第89話
バスで県立図書館に行くには30分以上かかった。
ほとんど行ったことがなかったので、バスから降りて腕時計を見た時はこんなに時間がかかったのか⁈と驚いた。ただバスに乗ってる間はハナザワさんにお薦めされて学校の図書室で借りた本の感想などを小声で話し合ってたので、体感時間は10分ぐらいのように感じた。
県立図書館に着くと、ハナザワさんがまず借りた本と返したいと言ってきたので、最初はカウンターに向かった。本を返却するためにハナザワさんにバッグを渡すと、ハナザワさんは8冊も本をバッグから取り出して返却していた。
「ハナザワさん、これ全部読んだんだよね?」
「はい。読みましたけど。それがどうかしましたか?」
「いや、何日間で読んだのかなって思ってさ。」
かなり分厚い本も混ざっていたので俺は率直に疑問に思ったことをハナザワさんに尋ねた。
「先々週の日曜日に借りたので2週間ですね。」
ハナザワさんはたいしたことなさそうに答えてたが、俺は2週間でこの量の本を読め!と言われたら、時間のほとんどを本を読むことに費やさなきゃいけなくなりそうだったので、素直にハナザワさんの本を読む速さに驚嘆してしまった。
「2週間でこの量を全部読むなんてすごいね。」
「すごくないですよ。私の趣味が読書だけなので、ほとんどの時間を読書に割いてるだけですよ。」
「ううん。そうだとしてもすごいよ!」
「そう…ですかね?それじゃあ、そういうことにしておきましょうか?」
ハナザワさんは始めは謙遜していたが、最後には俺の称賛を受け入れてくれた。
「それじゃあ、本も返却し終えたので、早速トツカ先輩の利用者カードを作りましょうか?学生証は持ってきていただけましたよね?」
「うん。ちゃんと持ってきてるよ。」
県立図書館に行くことを決めた日、俺が県立図書館の利用者カードを持ってないとハナザワさんに伝えると、ハナザワさんは氏名と住所が分かる学生証があればすぐに作ってもらえると教えてくれていたので、学生証を忘れずに持ってきていた。
カウンターで手続きをした後は、利用者カードができるまでハナザワさんのお薦めの本を読んで待つことにした。
俺が読書スペースの椅子に腰かけて待っていると、ハナザワさんが笑顔でお薦めの本を持ってきてくれた。
「この本、市立図書館にはないんですよ!でも絶対に読んでほしかったので、今日は県立図書館まで一緒に来てもらったんです!」
ハナザワさんが少し興奮してる感じがしたが、好きなものを他人に薦める時は、誰しもこうなるものだろうと俺は自分が好きな漫画の話をしている時のことを客観的に判断して思っていたので、ハナザワさんのことを変わってるなと思ったりすることはなかった。
「そうなんだ?それじゃあ、さっそく読ませてもらうよ。」
俺がハナザワさんのお薦めの本を読み始めるとハナザワさんは俺の隣の席で別の本を読み始めた。ハナザワさんが薦めてきた本は少し哲学的な恋愛小説だった。今まで読んだことがないジャンルの小説だったが、哲学的な漫画は読んだことがあったし、嫌いではなかったので楽しんで読むことができた。
俺が本を読むことに没頭していると、ポンポンと肩を誰かに叩かれた。俺が後ろを振り向くとハナザワさんが小声で、「もう1時になるので、お昼食べに行きませんか?」と提案してきた。
「もうそんな時間なんだ?それじゃあ、どこか食事できる場所を探そうか?あ!そういえば県立図書館にはレストランがあったよね?そこで食べようか?」
「あの……お昼なんですが、私お弁当を作って来たんです。だからそれを食べませんか?」
ハナザワさんはもじもじしながら提案してきた。
その提案を聞いて俺は2人分の食事代を出さなくて済んでラッキーとしか思わなかったので、ハナザワさんの提案に同意した。
するとハナザワさんはパーッと笑顔になり、「それじゃあ、3階のラウンジは飲食OKなのでそこで食べましょう!」と言った。
ハナザワさんに促されるまま、3階のラウンジに向かった。ラウンジの席に座るとハナザワさんは本を8冊も入れていたバッグからお弁当を取り出した。
「お口に合えばいいんですけど……。」
ハナザワさんは自信なさそうにそう言ったが、おにぎりに鶏の唐揚げ、卵焼きにミニトマトとブロッコリーと色合いも考えられていて、とても美味しそうだった。
「わざわざ作ってきてくれてありがとう!それじゃ、いただきます!」
そう言って俺がおにぎりを手に取ると、ハナザワさんが「あ!」と声を漏らしたので、「どうかした?」と聞き返した。
「おにぎりはちゃんとラップ越しに握ってますので、素手で握ってませんので。」
俺が他人が素手で握ったおにぎりが食べられないかもしれないと心配したのか、ハナザワさんはちゃんと説明してきた。
「大丈夫だよ!ハナザワさんの握ったおにぎりなら全然食べられるよ!」
と答えて、俺はおにぎりを食べ始めた。
「そうですか?それなら良かったです。」
ハナザワさんは俺の返答にホッとしてるようだった。
ハナザワさんのお弁当が美味しかったのと、残すのは失礼だと思ったので、ちゃんと全部食べ切った。お弁当を食べ終えると図書室に戻って、また本を読み始めたが、お腹いっぱいになったことによる眠気からあまり読むのは捗らなかった。
俺がウトウトしているとポンポンと誰かに肩を叩かれた。俺が後ろを振り向くとハナザワさんが小声で、「そろそろ4時になりますし、帰りましょうか?」と提案してきた。
これ以上ここにいても本を読むのは捗らなさそうだったので、俺はその提案に同意した。
まだ読み終わってない恋愛小説ともう1冊、ハナザワさんが薦めてくれた推理小説を借りて図書館を後にした。
駅まで向かうバスを待つ間やバスに乗ってる間は行きの時と同じように、ハナザワさんと本の話をしていた。駅に着くと、ハナザワさんは電車に乗って帰るので改札口まで一緒に行った。
改札口の手前まで来ると、ハナザワさんはパッと俺の方を向いて、「あの、トツカ先輩!また機会があればデートしてくれますか?」と聞いてきた。
「うん。いいよ。今日借りた本を返却するときに一緒に行く?」
俺は何気なく答えたのだが、ハナザワさんはパーッと笑顔になり、「はい!ぜひ行きたいです!」と返答してきた。
ハナザワさんがあまりにも喜んでいるので、また図書館ではなくて、別の場所を提案した方が良かったかな?と少し申し訳なく感じた。でも、ハナザワさんは一切気にする様子もなく、「今日はありがとうございました。また明日。」と言って改札口を通って行った。俺はそれを見送ってから家路に着いた。