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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
応報ノ章
105/122

三十一

 居間へ戻ると、ミズキに師匠と何かありました? とコソッと耳打ちされた。


 アズサもユリアもアリアも居なくなっている。


 おまけに叔母は自宅に帰ったそうだ。


 これからもアリアや彼女を支援する弟子ミズキのことを頼むために来訪したがその目的はもう果たしたし、我が子との時間を作りたいのでと。


 アズサは同僚になる可能性で、おまけに明日から共に東地区へ行くし、甥は彼女に会いたいだろうと考えて、わざわざ連れてきたそうだ。




「前の言動の悪さのせいで、まだまだ信用がなく……道徳話という名前の軽いお説教です……」




 とりあえず、こう答えてみた。




「そんな話しは聞いていませんでしたがそうですか。かなり浮かない顔をしています」




「……まぁ、ちょっと。あの、アズサさん達はどちらですか?」




「アリアさんが歌姫風の髪型を結ってくれることになり、大はしゃぎしながら離れへ去りました」




「それは楽しみです」




「女性同士は集まると、お喋りが終わらないので待つしかありません」




「そうですね」




「兄弟弟子として、あまり深い仲になれずにお別れですね。また会うとしても、これまで以上の頻度で会うことはありません」




 だから最後に、話しくらい聞きますよと笑いかけれて変な気分。


 ミズキお嬢様としか接してきていないので、声色も異なる親戚のお兄さんは、なんだか知らない人のようだ。


 けれども笑い方も、平凡顔なのに妙に色気があって雅なところも同じ。




「ミズキに……ミズキさんには聞きたいというか質問したいです」




「なぜいきなりさんなのですか?」




「ミズキお嬢様だと年が近い感じがしていたけど、今のミズキさんだとお兄さんのようなので。ジオ兄さんよりももう少し年上の」




「素だと実年齢相応ということですね。寂しいので、気軽にミズキで良いですよ」




 コソコソ話しをしていたので、ミズキと庭へ移動することに。


 居間にいる母や祖父母に対して、ミズキに見せたいものがあるということにするために。


 庭へ行き、花壇をチラリと確認してみたけど、リマクスは戻ってきていないようだ。


 俺はすぐにリマクス伝承を知っているか、ミズキに尋ねた。




「良薬は口に苦しの原典草子のことですね。師匠はその話しでどのようなお説教をしたのですか?」




「お説教というか……自分がリマクスの薬を手に入れたらどう使うか問いかけられて、安易に答えたら考えが浅いと指摘され、それなら正解は何かと尋ねたら、しかと考えなさいと」




「へぇ。師匠が自分にそのような課題を出したことはありません」




「ミズキさんならしかと答えられるという評価をつけているのでしょう」




「まぁ、その質問への答えは決まっていて、師匠ならそれを理解していそうです」




 その答えは何ですかと質問すると、師匠に怒られるので教えないという返事。


 最低限、家族親戚に質問して、どう考えたか報告することになっているのでと教えたら、それなら教えないとならないと、ミズキは微笑みなから空を見上げた。




「自分なら、即、アリアさんに使います。彼女の喉を治し、あの美しい歌声を取り戻すために」




 ミズキはこう続けた。


 君は知らない事だが、歌姫アリアは戦争孤児である。


 治療家として、ささやかながら人々を苦しみから助けていた両親を尊敬している女性だ。


 彼女の両親は流行り病に襲われた村で、死病を恐れずに治療の手伝いをして命を落とした。


 この世はそのように理不尽である。


 人を見捨てて病から逃げた者は生き延びたのに、善人はあっさり死んだのだから。




「……その話し……歌姫アリア本人から聞いたんですか?」




「ええ。けれどもアリアは他人の親切心で人生の希望や夢を手に入れることが出来たそうです」




 旅医者達に流行り病から助けられたし、心も救われ、何とか暮らしていける場所まで与えられた。




「だから歌姫アリアは稼ぎに稼いであちこちに寄付し、病院という病院を回って慰問活動をしていたんです」




 女性同士、友人だと心を許してくれたので、悲しい過去や恩人達への感謝や自身の夢を教えてくれたことがあるという。


 


