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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
継承ノ章
110/122

稀代ノ小説家3

 合縁奇縁。


 人と人との縁は、実に奇妙である。

 これはレイス・ルーベルとユリア・ルーベルが生まれる前、双子の母親リルがまだ新妻だった頃のこと。

 彼女はその日、その時、夫と共に新婚旅行を楽しんでいた。

 旅の偶然で知り合った料理人と行き先が同じだったので、貴重な赤鹿車に同乗させてもらえることになり、待合室で乗車を待っていた時のこと。


「ご機嫌ようございます。そちらの方、愛くるしいものをお手に身につけていらっしゃいますが、そちらはもしや編み物でしょうか?」


 数年後に、皇居華族、その中でも高貴な一族の正室となる女性とリルは出会った。


「はい。そうです」


「編み物を嗜まれているのでしょうか?」


「いえ、買いました。どう編むのか知りません」


 リルはその時、年末のお祭りで手に入れた、当時は最先端である編み物の手袋をしていた。


「こう、輪を作って棒で引っ掛けていくのですがとても難しいです。ひたすら平たい反物のようなものを編むのか、と呆れていたらそのような形や模様などが出来るのですね」


「はい。お店に色々な作品や模様がありました」


「お借りしてもよろしいでしょうか?」


「はい」


「お店はどちらです?」


「中央六区です。年末年始の露店で西の国から来たそうです」


「はああああ。お父様、お聞きになりました? ですからお出掛けしたいと申したのです。六日六晩も何かしらの席や会。しかし数時間くらい、せめて一時間だけでも行けたでしょう? このような最先端は届くのが遅いです」


 お嬢様ルシーは父親にそう文句を告げた。


「庶民のお嬢様が羨ましいです。きっとこのような最先端でハイカラに飾られています。こちらのハイカラな奥様のように。これでは局で目立てませんことよ。困るのは私わたくしではなくお父様かと」


 華族令嬢ルシーはこの頃、まもなく皇居入内を控えており、この時はその前に家族旅行を楽しんでいた。


「分かった。その模様編みについて調べておく」


「お願い致します。ご親切な奥様、ハイカラな品を見せていただきありがとうございます」


「そちらのすこぶる美しい爪は紅ですか? 桃色の紅などあるのですね」


「マニキュアです。北国からの献上品のお方がこちらのマニュキアを行う女性で、お母様のツテで塗っていただきました」


 ……献上品のお方? 献上品って人なの? とリルは首を傾げて頭の中にハテナを沢山浮かべたが、残念ながら人生初の華族令嬢とのお喋りはここで終わり。 リル達は赤鹿車へ案内された。

 この後、二人は温泉街で再会し、文通するようになる。

 庶民の中では裕福だが平凡、中流層の奥様と、皇居華族の友情は、このような些細な会話がきっかけで始まり、以後、約二十年、お互いがお互いに対して何もしていないのに、人生に大きな影響を与え合っている。


 ☆☆


 リルとルシーが友人となり、かなりの年月がたった時のこと——……。

 私とリルはお互い親になり、その子ども達も成人に近づいている。

 私と彼女の友情は、文通ばかりという関係性でも続いている。

 財欲や名誉欲などが渦巻く皇居において、私が出世しても変わらない関係でいてくれるリル・ルーベルは心の拠り所。

 長男の成人祝いに彼女達家族を招きたいと考えているので、早く直接会いたいものだ。


 本日、そのリル・ルーベルから手紙が届いた。

 私達の文通は、大体一月に一回の頻度で続いている。

 今回はどのような内容や絵なのかとワクワクしていたら、主である皇妃ソアレ様に声を掛けられた。

 彼女はこのように、時折、相手を呼ぶのではなくて、自ら家臣のところへ訪問する。

 これにはいつまで経っても慣れず、心臓がドキッと跳ねてしまう。


「して、ルシー。そなたのその嬉しそうな表情は珍しいし、今月はまだあの愉快な庶民リルの手紙を読んでいない。その手紙がそうであるか?」


「そうでございます」


「もう読了したか?」


「いえ、これからでございます」


「それではいつものように、珍妙怪奇で愉快な話を私にも教えて下さい。いつものように、私的な部分ではないところと絵を私わたくしにも頼みますよ」


 教えたらリルが腰を抜かしてしまいそうなので黙っているけど、彼女の手紙は皇居では珍品なので、皇妃が一部読み、その話題が流れに流れて、文筆家が平凡な区民の生活日記みたいにまとめている。

