二十九
アリアの記憶が少しばかり戻り、どうやら両想いで、おまけにアサヴが家出のように一人旅なので、俺達は東地区へ行くことに。
その前にまずマリの世話人を探すという話が出たが、マリはそろそろ一人で生活していく訓練をしていきたいという。
もちろん、七地蔵竹林長屋の住人達が朝も夜も出入りしていて、買い出しなどを手助けしてくれる上でだ。
せっかく記憶を取り戻したなら、歌姫アリアとしてするべきことがあるだろう、自分達には頼れる家族も友人知人もいると、マリはアリアにそう告げた。
一方アリアは、生き残った奇跡の歌姫という看板かあれば、もしかしたら大金を稼げるかもしれない。
そうしたらマリにうんと良い義足を与えられる。
それこそが自分に過去を取り戻してくれたシンへの恩返しになる。
そう語った。
そういう訳で、俺達はシン・ナガエ邸を去ることに。
事情を知っていて、アリアの隠匿に協力してくれていたネビーとロイは、すぐに動くことは難しいということで、この地から支援をしてくれる。
一方、師匠はアリアの支援ついでに実家へ帰ることになった。
師匠の旅に、兵官である夫が帯同しない場合は、公的護衛が数名つく。
そこに赤鹿警兵ユミトも加わることに。
そして、もう一人——……。
ほぼ全ての手配が終わった翌日、俺はクギヤネ家を訪ねてアズサに本当の姿を教えた。
彼女の反応は他の者達と似たり寄ったりで、男性役の練習ですか? である。
そうではないことや、修行の為で悪意は無かったこと、アズサだけを特別に騙した訳ではないことをしっかり伝えた。
「アズサさんにはもう新しく女性の友人が出来て、これからもです。これからは男女の友情でよろしくお願いします」
「……。こうして見ると男性なのに、これまでは女性でした。素晴らしい演技力です」
アズサは怒ったり、非難することもなく、俺の許可を取って、観察するお立ち上がり、俺の周りをぐるぐる回った。
それですごいです、すごいです、これは見事に男性ですと楽しそう。
「高みを目指していますが、こちらが素でいつものミズキお嬢様が演技です」
「うわぁ、今の姿でもお嬢様になれますか? 声を変えられるのもすごいです」
「アズサさん。満足したらどうぞまたお掛け下さい」
「うわぁ、今までのミズキさんの声です。見学、ありがとうございました」
アリアと出会っていなければ、俺は多分このアズサが好みのど真ん中だっただろう。幼いからちょっと成長してもらわないとあれだが。
それなのに、多分音楽性でアリアに惹かれて好みを塗り替えられてしまった。
彼女と出会った時からずっとだが、俺はアズサのことを友人や妹分としか見られない。
アズサにとってはどうだか知らないが、俺からするとかなり貴重で大切な縁なので、騙していたなんてと縁切りされなくて良かった。
「君との約束はどんな形であれ続けていきます。アズサさん。師匠のところでの修行は終わりで、東地区へ帰ることにしました。明後日には発ちます」
「……明後日? 明後日ですか?」
「ええ。幼馴染のアサヴさんが家出のように一人旅で。早く帰らないと大騒ぎされます。というか、今頃されています」
「それは大変です」
「アズサさんはアサヴさんに会ってみたいですか? 彼のことを新聞で読んだことがあるんですよね」
「お会い出来るならお会いしたいです」
アズサに聞いてからにしようと考えて、彼女の母親に相談した結果、アサヴは今応接室にいるのでそのことを教えた。
二人で応接室へ移動して、アズサが緊張しながらアサヴと挨拶をするのを愉快だと眺め、促されて居間へ移動。
「親友のミズキが大変お世話になったとうかがっています。アズサさん。君の病気のことも教わりました」
現在、アズサは死病が治ったのか治っていないか不明なこと、少し前までは寝たきりのような生活だったのに、ここ最近は普通の健康な若者のようだということ。
そういうことも幼馴染のミズキから聞いたので、良かったら自分達の公演を観に来ないか。
健康な人間でも南地区から東地区への旅行なんて中々出来るものではないが、今回、ウィオラの旅に同行すれば護衛つきで旅費も必要ない。
東地区にいる間はウィオラと共に彼女の実家に宿泊なので、宿泊費や食費も同じく。
神職候補が家に泊まることは誉れで縁起がつくと大歓迎される。
今のアズサには自由が減っていて、任官となればもっとである。
このまま元気なら、いつか誰かと婚姻して子を産むだろう。そうなると女性は遠出するのとが難しくなる。
「だから是非、俺達の公演を観に来て欲しいです」
「これは自分がアサヴさんにお願いした事です。君が師匠に同行するなら、アサヴさんからお父上に頼んで特別公演をしてもらいます」
「ミズキの修行の成果を早く観たいので、アズサさんがいらっしゃらなくても頼むつもりです」
この話しは師匠夫婦が既にアズサの両親にしてあり、娘の意志に任せるという許可を得てある。
ただ、長女の祝言が近いので、行くならアズサ一人だ。
師匠がいるので安心だし、なおかつ赤鹿乗りユミトがいるので、何かあっても迅速に連絡が取れるということで。
