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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
約束ノ章
10/122

終幕

 数日後の別れの日までアリアは俺から逃げ続けた。

 なんだかんだめざとい彼女は、彼女は俺の自己中心的な部分を見抜いているのだろう。


 アリアや百花繚乱と別れる前に、俺が久々に鑑賞した百花繚乱の公演は、脚本が変更されていた。

 主人公シャーロットと伯爵が身分差で引き裂かれてしまうという結末で、アリアは鬼気迫る演技を披露。

 行かないで、私を捕まえていてと願いながら泣き崩れるシャーロットに、心底胸を打たれた。


 貧しい田舎令嬢から伯爵の恋人、そして王女とあらゆる立場を知ったシャーロットは、豪奢なドレスに絢爛な部屋の中で、自分ならあらゆる民の気持ちが分かる、与えられた豊かさに見合う王女になろうと決意する。


「恋とは欲し、求めるもの。愛とは与え、受け取るものですもの……」


 この台詞の後にゆっくりと歌い始めた曲は、先日俺に聴かせてくれた古の歌で、少し歌詞が変化していた。

 

「覚えていますか。目が合い、触れ合った日々を」


 観客席の中央ど真ん中という特等席を与えられた俺は、今日も女装している。

 アリアはそこに手を伸ばして、とても悲しくて切なそうな表情で涙を流しながら微笑んだ。

 他の男性客も自分に向かって……と感じているだろう。これならアリアを三流役者とはもう呼べない。

 歌姫アリアの新境地、新たな幕開けだと俺は既に拍手を送り始めた。

 頬に冷たいものが流れ落ちていく。


 シャーロットはその後、何もなかったように国民の前に出て、これからの自分は王族の一員として、国民とこの国を守護する風と鷲の神に一生を捧げると、凛としながらも慈しみに溢れた笑顔で告げる。


「我が右腕と共に、この国を栄えさせ、守護して欲しい」と国王が高らかに語った。


「私はこの国の柱の一つになります」


 今世で貴方の安寧という幸福を作り、来世では二人で幸せを築けるようにという祈りと願いが込められた歌詞の曲が流れ、幕が下りていく。

 お姫様は伯爵がこのままでは政治闘争に巻き込まれてしまうので共に歩く未来は捨てて、一緒になりたいという恋ではなく、王族として陰ながら彼を応援していくという愛を選んだ。


 すすり泣きと拍手と笑顔が会場内に広がっていく。


 公演後もアリアは俺から逃げた。


 俺はこのまま南上地区の端にある親戚の家へ身を寄せて、彼女はこのまま南上地区の最中央部に留まる。

 アリアが行かないでと言わないのは、俺が首を縦に振らないと諦めているからだろう。


 そうして、俺達は別れの朝を迎えた。


「ミズキ、最終公演の観劇券を送るから、観に来てね。もちろん宿も取るわ」

「それはありがとうございます」


 なぜそんなに懐かれたのか分からないけれど、アリアの妹達が「ミズキお姉様も一緒にいよう」と俺に抱きついて離さない。

 女性だと偽ったまま優しくし続けていたけど、俺はそんなに子どもに好かれる性格ではない。

 なのに、十才にも満たない女の子達にこんなに好かれたとは不思議。

 アリアの身の回りの世話をする、彼女とそこまで年齢が離れていない者にまで、ミズキさんにずっといて欲しいと泣かれた。


「ミズキさんがいる間、とても楽でした。アリアお姉様のお世話も相手も疲れます」

「アリアさんは化け物体力で溌剌とし過ぎですからね」

「ちょっと! なんなのよそれ」

「我儘ですし」

「そうなんです」

「ミズキお姉様〜」


 幼い子達を押し退けて、今度は歌姫エリカが美貌台無しの鼻水つき泣き顔で俺に抱きついてきた。


「さびいしいですぅ〜。なんで帰るんですか……」

「皆してやめなさい。ミズキはあの輝き屋の跡取り息子の唯一無二の相手役なのよ。絶対に華国に来てくれるから、その時にまた遊んでもらいましょう。煌国旧都でも会えるかもしれないわ」


 離れても他所見をせずに想い続けることが出来れば、互いに上へ上へと登り、お互いの世界を行き来出来るようになるだろう。

 あと約半年で百花繚乱の公演は全て終わり、アリアは華国へ帰る。

 その日までこの気持ちが続けば帰国前に彼女に会いに行くし、恋が積もればその先も。


「ええ、皆さんと約束します。また会いましょう」


 順番に指切りをしていたが、アリアの小指に自分の小指を絡めた時だけ、彼女を抱き寄せた。

 アリアにだけ聞こえるように小さく囁く。


「歌姫のヒモなんてごめんだ。名を上げて隣に並んで似合いになるから待ってて下さい。大陸中を興行出来るようになるんで、そうしたら君が輝き屋に移籍だ。俺はアサヴと天下を取るけど君とも取る。両取りだ」

「……うん。待つわ……私、いくらでも待つから……約束よ。絶対に破らないで」

「君こそあっさり破りそうです。なにせ三ヶ月女性ですから」


 軽い嫌味を言ったら、いつものように元気に反論すると思ったのに返事なし。

 こうだと罪悪感で辛い。

 彼女とそっと指を離して、皆に会釈をしてキジマ達と歩き出した。


 しばらく歩いていると、キジマ夫婦に「坊ちゃん、良いのですか?」と問われた。


「良いのですか? って何のことですか?」

「三味線と琴さえあれば、坊ちゃんはどこへでも行けます」

「アサヴさんと別れても良いと思えるくらいの気持ちがないと。恋敵が恋敵ではないとは、アリアさんは不憫です」

「経験が無かったり、経験不足だと、未来の予想を間違えるものです」

「キジマさんは、俺が間違えていると思うんですね」

「このおいぼれの目にはそう見えました」

「昨夜の公演に片鱗を見たので、あのまま舞台にしがみついて成長してくれるのなら、男としてだけではなくて、役者としても演奏家としても、もしかしたら」


 多くの門下生達と接してきて長生きしているキジマにこう言われると後ろ髪引かれる。

 振り返ったら、アリア達はもう建物の中に姿を消していた。


 こうして俺は初恋を一旦保留にして、親戚のウィオラの暮らすレオ家の居候になった。


 ★


 煌文字はひらがなしか書けないアリアからの手紙は絵葉書に一言、早く迎えに来なさいよとか、修行しまくりなさいよなど。

 俺は(フラァ)国文字を猛勉強して、新しい日々のことを(つづ)った。

 