 役人達の調査では仕入れられない、庶民中の庶民の妻が困ったことや、それは放置しては困るのに庶民は気にしていない問題などが発見されるからという理由もある。

 リルが皇居にばら撒いたような話が、皇居で捻じ曲がり、それがまた庶民に広がって、リルがこのような話がありましたと私への手紙に書くこともある。

 私は「あれっ? この話はもしや……」と察するのだが、本人も他の者達もあまり気がつかず。

 私を真似して庶民と交流を持とうとする官吏や女官吏もいるけれど、関係は続かず、上手くいかないらしい。

私とリルは普通に文通して、会える時は普通に会話しているだけなのに不思議。


 今回のリルの手紙の内容は……と読み進めていくと、娘が照れて婚約者を骨折させた、息子がついに進路を決めた、破天荒な妹がついに結婚するかもしれない、そして、恐ろしい病の存在を知ったというものだった。

 手紙の内容の一部はこうだ。あっという間に人を腐らせる恐ろしい病が存在した。

 娘の友人が被害に遭ってしまったけれど、知識がある者がいたので、運良く命は助かった。

 病に気がついた赤鹿が守ってくれた。赤鹿は相変わらず賢くて偉い。

 娘の友人は片足になってしまって、実家に帰ると借金取りに売られるから、婚約者の家で守ってもらっている。

 その婚約者の家が借金のかたに売られてしまうようで辛くて悲しい。

 婚約者は龍神王様と同じ形の左手を持って生まれた幸運の子なのに、そう思わないで「気持ち悪い奇形だ」と家族に捨てられたようで、天涯孤独と同じような状態だそうだ。

 お金がわんさかあれば助けてあげられるので、夫と兄が頭を下げて回ったり、義姉が稼ぐと張り切っている。

 頼りになる家族がいるから、娘の友人まで助かって、娘もまた毎日笑顔になるだろう。

 自分は自分の出来ることをして、娘の笑顔を作ってくれる娘の友人を助けてあげたい。


「……」


 ルシーさんも稀とはいえ、この恐ろしい病から逃げる為に、毎日体に灰色の痣がないか確認して、家族もそうして、友人知人にも教えて、皆健康息災でいて下さい。


 まとめると、こういう内容。

 灰疹病はいしんびょうなんて初耳で、リルの薬師の妹が情報を集めてた内容も別紙で添えられているので、私はソアレ様と親しい薬師に面会をしたいと頭を下げに行った。

 リルからの手紙の内容は、息子の進路が決まったあたり以外は読んでもらって構わないと考えたので、丁度そこは丸々一枚だったので省いて、手紙も差し出す。


「私の友人の知人が稀な死病を経験したそうで、知識がないと救命出来ないと知識や知恵を授けてくれました。救える命を取りこぼさないように、この病について周知したいです」


 先にその部分を読んだソアレ様は私にこう命じた。

 その提案は非常に有益であるので、夫と共に取り組むように。

 元々、そうするつもりだったが、勝手に始めるとどこかで誰かに足を引っ張られる。

 しかし、格式高い皇妃命令となると話は変わってくる。

 こうして、私は夫と息子達とともに、この灰疹病について警告・啓蒙活動をすることに。

 わずか三日後、普段は皇居にいない猛虎将軍ドルガ皇子が自室に乗り込んできたので腰を抜かした。

 彼はなぜかリルの絵を気に入っており、リルの生活は珍妙だととても面白がっているので、私は彼が来国するたびに呼ばれて「原本を見せろ」と命じられる。

 しかし、このように彼から私のところを訪れたことはない。


「頭を下げずにそのまま聞け。そして君はこちらの上座へ来い」


「かしこまりました」


 龍よりも猛虎を怒らせるなかれ。

 この皇居において、それを知らない者はいない。

 猛虎将軍ドルガは現皇帝の弟にして、大変重宝されている人物である。

 煌国東部守護神、敗北知らずの猛虎将軍は煌国国防の要にして全ての兵官の頂点。

 数多の戦場で無敗記録を積み上げている、煮ても焼いても刺しても死なないどころか、そもそも銃弾すら当たらない龍神王様の寵愛を受けている皇族。

 龍神王説法と伝統と序列を血筋を守るこのドルガ皇子は、先に生まれただけというだけで、自らよりも格段に劣る皇帝陛下を慕っており、皇帝陛下もそれを理解しているので、彼を右腕として慎重に扱っている。

