表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
人魚姫ノ章
11/122

 一昨年、成人になり、家族の期待に応えて学校で好成績をおさめ、去年から公務員として働いているが、すでに辞めたいと思っている。

 俺の勤務場所は「ハ組」といわれる場所で、ここで働くのは災害実働官——通称火消し——と、彼らを補佐する者達。

 

 火消しは火消しという名前の通り、火事で大活躍する者達なのだが、正式名称は災害実働官なので、火災以外の事故や災害対応も行うし、病人や怪我人などの応急処置や運搬も仕事。


 区民の英雄である火消しと同じ制服姿で街を歩けば感謝や賞賛や羨望の眼差しを受けられるし、時には握手や記名を求められることも。

 しかし、俺は管理職採用された火消しで、その中でも補佐官の下に位置する事務官。

 補佐官も事務官も多少は外回りをするけど、俺はとある事情で常に組の中で勤務している。


 学校では常に好成績で、あれだけ勉強したのに、就職末に風邪をひいたせいで補佐官職に落ちて、下級公務員試験にしか受からなかった。

 それは数年で取り返せそうなので構わないが、問題はこの勤務場所である。


 朝出勤して、昨夜から変化する訳がないので、来る前から分かっていたけど、山積みの書類と未提出書類の多さにめまいを覚え、事務所の机に突っ伏したくなった。


「ジオは出勤してるか! なんだ? この邪魔っこい布は。しゃらくせえ!」


 扉をバーンッと開けられると壊れるので、外してのれんにしたのに取られた。

 どうせそうなるだろうから、安い布で簡単に作っておいたよと笑った祖母の予想通り。

 外されたのれんが俺の胸に押し付けられた。


「タヤスさん、おはようございます」

「おうよ、おはよう。相変わらずガリガリしてるなぁ。食べてるか?」

「はい。しっかり食べています」

「夜勤になって見たんだが、これなんだがよう。こんなちまちま書き直すなんて面倒くせぇ。やっといてくれ」


 タヤスが現れた時点でそんな予感はした。それは規則違反ですと書類を押し返す。


「日報なんですから、代筆は不可です」


「アズマはしてくれたぞ」


「そのアズマさんはタヤスさんが勤務開始してからずーっと代筆していたので、彼の文字がタヤスさんの文字みたいになっていたから見逃されていました」


「そんならジオが俺の字を真似しろ。っていうか、アズマと俺の字は全然違う。途中から変わってもお咎めなしってどういう抜け道だ? あるなら使えよ、その抜け道を」


「アズマさんが退職後に発覚してタヤスさんは減俸。今は元に戻りました」


「へぇ。給与を減らされていたのか。減ってもええから頼む。俺は書類仕事なんて寒気がする。腹が痛くなって働けねぇ! 火消しが働かないと困るのは区民だぞ!」


「自分も減俸は困りますし、自分はアズマさんと違って監察官候補生ですから不正補助は無理です」


 座れ! と始まったので、出勤早々、小一時間時間が削られると心の中で深いため息を吐いて、顔は神妙を心掛けで畳に正座。

 タヤスは現在この組の最年長で、この年代の火消し達はとにかく書類嫌い。

 火消しはそもそも事務処理、書類が嫌いだけど、タヤスの世代はとある事件のせいでとにかく酷い。


 畳の上に正座して、ぶつぶつ、わーわー言うタヤスの文句を右から左へ聞き流し、途中から孫自慢が始まったので褒めに褒める。

 途中、何度か次々と出勤した先輩達に助けを求める視線を送ったけど、全員に無視された。

 新人を生贄に捧げて、通常業務を進めるの図。

 これぞ、新人の仕事である。


 そこへ、救世主が現れた。


「おはようございます。なんや、なんで扉がないんですか」


 気まぐれ出勤の俺の祖父登場!

 ガイは血筋的には俺の祖父ではないのだが、叔母が嫁いだ家の御隠居で、祖父みたいなもの。

 もう年だけどかなり仕事が出来て、孫みたいな親戚の面倒をみたいと、このようにたまに来てくれる。

 ガイは元煌護省本庁の官吏なので、人手不足のこのハ組でたまに日雇いされている。


 日雇いといってもお願いしますと事前に頼むのではなくて、ガイが勝手にきて働く。ただ、書類上は「昨日依頼した」とするけど。

 これは不正なことではなくて、組の遥か上にある煌護衛省本庁で正式に許可されたことだ。

 ハ組の管理職系はそのくらい人手が足りないし、面倒な火消しだらけで、時間はあるけど応援勤務は嫌だと突っぱねられがちなので、そのくらい融通しないと業務がもっとめちゃくちゃになる。


 そもそも俺も、南三区六番地の中枢採用だったのに、人手がないから週三日はハ組へ行ってくれ、気に入られたみたいだからしばらくハ組をよろしくで今だ。

 

「祖父君〜。そのうち扉を壊されそうなんでのれんにしました。それでそののれんは一日も持ちませんでした」 


「邪魔な布があるから引っ張ったらよぉ、取れたぜ」


 あぐらのタヤスの前で正座する俺を眺めて、ガイは俺の横にあるのれんをひょいっと持ち上げた。


「タヤスさん。孫をいびらんで下さいよ。ジオは新人でひよっこなんで、言われたことしか出来んです」


 そうだ、そうだ!

 俺はまだ勤務開始一ヶ月も経過していない、正職員前の研修生だぞ!

 研修よりも人が足りないのでこれをしろ、知り合いだからお前じゃなきゃ嫌だって、一年間も正規の道から外したのは火消し達だぞ!


