第25話
俺はカジワラに言われたことのショックから何も考えられない状態で図書室から出て、そのまま自分のクラスに戻ろうとした。
「あの!」
と声を掛けられたので振り向くと、本を抱えた三つ編みの女子が目に入った。
そうだった。彼女と本の話をすることになってたんだ。どうしよう?申し訳ないけど、今はそんな気分じゃないんだよな。
俺が何も言わずに黙っていると、三つ編みの女子が、「あの、大丈夫ですか?」と俺を心配してきた。そこで初めて今の自分が他人から心配されるような状態に見えるということに気が付いた。たいして親しくもない下級生に心配されたことの恥ずかしさから、「ああ、大丈夫だよ!それじゃあ、どこで話をしようか?」と平気なふりをしてしまった。
「そうですか?大丈夫ならいいんですけど。話をするならちょうどいい場所知ってます。」
「そうなんだ?じゃあそこに行こうか。案内してくれる?」
「はい。こっちです。」
俺が三つ編みの女子に付いて行こうとすると、後ろから、「おい!セイ!」とキョウヘイに呼び止められた。
「何だよ?キョウヘイ?」
「『何だよ?』じゃないだろ!カジワラはもういいのかよ?」
「ああ。今日はもういいよ。本も返したし、もうカジワラに話しかける口実がないからな。」
「そんなもんまた本を借りればできるだろ?……ん?そっちの女子は誰だ?」
「ああ、この子は……えーと?ごめん。まだ名前聞いてなかったね。名前何て言うの?俺は戸塚って言うんだけど。」
キョウヘイに聞かれるまで気にしていなかったが、まだ三つ編みの女子の名前を聞いていなかったことに気が付いた。俺が名前を尋ねると彼女も今、名前を言ってないことに気が付いた様子で、「すみません。まだ名前を言ってませんでしたね。私は花沢柚って言います。」と答えた。
「ハナザワさんって言うんだ?キョウヘイ、こちらハナザワさん。月曜日に俺が借りる本を迷っていた時に『東〇圭吾』の本を進めてくれたんだ。そしてこれからハナザワさんとその本について話そうってことになってるんだ。」
キョウヘイは何か言いたげだったが(キョウヘイが言いたいことは大体予想できたが)、「そうか。じゃあ俺は教室に戻ってるから。」と言って(俺に言いたいだろうことは何も言わずに)教室に戻って行った。
「ごめんね。ハナザワさん。それじゃ行こうか?」
「はい。こっちです。」
ハナザワさんに付いて行くとあまり人気のない特別教室に着いた。
「ここ?」
「はい。この教室ってあまり人が来ないので図書室が混んでいる時なんかはよくここで本を読んでいるんです。」
「へー。そうなんだ?それじゃあ、さっそくだけど、借りた本の話だと俺は『燃える』って話が好きだな。」
「『燃える』ですか?私も好きです、『燃える』!」
そこからはほとんどハナザワさんが話しているのを俺が聞いているだけだったが、かなり楽しい時間だった。やっぱり自分が面白いと思った気持ちを誰かと共有できるのはそれだけで楽しかった。特別教室に来て十数分後、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
「昼休み終わっちゃったね。そろそろ教室に戻らないと。」
俺がそう言うと、ハナザワさんは名残惜しそうに「そう……ですね。もっと話したかったんですけどね。」と返答してきた。
「俺ももっと話したかったけど、昼休み終わっちゃったからさ。仕方ないよ。」
「そうですね。……あの!トツカ先輩!もし良かったらまた会ってお話できませんか?」
「全然いいよ。それじゃあ、また今度図書室で会ったら話そうか?」
「はい。ありがとうございます。」
ハナザワさんも納得できたみたいなので、俺たちはそれぞれの教室に戻って行った。