10・異世界村人との遭遇
ぞろぞろと集まって来る村人たち。
なんだか思ったより人が多い、しかも野郎ばかりだ。しかし、それにしてもけっこう大事になったな、何かやらかしてしまったのだろうか?。
と、ここで村を背にした男たちの中から一人、明らかに代表者っぽいのが進み出た。
「✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕?!」
なのだが、やはり何を言ってるのかさっぱり分からない。
ちなみにそれはエヴァやエレイヤも同様の筈で、以前聞いた所によるとエレイヤは何故か日本語とエルフ語のバイリンガル。そしてエヴァに至っては、ハーフ設定なのに日本語オンリーだ。
あぁ、なんて異世界転生に不向きなメンツなんだろう。スマホにも言語関係をなんとかする項目はなかったし、これはさっそく地獄だな…。
もしかして雅隆たちは、このまま現地人とは誰ともコミュニケーションを取れずに、延々と哀しきソロプレイを強いられる事になっちゃうのだろうか?。
それにしても初めて訪れた村で突然のこの塩対応。いくら異世界とは言え、ヒョロいおっさん一人と妙齢の美女二人だ、何故こんなに警戒されるのか意味が分からない。
まあモフモフ大トカゲのディメも居るが、こいつは基本的に馬っぽい何かに見える筈。少なくとも中ニ感患者が連れ歩くイカれたペット枠なんかではないんだが。
集まる村人の数も一段落し、結構な人影が雅隆たちの前で事の成り行きを見守っていた。
村の男たちは見た目こそ蛮族っぽかったが、その行動はむしろかなり規律的に組織されていると言っていいだろう。
とは言え、雅隆たちが今だに無反応なので、そろそろ村人の中からも苛立ちを隠さない者が現れ始める。ど、どうする…。
と、その時…。
「雅隆様、私にお任せを」
エレイヤが雅隆の横から静かに声を上げた。そして呪文書を片手にゆっくり前に出る。
魔法使いらしき女が出て来て何をするのか?、そんな感じで訝しむ男たち。
エレイヤが呪文の詠唱を始めると、突然の魔法行使に多少身構える村人。しかし、それでも彼らの中に釣られて暴発する輩はいななかった、意外と冷静だ。
そしてエレイヤが、代表する男へと仄かに光る手の平を差し出した。
彼女の使った魔法、それは念話魔法だった。
対する男も、エレイヤが念話による対話を求めているとまでは分からなかった。だがこれが自分らに対する何らかの対応であろう事は分かる。
それにもしこれが何らかの罠であったとしても、交渉事におけるリスクを被るのはこの男の役割だった。
男は差し出されたエレイヤの手に自らの手を重ねた。
念話魔法、それは自分が伝えたい思いを感情的にダイレクトで相手に伝える魔法だ。
言葉が通じない相手と意思疎通する方法は他にも各種あるが、これはどんな相手にもある程度通じる汎用性があった。
結果、話は上手くまとまった。
村人の雅隆一行に対する要求、それは単なる誰何であった。
要するに村への訪問者に対して所属、地位、目的、そう言ったものを確認したかっただけらしい。と言うのも、どうやらこの村は村ではなかったからだ。
なんと、ここはハンターたちの狩り場に設置された拠点の一つであった。
ギルドと呼ばれる大規模なハンター集団が、良好な狩り場に停泊用の仮設砦を築いたものがコレで、行政区分的には村ではないらしい。
そんな関係で、ここに知らない人間が訪れる事は殆んどなく、それ故に雅隆たちは警戒されたのだった。
どうやらこの世界には、冒険者ギルドと言うハンターを取りまとめる巨大組織なんてのは存在しないらしい。
この国でギルドと言うと、ハンター同士の大集団で、大組織の利点を生かしてあくまでも独自の利益を追求するちょっと大きめのパーティーを指す。だから美人のギルド職員なんか居ないし、Fランク冒険者用の街中お使いクエストなんかも無いらしいのだ、ざんねん。
つー事は、つまりリアルファンタジー寄りって訳だね。
で、雅隆たちの扱いだが、あまりギルド関係者以外は受け入れてはいないが、商業的な取り引きを行う事は時々ある。要するになんか良いブツを売り買いするなら応じてやってもいいが、何も用が無いならさっさと出て行けとの事。
