきた。


「そこの弟、ドルガは私を尊敬してやまない。ただ兄というだけで」


「……」


 それがどうした。 


「だからこの手が呪詛手だの、忌み子の証なんて言おうものなら首が飛ぶというか飛んだ。他者の容姿を嘲り笑うのは性悪であるが、異形を恐れるは人の(さが)である」


「……」


 なんか恐ろしい話をされた。


「君は小説家だろう? 他者の胸を打つ話に書いてくれ。奇形は畏怖対象ではないと。なんて。もう読んだ」


 アルガ様はゆっくりと俺から離れた。


「君の本二冊を気に入ったんだが他にもあるのか?」


「……。あの。二冊とはどの……」


「皇居に献上された雪萼霜葩(せつがくそうは)の君とならと、奇跡の歌姫だ」


 そうそう、アリアからの書状を預かっているとアルガ様が告げると、従者が俺の前に書簡を置いて蓋を開き、中身を差し出してきた。

 アルガ様に促されて手紙を受け取り、読みなさいと言われたので拝読。

 ……異国文字で読めない。

 と思ったら数枚目から煌文字になり、翻訳ミズキと記されていた。


 アリアからの手紙は改めてお礼、ミズキの実家に身を寄せた後に皇居へ連絡を入れてもらい、歌姫アリアは記憶喪失だったが生きていたこと、記憶を取り戻したことを知らせたという内容。

 それから、初恋の人と婚約出来たので、奇跡の歌姫の内容を変えて欲しいけど、奇跡の歌姫は私の記憶を蘇らせた文学として既に回し読みされて評判が良いそうなので、自分の半生本は別に作ってもらいたい。

 近いうちに遊びに行くのでその件は直接。


 奇跡の歌姫は彼女の許可の元、それも奇跡的な生存発表と共に売り出すので、かなりのお金を稼げるから、それがひとまずお礼……。

 俺の書いた本が印刷本になる……。


「その手紙に書いてあるように……「何? まだ夫婦(めおと)ではない?」


 ドルガ様の大きめの声でアルガ様の台詞がかき消された。

 マリがボソボソ何か返事をしている。


「なんだ。夫婦だと聞いていたのにまだ婚約か。どれ。この俺が二人を夫婦(めおと)にしてやろう。セト、紙と(すずり)、筆を用意しろ」


「かしこまりました」


 従者が用意したものでドルガ様が何かを書き、従者がその内容を読み上げ、俺とマリに渡した。

 力強く美しい文字で、シン・ナガエとマリ・フユツキを夫婦と認め、龍神王様から民を預かる皇族として、その関係を祝福し、永劫安寧を保障するというような文が記されている。

 ……俺とマリってこの書類もって婚姻したということになるのか? 今、これで?


「ドルガ様、本日よりその者は新たな苗字と豪家拝命となっております」


「そうだった。やはり揃いの手だからアルガの名を与えることにする。変更は無しだ」


 新たな苗字に豪家拝命でアルガの名前を与えるという衝撃的な発言に耳を疑う。

 ドルガ様が新しく何かを書き始め、セトという官吏がドルガ様が書いた用紙を俺からやんわり奪い、破り、懐に入れた。


「セト、これを龍皇礼書とし、豪家授与書にも俺とアルガの印を押せ」


「かしこまりました」


 セトと呼ばれる官吏は俺とマリにこう告げた。

 俺の父、ガエン・ナガエは息子の加護手を忌むべきものと考えるような不届者であり、それは我が敬愛する兄アルガを侮辱したも同然。

 しかし、そのように民への道徳教育が滞っていることは、皇族や官吏一同の恥ずべきことであるので、ガエン・ナガエへの処罰は息子との離籍のみ。

 シン・ナガエは皇族ドルガ閣下の名においてナガエ家から離籍とし、アルガという苗字を与え、豪家拝命とする。


「よってこれより、シン・ナガエはシン・アルガと名乗るように」


 何がどうなって父がアルガ様を侮辱したも同然なんて話になり、俺と離籍なんて事になったと茫然。


「ドルガ。我が国の歌姫が世話になったようだから、そこに私の名前も足してくれ。セト、私の印は私が押す」


「かしこまりました」


「豪家アルガ家の特権は、兄上が常識的な範囲で足した。それとは別に、この俺は特注の義足に加えて半永久的な印刷機使用権を与えよう。つまらぬ作品には使わせないからな」


 特注の義足? 半永久的な印刷機使用権? と混乱していたら、マリの前に色鮮やかな箱が置かれた。

 その蓋をドルガ様が開き、中身を手に取った。

 軽々と持ち上げられたそれは鉛銀色で、足の形をしている。

 鎧のような厳つい義足には、龍神王像が二頭彫られており、最後は頭を向かい合わせている。


「ふくらはぎの半分より下を失ったと聞いている。調整師を連れてきたので、さっそくそなたの足に合わせよう」


「……い、いえ、いえ! 畏れ、畏れ多いことにございます! 他の方のお役に立てて下さい」


 マリは音が鳴りそうな程、強く首を横に振った。


「何が畏れ多い。そなたが病に罹り、信心深い故に赤鹿や海の大副神に救われ、結果としてこの俺の息子の命を助けたのだぞ。我が息子の命の恩人には一国を与えたいところだが、国なんて要らないだろう? 庶民では管理出来ん。国より財だろう」


「……その通りで国は要りません。あの、ご子息の命の恩人は赤鹿と奉巫女様とお医者様です!」


「それはそれで褒美を与える。これはそなたへだ。遠慮するな。これはアリアから二人への礼でもある。受け取りなさい」


 皇族に受け取りなさいと言われて拒否出来る者はいない。そもそも、一度目に遠慮した時もヒヤヒヤした。

 こうして、マリは軽くて美しい義足を手に入れ、俺はアルガという苗字と豪家を拝命し、また、余程のなことがなければ自著を印刷して販売出来る権利を手に入れた。


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