2・異世界で主人公になれますか?
謎の魔改造を施されたスマホ、これについて雅隆はひとまず一旦横に置いておく事にした。
ま、単なる問題の先送りである。
ただ、こんなスマホの魔改造を誰かがイタズラでやったと考えるのはかなり非現実的だった。何故ならこんなに謎極まりない細工は、単なるイタズラで出来る範疇を越えているからだ。
しかし、だからと言ってこれだけで異世界転生と決めつけるのはまだ早い。今、政隆の居るこの場所が一体どんな所なのか、そこら辺もちゃんと確認しておく必要がある。意外とちょこっと歩き回ってみたら、なんだ学校の裏山か?、なんて事も無くはないからだ。
まあそこまで近所でなくとも、日本の何処かド田舎な場所である可能性は、ここが異世界であるよりはまだあり得るだろう。
と言う訳で、政隆は身近でお手頃な岩山に登ってみる事にした。幸いな事に、かなりグダグダと時間を費やしたせいで体の痛みはいつの間にか収まっていた。ふ、計算通りだぜ!。←ウソだぜ。
で、登ってみたところ。
「ヤッバ………」
政隆は岩山のてっぺんで震えた。
なんと、そこには見渡す限り大小の岩塊が転がる広大な荒野が延々と広がっていたからだった。一応、狭い足場で恐る恐る360度旋回してみたものの、果てしなく岩だらけな光景しか見当たらなかった。
な、なんちゅう所だここは…。
流石にこんな風景が日本にあると言うのは聞いた事が無いし、もしあったならとっくの昔に観光名所として有名になっているだろう。
あー、異世界決定です?。
政隆の中で、ほぼ異世界転生が決定した瞬間であった。(※転生なのか転移なのかは諸説あるので現時点では判断を差し控えたい)
とは言え、もしかすると日本以外の外国の何処かと言う可能性も無くはないのだが、政隆的にはもうこれ異世界でいいやろ?と囁く投げやりな関西弁のゴーストが居たとか居ないとか…。
「はぁ、やっぱ異世界か…?」
半ば諦め気味に、低いテンションで岩山から降りる政隆。そしてしっかりした大地に帰って来た雅隆は、しばらくその場で膝を抱えて静かにヘコんだと言う。
その10分後―
外界からの干渉を拒む様に抱え込んだ膝を、ついに雅隆は解き放つ事にした。まあぶっちゃけ腰が痛くなってきたのも理由の一つだ。なにせオッサンだから。
ただそんな気持ちを切り替えられたのは、異世界転生にもデメリットがあればまたメリットもある、そこに気付けたからだ。
確かに異世界に来てしまったら、アニメ、漫画、小説等の連載作品の続きが二度と見れなくなると言うデメリットは大きい。←もっと他にあるだろ普通はよ…。
だが所詮それら作品は架空の創作物でしかない。そして自分はそんな架空でしかなかった異世界に来ちゃったのだ。なら自分が本当の主人公になっちゃえばいいんじゃないの?。子供の頃に見た夢のような話を自分がやっちゃえばいいのだ。
それに、そう出来るだけのアドバンテージが転生にはある。
そう、それが転生時に貰える転生者特典、いわゆるチートってやつだ!。(※勝手に特典扱いしてますが、今のところその能力があるのかどうかは未確認です)
うん、転生したからには絶対に何らかの特殊能力がある筈だ。と言うか、雅隆くらいだとそれが無ければ間違いなく無理ゲーレベル。
そもそもどんな思惑で雅隆が異世界に飛ばされたかは知らないが、異世界到着後すぐに死んでゲームオーバーとか誰にとっても全く意味不明。もしこの異世界転生に少しでも何らかの意志が加わっているのなら、絶対にそんな無意味な事態は避けたいはず。
ならば何らかの特殊能力が有るに違いないのだ!。←なんて強引なクソ理論、穴だらけだぜ…。
てな訳で、さっそく雅隆は転生時に取得するだろうテンプレ的な魔法やスキル、または特殊な固有能力の確認作業を開始した。
まずは「ステータス」と叫んでウインドウを喚び出す事から始まり、さらに自分の体に宿るマナの源を探るなどなど。周囲に人が居ないのをいい事に、雅隆はありとあらゆる方法で所有しているかも知れない異世界産能力を、虱潰しに確認して行った。
ちなみに一番欲しかった能力は魔眼だったらしい。
そして―
「お、おかしい、何も持って無いなんてそんなバカなっ…?!」
