第80話
この日の夜8時、ナツキが確実に帰宅している時間を狙い、俺は自分の部屋からナツキに音声通話をかけていた。
ラインのメッセージを送って窓を開けさせて直接話そうかとも考えたが、今ナツキの顔を見て話すのは俺の気持ち的に無理だったのと、もしナツキが(やるかどうかは分からないが)感情を爆発させて大声で話されたりしたら、母さんたち(や周りの家の人たち)に俺たちの会話が聞こえてしまうかもしれないので、それはまずいと考えたために少しでも会話が周りに聞こえないようにスマホで音声通話をかけることにした。
音声通話をかけるとすぐにナツキは出た。
「セイ!私と別れないよね⁈私からハナザワさんに乗り換えたりしないよね⁈」
ナツキは第一声からかなり大きな声だった。それだけ俺から別れ話をされるのではないかと心配だったのだろう。
俺はとりあえずナツキを落ち着かせようと落ち着いた声で、「ナツキ落ち着けよ。今のところ、ナツキからハナザワさんに乗り換えようとは考えてないよ。」と答えた。
「そ、そう⁈それならいいけど……。」
今の俺の答えはナツキの質問に1つしか答えてないのだが、それはあえて言わなかった。ナツキがこれ以上心配して大きな声を出すのを防ぐためだ。
「それならなんで電話してきたの?」
「それは……ナツキとの関係をどうすべきか話し合うためだよ。今のままでいいわけないだろう?」
「なんで⁈今のままでいいじゃん!今のまま私はセイの形ばかりの彼女ってことで。」
「そういうわけには行かないだろう⁈その……言いづらいけど、ナツキは俺のことが好きなんだろう?好きな男の形ばかりの彼女のままでいいのかよ⁈満足するのか⁈」
「満足してるよ!」
俺の質問に対して全く間を取らずにナツキはきっぱりと答えた。俺はナツキの答えに納得がいかず、「どうして⁈ずっと振り向いてもらえないかもしれないんだぞ⁈」と聞き返した。
「あれ?それをセイが聞くのはおかしいんじゃない?」
「どういう意味だよ?」
「だってセイも一生振り向いてもらえないかもしれない相手を愛人にしてるじゃない。だったら私の気持ちも分かるんじゃない?」
そう言われてみればそうだった。俺もカジワラにもしかしたら実らない恋をしていたんだった。愛人にしかなりたくないというカジワラを諦めきれず、ナツキを形ばかりの彼女にして愛人としてカジワラに付き合ってもらうくらいカジワラのことが好きだ。
俺のカジワラに対する気持ちとナツキの俺に対する気持ちが同じだというのなら、俺は決断しなくちゃいけない!
「ナツキ!ナツキがそういう気持ちなら、俺はナツキとは今の関係を続けられない!」
「え⁈どうして⁈やっぱり、ハナザワさんの方がいいの⁈そうなんでしょ⁈」
「いや、違……。」
「分かった。だったら私、明日ハナザワさんともう一度話してセイのことは諦めてもらう!」
「いや、だから……。」
「じゃあ、おやすみ!…………。」
「おい!ナツキ!おい!くそ!切りやがった。」
俺はナツキの誤解を解こうとしたが、その説明を一切聞かずにナツキは通話を切った。
誤解してると言ったが、ナツキは誤解を解く説明をわざと聞かないようにするために通話を切った気がする。もしかしたら誤解してるふりをしてるんじゃないか?いや、考え過ぎか?う~ん?まあ、明日直接話して誤解を解けばいいか。
ナツキと話すという決断を実行に移せたことに満足して、この日はそのまま寝てしまった。次の日に大変なことが待ってるとも知らずに。