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普通になれない私たち

普通になれない私たち

作者: 九JACK

 ノイン・ジャック=ブラウン。ジャック=ブラウン家の長子である。男だとか女だとか、紳士だとか淑女だとか、変人だとか凡庸だとか、色々言われている。ノインの本来の姿を知る者は少ない。

 何故ならば──


「闇の奴隷商にいたなら、知っていると思うけど、亜人と呼ばれる、普通の人間じゃない異形部分を持つ人種は人々から忌み嫌われている。亜人というだけで見世物にされたり、売り飛ばされたりする世の中だ」

 湯煙に包まれながら、私は先日買った美しい奴隷の幼女に語って聞かせた。幼女というか、見た目が幼いだけで、その人生は既に私のものを超えるほどに波瀾万丈であるようだ。

 喋れない彼女は私の言葉にこくりと頷いた。

「ジャック=ブラウン家は有り体に言うと滅茶苦茶金持ちでね。貴族って偉い人だから、世間体とか気にしなくちゃならない。そんな中に亜人嗜好を持つ人間がいたら、ジャック=ブラウン家はたちまちに白い目で見られることになるだろう。まあ、つまり私がその亜人愛好家なんだけどね」

 家のことを話すのは少々面倒くさいが、話しておかないと、この子がこれから私と過ごす上で苦労することになる。礼儀作法とか、私はあんまり気にしないんだけどね、一応私ジャック=ブラウンの名前を持ったままだから、亜人愛好家であることは隠さなければならない。

「まあ、亜人愛好家って蔑まれる割には一定数いるのよね。私みたいないい家の出のやつは特に。亜人が増えていったら、どこかに国でも作れるんじゃないかな。……そんなことまで考える変わり者なのさ、私は」

 変わり者の自覚があったので、家を出ようとした。

「ただねえ……弟が阿呆なもので、まだ嫁ももらえていないんだ。それで、仕事を私に回してくるんだよ、父と母が。私がいないと家のことが回らないから、仕事を手伝ってくれって。私は幸い勉学ができたし、大抵のことは人並みにできる。読書と物書きが趣味だから、書類仕事もそんなに億劫じゃない。亜人愛好家だと迷惑がかかるから家出しようと考えるくらいの良識はある。おまけに男装趣味だ。簡単にゴシップにはならないだろうってさ」

 石鹸の泡で、幼女の紫色の髪を撫でていく。

「で、使わなくなった別荘と、ジャック=ブラウン名義の店の片隅を好きに使わせてもらっているのさ。さて、流すから目を閉じて。口も閉じるんだよ」

 幼女が目と口をぎゅっとするのを見て、私はざぱあ、とお湯を頭からかけた。少し怖かったのか、瞼が少し震えていてかわいい。

「と、手の目は……やっぱり瞼がないか。痛くない?」

 ふるふる、と目を瞑ったまま、女の子が首を横に振る。

 この女の子も亜人である。先日特別な奴隷商で買った奴隷の女の子。手の甲に真っ黒な目があるのが特徴で、声が出ない代わり、字がとても綺麗だ。

 手の甲の目も目である以上、粘膜があり、異物混入の際は違和感があったり、痛かったりするはずだ。だが、不便なことに、手の甲の目には瞼がない。ぎょろぎょろと目玉は動くのだけれど。

 口の聞けないこの子は頷くか首を横に振るかくらいでしか意思表示ができない。その上、境遇のために我慢強く育ってしまったようで、多少の痛みならないのと同じと思っているようなのだ。

 私は奴隷商でこの子を買ったけれど、決して隷属させるために買ったわけではない。亜人を探すのにいい場所が奴隷商しかなかっただけである。幸い、ジャック=ブラウンは名門貴族であるのと、私の名がある程度轟いているために、闇の奴隷商というなかなか太いところに紹介してもらえた。

