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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
応報ノ章
102/122

二十八

 改めて恋心を強く自覚した私は、部屋からアサヴを追い出して、悶えに悶えた。

 こんな荒ぶる感情を隠す自信がないので、体調不良ということにして、夕食に呼ばれても部屋に引きこもり。

 そうしたら、レイが様子を見に来てくれた。

 私が実は歌姫アリアだということを知っているのは、ミズキの発言だとロイとネビーだけ。

 記憶を取り戻した振りをしてこの家を去るなら、レイにも打ち上けないと、彼女には自分で話したいと口を開いた。


「……そうだったの⁈」


「指摘されても思い出せないので、ミズキやアサヴさんの発言を信じると……ですけど」


「元気になってきたなら私が引き取るって言うたのに、こっちの方がええって中々帰さないはずだ」


 母親もきっとグルで、姉のリルは口滑りなところがあるからともかく、ネビーが妻に隠し事はあり得ないからウィオラも知っているだろうと、レイが推測を語る。


「うわぁあ。とりあえず、握手して下さい」


「今の私は、全然思い出せないから身元不明者アリアですよ」


「ええから、ええから」


 とりあえずレイと握手。

 するとレイは、レイさんの元気力を注入と握っている手を軽く振って笑ってくれた。


「とりあえず兄さん達に相談ってなるのかな。ミズキやアサヴさんと話し合った? 頭が痛いのは本当? 一人で考えたくて嘘?」


「本当に少し痛いけど、一人で考えたくての方です」


「じゃあ、お腹は減ってる?」


「え……」


 ええと言う前にお腹がぐうぅっと鳴ったのでレイが笑い、実はお膳を運んできてからと廊下に出て、中へ運んでくれた。

 今日はつみれ入りの芋煮で、肌寒い日だから体が温まると笑いかけられた。


「ありがとうございます。器もだけど、レイさんの笑顔で温かい」


「ふふーん。そんなレイさんをお供にすると楽しいから、連れて行ってもええからね」


 東地区は前から行きたかったし、異国なんて更に。

 この家で今のアリアのまま暮らしていくなら、たまに一緒に旅行をしよう。

 記憶を取り戻す旅に出るなら、炊事係は任せてとレイは屈託のない笑顔を浮かべた。


「……でもレイさんには仕事があるし、寮長屋の運営も」


「平気平気。そのあたりだと私の代わりはいるけど、アリアさんの恩人レイさんは一人しか居ないでしょう?」


 私はね、色々な地域の料理を知りたいんだよとレイが笑う。

 前にエドゥアールや南西農村区の街にいたこともあると、前にもしてくれた楽しい話を再度してくれた。


「妹や甥っ子達と沢山遊んでくれて、今は姪の大事な友人のお世話をしてくれてありがとう。味方は沢山いるから大丈夫。今後も楽しく暮らして、幸せになろう!」


 この後、ミズキやアサヴと話しをして、兄達に連絡を取るから、皆で話し合いをしましょうと、レイが私の背中を撫でて去った。

 私はなんて素晴らしい人に命を救われて、お世話されているのだろう。

 あの人が居ない世界では生きられないという台詞は暴言だったと再度反省。


 美味しい芋煮を食べて、試しに歌姫アリアの記憶を蘇らそうとしてみたけど全然。

 ただ、頭痛が増して、たまに見る悪夢のように、溺れ死ぬような感覚がして、辛くなってやめた。

 せっかく汁物とご飯で温まったのに……と腕をさする。


「気分はどうだ」


 障子越しの気遣い台詞とその声色にかなり驚く。この声はシンだ。


「少し良くなった」


 しばらく無言。シンは障子を開いて中へ入る気はないようだ。


「俺は他人の気持ちはサッパリで、君の状況は特殊だからさらにだけど、気分転換とか……。ここにずっと居ても構わないとか……まぁ……」


 シンという人間は私という使用人に全然関心がない。

 私との会話はマリのことと、飯はあるかどうか、居合わせたりしないように風呂に入るとか出たということくらい。

 それなのに、そのシンがこうして訪ねてきて、気遣ってくれるとは。

 ゆっくりと扉を開くと、シンは廊下にあぐらをかいて、髪を掻きながら俯いていた。