 庶民は知らないだろうけど、この国の真の皇帝陛下といえば、猛虎将軍ドルガである。

 本人が「兄上を侮辱したな?」と激怒するから、誰も貴方様こそ真の皇帝陛下ですとは口にしない。

 口にしたものは、最悪の場合は「この俺が兄上を裏切ると思っているのか!」と死んでいく。

 こういう感じで、反目していなかった国が、ドルガ皇子を懐柔しようとして彼の逆鱗に触れ、属国化となったことは一度ではない。


 ちなみに、勘があまりにも鋭いドルガ皇子に嘘をついても死ぬし、真実を語っても彼の中で重罪だとやはり死ぬ。

 女子どもには甘いらしいし、皇居で一、二を争う美形皇族で、その権力はユルルングル山脈の頂並なので、数多の女性達が胸をときめかしているけれど、私は恐ろし過ぎて近寄りたくない。

 近しい者しか知らないが、ドルガ皇子は一途で妃にしか興味が無いので、ときめいても、一晩遊んでもらいたくても、取り入って権力を得ようにも無駄らしい。

 触らぬ副神様に祟り無しなのだが、私の場合はそうもいかない。

 ドルガ皇子はかなり親しくして甘やかしているソアレ様と血が近い叔父で、リルの手紙と絵を気に入っているから、帰国するたびに私達夫婦を呼ぶ。


「ルシー・アビマヤアグニマ、そなたに心の底から感謝する。我が息子の命を救っていただき、ありがとうございます」


 衝撃的なことにドルガ皇子に頭を下げられたので、慌ててこちらも平伏そうとしたら、本人にも彼の従者達にも止められた。


 何がどうなっていると様子をうかがっていたら、帰国したドルガ皇子の家族は、灰疹病はいしんびょうの話を耳にして、試しに確認するかと体をあらためたという。

 中々子どもに恵まれなかったが、ようやく生まれた第二子、それも男児が産まれたので、少し体が丈夫になるのを待って、兄上——皇帝陛下——に名前を付けてもらおうと帰国。

 そのまだ名前も無い皇子の左手小指に、気になる灰色のあざを発見したそうだ。


「飛行船に乗った時から死の匂いがしていたけど、誰も健康そのものだと言う。単に弱い体で生まれたと思っていたら、皇居でもしやという病の話だ」


 急速に腐敗して死体になる病気は確かにあるが、切断で助かるとか、兆候があるという話を知る医学関係者は皇居にはおらず。


 私の話を聞いても半信半疑だったが、ドルガ皇子は勘に従った。

 うだうだ言っているんじゃねぇ! 俺の息子からは死の匂いがして、言われてみればこの小指だ!

 数日で死ぬ可能性が高いと聞いただろう! とドルガ皇子は違うかもしれないとか、調べましょうという者達を一蹴。

 躊躇せずに愛息子、それも生まれてまもない幼子の小指を一刀両断したそうだ。

 すると、その小指は半刻後に急速に腐敗したので、まるで祟りのようだと清めて燃やした。


「痣がまた出たら腕ごと切り落とす。止血などの治療が済んだので、こうしてお礼に参った」


「それは……大変喜ばしい誉でございます」


「兄上暗殺未遂時に何人もの皇族が不審死して、純皇族男児は少ない。それに加えて我が息子なるぞ。一国を与えても良い功績だ」


 国なんて要らないのでお引き取り願いたい。


「なんだ。国は要らないか。まぁ、管理が大変だからな。真の王でなければ首も刎ねられる。高く無い能力で高望みしないとは殊勝であるぞ」


 要らないと言っていないのに見透かされている。


「その通り、無相応でございます」


「ルシー・アビマヤアグニマ……ええい、呼び辛い。そなたはもう下手ウマ庶民にちなんでリロベルだ。確かあの珍妙怪奇な庶民はリルとロイでルーベルだっただろう。セト、手配しろ」