「死ぬまで眠れない子供達のために歌う……それがアリアの目標でした。忘れてしまったけど、中身は同じなので、この数ヶ月も、病院や保護所で似たようなことをしています」




「……正しい使い方な気がします。アリアさんのあの声が治って歌姫アリアが復活したら、大勢の者が幸せになりそうです」




「ええ。自分の知人の中で、最も多くの者を幸せにしてきた、そして怪我の治癒により、また数多の幸福を作るという確信があります。なのでおとぎ話のようにリマクスの薬が手に入ったら、迷わずアリアさんに飲ませます」




 叔母は最低限、家族親戚には質問しなさいと告げたけど、俺という人間が知る限りでも、歌姫アリア以上の者はいない。


 


「レイスさん。君とジオさんには直接伝えておきたいので今、お伝えします」




「なんでしょうか」




「自分の初恋、初の恋人はアリアさんです。歌姫アリアの時で、つい最近またそうなりました」




「……」




 えええええええ! という大声が口から飛び出ると、ミズキの手が伸びてきた。


 口を塞がれて少しすると彼の手は離れ、静かにするようにという仕草をされた。




「……本当ですか? いえ、わざわざそんな嘘はつきませんよね……」




「実家に帰ったら両親や総当主に報告します。一先ず、輝き屋は辞めてアリアの付き人になります。あとは流れに身を任せて」




「……アリアさんが帰国するなら……着いていくってことですよね?」




「勿論。琴は少し大変ですが、三味線は持ち運びしやすいです。道芸で稼ぐのは得意ですし、あっという間に人気演者、人気役者で依頼が来てウハウハです。アリア一人くらい養えます」