 顔を上げたシンと目が合うと、彼はしかめっ面で顔を背けた。


「意外。シンさんが慰めに来るなんて」


「正直、俺は君のことなんてどうでも良い。でもマリが、どうしたら君の力になれるのかと、真剣に悩んでいるから……」


「あはは。正直者。シンさんが私に話しかけるのは飯、風呂を使うから気をつけろ、風呂から上がったくらいだからね」


「まぁな。マリの心配と仕事で頭がいっぱいだ。その仕事のことでも来た」


「仕事のこと?」


「歌姫アリアは死んでいないかもしれないという噂があるから、そういう文学が世に出回り始めて、俺も編集に頼まれて、長編を書いている」


「へぇ。そうなの」


「同じ屋根の下に本人がいたから、許可が必要だなと。例え記憶がなくても嫌な内容なら嫌だろう」


 他人に興味がない男がこんな風に他人を気遣うとは意外。それもシンはマリの為に稼ぎたいのに。


「俺はマリの為に稼ぎたいから編集に売れると言われるものを書きたいが、そのマリが友人の君が嫌がる話で稼いだらきっと悲しむ」


 私を気遣ってではなくマリの為だった。


「シンさんってマリさんが基準なのね」


「まぁな」


「歌姫アリアの、どんな話を書いているの?」


 問われなくても説明するつもりだったので、シンは小説のあらすじを語った。

 (フラァ)国の東西線戦争で孤児になったアリアは孤児院へ入ることになり、そこで性格の悪い世話人達に、他の子ども達と共に虐められる。

 美しい声と容姿を有している彼女は、いつかその武器を使ってお金持ちになり、孤児院を買い取るという目標を掲げた。

 男子寮の同い年の孤児ミズキと同じ夢を抱いて、どちらが先にお金持ちになるか競争だと助け合う。

 ミズキは孤児達に対して親身な医者に教わりながら医者を目指すようになり、アリアは歌劇団附属学校の推薦入試を狙うようになる。


「なんでミズキって名前にしたのよ」


「考えるのが面倒で」


「それで? ミズキは医者になって、アリアは学校に入るの?」


「そうだ。アリアは歌劇団附属校を卒業して、歌劇団の看板に上りつめる。それで初恋を叶えていちゃいちゃ、ウキウキ幸せな日々だ」


 ……。

 本の中では私とミズキは恋人。悪くないというか読みたい。


「そういう話なら別に良いわよ」


「艶本って分かるか?」


「……その名称は教わったけど、まさか艶本なの?」


「同じ話で、艶本とそうでは無い本を出す予定だった」


「私の名前を使って淫らな小説なんてやめてちょうだい」


 しかも作中でアリアとミズキがそんなこと!

 流石にそれは嫌というか、自分だけが読むならまだしも、売られて読まれるなんて無理!


「この回答は予想済みなのでそうする。両方ほぼ完成しているけど、表文学だけ読むか? 気晴らしになるかもしれない」


 恋愛小説ならミズキが私に愛を語る場面がありそうなので、一時的に失恋から目を逸らせそう。


「読むわ」


「それならオチは言わない方が良いか?」


「そうね」


「煌国編は新聞記事や編集が仕入れた情報を使った。だから何か思い出すきっかけになるかもしれない。気に食わないところは改訂するから言ってくれ」


「かいていって直すってこと?」


「そうだ」


「新聞記事や編集が仕入れた情報……なにか思い出すかも……。嫌になったらやめるけど、読んでみるわ」


「思い出したいか?」


「やたら頭が痛くなるから、きっと酷い事があったのよ……。だからあまり……。でも今のままも不安だから知りたい。ずっと、とても落ち着かないの。ミズキは音楽に触れていたら不意に思い出すかもって考えていたって」


「まぁ、なんだ。マリには手伝い人がいて欲しいから、ずっとここに居てくれて構わない」


「思い出しても思い出さなくても、名乗り出るつもり。私が生きていて嬉しい、私と親しかった生き残りがいるかもしれないから。ミズキに居ないって教わったけど一応」


「そうか」


「私の代わりの使用人は見つかるわよ。ただ、マリさんがもう少し歩けるようになってからにする。私がまだ彼女と一緒にいたいから」


 こうして、私はシンから「仮題:奇跡の歌姫」という原稿を受け取った。

 煌文字は勉強しているけど、よく考えたら難しい文学は読めない。

 漢字の横に読み方が書いてある!


