酷い缶コーヒー
「貴方たちと同じ空気を吸いたくありません」
1滴
「貴方は悪くないけれど、出身がね〜。結婚は無理だわ」
1滴
「働けないのは貴方のせいでしょ。不労者が」
1滴
「出産したんだから、退社するでしょ? 女性は出産したら働けないよ」
1滴
「あ”あ”、まぢぃ」
この缶コーヒーは不味い。とても不味い。今日も日本のどこかで人が区別されて蔑視されて排除されてる。
排除された人の苦くて、不味い1滴の感情がドリップされてこの缶コーヒーに入ってくる。永遠と入ってくる。点滴みたいにぽたぽたと垂れて永遠に流れ込んでくる。コーヒーは俺の血液に混じって、全身を流れていく。腐っていく、臓器が朽ちていく。
「言葉は人を傷つけるって誰もが知ってるのに。子供ですら理解できるのに、なんで大人は理解できねーんだろうな」
皮膚が落ちて、目が垂れ下がり、歯が丸見え。体も臭くなっても、俺はコーヒーを飲み続ける。つらい。つらいけれど、誰かが受け止めないとけないんだ。
「大人ってもんは嫌だな。子供の方が素敵だ。子供の方が世界を幸せにできる。大人になればみんなビターになっちまう」
俺は缶コーヒーを飲み込み、酷い顔をする。
「どうやったら人は人を傷つけなくなるんだろうな。どこから変えればいいのかな。それを全員が考えていかないと、またどこかで。ほら、また缶コーヒーが重くなった」
飲んでも飲んでも、増えていく。増えていく。
「酷い言葉なんて要らなくねぇか? 傷つける言葉なんて要らなくねぇか? 他人を排除することがなくなったらこの世はもっと輝く気がするけどな。全員分かってるはずなんだよ。だけど、なくならねぇんだよ。なくならねぇ、なくならねぇ。俺は世界が朝焼けのように綺麗になって、流れ星のように一瞥するだけでもワクワクして、笑ってしまう世界になってほしいんだよ。この缶コーヒーを飲んでどれだけ願ったか。人間には背負えるもんは少ないって分かってんのに。沢山の人間の肩に背中に沢山のもん背負わせて、焼け野原を歩かせる。1滴の涙で全てを片付けられたらどれだけ楽になるか」
僕は缶コーヒーをまた仰ぐ。
「あ”あ”! クソまずいな! こんな不味い世界なんて消えちまえよ! 人は奇跡の連続で生きてきたんだ、奇跡で生きてんだ! その奇跡をたった一言で穢すなよ、壊すなよ……。考えれば分かるだろなぁ! お前だよお前!」
僕は青空を見上げる。透き通った青空を。
「くやしいあなぁ……! くやしいなぁ……!!」