「け、結婚するんですか⁈ あの、あの歌姫アリアと! な、な、なんで。なんでどうして⁈」




「なんでって、君みたいな平凡人間がって意味ですか?」




「平凡って、ミズキさんは全然平凡じゃないです。でも流石にあの歌姫……えー……。その口説き能力を、方法を教えて下さい! アズサさんの心を鷲掴みしたいです!」




 ミズキは空を見上げるのをやめてうつむき、少し唇を尖らせ、目を閉じて、扇子を出して己の額に突きつけた。




「元々は向こうからなので、参考にならないかと。このようなことを語るという羞恥に耐えられないので、それはまた、君が正式にお酒を飲めるようになってからでも」




「む、向こうから? 向こうからなんですか?」




「アリアは忘れたままですが、始まりはそうです」




「ジオ兄さんはもう知っていますか?」




「ええ、アサヴさんの次に教えましたので」




「今夜、ハ組で暴露大会はありませんよね?」




「アリアが歌姫アリアという話しはまだまだ内密です。なのでありません」




「普通のというか、身元不明者のアリアさんと恋仲という発表は?」




「しません。南地区では無名に近くでも、ムーシクス家の御曹司がそこらの平家女性とだなんて、例え事業関係者の耳に届かない地域であっても話してはいけない内容です」




 今夜は自分は男性だったと披露して、これまで観察だけだった下街男性達の真似をして演技の糧にするだけ。


 お嬢様では下街男性の噂の乱痴気騒ぎを見学出来なかったのでワクワクしているという。


 話しが逸れるので、歌姫アリアといつどのように恋人になったのかと話しを戻す。




「もしかしたら新聞記事になるかもしれませんので、そちらを読んで下さい」




「歌姫アリアが生きていて、いきなり結婚したら新聞になるし大騒ぎです」




「まぁ、多分」




「師匠がなぜ君に道徳課題を出したのか謎ですし、その回答には相応しくない答えかもしれませんが、命を選ぶなら、自分はその先にある命や幸福の数で決めます」




 もうこれが正解な気がするので、ミズキに夜ハ組で会おうと伝えて、祖父母と母に、叔母に用があるからもう出掛けると宣言して家を出た。


 アズサとろくに話せていない! と慌てて戻り、ユリアの部屋を訪ね、彼女に状況を軽く教えた。




「より良い人間になり、君の瞳に映りたいので励みます。旅立ちのお見送りをしますのでまた明日」




「……ありがとうございます。もう良い人だと思いますが……励むことは良いことです」




 頑張って口にした口説き文句、君の瞳に映りたいという台詞に照れてくれた気がするので、心の中でよっしゃあ! と万歳して会釈。


 必要な物は特にないので、いつものように母の実家へ行き、持っている鍵で中に入り、叔母はどこだと捜索。


 先に祖母に会い、聞いたら叔母は息子と共に犬達の散歩も買い物だという。




「それなら、ジオ兄さんはどちらですか?」




「今日は一日勤務だからまだ帰ってないよ」




「ああ、ジオ兄さんは不規則勤務ですよね。忘れていました」




「聡明さは向こうの血筋だけど、そのド忘れというかうっかりは我が家の血よね。我が家の血に負けないように、しっかりなさい」




 軽くおでこをペチペチされて、こそばゆいとそこを手で抑えたら、祖母は子守りを手伝ってと俺を連行。


 叔母ウィオラの息子達は誰もいないが、年下叔母のララや叔母ルカとロカの息子達は居間に揃っている。


 祖母がレイスお兄さんが来たから勉強会をしなさいと命令。


 嫌だ、遊ぶと始まったけど、祖母はこれも含めてよろしくと俺にぶん投げた。


 まあ、講師役にさせられるのは中等校生以降からなので、もう慣れたものである。




 自分なりに工夫して、愉快で楽しい講義をしていたら、叔母が帰宅して従兄弟を二人増やした。


 しかし、俺は叔母に用があって来たので、それを耳打ち。


 すると叔母は年長者であるララに子守りを依頼。


 ただし、眠っていない幼児、息子のラルスは抱っこして俺を別室へ招いた。




 新しい用事はなんでしょうかという言葉に、我が家でした話のことだと返す。


 それで最初にミズキに相談したことや、その答えが正解だと感じて、それを話しにきたと伝えた。




「そうですか。レイスさん、その選択に後悔して心が押し潰されそうになったら、私達家族親戚を頼るのですよ」




「……叔母上はこの使用方法だと、自分はいつか後悔するとお考えですか?」




「ええ。あの時使わなければ、目の前の方を救えたと、心優しいレイスさんならきっと悲しむでしょう」




 誰しも、経験が無い事に関しては、実際に物事に直面した時に学ぶ。


 しかし、経験者達に事前に様々な情報を得て考えていれば、別の思考や道が開けることもある。




「なのでレイスさん。ミズキさん以外にも聞いて欲しいです。アズサさんとの文通で話題にするのも良いでしょう」




 アリアは明日の昼には出発で、俺は彼女の声を治すべきだと考えたのに時間が無い。


 彼女はどう考えるか知らなくて良いのか。いつ彼女に奇跡の薬を与えるのか。


 それはどのような方法なのか。あれこれ考えたのかと指摘されて、全くだとうつむく。




「レイスさんは沈思すれば聡明で、それはお父上そっくりです。だから学業成績が良いのでしょう。しかし、日頃の生活だとお父上のような賢さはなりをひそめています」




「……短絡的で考え無しだからです。つい」




「いいえ、直情的だからです。お母上に似ましたね。お母上は彼女のお父上と似ていて、夫もリルさんのようにお父上似ですので、見た目もあり、私は時々、とても愉快です」




「……叔母上を笑顔に出来ることは嬉しいですが、改善したいです」




「だからこうして、考えなさいと諭しているのですよ。可愛い甥のこひが叶って欲しいので、神職の伴侶を目指すならという意味も込めて」




「ありがとうございます」




 とりあえずアリアだ! と母の実家を出て、途中で仕事帰りのジオと遭遇。


 薬を使用する人間をアリアに決めるなら、明日の昼までしか時間が無い。


 相談があるし、どうせ夜はハ組だから、我が家に来たら良いと誘ったら断られた。




「叔父上に勤務調整をしてもらったので、自分も明日、一緒に東地区へ行きます」




「……えっ?」




「なのでミズキの送別会は別にしなくても。向こうで二人で慰労会か何かをします」




「なんで叔父上が関係のない火消し役人の勤務を調整出来るんですか?」




「ハ組は叔父上が大好きで、叔父上の義実家近くの組でも好かれているので、叔父上が頼めば研修や視察が出来ます。自分達役人はきっちりしたいですが、火消し達は緩くて横柄なので」




