8・閑話をするにはまだ早い
エレイヤを召喚して数日。
雅隆たちは、ただ今絶賛「百魔荒野」を迷走途中であった。
ひたすら歩き続け、日が暮れたらエレイヤの作った簡易かまくらドーム内で寝る。そんなクソ地味なルーティンを繰り返していたある日の事。
夕食を終えて、雅隆たちはデザートにフード系アイテムを召喚してのんびり寛いでいた。
と、ここで雅隆はいずれ危機的状況に陥った時の事も考えて、とある危機回避テクの説明をしておこうと思いついた。
と言っても別にこれはそんなに難しい話でも何でもない、ただ事前説明も無しにそれをやったら少しだけエヴァとエレイヤをビックリさせてしまうかも知れないと言うだけだ。
そしてその重要度の低さは、今このマイルドな雰囲気で話す内容としてはピッタリに思えたからである。
で、その話とは、エヴァやエレイヤたちダンジョンガールズの召喚に関しての事柄だった。
当然ながらダンジョンガールズは召喚キャラであり、ポイントさえあれば送還からの召喚は何度でも可能だ(※送還にポイントは必要ない)。
そしてゲーム時に良く使われたテクニックの一つとして、キャラが瀕死になったり回復不能な状態異常に陥った場合、一度送還して再召喚するとあらゆるステータスが綺麗さっぱり新品になって戻って来ると言う仕様があった。
ぶっちゃけこれはゲームならではのご都合主義システムであったが、この仕様がこのリアル異世界でも通用する事は、すでに別の召喚オブジェクトでテスト済みである。
ただこの裏技はダンジョンマスターである雅隆には使えないし、またエヴァみたいな高コストキャラの場合はちょっと使用を躊躇う事もしばしばであった。
だがキャラを死なせてロストする事を考えると、絶対に活用したいテクの一つでもある。
と言うのも、ゲームでキャラを死なせてしまうとそのステージでは二度と復活しないからだ。
まあゲームなら次のステージに進めばまた召喚出来るが、しかしここはこの世界が丸ごと特殊ステージとして設定されてるっぽいリアル異世界だ。つまりもしここでキャラをロストすると、この世界では永遠にそのキャラを失うに等しいのである。
「と言う訳で、もしも死にかけたりヤバい状態異常になった時は迷わず使用するからよろしくね」
そう、これは単なる確認事項に過ぎなかった。だってこの裏技はエヴァたちも知っているだろうからだ。
ところが…。
気が付くと、彼女ら二人の表情が固まっていた。
異様な雰囲気を感じた雅隆が言葉を止めて様子を窺うと、いつの間にか二人とも顔を引きつらせ、明らかに恐怖の色を浮かべていたのである。
―え、なに?。
そう思って雅隆が口を開こうとすると、二人は深々と溜息をつきながら雅隆の言葉を遮った。
「あ〜、雅隆。それについては私たちからもお願いがあるの…。
出来る事なら、その…、なるべく送還はしないで欲しいの…」
と、エヴァが雅隆の顔色を窺う様におずおずと口籠る。いつも直接的にはっきり言い切るエヴァらしくない物言いである。
そしてその横で、エレイヤがエヴァの言葉に同調して真剣な顔で頷く。
「え…?、だけど送還してもすぐに召喚するぞ?。それにこの再召喚テクを使わないってのはちょっと考えられないし…」
何しろユニット同士のスキルや能力を考慮して召喚しているので、後から別のキャラで差し替えとなると連係がおかしくなってしまう。
さらにキャラ専用の装備も存在するし、また特殊ステージには特殊なユニットやスキルが必要になる事もある。
全体の構成を考えてベストの布陣を敷いている以上大抵のキャラは失う訳にはいかないし、それを回避する手段があるなら使わない訳がない。そう雅隆が冷静に返すのだが。
「えーっとね、それは分かるんだけど…。
それとは別にして、そもそも私たちはロストだけでなく送還すら絶対に避けたいと考えているの…。
だから最低限、私たちに一撃死を回避出来るアイテム『身代わりの大華』の常備を認めて欲しいの…」
「「お願いします!」」
そう言ってエヴァとエレイヤは深々と頭を垂れた。
元々彼女らは敷物の上に足を崩して座っている。そしてそのまま頭を下げたからほぼ土下座の格好だ。
そんなマジな二人の姿に雅隆はビビった。キチッとした正座ではないものの、正直言って途轍もなく居心地が悪い。
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ…」
一体何事か?、そう慌てて聞き取りを開始した所、どうも彼女らは召喚前の状態―つまり待機している状態が半端なく恐ろしいと言うのだった。
この世に生まれる(召喚)前は何も感じなかったが、明るく自由なこの世に生まれてしまったらもう二度とその真っ暗な待機状態には戻りたくないのだそうだ。
―う〜ん、そんな事言われましてもね…。
いまいち雅隆には理解し難い話である。
しかし彼女らの訴えは本気だった。二人ともタイプは違えどクールなキャラなのに、まるで取り乱すほどの必死なアピール。こんな二人の姿は初めてだ。つーかそんなに嫌なのか?。
とは言え、いくら彼女らが真摯に訴えようとも、すでに先ほども述べた様にその再召喚テクを使わない理由が存在しない。
