第109話
私がオウカさんと初めて会ったのは小学4年生の時だった。
お父さんが「レストランで食事をしよう。」と言って、私とお姉ちゃんを連れて行ったレストランで待っていたのがオウカさんだった。初めて会った時、「すごく綺麗な人だなぁ。こんな綺麗な人テレビでしか見たことないよ。」とただただオウカさんの美しさに驚いたのを今でも覚えている。
オウカさんは私とお姉ちゃんの目線に合わせるためにしゃがんで、「初めまして。ミカンちゃん、レモンちゃん。私はあなたたちのお父さんの友だちのシミズオウカです。よろしくね。」と挨拶してくれたが、私は緊張から上手く挨拶できなかった。お姉ちゃんは明らかに不機嫌なのを隠さずに挨拶を返していた。
お父さんは売れない小説家だった。私が小学2年生の時にはまだ、1冊か2冊ぐらいしか出版社から本を出してもらっていないうえに、その本自体もあまり売れていないという状況だった。そのためうちの家計はお母さんが支えていた。
と言っても、パートを何件も掛け持ちすると言った感じではなく、ちゃんと漫画編集者の正社員として働いていた。漫画編集者の仕事は大変らしく、毎日私とお姉ちゃんが寝てから帰宅していた。そんなわけでうちの家事をやっていたのはほとんどお父さんで、私とお姉ちゃんと遊んでくれるのもお父さんだった。だからと言って、お母さんよりもお父さんの方が好きだったわけではなく、どちらも平等に好きだった。
ただ、お父さんとお母さんの関係が良好だったわけではなく、小学生の私から見てもお父さんとお母さんは愛し合っているわけではないんだなというのが理解できていた。けれども、喧嘩するほど嫌いなわけではなかったし、他の子のお父さんとお母さんの関係を知ることもなかったので、これが普通なのかなと考えていた。
そんなうちの家庭の転機は私が小学3年生の時にお父さんが何かの小説の賞を取り、その小説が出版されて数十万部ぐらい売れた時だった。それからお父さんは出した本が今でもそこそこ売れるくらいの小説家になった。だからと言って、うちの家庭がすごく裕福になったわけではないけど、お父さんは今までかけらほどもなかった自信がつき、交友関係も広がったようだった。けれども、夜遊び歩いたりするようなことはなく、ちゃんと私とお姉ちゃんのお父さんをしてくれていた。
そんなお父さんがレストランに連れて来てまで会わせたかったオウカさんを特に疑うこともなく、オウカさんが「お姉ちゃんって呼んで。」と言ったので、私はためらうことなく「オウカお姉ちゃん。」と呼んだ。お姉ちゃんの方は中学1年生ということもあり、オウカさんとお父さんの関係に気付いていたのだろう、オウカさんのことを「お姉ちゃん。」と呼ぶことはなかった。
レストランで食事をしてからオウカさんと別れて家に帰る時、お姉ちゃんはお父さんに聞こえないように私に、「オウカさんのこと『お姉ちゃん。』って呼ぶのはやめなさい。」と私を諭すように言ってきた。お姉ちゃんがそう言ってきたこととお父さんが、「オウカさんと会ったことはお母さんに言っちゃダメだよ。」と言ってきたこともあり、小学4年生の私でもお父さんとオウカさんの関係に疑念を抱いた。
しかし、その後も月に2,3回のペースでオウカさんと会うことを繰り返すと、オウカさんが綺麗なだけでなく、私とお姉ちゃんに優しくもあったので、私はすっかり懐いてしまっていた。私だけでなく最初はオウカさんのことを毛嫌いしていたお姉ちゃんも1年も経つとメイクのことを尋ねるくらいオウカさんに気を許していた。
オウカさんはモデルの仕事をやっているらしく、メイクやファッションに詳しくて、それもあって私よりお姉ちゃんの方がオウカさんに懐いていた。
しかし、そんな関係がいつまでも続くことはなく私が小学6年生の時、ついにお母さんがお父さんとオウカさんのことに気付いたらしく、お父さんとお母さんは別の部屋にいる私とお姉ちゃんに聞こえるくらいのとんでもない夫婦喧嘩をした。
結果としてお父さんとお母さんは離婚することになった。私はそれを聞いた時、「お父さんの方に付いて行きたい!」と思ったが、お母さんが私とお姉ちゃんに、「ミカン、レモン、あなたたちは私を裏切らないわよね。」とすがるように言われたので、私もお姉ちゃんも、「お母さんに付いて行くよ!」と答えてしまった。
ただ、その時のお母さんを見て、私は正直、「お母さんってこんなにやつれていたんだなぁ。オウカさんがお母さんだったら良かったのになぁ。」と思っていた。
そう思っていたのは私だけじゃなかったみたいで、中学3年生だったお姉ちゃんも、「女はまじめに結婚して働いていてるだけじゃダメなんだ!女は美しくなくちゃいけないんだ!」と言い始めて、大学2年生の現在、パパ活をしてパパにブランド物のバッグを買ってもらったことを自慢してきたりする。
お父さんと別れてからますます仕事に打ち込み、美から遠ざかっていくお母さんやパパ活をして人生を謳歌しているように見えるお姉ちゃんやファッション誌に載っているオウカさんの写真を見て、私は、「本命だからと言って安心することはできない!むしろ愛人のように2番手の方がこの世は得をするようになってるんだ!」ということを学んだ。だから私は絶対に1番にはならない!ずーっと誰かの愛人として生きてやる!