 やぁ、火消し担当の役人さん達、甥を学ばせてくれたら火消し達を上手く導きますと、叔父なら上手く動ける。


 世間知らずなナナミが心配、女性ばかりで心配だと叔父に相談したらあっさり解決だそうだ。




「……なんでジオ兄にぃだと甘やかされるんですか!」




「君が反抗したり頼らないからでしょう。自分は素直ですし、しかと頼り、頭を下げます」




 それなら俺だってアズサと旅行をしたいと行き先を変更。ジオを連れて叔父の勤務先、屯所へ向かった。


 副隊長室に乗り込んで、ジオだけズルい、自分も頼みますと頭を下げたら、今更言われても遅いし、学校関係に根回しなんて無理だと拒否された。




「もっと早く、父親に頼みなさい。親戚の家から通える役所を見学して、就職試験を受けるか検討したいとか、何かあったはずなのに。行きたくないのかと思っていた」




「行きたくないなんて、そんなこと、あるはずありません!」




「なくても俺には調整が無理だから無関係だ。文句があるなら父親に言いなさい。自己主張しないからです。最初から諦めるその悪癖を直しなさい」




 俺とジオ兄の扱いの差!


 なんでジオは甘やかされて怒られず、俺だけこうなんだ。


 憤慨しつつ、来たついでに叔父にリマクスの薬が手に入ったらどうするか質問。


 同じ場所にいるのでジオにも。


 ジオは、きっと自分の身近な人の怪我を治してあげなさいと贈られるものだから、その時に大怪我をしている人に使うと回答。




「今なら誰ですか?」




「そりゃあ、ユリアの友人、マリさんです。神様の薬なら足が生えるかもしれません」




「あっ。退院したと聞いたので、傷口は治癒したと思っていましたが、足が生えるかもしれないのか」




 ジオも叔父もアリアが歌姫アリアということを知っているので、ミズキの意見を伝えてみた。


 しかしジオは、アリアのあの性格やあの歌の雰囲気なら、美声がなくても、歌姫と呼ばれなくても、人々に安らぎを与えるので、それならマリの足だと。


 叔母レイから聞いたが、マリが暮らす家をオケアヌス神社管轄の孤児向けの寺子屋にする予定があるという。


 ジオは良く知らないが、マリは気難しいシンという男性を大きく変えた人格者で、女学校でも人気者で、今も近所の天涯孤独者達を癒しているという。




「そんな素晴らしいお嬢さんに片足がないなんて悲しいし不便です。アリアさんならきっと彼女に譲ります」




 叔父は自分が選んだ結果に責任を取りたくない卑怯者で、強い覚悟を決める勇気もないので、大事に取っておくそうだ。


 独断と偏見で命を選別するなら、妻が子供のいざという時に使う。


 妻や子供を失ったら、自分は抜け殻のようになる。


 親、妹達、義兄弟、義父母、甥、姪の場合はギリギリ立ち上がれそうだけど。


 区民を守る柱の一つが減るとそれなりに損害が出る。




「そのくらい働いている、働いてきたと自負しているから、俺の場合は自分の宝物の為に使う」




「叔父上の場合はそれが正解な気がします」




「そうですよねレイス。叔父上が廃人になったら区民の生活に大打撃です」




「頼りになる同僚達ばかりだから実際はそうではないけど、俺は妻と子供が一番大事だってこと」




 それに、と叔父は続けた。




「自分を慕ってくれた副神様は、きっと俺の為に使って欲しい。多くの命や幸福とかではなく。だって副神様達って、どの話しでも実に人間臭いだろう」




 あの人に使って欲しいのに、あの人は優しくてどんどん分けてしまう。


 助けてくれた恩人がそんな風に心を痛めるのは悲しいことだ。


 だから神々からの褒賞は、素直に私欲の為に利用し、その幸福をお裾分け出来るような道を考える方が良い。


 それが神職の伴侶として長年学んできた自分の結論だと、叔父は止めていた手を再び動かし始めて、書類仕事に戻った。




「叔母上の答えもそうでしょうか」




