第75話
すぐに俺は自分の発言を後悔した。
カジワラに否定も肯定もされたくない!と思った俺は、「ごめん!今の嘘!なかったことにしてくれ!カジワラも真面目に答えなくていいから!」と自分の発言を撤回して、カジワラに質問に答えないように頼んだ。
するとカジワラはにっこり笑いながら、「うん。私が納得する金額を払ってくれたら、手をつなぐのもキスするのもOKだよ。でもそれ以上のことは、いくらお金を積まれてもいやかなぁ。」とはっきりとした声で答えた。
「え?何で?俺答えなくていいって言ったよね⁈」
「え?でも、トツカくんホントは知りたかったんだよね?曖昧にしておくのも良くないかなぁと思ってさ。」
「でも、それじゃまるでホントの愛人みたいじゃん⁈」
「ホントも何も私はトツカくんの愛人でしょ?お金を払ってくれれば、ある程度の要望には応えるよ。」
「でもカジワラは俺が愛人として付き合ってくれって言った時、お金を請求しなかったじゃないか⁈だから、カジワラも少しは俺に好意を持っているのかなって思っていたんだけど……。」
「ああ、それはトツカくん以外に私に愛人になってくれって言ってくる人がいなかったから、私を楽しませてくれるならデートを時々するくらいの関係ならいいかなって思っただけだよ。トツカくんよりいい条件を出してくれる相手が現れたら、そっちに乗り換えるよ。」
「……。」
「それでどうする?このまま帰る?それとも私にお金を払ってお茶しに行く?」
「……今日は帰ろう。」
「分かった。」
このあとバスを待つ間もバスに乗って駅に向かう間もカジワラとは特に会話らしい会話はしなかった。カジワラから聞きたくないことをこれでもかというくらい聞かされて、ショックを受けていたからだ。
カジワラにお金を払えば要望をある程度聞いてくれることや俺よりいい条件の相手が現れたら俺は捨てられることを聞いたからショックを受けたというのもあるが、一番ショックなのはカジワラがお金さえもらえばキスしてもいいと思える相手に俺が入っていることが少し嬉しいと思ってしまったことだった。
だが分かってほしい!好きな相手からお金をもらってもキスしたくないと言われるよりは、お金をもらったらキスしてもいいよと言われた方が嬉しいだろうということを。
そんなショッキングなことを口に出したカジワラは全く気にする様子もなく、窓からたいして面白いとも思えない景色を見ていることにもショックを受けた。
バスが駅に着くと、本当は今すぐにでも家に帰ってベッドに潜り込みたい気分だったが、一応改札口まではカジワラを送っていくことにした。カジワラと駅の改札口に向かって行く途中で、「トツカ?」と俺の名前を呼ぶ声が聞こえたので後ろを振り向いた。
するとそこには髪を茶髪に染めてピアスを付けた、俺と全く関わりを持つことはないような男性が立っていた。俺はちょっと身構えたが、その男性はにっこり笑って、「やっぱりトツカだ!久しぶり!俺だよ!俺!」と話しかけてきた。すぐには思い出せなかったが、その笑顔に見覚えがあった。
「……もしかして小関か?」
「そうだよ!やっと思い出したのか?俺はすぐに気付いたってのに。」
「分かるかよ!中学の時と雰囲気変わってるし、身長もすっげえ伸びてるじゃん!」
俺に話しかけてきたのは中学の時同じクラスだった小関優斗だった。中学時代はよく他愛もない会話をした友だちだったのだが、高校が別々になったので段々と疎遠になっていった奴だった。中学時代は身長が150センチ台だったはずだが、今は俺と同じくらいの170センチ台になっていたので最初は全然気が付かなかった。
「こんなところで何してるんだ?コセキ?」
「俺?俺はこれから友だちと映画見に行くんだよ。トツカは?」
「えーと?俺は……その……。」
何て言おうか迷っていると、カジワラが、「ねぇ?トツカくん、この人だれ?」と尋ねてきた。
「あ!ごめん、カジワラ!こいつは俺と同じ中学のコセキだよ。」
「そうなんだ?初めまして。カジワラです。」
「初めまして。コセキです。カジワラさんはトツカとはどういう関係?」
俺はコセキの質問を聞いて息をのんだ。というのもカジワラが他人に俺との関係をどう説明するか分からなかったからだ。
するとカジワラはにっこり笑いながら、「私はトツカくんの彼女です。今日は2人でデートなんです。」と答えた。
俺はカジワラの発言にホッとするとともに、俺の愛人だという訳がないかとさっきまで心配していた自分に笑ってしまいそうになった。
「そうなんだ?羨ましいぞ!トツカ!こんなかわいい彼女とデートなんて!」
「あははは……。」
「それじゃ、俺は友だちと約束があるからそろそろ行くな。トツカまたな!」
「ああ、またな。」
俺はコセキが見えなくなるまで見送ったあと、カジワラに、「ありがとな。カジワラ。」とお礼を言った。
「私が『愛人です。』って言うと思った?」
「実は少しだけ……。」
「そんな非常識じゃないよ!それじゃ私も帰るね!またね、トツカくん。」
「ああ、また明日。」
今度はカジワラが改札口を通って見えなくなるまで見送った。
愛人という関係は非常識ではないのかな?と疑問に思ったことは口に出さないでおいた。
さーて!俺も帰るか!と帰宅の途に就こうとすると、見覚えのある三つ編み姿の女子の後ろ姿が視界に入ったような気がしたが、特に気にせず家に帰った。