「返事は明日うかがいにきます。ご家族と話し合って下さい」
「ミズキ、アリアの話しがまだだ」
「……。それは君のいないところでです」
俺はアサヴを居間に残して、二人で話したいとアズサを庭へ誘った。
正確には渡り廊下で、これまで何度も二人で語り合ったところ。
誘ったらアズサはこれまで通りの距離感で隣に腰掛けてくれた。
「東地区旅行はワクワクしますか? 心細いし不安ですか?」
「急な事で驚いてしまい、まだどちらでもないです」
「顔色が良いので来年や、それぞれの休みを調整して家族旅行、新婚旅行と言いたいですが、君の残り時間は龍神王様しか知りません」
「もう病で死ぬ予感はしないのですが、年老いた老婆になれる気もしません。なので思い切って旅をしたいと思います。こんなに動けるようになりましたもの」
「君ならそう言う気がしました。その前向きな笑顔で」
「ミズキさんから聞いたわたあめを食べたいです。お小遣いで足りるでしょうか」
長年使えなくて、このくらいあると言われて、それなら足りると伝えた。
全部ご馳走するけど、遠慮されるので今言う必要は無い。
「アサヴさんの言っていたアリアの話しなんですが……」
自ら誰かにこの話しをするのは初なので大緊張というか照れてならない。
「……」
アズサは不思議そうな顔で俺を黙って見つめている。
「その。実は恋人は死んでいなくて……。彼女が記憶喪失の状態で再会しました。アリアのことです。知っての通り、彼女には記憶の半分以上がありません」
「……生きて、生きていらしたんですか⁈」
瞬間、アズサはぶわっと涙を流して俺の手を取って、良かったですと笑いかけてくれた。
「ええ。生存は嬉しかったけど、自分のことも含めてあれこれ忘れて、おまけに……。アズサさん。彼女はあの歌姫アリアで……」
「……えっ?」
「アリアは同僚のおかげで燃える飛行船から運良く脱出出来たんです。けれども、あんな声になってしまい……大勢の大切な人も……」
だから自分が恋人だったことや、君は歌姫アリアだという真実を彼女に教えなかった。
歌姫アリアはお金にも名誉にも執着が無く、自らの声と、その声で作る人々の笑顔をとても大切にしていたが、それは失われてしまった。
孤児故に孤児院の経営に関与していて、そこの女の子達を妹として可愛がっていたが、喜んで欲しくて旅に帯同させた結果、飛行船事故で死なせてしまった。
そのようの事実がアリアの心を壊し、記憶喪失へ繋がったのだろう。
「少し記憶を取り戻した彼女も、なぜ海で溺れていたのか思い出せないと。自ら死を望んだのか、たまたま海に落下したのか不明です」
「……」
「自分との思い出も相変わらず思い出せず。運良く再会出来て、彼女はもう一度自分を慕ってくれました」
アリアはレイとユミトが命懸けで助けた。
そうして、様々な親切な人の協力で自立生活を送れそうなところまで成長。
「そこに俺なので……死にたいなんて気持ちはさらさらないと。アズサさん。ありがとうございます。自分は君と出会ったことで、アリアと再会出来たんです」
あの日、俺はアリアの死を新聞記事で知った。
それで衝動に任せて海に沈もうとしたがアズサと出会い、病院へ行くことになり、そこでレイとユミトが助けたアリアと再会出来た。
「君にはずっと支えてもらってきました。逆に君のことを支えてきたかと。アズサさん。これからも友人として親しくしていただけたら嬉しいです。手紙は沢山送りますし、どこにいても、年に数回は会いにきます」
「奇跡のような出会いを手助け出来て感無量です。私の命に素晴らしい意味を与えてくださり、ありがとうございます」
俺はアズサに約束を変えましょうと提案。
天下に名を轟かせてそこにアズサの命を乗せるのではなく、お互いに幸せになり、自分達なりに他人の幸福を増やし、それが出来たのは親友のおかげだと伝えて、相手の命を乗せようと。
「その提案には大賛成です」
「君は奉巫女ほうみこ、自分は演奏家や役者として、沢山の幸せや笑顔を作りましょう」
「はい」
アリアはまた自分の恋人になったので、実家へ連れて帰る。
自分や師匠は色々することがあり、ユミトは仕事として帯同するから向こうでの勤務がある。
なるべく時間は作るが、四六時中構うことは出来ないので、自由な時間が多そうなアリアと二人で楽しく観光すると良いと伝えた。
「自分がレイスさんの気持ちをたまに横流ししているように、逆をしてくれたら助かります」
「お任せ下さい」
「時間を見つけて、向こうでも引き続き琴や三味線を教えますね」
「お願いします」
「と、いうことは一緒に東地区へ行くことは決定ですね」
「ワクワクで胸がいっぱいになりましたので行きます!」
「双子姫関係でナナミさんと親しそうなので、彼女を誘っても良いですよ」
「うわぁ、それはますます楽しみです! 誘います!」
こうして、二日後に俺は南地区を出発することに。
話しを聞きつけた者達が送別会を開催してくれることになった。