「さぁ、どうだろう。正解なんてなくて、自分の後悔が少なく、納得出来てるか、そこに信念があるかが大切だ。両親には必ず質問しなさい」




 こうして俺は屯所を出て自宅へ帰った。


 送別会前に歌姫アリアがミズキと恋仲話がしたいので、ジオも連れて。


 そうしたら家にいたのは祖父母だけで、食中毒疑惑だと教わった。


 しかも全員ではなく、アリアと母だけらしい。




「リルさんは我慢強いだけかもしれませんし、アリアさんなんて七転八倒して苦しんで……」




 力持ちユリアが二人を担ぎ、ミズキと共に家を出て、止める間も無く、二人を心配するアズサもついてったという。


 作ったばかりの紫蘇甘水で食中毒なんて聞いたことがないと口にした祖母はとても動揺して見える。


 紫蘇甘水。


 紫蘇しそ?


 まさかリマクスの薬がついていたのか⁈




 ★☆




 ユリアが二人を運んだ病院へ到着すると、母はお会計の為に廊下の椅子に座ってケロッとしていて、なんだったんでしょうと一言。


 アズサとユリアが母の隣で良かった、良かったと泣いている。




「レイス、アリアさんがまだ」




 ユリアが俺を不安そうに見上げたその時、アリアがミズキと共に現れて、母に駆け寄って、すがるようにしゃがみ、両手を握りしめた。


 まるで祈りを捧げるような姿だ。




「リルさん、あなたのおかげでこの声が戻りました。あの飲み物には何が入っていたんですか?」




「……えっ? 紫蘇と砂糖とりんご酢です……」




 母はカチンと固まった。


 アリアの声が別人のようになっている。




「倒れた時に机に頭を打って、さらに記憶が戻りました! 私、私、大切な思い出を取り戻したんです!!!」




 アリアはそのまま母の膝の上で大泣きして、親切な家に神様が潜んでいたのかもしれない、母が作った物だから母のおかげだと、あなたは自分の天使だと泣き続けた。


 ……。


 俺が悩んで考え抜いて歌姫アリアに薬を使わなくても解決した……。


 それなら同じように痛がった母は? 


 母はどこからどう見ても怪我なんてしていない。


 お腹が痛いと転げ回ったということは、腹の中に怪我があったということだろうか。


 


 アリアはしばらくして母から離れ、また歌えると喜び、会いたかったイズキと少し訛った言葉遣いでミズキに抱きつき、大破廉恥はれんちなことに彼の頬にキス。




「思い出したのはミズキと別れた日のことよ。最後の公演は必ず観るって言ったのにこの大嘘つき。観に来られない程なんて、どんな辛いことがあったの?」




 ミズキから離れたアリアが彼の顔を覗き込む。ミズキは放心という様子。




「……熱発しました。動けない程の高熱です」




「そうよね。家族の訃報や病気や怪我だと思った。ごめんね、ミズキ。帰国して身辺整理なんてやめて、あなたの無事を確認しなくて。信じきれなくて、怖かったの」




 そのせいで、自分や妹達にまだ帰らないでと言わなかった己のせいだと、ミズキは自分を呪っただろう。


 だからごめんなさいとアリアはミズキに謝罪。




「……君ならそう言うと思いました。後悔も呪いも分かち合いたいです」




「……ええ、私も」




「信用がないのは態度が悪く、言葉も足りなかったです。手紙が届かない不運もありました」




 衝撃的なことに、ミズキも大破廉恥はれんちになり、自分の羽織りをアリアの頭に乗せて、端を持ってお互いの顔を隠してキス。


 頬ではなくて唇にしたと、俺の立ち位置からは見えた。


 事情を知る自分達だけではなく、その場に居合わせた何も知らない者達まで拍手を開始。


 ミズキはしれっとした顔で、母もアリアも元気になったので、このままでは邪魔になるので帰りましょうと告げ、皆を帰宅へ誘導。


 ただ、その耳は真っ赤だった。

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