 伝統ある苗字なので、そんな安直な苗字はやめてもらいたい。

 こんなの、いくらドルガ皇子の命令とはいえ、一族総会で吊し上げにあう。


「ドルガ様、流石に三大華族の苗字変更は……」


「俺は誰だ?」


「皇族ドルガ様でございます」


「三大華族はその俺よりも上なのか?」


「まさか」


「しかし、三種の神器にちなんだ高潔な苗字を、皇族が降嫁しているお家を、珍妙怪奇な庶民にちなんだでは……」


 従者ともなると、暴君に近いドルガ皇子を説得出来るのだなと感心。


「アビマヤアグニマ一族はアニマがよろしいでしょう。古語で魂、息を吹き込む者でございます。こちらのルシーは、ドルガ様のご子息に、まさに命を吹き込みました」


「セト、名付け下手なので助かる」


「いえ、仰せのままに我が君。すぐに苗字変更の手配を致します」


 セトに話しかけられた若めの官吏が転びそうな勢いで部屋から出て行った。

 この由来なら、ドルガ皇子の子を救った褒賞として一族総会で褒められるだろう。


「して、何の話だったか。そうだ、褒賞だ褒賞。一族には新たな素晴らしい苗字で充分として、このルシーに息子の救命に相応しい褒賞を与えなければならない」


「ええ、アニマ一族へとなると、兄君の政治に水を差すこともありましょう。この者、ルシーのみに個人的な贈与で済ませるのが妥当だとご進言致します」


 皇居に渦巻く権力闘争などには気を配ってもらえるようで安堵。


「文官は面倒で兄上は常に心労を溜めていらっしゃる。ルシー。兄上を面倒に巻き込まない、我が息子の救命の褒賞に相応しいものを考えるように」


 素敵な爽やか笑顔でも、無理難題を言われればときめけない。

 回答を間違うと、我が一族は即死である。


「かしこまりました」


「何もしていないのに、そなたは昔からそのように怯えるよな。変わり者女官吏という噂はまさにその通り。なぜ皇医すら知らない死病の発見法や治療法を知っていた」


 まだ帰ってくれないの⁈

 仕方がないので、巻き込むのは忍びないけど、文通している友人から教わったと説明。

 ドルガ皇子の気を引かないように、いつもの庶民の親友みたいには話さず。

 リルだとバレませんように。彼女の為にバレませんように。

 ドルガ皇子がリルのところへ行って、今の私みたいなことになったら、彼女達は喋ることすら出来ないだろう。

 それは非常に可哀想であり、ひょんなことでドルガ皇子が腹を立てたら……怖い、怖い、怖い!


「その者にも褒賞を与えねばならん。どこの誰だ」


 そうなりますよねぇ。


「……先程の珍妙怪奇な庶民、私の親友リルでございます」


 ごめんなさい、リルさん……。

 でもリルさんが蒔いた種がこの結果ですぅぅぅう!


「ああ、あの時々妙に博識な庶民か。旅医者と交流があるんだったよな? それなら納得だ。我が国は医学大国のようで、そうでもないところもある」


「私でもこのように緊張致しますので、庶民中の庶民が雲の上の皇族と謁見など失神してしてしまいます。それにドルガ様はお忙しいでしょう。私が彼女に褒賞は何が良いか確認致します!」


 リルを失神させる訳にはいかない!


「失神とは愉快そうだ。一度顔を見てみたいと考えていたから、これを機に行ってみるか」


 余計なことを言ってしまった!


「ドルガ様、友情にヒビが入ると愉快な絵を見られなくなりますよ。今回のような有益な情報も入手出来なくなります」


「それもそうだな」


 有能。

 セトという官吏は非常に有能というか、今の私には副神様に見える。


「最新の手紙、死病について書かれていた手紙を読みたい。また愉快な絵はあったか?」


「本人は兎と書いていましたが、兎には見えない謎の生物の絵がございました」


 その兎は、リルの娘の友人が飼っているイノハという兎らしい。

 この流れはリルの手紙を献上しないとならない。

 変なことは書いていなかったが、息子レイスの話で素性を知られてしまうのではないかとヒヤヒヤ。

 私はリル・ルーベルは卿家とか、南三区六番地住まいなど、個人情報が漏れないように気をつけている。

 我が一族の権力闘争の巻き添えなどで、何かあったら可哀想だし友人として辛いから。

 手紙を差し出したら、ドルガ様は帰らないでこの場で読み始めた。

 帰って欲しい、帰って欲しい、帰って欲しいとセトに目で訴える。


「そのように誘われるとそそられます」


 違う!