結局雅隆は約1時間ほどを確認作業と言う名の奇行に費やした。そしてどうやら雅隆には、特殊能力どころかスキルの一片すら無い事が判明する。
「え、嘘だろ…、ステータス表示すら無いの?」
その悲しい事実は、残念ながらかなりの確率で間違いなかった。
何しろ異世界転生に熟知した中二野郎が、あらゆる角度からその可能性を徹底考察したのだ。おそらく調べ残しは無いと思われる。
その後、あまりのショックに雅隆はまたそこで気力を失くして大地の上で脱力したと言う。ほんと浮き沈み激しいなこいつ…。
「あ、あり得ない…」
雅隆は思わず呟いた。
―いやいやいや、てゆーかさぁ。無能力で異世界転生ってどう言う事だ?、ここは異世界じゃないのか?。
あ…、もしかして俺、巻き込まれた系か?。他に勇者や聖女が召喚されてるのか?。ただ、そうだとしても能力が無いのはどう言う事だろう?。これから覚醒するのか?、いや、もう無いだろ…。
雅隆は全身で喪失感を表すかの様に手足を地べたに投げ出し、自問自答を繰り返した。
ちなみに目を覚ました時に痛みでのたうち回ったので、すでに衣服は砂にまみれて泥だらけ。なので、もはや今さら汚れを気にする必要もない。
てな訳で、雅隆はこの荒れた砂地の上を、まるで自宅のフローリングに居るかの様な気安さで寝そべっていた。すると…。
「―――ん?…」
と、ここで完全に脱力していた雅隆が突然目を見開いて緊張を走らせた。そしてゆっくり身を起こすと、周囲の気配に耳を傾ける。
―い、今なにか…、生き物の遠吠えみたいなのが聞こえた様な…。
そんな気がした。
すると、さっきまで自室気分だった雅隆の気分はふっ飛んだ。雅隆の心の内に、もしかするとモンスター溢れる危険地帯に一人放り出されたのかも知れないと言う本能的な危機感が溢れ出す。
「な、なんか、ヤバい…」
気がつけば、いつの間にか日が傾き始めて来たのか、片側の空が仄かに赤く染まりかけていた。
雅隆の体から嫌な汗が吹き出し、居ても立ってもいられなくなる。
―わ、忘れてた…。流石にこのまま夜になったらマズいぞ…。
それにたとえもしここが異世界でなかったとしても、地球にだって凶暴な生物は腐るほど居る。ここがどんな場所であろうと、こんな訳の分からない所で夜を迎えるのは非常に危険だ、速やかに何らかの自衛策を整えるべきである。
雅隆は慌ててポケットから例のスマホを取り出した。
実の所あんまりこれは使いたくなかったが、今はそんな好き嫌いを言ってる場合じゃない。と言うのも、この手の危険対策には一つだけアテがあり、その唯一のアテと言うのがこのスマホだったからだ。
当然ながらついさっき行なった能力確認の時、もちろん雅隆はスマホの機能もチェックした。明らかに不自然な改造が施されたスマホだ、外装だけでなく中身にも手が加えられた可能性は高い。しかも一切の特殊能力が自分自身には見当たらないと分かった後だ、一縷の望みを賭けてスマホの中も要チェック済みである。
ただしなんだか変だったので、一覧しただけで何もせずにそっ閉じしたのだ…。
で、仕方なく今一度、雅隆はスマホを操作する事にした。そして「ダンジョン防衛ユニットの召喚」と言うボタンを前に、指をプルプルさせて固まった…。
なんでもこのボタンを押せば、ダンジョン防衛用のキャラが召喚されると言う…。
そう、これは雅隆のお気に入りスマホゲーム「ダンジョンアンドガールズ」の機能の一つである。
実を言うと、今このスマホ内にはダンジョンアンドガールズのアプリしか残っておらず、そしてそのアプリのお知らせ一覧の最新項目に、ダンジョンアンドガールズは緊急バージョンアップが行われ、なんと異世界対応になったらしいと言う様な事が記載されていたのだ。
へ、へぇ〜、そうなんだ。
半信半疑でそのお知らせをガン見する雅隆。
何故か、白々しく頬を伝い落ちる一筋の汗が超苛立たしい。
だけどダンジョンガールがリアル召喚されるって書いてあるんだから、本当かどうかは押してみればすぐ分かる事だ。実際にマジで召喚されるとは限らないが、召喚ボタンを押すくらいは別にどおってこたーない。ただ試しに押してみればいいだけなんだから。
「て言うか、他に頼れるものはもうこれしかないしな…」
雅隆は意を決してダンジョン防衛ユニットの召喚ボタンをタップしたのだった。