「んなこたぁない。俺は皆に聞いたんだ。ここの第五事務所で火消し耳があるのはジオしかいないって」


「んで、今日は何の用ですか」


 タヤスの話を聞いたガイは、それならその書類は自分が書くから、下書きをしてくれと頼んだ。


「下書きがないと文字を真似出来ないです。タヤスさんは食うに困らないでしょうけど、孫はこれから世帯を持つ若造で、今は研修生だから安月給です。巻き添え減俸は困ります」


「ガイさんならええってことか」


「そうです。長年働いて蓄えてあるので減給されても別にですから」


「減給分は俺が払ってやるよ。俺も別に金なんて要らねえ。欲しいのは火消し仕事だ火消し仕事。じゃっ、ちょっくら下書きしてくらぁ」


「疲れるから、この下書きの下書き通りに書いて下さい」


「おうよ!」


 タヤスが去ると、ガイが俺に向かって「下書きという本番を提出しなさい」と笑いかけた。


「祖父君〜! ありがとうございます! 午前中、ずっとタヤスさんの相手かと思いました!!!」


「どんどん、あしらいを覚えなさい。孫を見捨てている間に進んだ孫の仕事分は、他の人へ振ってもええはずですよね」


 ちょっくらごめん、と祖父が事務所中の業務を確認して、いくつか仕事を引き受けて、これはこうでは? と上司と共に再分配して、俺も含めて全員感激状態。

 この中で一番偉い補佐官が、半泣き状態なのは、三日間帰宅していないから。

 昨日の夕方、今日こそ帰ると言っていたのに朝そこで寝ていたので、ノボル補佐官はまた泊まったと気の毒だった。

 そのノボルの机から、祖父の机へごっそり書類が移動している。


「息子が人気過ぎて屯所に人を取られてすみません。ほらほらジオ。我が家のせいだから、早く仕事を覚えるぞ」

「はい!」


 辞めたいは撤回。

 今日は楽しい仕事場になるぞ。

 俺はガイにはうんと長生きしてもらいたい。

 ガイは働き出すと、今日も今日とて家で会う時よりもつやつやした顔。

 仕事大好き人間が、こうやって他の人を育てながら職場の役に立つって、誰にとっても幸福なことだ。


 ★


 自宅まで帰ると遠いから、我が家に泊まって欲しいとガイに頼み、なんなら明日も一緒に出勤して欲しいとねだったら、いつものように宿泊する予定だけど、連勤は却下、甘えるなと笑われた。


 明日からまたしばらく疲れる毎日だけど、残業をしなくて済んで上機嫌。

 かなり仕事が進んだので明日も残業なしの予定で、明日は土曜なので研修生の俺は半日勤務で、明後日日曜は休み。

 心も体も軽い軽い。


 帰宅して玄関で「ただいま帰りました。ガイ祖父君がいらしてます」と挨拶をして、しばらく待機。

 別にこのまま家に上がっても良いけど、待っている方が良いことがある。


 少しすると、従兄弟達が玄関に現れて、祖父君、祖父君とガイを連れて行った。

 それとすれ違うように現れたのは……。


「げっ。ミズキ。なんでミズキなんですか」


 すっと目の前に正座して、とても上品な所作で三つ指ついて、にこりと笑った地味顔多少美人お嬢様風の男に心底ガッカリ。


 ミズキは叔母の弟子の一人で、女役ばかり演じる役者なので、四六時中女装している。

 この街には彼が男だと知らない者ばかりだが、この家で暮らす者達はほぼ知っている。


「ジオさん、お帰りなさいませ。本日もおつとめお疲れ様でございます」

「はいはい、やめろやめろ。俺にそういうのはええですから」

「他の妹弟子達をご所望でしょうが……(わたくし)では不服だとしても……そんなに冷たくしなくても……」


 ミズキによよよ、と泣かれて罪悪感。

 なにせ、この姿のミズキはどこからどう見ても可愛い女性だから。


「うわっ! ジオ兄上がミズキちゃんを泣かした! 母上ー! 母上ー! お弟子さんがいじめられています!」


 まだミズキを女と信じていて、ミズキちゃん♡と子どもながらに恋をしている、俺の従兄弟シイナが俺達を陰から見ていて、母親を呼びに駆け出した。


「うふっ。シイナ君は愛くるしいですね♡」


「ミズキさん。本当の恋を知るまでずーっと騙して下さい。初恋が男だったなんて可哀想ですから」


「ジオさんのように、ですか?」


 立ち上がったミズキが、俺を上から見下ろして妖艶な笑みを浮かべて、俺の唇に人差し指をそっとつける。


「やめて下さい」


「お顔が赤いですよ。男色家の練習相手は、着衣なら引き受けますからねっ♡」


「語尾を可愛くするな」


 ミズキ以外の叔母の弟子が出迎えてくれたら癒しだったのに、ミズキだなんて外れくじ。

 こんな人を食ったような男に騙されて告白したという黒歴史を消し去りたい。

 ため息混じりで廊下を歩いていると、ミズキが甲斐甲斐しい妻みたいに帽子や鞄を受け取って、甘えるように袖を引っ張って「お疲れですね」と可憐な笑顔。


「だから、やめて下さい!」

「照れていますね、照れていますね」


 品の良い可愛いはしゃぎ方がまた、腹立たしい。

 つんつん、つんつん、頬をつつくなぁ!!! と軽く怒ったけど、ミズキは年末から二週間くらい熱を出し続けて、熱が下がってもしばらく体が怠くて頭が痛くてならないと一週間くらい寝込んでいたので、元気になって嬉しい。

 叔母の弟子はこれまで女性ばかりだったので、同じ屋根の下に同年代の男がいるのは、かなり楽しい生活だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