「セト。お前はその女好きを……はぁああああああああ⁈」


 突然、ドルガ皇子が大絶叫したのでビクッと体がすくんだ。


「兄上と同じ左手を持っている息子を疎んで捨てる区民がいるとは兄上と俺への侮辱だ!」


 立ち上がったドルガの髪の毛を結んでいる組紐が切れて、三つ編みが動いていないのに解け、みるみる広がって逆立つように広がっていく。

 すると、突然ピシャーーーーーン! と雷の閃光が起こり、ゴロゴロと雷の音が鳴り響き、みるみる部屋が暗くなっていった。


「ドルガ様、どうなさいました?」


「幸運極まりない子と言うこのリルのように、普通の区民ならアルガ兄上と同じ手を喜び、崇め、敬い、人の上に立つように育てる」


「失礼、ドルガ様」


 セトがリルの手紙をドルガ皇子の手からそっと奪った。


「それを、それを、気持ち悪い奇形だと捨てた親がいる! セト!!! これがどこの誰か、三刻以内に突き止めろ!!!」


「ドルガ様、庶民の知人ですので、学がなく、アルガ様のことも名前と地位しか知らないのでは?」


「セト。二刻以内に突き止めろ!!!」


「最初のご提示通り、三刻下さい」


「余計な話をしたから、一刻だ!!!」


「庶民の住まう地まで一刻でいけない場合は?」


「当然だが、遅れた場合、距離が理由なら、妥当な時間なら許そう。それは当たり前のことだ。だが、セト。このまま俺を怒らせておいて無事で済むと思うか? 口は時に災いの元である」


 八重歯がまるで牙のようで、唸るように低い声を出してセトを睨んだドルガ皇子の姿は、まさに猛虎である。

 虎は絵でしか知らないので、私は一生虎といったらこのドルガ皇子の激怒姿を思い出すだろう。

 ……失禁、失神しそう。肌がビリビリして全身が震えている。


「仰せのままに、我が君」


「本人だけではなく、一族郎党、髪の毛程の関係性の人物も洗い出せ。俺が直々に一人一人生きるに値するか確認して性悪は全員殺す!!!」


 ……リルさん。

 わりと普通のことを書いてあるあなたの手紙で、ドルガ皇子様がとんでもない事を言い出しました……。


「まずはそちらのルシーに、友人がどこの誰か聞き取り致しましょう。娘の友人の婚約者の親。辿り着くのは簡単でございます」


「この俺が激怒していて、なぜ大恩人のルシー経由で大罪人を探さなければならない。セトとはいえ、的外れな事を言えば噛み殺すぞ!」


 すまし顔だったセトが明らかに狼狽して、顔を青くし、


「そちらのルシーにもアニマ一族にも一切関与させません。我が君」と小さな声を出した。


「たかが容姿、それを化物忌子などと古い悪しき慣習に囚われて人を貶める者は我が煌国の民ではない!!」


 吠えのような叫びに、雷の光が重なり、もはやこれは人ではなくて妖のようで、恐ろしい……。


「特に親は子を愛でるものだ。龍神王様が鉄槌を下すだろうが、その前に俺がぶっ殺す!!! 区民総ざらいだ!」


「ドルガ様、総ざらいはやめましょう? 意識改革は時間がかかるものです」


「王都の次は旧都、次は属国だ。全区民を俺の前に連れて来い!!!」


「ドルガ様、貴方様の好き嫌いで区民を選別して殺すのは兄君を困らせるだけです。お怒りはごもっともですが、落ち着いて下さい」


「アルガ兄上を侮辱した者も、類似した性根の者もこの世に必要無い!!!」


「ダメだ! 誰かここにすぐ皇帝陛下をお呼びしろ! ドルガ様の耳がバカになって何も聞いていない!」


「誰よりも見る目のあるこの俺が確認しなければこの国の栄華が終わる! それは即ち、我が愛する民の不幸であるぞ!!」


「早くしろ! 皇帝陛下でも無駄かもしれないから、他の兄君達もお呼びしろ! 特にアルガ様だ! 飛行機を使ってでも連絡を入れろ!」


「そもそも兄上が性悪がのさばるような治世を行っているからだ!!! 龍神王様は告げている。我ら皇族は悪四欲しよくを滅する為にこの世に存在している」


 ドルガ皇子が勢い良く出ていって、それをドタバタと従者達が追い、私の部屋から全員居なくなった。

 私に聞かないで、手紙の内容から、リルの娘の友人の婚約者の親を探すって、どうやって探すの?

 この後、皇居は騒然となったし、天候も荒れる荒れる。

 猛虎将軍ドルガ皇子には天気さえ味方する、むしろ操るとは本当なのかもしれない。


 ☆☆


 この頃、自分の手紙が何をしたのか知らないリルは腹痛でのたうち回っていた。

 リマクスが薬を使って紫蘇の葉っぱに乗せたことに気がつかず、いつもならよく洗って使うので、その薬は流れてしまうところだったが、ご近所の仲良し奥さんの来訪とお喋り後に紫蘇を洗ったと勘違いしてそのまま使用。

 それで夏に家族全員が愛飲する紫蘇甘水を作り、何も知らないまま飲んだ故の腹痛だ。

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