7・なんも無いスタートは仕様みたいです
「彼の名前は雅隆、米宮雅隆よ」
エヴァが二人の間にグイッと割って入る。で雅隆はと言うと、尋常じゃないくらい汗をかいて変顔になっていた。芸の細かい奴である。←違うって…。
すると雅隆と引き離された格好のエルフ美女エレイヤは、一転して無表情でエヴァをじっと見つめた。
「あーごめん、でもいきなりそんな勢い良く迫るから彼びっくりしちゃったみたいだよ?」
そう言われ、ハッと雅隆の顔を覗き込むエレイヤ。
「えっ?!。そっ、そうでしたか…。
すみません、驚かせてしまったみたいですね。私、少し取り乱した様です、失礼致しました」
エレイヤはそう言って再び雅隆の前に跪くと、優雅にエルフ流だろう会釈で謝意を表した。
だがそのお相手の雅隆は、変な顔を強張らせて立ち尽くしたままだ。
そうです、雅隆は中二病の童貞男だ。お察しの通り、突然知らない美女に近寄られると、どう対応していいのか分からずに固まってしまうのである。
え、私の時はすぐ直ったよね?、とエヴァ。
いや、あれは奇跡だったのだ…、と雅隆。
とは言え、たとえ雅隆がフリーズしてようと、やらねばならぬ事は山積している。いちいち面倒くせぇフリーズ現象なんざ知ったこっちゃねえエヴァさんは、雅隆を自然解凍されるに任せ、まずエレイヤとの面談を開始した。
「よろしくエレイヤ、私は流々崎エヴァンリーサ、エヴァと呼んで。
早速で悪いんだけど、こっちもあまり余裕が無くてね、少し話しを聞かせて欲しいの…」
もうなりふり構わずストレートに「水が欲しいんだけど魔法で出せる?」とエヴァが聞いた所、なんと答えは「イエス」だった。
しかもどうやらそれは、エルフにとってそれほど難しい事でもないらしい。
やったね!。
もうこれだけでエレイヤを召喚した甲斐があったと言うものだ。解凍途中の雅隆も内心ガッツポーズである。(←器用な奴…)
ただしそんな彼女もこの現在地の「百魔荒野」や、そこに居る蟲モンスターの事までは知らなかった様だ。残念ながら彼女の持つ記憶は、ゲームに存在するイステアラと言う故郷と、その周辺地方にまつわる情報だけらしい。
しかしまあこれは予想された事ではあった。どうやら今居るこの世界は、ゲーム世界とは全くの別物である可能性がさらに高まった。
となると、これから何人新しいダンジョンガールを喚んだとしても、おそらくこの世界の知識を持った人物は見つからないだろう。もうこれについては諦めるしかなさそうだ。
ちなみにエレイヤさんの年齢は43才で、どう見ても二十歳くらいにしか見えないがアラフォーらしい。
見た目こそエヴァと同じく細身だけど、健康的でアスリートの様なエヴァに対し、エレイヤは柔らかくてエロそうな雰囲気の女性だった。エレイヤはエロいや?、いや、変な事言うな。
で、エレイヤの故郷イステアラの森は独自の魔法技術を強みとする大都市で、一般的なエルフの殆んどが魔法を修得するのだそうだ。
ただエレイヤはイステアラにおいてあくまでも一般人、特に戦士や戦闘に参加する魔道士でもない平均な一般市民の一人であるらしい。
そう聞くとエレイヤの召喚は失敗の様に思えるが、しかし実は今雅隆たちが必要とするのはむしろこう言う人材だったのだ。
そう、つまりエレイヤの召喚は、雅隆たちの思惑通りだった。
まさにこんな人材を求めていたのよ、とエヴァが片手を差し出すと、エレイヤも微笑を浮かべて優しく握手に応えてくれたのだった。あ〜、よかった。
で、エレイヤの解説によると、この地は水の乏しい土地でかなり深い所にしか水源が無いので、意外と結構な魔力を消費するらしい。
エレイヤは懐から手帳サイズの呪文書を取り出した。どうやらその呪文書はエレイヤ自身によって編纂されたもので、彼女の習得した魔法のスペルが掲載されていると言う。
簡単な魔法や良く使う魔法は憶えているが、全ての魔法を憶えるのは無理ゆえの措置である。
ページを開けると、エレイヤはそれを見ながら詠唱を始めた。するとすぐに荒れて乾燥した大地から瑞々しい小さな泉が湧き出したのだった。
水を作り出す方法はいくつかあるが、地中から水を集めるこの魔法がエルフでは一般的であるらしい。