 才能だけで舞台に立っていると思っていた遊霞は、多忙な中でも時間をやりくりし、密度の高い稽古に励んでいた。

 亡くなった最初の師匠の孫であることから、厳しい稽古を課していたらしく、その様子は鬼のような指導者だったとか——おっと、育ちが良いのに口が滑った——そんな辛い稽古の話もいろいろと聞いた。


【やぱりゆうがすみをしているんじゃない。うそつき!】


 絵葉書と拙い文字を眺めていると、やる気しか出ない。


 アリアを驚かせようと考えて西地区へ会いに行ったら、人前ではツンケンされたけど、二人になったら素直に嬉しいと言って泣き笑い。

 愛くるしいのでつい手を出したら、照れたアリアはまた逃亡。

 三日滞在したのにあまり見られず、喋れず、軽いキスだけとはわりと不満。

 しかし、公演中の彼女は初見時の大根役者ではなくて、俺に恋する眼差しを向けてくれたので満たされた。

 劇場中の男が「歌姫が俺に恋した?」と勘違いしてそうだけど、彼女は俺の女だと、つい惚気てしまうくらいの恋穴には落ちたようだ。

 

 最初はヒモでも良いかと考えた俺だが、次第にアサヴが追いかけてくれば、それで両取りだと考えるようになった。

 アリアの夢を聞いてから、時折「魔法の手」や「魔法の音を作れる」という台詞が脳裏によぎるから余計に。


 芸者ミズキとはお別れして、演奏者ミズキとして(フラァ)国一の歌姫アリアを、大陸一の歌姫にして、彼女の夢を叶える。叶え続ける。

 それはとても蠱惑的で、なかなか抗い難い誘惑となった。


 そんな日々を送りながら、南三区六番地にあるレオ家で修行を始めて約半年後——……。


 年末年始は実家に帰らず、北地区にあるエドゥアール温泉街へ行って、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の公演を観て、帰国前のアリアと会うはずが、俺はかなり長引く風邪を引いて、レオ家の離れで隔離状態。


 朦朧(もうろう)とする頭でなんとかアリアに手紙を書いて、行けない理由を(つづ)り、数年以内に会いに行くから浮気するなとも。


 想像よりも別れ難くて、俺はきっと国を出て彼女と生きると考えつつあるので、生誕時に親から贈られた家紋を模した首飾りを手紙に同封。


 帰国前に会えないのなら、彼女が帰国した後に会いに行くしかない。

 俺は腹を括った。

 アリアと出会うまでは大した夢なんてなくて、あってもそれはアサヴの夢だからどこか他人事で、彼ならともかく俺は無理と諦め気味。単に舞台という魔物に魅了されて囚われていただけ。


 しかし、今は変わった。俺は俺の全力を尽くして、彼女の壮大な夢を共に叶える。

 そこにはきっと、アサヴと共に名を馳せたいという夢もくっついてくる。

 あの負けず嫌いのアサヴが俺達を指を咥えて眺める訳がないので、彼なら必ず追いかけてくるからだ。

 そうなれば鬼に金棒だ。


 アリアに捨てられても帰る家はあるけど、この国にいてもアリアが再び来訪する日は遥か先かもう無い。

 こそっとキジマ夫婦に決意表明したら、やはりそうなると思いましたという返事。

 俺は俺の感情に鈍いそうだ。


 三味線と琴と少しの荷物と共に、夢を追いかけることにしたので、君と新しい約束をしようと思う。

 それは普通は一生に一度しかしない約束だ。

 会った時に言葉で色々伝えたいので、手紙にそれだけ書いたら、次に会った時に大切な話をするという絵葉書が届いた。

 悪い話なら嫌だと拒否したら、多分喜んでくれるという返事。

 それなら楽しみでならない。


 ★☆


 世界は時に無慈悲で残酷であるとは、誰の言葉だっただろうか。


 一大決意したというのに——……。


 国が作成して各地に配布している新聞記事の一面を、信じられない事故が占拠している。


(フラァ)国交易団の飛行船大破】


 原因は不明で、一機が空中で大火事になり、南西農村区に不時着直前に爆発。

 幸い、街や村とは少し離れたところだったが、飛行船は畑に落下したので農区民にも被害多数。

 もちろん、乗船していた者達は甚大な被害を受け……。


【この飛行船には歌劇団百花繚乱(ひゃっかりょうらん)も乗っており、歌姫アリアと歌姫エリカの生存はまだ確認されていない】


 新聞を持つ手が自然と震える。

 生存はまだ確認されていないって、飛行船が爆発したのなら一緒に飛散したということだ。

 なにせ、生存者はまだ一人も確認出来ておらずと記載されている。

 朝食後にこの新聞記事を読み、俺は茫然自失。


 非現実的過ぎて、涙は出なかった——……。


★                      ☆


 約束は空で霧散。


 このようにして、俺の初恋は失われた。



次話からは「人魚姫ノ章」になります。

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