 ☆


 読書を開始しようとしたらマリが訪ねてきてくれて、心配そうな顔だったけど、私はすっかり元気を取り戻していたので先回りして大丈夫だと伝えた。

 マリがうんと心配してくれるから、あの他人に興味の無いシンが慰めにきてくれた、大切な原稿を貸してくれたと教える。

 それで、読めない文字が出てきた時に教えて欲しいから一緒に読書をしないかと誘った。

 この間、マリはまだシンの作品を読んだことがないと言っていたのもあり。


「仮題:奇跡の歌姫」


 それは、文字なのに風や土、活気ある人々の声なども聴こえてくる、夢中になって読める小説だった。

 見知らぬ世界でミズキという少年と出会い、励まし合いながら成長し、ついに恋人になった時には涙ぐむ。

 現実のミズキとは最近会って、女性として扱われていないけれど——……。


『君は天使になるのですね』


 そんな台詞はどこにも書いていないと目をこすり、手元の紙を眺める。

 しかし、視界が掠れてまた別の文字が見えた。


『君が毎日笑えますように、沢山の幸せが訪れますように。そう願って、うんと魔法の音をひびかせようと思います』


 読める。読めた。前は読めなかったのに。前とはいつ?

 今のはいつの記憶で誰からの手紙だろうと首を傾げた。


 この物語が歌姫アリアの経歴を元にしているなら、これがきっかけで記憶が戻ったと言うのは有りかもしれない。

 そう考えて、私は時々、マリに向かってここはこうだったと曖昧に、そして何か思い出したような振りをした。

 しかし、たまに本当に覚えのない映像が頭の中でチラつく。


『よければお土産にどうぞ。今日は暑くてこたえるでしょう』


 懐かしい、優しい声だけど、悲しいことに浮かんだ映像はぼやぼやしていてはっきりしない。

 部屋を見渡したけど、あの時受け取った日傘が無い。

 あの時っていつ? あの時?

 今、脳裏にちらついた日傘はミズキが使用しているものと同じだった。願望と小説の内容がごっちゃになったのだろうか。

 歌姫アリアには誰かがいた。それはとても大切な人だったと、胸の奥で彼女がそう叫んでいる。

 もしかして、ミズキは歌姫アリアに日傘を貸してくれたのだろうか。

 私はそれを断り、それで彼はお嬢様ミズキの時はあの日傘を使っている?


 マリとの読書は夜明けまで続き、物語は終盤へ。

 飛行船が燃えていく描写はまるでそこにいるかのようで、自然と震え、吐き気がして、恐怖で涙が溢れて止まらなくなった。

 それと同時に、次々とあの時のことが蘇ってくる。

 何度も何度も繰り返し見てきた悪夢が、記憶を取り戻す布石だったというように。


 ああ、私は確かに歌姫アリアだ。

 その経歴も、それまでの人生も思い出せないけれど、この事故のことは思い出した。

 無理矢理脱出させられた空で、私は爆散した飛行船を目撃し、飛来物が頭を直撃し、視界が真っ白になり、後の記憶は不明瞭。

 あのような爆発後に燃えながら墜落した飛行船内にいた人間は死んでしまう。


「アリアさん、大丈夫ですか?」


「読んで……」


 マリに手に持っていた小説の用紙を渡して、私は続きを読み始めた。 

 彼女に背中を撫でられながら泣き続ける。


 シンが作り出した物語の結末はこう。

 歌姫アリアは足を怪我して上手く歩けなくなって、更に海で溺れかけて、毒クラゲを飲みかけ、声を失う。

 何もかもを失った絶望に心が負けて、彼女の記憶は曖昧化。

 海で彼女を発見し、保護してくれた女性と慎ましく生きることに。


 今の私と同じというか、私のことを利用したようだ。


 そんなある日、厄災大狼に襲われた街があり、人手が欲しいという記事を見た彼女は、自分を助けてくれた者達のように、今度は自分が誰かの支えになりたいと申し出た。


 アリアは薬師の手伝い人として出発。

 そうして、彼女は善意でその街の病院で働く男性医師と出会う。

 顔の半分以上を火傷した、酷く醜い容姿の男性はミズキという名前で、彼にも記憶が殆ど無かった。

 