そして代表の男がそう村人(正確にはハンター)たちに対して事態の解決を宣言すると、殆んどの人間は納得して帰って行った。
が、一部の男たちが嫌な笑みを浮かべて雅隆たちに近寄って来た。雅隆たちと言うか、主にエヴァとエレイヤに。
後で分かったが、この世界の女性はなるべく体のラインも顔も隠し、なるべく目立たない服を着るのが一般的だった。それはこうして悪い男に狙われるからである。
ただエヴァなんかはダサい服など絶対に着たくない、そう言って元々可愛いさ重視の服しか着ないのだから回避のしようがない。
実際にエヴァは、人気校の制服っぽいカジュアルな専用服の上に、これまたエヴァ専用の洗練されたコートを羽織っていた。そしてそのせいで彼女のモデルみたいな整ったスタイルが丸見えなのだ。しかも顔を隠す事なんかする訳ないから、どんな女かはまるっと丸分かりである。
なお、これらの服は全てゲーム産なので、見た目に反してやたら防御力とかは高くなっている。
ちなみにエレイヤはと言うと、足元まである魔法使いローブを着て、エルフの耳が見えない様にフードを頭から被っていた。かなり現地民に近いスタイルである。
ただエヴァと二人並んでも見劣りないシルエットと仕草は、エヴァと同レベルの美人であると思わせる存在感があったし、まあ実際そうだ。
それにフードをちょっと下から覗き込めば、美人かどうかぐらいはすぐに分かってしまう。
案の定、男たちは下品な声を上げながら、彼女らを間近で品定めし始めた。
ぶっちゃけ相当ゲスい雰囲気なので、念話なんか介さなくても男たちが何を考えているかは容易に想像がつく。
ただ雅隆たちのこの世界での身分は単なる旅人である。つまり何の特権階級でもないただの平民扱いなのだ。
念話では「貴族か?」→「違う」。
「所属のギルドは?」→「ない」。
「なぜここに?」→「たまたま」みたいなざっくりした問答だったらしいけど、情報自体は正確に伝わった模様。
ま、本当にこいつらただの旅人かよ?、と言う懸念はあるだろうが、本人がそう主張するんだから無理な詮索はしないのが社会人の嗜みなのは世界共通である。
そしてこのハンター村の組織は自己責任が徹底していた。勝手にスタンドプレーに走るのは自由だが、問題が発生しても自力でどうぞ解決してねと言うスタンスである。それ故にこう言った柄の悪い輩が粉をかけて来る事もあるのだろう。
ただ唯一の救いは、男たちもそれほど腕ずくでと言う訳ではなく、とりあえずセクハラレベルの会話止まりって所だろう。
とか思ってたら、突然むちゃくちゃ頭悪そうなヤバい奴らが現れた!。
集まった男たちの殆んどはもうとっくに村へ帰って居なかったが、おそらくそんな奴らから話を聞いてやって来たのだろう。ひときわガラの悪そうな集団が、今居る男たちを押し退け無理やり割って入って来たのである。
「✕✕✕✕✕✕✕✕✕〜ッ!」
何を喚いているのかは分からないが、先頭の大男が躊躇なくエヴァに手を伸ばした。と思ったら、くるっと振り向いたエヴァによってガッチリと男の手が掴まれてしまう。
なんと、エヴァが涼しい顔で男の突進を食い止めてしまったのである。
流石にこのエヴァの反応は誰しもが意外だったのだろう、一瞬にして場が静寂に包まれる。
そして仕掛けた大男も驚きで動きを止めるものの、男はそれを覆い隠すかの様にニヤリと唇を歪めて嗤った。それがどうした、と。
それにしても、突然かなりの勢いで掴みかかって来たけどこの男はハンパないバカなのだろうか?。
だってこんな可憐な女の子に怪我させたらどうするつもりだ?。お前、ちょっとでも生まれる世界を間違ってたら社会的に即死んでたぞ?。
一応エヴァからは、ドラゴン相手ならともかく人間相手じゃ負ける気がしないとは聞いてたが、それでもやはり心配になる。
ただ、こんな序盤も序盤でドラゴン級の強キャラが出て来るもんだろうか?。まあ確率的には低いよな。
それに見た目も分かりやすく悪そうなキャラだ、見た目通りの運命を辿るのは間違いないだろう。
雅隆は、他人事の様にそう考えたのだった。