そんな雅隆の内心の思いが漏れていたのだろうか、いつの間にかエヴァとエレイヤから無表情で見つめられていた。な、なんかこえぇ…。
「だ、だけどさ、流石にロストしそうになったら使うしかないんだけど…?」
「それはそうなんだけど、それでもなるべく送還しない事を前提に考えて欲しい…。だからその一環として『身代わりの大華』を常備させて欲しいのよ!」
身代わりの大華。
これはゲームに良くある即死を回避するアイテムだ。死に至る一撃をアイテムが肩代わりし、瀕死(例えるならHP1)のまま仮死状態でキープされる、そんなアイテムである。
ゲームをするにあたり、プレイヤーがお気に入りのキャラを絶対失いなくないと言う要望に、ゲームの運営側が応える形で導入されたご都合主義系アイテムの一つと言っていいだろう。
ただ流石にこんな都合のいいアイテムがバンバン使えたらリアリティーが無くなるのでそう安くはないが、かと言ってあまり入手が困難過ぎても意味は無いので手が届かない程でもない。何しろキャラを失うタイミングは、序盤から常に存在するからだ。
つまり、このアイテムをエヴァとエレイヤに一個ずつその身に常備させる事は特に何の問題も無かったりする。
ところで。
ダンジョンポイントを使ってアイテム等を召喚する権限は、今の所完全に雅隆に任されていた。
スマホを操作すれば誰にも出来る事なので、特にこれを雅隆だけが専任する必要はないのだが、困った事に雅隆以外の人間が例のスマホを操作すると、何故かスマホが嫌がるのだった。
うむ、意味が分からないだろうから詳しく説明しよう。
実は今現在、例の骨とか爪でデコレーションされたスマホはまるで生物の様に動いていて使う人間の邪魔をしたりするのである。
そう、キモい。
しかも単にキモいだけでなく、爪で引っ掻いたり、さらには魔法で火花を発生させたり。そしてそんな多少のダメージなど気にしないエヴァなんかに対しては、文字化けとかボカシとかで画面自体を見れなくしてしまうのだ。
「なっ、なにコレッ、超ウザいんですけどぉ〜?!」
と、エヴァさんもブチ切れである。
ただ唯一、雅隆にだけはなんの嫌がらせも起きない。
と言うか、スマホは雅隆にしか持ち運びを許さないし、なんなら多少離れた所に放置しても自力で雅隆のポケットまで戻って来る始末…。正直それはちょっとやめて欲しいんだけどな…。
「これってさ、懐かれてるって言うか…」
「なんか憑かれてません?」
やめてくれ〜い。
ちなみにこんなスマホだから、電力切れを心配する必要はなかった。
時々スマホがエヴァと派手に揉めた時なんかは充電アイコンが60%くらいに減ってる事もあるが、しばらくすると自然に回復している。どうやら自家発電しているっぽい。と言うかもはやほぼ生物なんだろうと思われる。いや、クリーチャーか?。
ま、それはともかくとして話を戻すと、なんで生まれてこのかた一度もモテた事の無かった雅隆に、こんな美人な女の子たちが優しくしてくれるのか、その理由がこれで理解出来た。
いくら彼女らがゲームキャラであり、雅隆がダンジョンマスターと言う役割があるからとは言え、雅隆に対し常に好意的に接してくれるのは、単に雅隆は彼女らダンジョンガールズの弱味を知らない内に握っていたからだったのだ。
しかも雅隆以外はスマホを操作してアイテム一つ買えないと来た。
つまり。
「ふっふっふ、送還されたくなければ君たち、分かってるよね?」
てな感じである。
―いやいや、こう言う事はもっと早く言ってくれよな、もし知らないまま送還とかしてたら絶対に揉めただろこれ…。
だが雅隆には彼女らに対し、優位な立場を利用して言う事を聞かそうなんて気は全くなかった。だって今回の異世界転生の主人公は、どうもこのスマホっぽいからだ。
そう、流石の雅隆も薄々気付きつつあった。
確かに雅隆はトラックに轢かれたが死んではいなかった。そして死んで(全壊で)生まれ変わったのはスマホの方である。しかもチート能力をゲットして。
つまりちゃんとテンプレを踏襲しているのはスマホの方なのだ。雅隆はただ一緒に付いてきただけで、あくまでもスマホの付属品として存在するのではなかろうか?。
残念ながらそう考える方がしっくり来る。
そして恐ろしい事に、このスマホは徐々にレベルアップしつつあると言う事だ。いずれ主人公としてその本領を発揮し始めたらどうなるのか?。はっきり言って想像がつかない。
ただ雅隆としてはあまり調子に乗って「このダンジョンマスター鬱陶しいな〜、他の奴に乗り変えるか?」なんて事態だけは絶対に避けたい。そんな事が可能なのかどうかは分からないが、是非ともそれだけはやめて欲しい。だって雅隆には自力でこの世界を生きて行く力が全く無いのだから。
なのでちょっと使えるスマホがあるからって主人公ぶってたら、すぐに足元を掬われる事にもなりかねない。常日頃から節度ある行動を心掛けるべきなのだ、それが大人ってもんでしょ。
と言う訳で雅隆は、エヴァとエレイヤに快く「身代わりの大華」を差し上げたのだった。もうなんだか賄賂を贈る気分である。
でも二人ともすっごい喜んでくれた、あ〜良かった。