「私はアリアです。これからよろしくお願いします」


「ミズキです。アリアさん、こちらこそよろしくお願いします」


 毒クラゲではなくて心理的負担で声が掠れていたアリアの声が、かつてのような輝きを取り戻しかけたが、その小さな変化に本人はまだ気が付かず。

 かつて恋人だった、一度は死に飲み込まれかけて引き裂かれた二人が、他人として再び出会い、笑い合ったところで物語は幕を閉じる。

 

 私ももう一度ミズキと出会った。

 再会の約束をした記憶は忘却の彼方だけど、彼は覚えてくれている。


「ふふふ、あはは! なんでこんなにところどころ合っているのよ! 飛行船から突き飛ばされた場面なんてあの場にいたみたい!」


 グッと天井を見上げて、微笑みながら涙を流す。

 記憶を失わないまま、レイとユミトに助けられた私は生きようとしたのか、死のうとしたのか想像もつかない。

 なにせ、空を飛んだ記憶は思い出したのにその後は不明なままだ。

 ただ、酷い喪失感で体が内側から張り裂けそう。

 こんな声、こんな声、こんな声、こんな声、こんな声——……。


『良い音楽には神々が呼び寄せられる。君が呼び寄せた神々が民を救い続ける限り、俺が君に褒美を与える』


 ああ、私は恐ろしい人間と契約を交わしたんだった。

 それが誰だったかは分からないけれど、この声と引き換えにあらゆることを望んだ。

 不思議なことに、それが何か分からないのに、財産や名誉ではないことは確信がある。

 自分が真っ直ぐ生きていく為に必要な何かだ。

 小説の中の歌姫アリアは、自分が育った孤児院に多額の寄付をして経営に携わるようになる。

 シンの書いた小説は事実を下地にしたようだから、それかもしれない。


 目を閉じて、

「今なら死のうとは思わないわ……。その為に沢山の記憶を失ったのね……」と呟き、小さく歌ってみた。


 歌姫アリアにとって歌や声がどれ程大切だったのか不明なので、この歌声に嫌な気持ちは強くても死のうとまでは。

 それよりも私を命懸けで助けてくれたレイの笑顔や、これまで過ごしてきた人々の優しさが心に沁みる。


 あまりにも酷いと感じる掠れ声で歌い、咳き込んでは歌い、最後まで歌ってみたが本当に酷い。

 私はきっと、もう、歌姫アリアには戻れない。

 飛行船事故の記憶は戻ったのに同僚達のことも、ミズキやアサヴのことも思い出せないのだから。


「治ってきているから、練習すればどうにかなりそう」と震え声で呟いた。

 わりと無意識に、そう、呟いていた。


 ☆


 こうして私、身元不明者アリアは中途半端に歌姫アリアの記憶を取り戻した。

 大切な者達を大勢失ったというのに、大切だった記憶が抜け落ちている。

 それでも悲しくて、辛くて涙が止まらなくて、マリには平気と笑ってみせたけど、ミズキとアサヴには説明して泣きついた。


「頼りになる人達と相談をしよう。アリア、その前に、もう一度親しくなったミズキに慰めてもらえ」


 自分もその小説を読みたいとアサヴが去り、ミズキの部屋で彼と二人きり。

 ミズキは今朝も素の男性姿だから、二人きりだと意識したら恥ずかしくなってきた。


「アリア、気晴らしに散歩へ行きませんか?」


「……前は呼び捨て……だったの?」


「時々です」


 さあ、行こうとミズキは私を立たせて、私の浴衣を軽く直し、衣紋掛けから羽織りを取って肩にかけてくれた。

 それで私と手を繋いで廊下を歩き、玄関から外へ。

 朝日は眩しくて、気持ちの良い秋晴れだ。

 なんで手……。

 熱い……。

 

