11・異世界蛮族の片付け方
エヴァと片手で掴み合ったまま、大男は彼女を見下ろして思った。
多少戦い方を知ってるのかも知れんが所詮は小娘だ、本物の武力には敵うまい。そしてこの生意気な態度は不要、そんな面倒な心根はへし折って然るべきである、と。
男は手前勝手な怒りに任せ、掴んだエヴァの腕をフルパワーで振り回した。←いや頭おかしいだろ…。
すると、両者の足元からズンッと言う地響きが上がり、乾いた地面が抉れてひび割れる。
しかし振り回された側のエヴァは揺るぎもせず、両者共に仄かな魔法光を放って睨み合うのみ。
流石にこの状況は雅隆にも分かる、二人とも身体強化を使ったのだ。
ただしかなり涼しい顔で受け止めたエヴァに対し、男はじんわりと苦痛の色を滲ませていた。と言うのも男は何の迷いもなくエヴァを地面に叩き付けるつもりだったので(←これイミフ)、振り切れなかった反動が全て自分に帰って来たのだ。
例えるなら、頑丈な壁に向かって全力で腕を叩きつける様なものだ。まさかエヴァが鉄壁の如く微塵も動かないとは想像もしなかったのだろう。
そして一方のエヴァ、これは誰にも分からなかった事だが、この時彼女は身体強化だけではなく重力操作で自重の増加も行っていた。
なぜならどれだけ力を強化しても体重が軽いと普通に押し負けるからだ。慣性の法則って奴である。まあスピードでそれを補う事も可能だが、それには相手の動きを読み切る必要がある。ただそこまでしなくてもこの方が遥かに簡単で楽なのだ(エヴァにとっては)。
直接戦闘において重量の軽重は大切だ。ある意味、より重い方が重力を味方に付ける事が出来ると言う訳だからだ。
で、けっこう無茶したつもりの攻撃がほぼ完璧に防がれてしまった大男は、苦痛と屈辱で顔を赤く染めた。
まさかエヴァが重力操作と言う高度な魔法で自重を増加させているとは想像もしなかったが、直感的にエヴァがヤバそうなテクを使っているのは薄々感じていた。しかし男の浅はかな経験則が今のミスは単なる不運で、もう一度本気を出せば今度こそはちゃんとぶちのめせる筈、そう結論付けたのだった。
いやいや、ちょっと待てよ、と。
どうせこの大男はエヴァを力尽くで手篭めにしたい、そう考えているのは間違いなかった。だがそれにしては扱いが乱暴すぎるだろ。
もう一度よぉ〜く考えて欲しい。いくらエヴァがただの女じゃないとは言え、それでもこんないい女を少しでも傷物にして良い事は何一つない。
一体なに考えているの?。バカなの、クズなの、殴っていい?。雅隆はいろんな意味でこの両者の争いをハラハラしながら見守っていたと言う。
てな訳で、大男はムキッと筋肉を盛り上げると、今度は本気で腕を振り切ったのだった。(オイ)
「ふんっっ…!!」
またもや魔法光を瞬かせて力を込める二人。
しかし、それでも男はまったくエヴァを揺るがす事が出来なかった。
エヴァは真正面から男の力を受け止めつつも、互いのバランスまで取りながらもしれっと突っ立っている。
まあそれもその筈。エヴァは今、重力操作で体重が300キロくらいあったからだ。しかも保有魔力がそもそもドラゴン級なので、身体強化率も普通の人間とは桁違いだ。
こんなの幼児が大人に喧嘩を売っている様なものである。
でもそんな事情を知らない男は混乱した。
流石にこんなバカでも、エヴァがなんか異常な事をしているのは分かる。しかしその現実を受け入れられるほどの柔軟性が男には乏しく、小さ過ぎる忍耐力がつまらないプライドをコントロールしきれなかったのだ。
そして思考停止のままそれでも同じ事を繰り返そうとする男に対し、いい加減エヴァが呆れた。
「しつこい!」
エヴァは男の手が潰れるのも気にせずにグワシッと握り締めると、逆に男を振り回してブン投げた。すると男はあり得ない勢いでふっ飛び、壊れた人形の様に手足を振り乱して大地を転がったと言う。
