稀代ノ小説家2
南三区六番地の火消しテオの母親は、まだ未婚だった頃に職場が火事になり、そこそこの火傷を負った。
若い女性が怪我をして体に跡が残る事の苦痛を知っている彼女は、火傷跡どころか片足を失ったマリ・フユツキに同情的。
過去の記憶があやふやだった女性アリアが、記憶を取り元戻したので帰宅すると聞いた彼女は、
「マリさんに人手は足りるのですか?」と息子のテオに確認。
「平気って言われたけど、やっぱり心配だから聞いてきます」
直動的なテオはすぐに家を出た。
母親は、息子は明日夜勤なので泊まってくるかもなぁ、今夜は少し静かになると考えた。
私は静かに暮らしたい。
なのに年を取っても騒がしい落ち着きのない夫と、夫に似た性格で元気溌剌な男児三人がいるので毎日、毎日騒々しい。
一人減ったら少しは静かだと考えていたら、二刻程で長男テオがユミトを伴って帰宅。
息を切らして、開口一番「父上! 友人が困ってる! 俺は許せねぇ!」と叫んだ。
なんだなんだと始まって、家族揃ってテオの話を聞いて、全員が「それは確かに酷い話」とシンやマリに同情心を抱いた。
「こういう時のネビーだ。行こうぜテオ。ユミトも行くぞ」
「だよな親父! 親父がそう言わなくても俺は頭を下げに行くぜ!」
「テオ、父上と呼びなさい」と母親は息子を注意。
彼女は息子を火消しらしい火消しにする気がない。
ただでさえ、テオは生粋火消し中の生粋火消しである夫に見た目も中身もそっくりなので、夫の苦手な部分を息子からこそぎ落としたいからである。
「興奮してつい。気をつけます」
さて、テオと彼の父親イオはルーベル副隊長ことネビー・ルーベルに相談。
ユミトは既に、兄弟子ネビーがナガエ本家をほぼ包囲していると知っているので、手伝うことはあるかと尋ねたが首を横に振られた。
イオとネビーは幼馴染で、お互いが一番の親友の勢い。
そして、ルーベル副隊長は可愛い姪がマリ・フユツキという友人を気にかけているので、かなり前から彼女とフユツキ家を影から支援している。
その過程で、弟弟子ユミトと共にシンやナガエ家の調査も進めていた。
なので、彼は二つ返事で「その件は悪いようにならないようにするから安心しろ」とテオとイオに告げて、ユミトには引き続き手伝って欲しいと依頼。
ルーベル副隊長が取った主な行動はこうである。
義兄ロイに相談して、集めてあった資料を渡して彼に丸投げして、駒使いでユミトを使ってくれと依頼。 彼は独断と偏見で優先順位をつけて、人に任せられることは任せる性格である。
義弟に丸投げされたロイは、可愛い娘の親友の為ならと引き受けたが、面倒くさがりで多忙な為、この問題を父親ガイへ横流し。
ただ、その前に資料を増やしたしユミトをこき使った。
「引退した父親に働かせてばかりの息子達だな。まったく。俺は明日にはもう死んでいるかもしれないのに」
老人ガイはそうブツブツ文句を言いつつも、生き生きとした顔をして、張り切ってこの問題に取り組んだ。
彼はかつて地区兵官と災害実働官——火消し——を管轄する煌護省こうごしょうで働いていた。それも南地区本庁でだ。
何十年も勤め上げて、優秀なので中々退職させてもらえず、完全引退後もかつての部下が家に来ることがある、仕事となると非常に有能な人物である。
ガイはせっかく引き受けるのなら我が家に得、親戚に得、頼み事をする仲間にも得……とあれこれ思案して、こういう結論に至った。
成り上がり中の商家なら、叩けば埃が出るだろう。 ユミト及び福祉班の記録に聞き込み話を追加したら虐待疑惑でも叩けそう。
脱税疑惑と実子虐待の嫌疑に加え、もしかしたら寄付金詐欺疑惑もくっつけられるかもと息子達や知人に指示を出した。
指示されて働く主な人物はロイとネビーである。
軍師役を放り投げることに成功した二人は、言われた通りにするのは楽だと喜んで資料を増やした。
この辺りまでならナガエ家は「運悪く役所の監査対象になった」くらいで済んだのだが、問題はここからである。
ロイの妻、つまりユリアの母親の名前はリルという。
「娘の友人が可哀想な事になっているけど、頼れる家族がいるから安心」と彼女はわりと呑気。
マリを世話する者達は足りていて、妹レイがとても親身だから、自分が出来るのは娘と共にたまにお見舞いに行くことくらいだと、娘の友人に対して過剰でも不足でもない対応をしていた。
しかし、このリルが火の海の原因人物である。
彼女は新婚当初に旅先で出会った身分格差のある親友に、いつものように手紙を書いた。
手紙の内容の一部はこうだ。
あっという間に人を腐らせる恐ろしい病があると知った。
娘の友人が被害に遭ってしまったけれど、運良く命は助かった。赤鹿が守ってくれた。赤鹿は相変わらず賢くて偉い。
娘の友人は片足になってしまって、実家に帰ると借金取りに売られるから、婚約者の家で守ってもらっている。
注)既に真実とズレ始めている。
その婚約者の家が借金のかたに売られてしまうようで辛くて悲しい。
婚約者は龍神王様と同じ形の左手を持って生まれた幸運の子なのに、そう思わないで「気持ち悪い奇形だ」と家族に捨てられたようで、天涯孤独と同じような状態だそうだ。
注)ほぼ合っていて義父と夫と兄の会話を聞いて把握。
お金がわんさかあれば助けてあげられるので、夫と兄が頭を下げて回ったり、義姉が稼ぐと張り切っている。
注)かなり真実からズレている。
頼りになる家族がいるから娘の友人まで助かって、娘もまた毎日笑顔になるだろう。
自分は自分の出来ることをして、娘の笑顔を作ってくれる娘の友人を助けてあげたい。
リルは皇居で暮らす華族ルシーに、そのような世間話と子育て話を手紙に書いた。
これを読んだルシーは、親友が教えてくれた恐ろしい病についてあちこちで語った。
兆候に気がつけば命が助かる可能性が高くなるので、知っている者は多い方が良いと。
さて、縁とは実に奇妙なものでルシーのこの忠告で一人の皇子が小指を失うだけで済んだ。
侵食兆候が出たら切り落とす部位が増えるところだったが、小指のみで対処出来て万々歳。
助かったのは——……。