 すぐ近くの海岸へ降りると、ミズキは困り笑いを浮かべて、思い出すかもしれないから、思い出話しをしますか? と私に問いかけた。


「……うん、聞きたい」


「アリアが思い出せない、君の大切な夢の人には申し訳ないのですが……」


 そこでミズキは私の手を離して水平線を見据えた。

 朝日の光が穏やかな波に乱反射して、ミズキの横顔をキラキラ輝かせ、かなり格好良く見える。

 一つにまとめてある長い髪が、微風にさらさらと揺れる。

 夢の中では顔は不明瞭だったけど、この姿はどこからどう見ても「夢の人」に重なる。

 前の私もやはりミズキを慕っていたようだと改めて感じた。

 それなのに、ミズキは私の夢の人に申し訳ないらしい。


「私の夢の人に申し訳ないって、誰なのか心当たりがあるの?」


「全く心当たりがなく、とても心外です」


「心外? そもそもなんで申し訳ないの?」


「多分、君と飛行船に乗った誰かでしょう。死者はほら……まぁ……負けないですが……勝てません」


「負けない? 何に? 負けないのに勝てない? 何の話?」


「……その、君と自分にも少し親しい期間があったからです。自分はこれからいくらでも君に付きまとえるけど、死者には決して無理です」


「……少し親しい期間? 私達、友人だったのよね? そのこと? 付きまとう? 付きまとうって何?」


「君が許してくれるなら、どこまでもお供したいです。アリア、君と自分は恋仲だった時があります。今度は選択を間違えないから、機会を……「きゃああああああああ!!!」


 恋仲だった時という台詞の時に、あまりにも予想外だったにも関わらず、それは当然で当たり前な気がして、つい叫んで、ミズキに抱きついていた。


「う、うわっ」


「もっと早く言いなさいよ! 私にあまりにも興味が無いと思っていたわ! どう考えても夢の人とそっくりよ!」


 倒れかけたミズキが踏ん張り、抱きしめ返してくれた。


「……そっくり? そうなんですか?」


「いやぁあああああ! 恥ずかしくて無理!」


 自分から飛び込んだのに、いざ抱きしめられたら心臓が口から出そうになり、思わず大声を出して身をよじった。

 けれども、ミズキの力は強く、私はそのまま彼の腕の中。


「ほんっとうに情緒のへったくれもないし、相変わらず慎みも無い……」


 はぁ、とため息が聞こえたのでそろそろと顔を上げたらミズキはとても優しい瞳をしていた。しかし、困り笑いを浮かべている。


「中身は同じように見えるのに、こっちは向かないと思っていたら、いつから自分の方へ向いていたんですか?」


「……。気がついたら……」


「そうですか」


 あまりにも顔が近いからキスされるのかと思ったけど、それは単に私の願望で、ミズキは私を離した。

 ただ、手は繋いでくれた。それでどこかへ向かって歩き出す。


「ミズキ、どこへ行くの?」


「改めて、君の命を救ってくれた者達や神々へお礼参りです」


「オケアヌス神社ってことね」


「それにしてもいつからですか? 押しても引いても興味無さそうでしたのに」


「興味なさそう? 私がミズキに興味ないなんてどこがよ」


「まぁ、前もそうでした。誰とでも距離が近いから分かりにくいんですよね」


「私は分かりやすいわよ! 分からないのはミズキじゃない。ミズキがいつ私を押したのよ。前から知っていたとか、ましてや恋仲だったなんて素振りは……」


 振り返ったミズキが、キラキラ光る姿で「演技派ですから」と屈託無く笑ったので見惚れて声が出なくなる。


「……」


「どうしました? 体調不良なら休むか帰りましょう」


 胸を押さえたら誤解された。ミズキっていつもこんな感じ。


「ちが、違うわよ。ちょっと格好良いなぁとか、かわいかっただけ」


「……何がですか?」


「あっ、照れた。照れたー! その顔をもっと早く見せなさいよ! 私の切なさや沢山の涙を返しなさい! お嬢様とお見合いなんて反対だからね!」


 喋っても、喋っても、悲しいことにミズキとの思い出は蘇らない。

 けれども、ミズキは笑ってくれている。元のアリアを求める言動も無く。

 逆に何度も、相変わらず、君は変わらないと言ってくれた。

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