 私はこの子を愛するために買った。ペットを飼うのと感覚が似ているといえばわかりやすいだろうか。私としてはそのような低俗な表現は反吐が出るのだが。

 女の子の体をお湯で流してやると、湯船に入ろう、と声をかけた。転ばないように手を添えて導く。

 この子は暗いところでの生活が長かったため、瞳孔が戻りにくくなっている。視力はあるようだが、明るい場所は苦手なようだ。

 恐る恐るといった様子で、湯船のお湯に触れる。触って、驚いて、身を引いた。

「熱かったら、まずは足からゆっくり入れていこうか。大丈夫、この湯船は広いけど深くはないから、ゆっくりね」

 私がざぷ、と先に入って女の子を導く。女の子は慎重に湯に足を入れる。

「そう。しばらく縁に腰掛けて、慣れてきたら少しずつ入っていこう。温かいお湯に浸かると、よく眠れるようになるんだ」

 すると彼女は頭上に疑問符を浮かべて、目の下を指差す。うん、かわいい。

 と、話を逸らすのは良くないか。私の目の下の隈のことを言っているのだろう。

「私もそう頻繁には入れないんだ。次期当主の弟が根性なしでね。私のところにやってくる仕事は爆速で片付けなきゃないし。今日は久々の休暇なんだよ」

 おまけに不眠症である。眠れても眠りが浅くて……早くポンコツ弟がどうにかなってくれないかな。

 私は女なので、家督の相続権は弟たちの次だ。長子じゃなかったら、もっと自由に動けたんだろうけどな。

 と、知らぬ間に溜め息が出ていたらしい。彼女から心配そうな目を向けられた。

「大丈夫、ただ、今夜は一緒に寝ようね」

 こくり、と頷きが返ってきて、私は満足した。


 寝室に向かう。寝室で寝るの久しぶりだな、と思っていると、女の子が手帳を出してきた。

『召使い様はおられないのですか?』

 風呂での話で疑問はさぞ多かったことだろう。彼女は口が聞けないから、筆談するしかない。

「私の存在は秘匿しなきゃならないからね。両親は召使い送ってこようとしたんだけど、私が断ったんだ。私の亜人趣味がどこからどうバレるかわかったもんじゃないし、ブラウン家は今、世代交代の大事な時期だ。本来なら私はこの名前を捨てていなくちゃいけない。おおっぴらに亜人を愛好したいからね」

『それで、比較的異形の少ない私をお選びに?』

「そんなわけないでしょ」

 私は女の子をぎゅう、と抱きしめ、ベッドに座る。

「天啓みたいなものかな。一目見てあなたに惹かれたから買ったの。理由は説明できない。けど、あなたを目にして、あなたに触れて、私の全身があなたに会いたかったみたいに泣いているの」

 ふわりと石鹸のいい匂いがする。首筋をすんすんするのは、まあ端から見たら変態であろう。乾かしたものの、少しまだ湿り気のある艶やかな髪が私の肌をくすぐって、なんとも言えない気持ちになる。

『ご主人様、それは悲しいのですか?』

「ううん、嬉しいの。きっと……」

 なんでこんなにこの子の存在に心を揺さぶられるのか、私にはわからない。それでも、流れる涙は止まらない。

「明日はお出かけしましょう。服は私のお古だとかわいくないし、母のお古だと古すぎるから、あなたのために買い物に出ます」

『私のために?』

「一応あなたは私、ノイン・ジャック=ブラウンの奴隷という扱いになるので。奴隷の身なりでも貴族の資質は測られるものです。それに、私があなたを粗末に扱いたくない」

 その子は少し戸惑いながらも、聞き分けよく頷いた。まあ、奴隷の経験があるから、私の肩書き的な言い分はわかるのだろう。

 ああそれと、と私は彼女の手からペンを拐って、すらすらと文字を書いた。

「藍花。これが今日からあなたの名前です」

『名前……?』

「あなたは両親に売られたと聞きますから、仮の名前としてジャック=ブラウンのブラウンの名を姓として名乗りなさい。その方が厄介なことにも巻き込まれにくくなります」

 親からも、今までの主人からも、与えられなかった彼女の名前。名前のなかった彼女の不遇もわかるが、今日まで無垢なる彼女の魂に名前がつかなかったことを私は嬉しく思う。

「藍花・ブラウン。これがあなたの名前です。覚えてくださいね」

 耳元で囁くように言うと、藍花は頷いた。

 藍は染料によく用いられる植物の名だ。美しい青を生み出すのだという。花は乙女の象徴。

 藍の花言葉は「あなた次第」……この子が自分の意思でどうなりたいか、いつか決められるように、願いを込めて。

「おやすみ、藍花」

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