果たして、どんな風に水を作り出すのか興味深く見守っていた雅隆たちだが、まさかの泉が出現。
しかし残念な事にこの水を貯めておく容れ物が、無い……。
―うん、ちょっとそう言う事は事前に言っといてよね。って、事前に言われてもどうしようもなかったか…。
と言うか、どんだけ何も揃ってないんだよ俺ら…。
雅隆は慌ててアイテムボックスに放り込んでおいたヒールポーションの空き容器を取り出し、少しでも掬って飲んだ。
ただこれでは小さな空き瓶の分しか渇きを癒やす事は出来ない。喉が渇くたびに泉を量産してたら、流石にエレイヤが大変過ぎる。
ちなみに雅隆は、少し前に解凍が終了して活動を再開してます。
それにしても、まさかスタート地点でここまで躓くなんて。そんな感じで雅隆がヘコんでいたら、あっさりエレイヤが土魔法で水瓶的な土器を作ってくれた。
―あ〜エレイヤさん、あんたホントに出来る女だよ!。(えへへ///)
しかもエレイヤはさらに野営の仮設テントとして、土魔法で土のドームまで作ってしまったのだった。色が違うだけで、形はまんま「かまくら」だ。
もうエレイヤさん大活躍である。
しかし悲しいかな、所詮エレイヤさんはあくまでも量産型エルフ。そうバンバン魔法を連発出来る程の使い手ではなかった。
かまくらを作ると、彼女は息も絶え絶えでガクッと膝をついてしまう。はい、無理し過ぎましたね。
荒い息を吐くエレイヤさん。
と、ここで雅隆は、疲れたのならポーションを飲めばいいじゃないか理論を披露。
「あ、エレイヤさん、こっ、これどうぞ…」
雅隆もここはポイントをケチる所じゃないくらい分かってる。ササッとすかさずポーションを手渡す雅隆。
「雅隆様…、私の事はエレイヤとお呼び捨て下さい」
そう言いつつ、何故か艶かしくポーションを呷るエレイヤさん。
と、ここでエヴァは、なぜエレイヤはさん付けなのに私は呼び捨てなのかしら?、と訝しむ。
いや、エヴァの事はエヴァンリーサじゃなくエヴァと親しみを込めて呼んでるんじゃないかな?。知らんけど…。
で、ポーションを飲んで多少落ち着いたエレイヤに、雅隆はもう一つアイテムを取り出した。
それは魔力ブーストアイテム。
つまり外付けの魔力貯蔵タンク、簡単に言うと魔力の電池版アイテムである。
魔力の貯まった宝玉型アイテム(ペンダント風、約500DP)、通称「魔力玉」を受け取ったエレイヤは、その心遣いと雅隆からのプレゼントに心から打ち震えたと言う。
「あぁ、雅隆様。私の様な者にこんな貴重な魔導具を…」
いや、プレゼントではなく貸与ですから。(雅)
そっと雅隆の手を取ると、瞳を潤ませるエレイヤがな〜んかエロい…。まあ相変わらず雅隆は、ドッと汗をかき口をパクつかせてフリーズであるが。
それにしてもこの人、なんでこんなに熱心な目を俺に向けて来るんだろ?、と雅隆は意外と冷静にフリーズしていたと言う。
―まあ、本日すでに2回目だからね、そこは慣れたもんよ。
つーかフリーズじゃなく女自体に慣れろって話だが、基本悲しい人生を送って来た中二童貞には、美女からの真っ直ぐな好意はあまり心に響かなかった様だ。
ところでこのエレイヤに与えた魔力貯蔵アイテム、これを何故エヴァには与えてないのかと言うと、それは全く意味がないからである。
と言うのもエヴァのスペックは最上級キャラなだけあってドラゴン並だ。そんなモンスターキャラが小さな魔力タンクを一つ持った所で焼け石に水、ほぼ誤差に等しい。
つまり、このアイテムはあくまで普通の人間用アイテムと言う訳なのだ。と言うか、むしろエヴァがこの魔力タンクを補充する側ですらある。
なおエヴァの魔力はドラゴン級だが、あくまで彼女は呪文のスペルを詠唱するだけの使い手で、呪文を編集したり新しく作ったりは出来ない。それはそれ専門の知識がないからだ。
しかもエヴァが所有する魔法は殆んどが戦闘用だ。それ故にエレイヤの様な汎用性の高い魔法使いが必要だったのである。
ともあれ、エレイヤの召喚でようやくジリ貧状態は回避された。こんな所からスタートかよと思わなくもないが、これで次の目標は人里に辿り着く事である。
果たして、ちょっとでもまともな文明圏が存在するのだろうか?。少なくともこの何も無い荒野から脱出したい、そう思う雅隆であったと言う。