でも流石はエヴァ、無関係な人間は誰一人巻き込まなかった。
ただそのせいで男は果てしなく大地を転がり続け、何十メートルも離れた所でようやくパタリと停止したのだった。
―し、死んで、ないよな…。
し〜ん、とその場が静けさに包まれる。
だがここでエヴァはさらに追い打ちを掛ける。
エヴァの腕が指揮者の様に振られると、神速で魔法「炎の剣」数発が遠くで倒れる男に放たれたのだった。
ちなみにこの「炎の剣」は、詠唱を簡略化した身振りによる動作入力だけで発動された模様。
ズドドドドッ、と激しい着弾音が周囲に響き渡る。
蟲モンスターをたった一発で仕留めた炎の剣。それが連発で撒き散らされ、その圧倒的な火力を見せつける。
その威力とスピード、威嚇としては十分…。いや、これやり過ぎじゃない?。
あ、でも砂煙が晴れ、男の生存が確認される。なんと炎の剣は見事に男の周りだけに着弾していたのだ。
『彼女は強力な魔法戦士だ、あまり怒らせると怪我では済まない、注意せよ…』
一帯の群衆に対し、エレイヤがまとめてそう念話で警告したのだった。
その後、ハンターたちとの交渉はスムーズに進んだ。
一番の収穫は、現地語の翻訳用魔導具が手に入った事だ。エレイヤからもこの手のアイテムが存在するとは聞いていたので、まずそれ関係を要望してみたらあった。
翻訳魔導具とは、外付けの副脳みたいなものだ。見た目は指輪だが、嵌められた小さな魔石には言語データが搭載されていて、これを装備していると対応する言語の補助が受けられるのだ。
例えば、全く英語を知らなくても、その指輪が英語に対応していればちゃんと英語が聞き取れて話せるって訳である。
指輪に施された言語データの質にもよるが、だいたい数年使えばたいてい慣れて指輪無しでもネイティブ並に使える様になるらしい。
この世界には様々な異種族や亜人種が存在する。なのでこう言う手っ取り早いアイテムの需要が高いのだろう。まあまあ高価だが、必要性の高い組織、団体向けに一定数出回っているらしい。
ま、これでなんとか普通の異世界ファンタジーがスタート出来るって訳だな。
ところで雅隆たちはこの国の通貨を持っていないので、対価としてポーション類を用意していた。これに関しては結構しっかり事前準備していたのである。
それにゲーム産のポーションは現地産のポーションと比べて品質が一定で、容器も綺麗な透明プラスチックである。こう言う見た目による差別化は意外と重要だ。これはある程度異世界の一般知識を知ってるエレイヤのお薦めだった。
実際にゲーム産の下級ヒールポーションはかなり好評価だった。
ちなみに上級のポーションは、高品質過ぎてリアル世界では技術的な限界を超えてるので不自然らしい。
ただ、今回の取り引きはエヴァの武力誇示が功を奏したからであって、なんの信用実績も組織的な背景も無い個人だとぼったり価格でしか取り引きして貰えない事も少なくないと言う(エレイヤ談)。
ん〜、ポーション頼みで異世界を悠々自適とかそう簡単ではないのか?。
と言う訳で、このハンター村で一番欲しかったのは情報と現金だったが、まだ全然足りないのでしばらくこの村(?)に滞在する事になった。
どうやらこのギルド村の責任者はエヴァの強さに感銘を受けた様で、しばらくゆっくり滞在して行きなよとお勧めされたのだ。
ただ正直言って、雅隆としてはこんな犯罪者だらけの流刑地みたいな所に長居するのは出来れば避けたかった。しかしながら政隆たちには先立つモノが無い。しかもこの村がモンスターを狩るのにちょうどいい場所にあると言うのならまあ乗るしかない、その大波に。
ま、その波に乗るのは主にエヴァなんですけどね。