序章
私はもうすぐ死ぬんだな。そう悟ってからもうかれこれ3年はたつが、未だに死なないのは何故だろう。今まで丈夫に生きてきたから、そう簡単に死ぬわけにはいかないという意地がどこかにあるのだろうか。確かに、いままで1度もインフルエンザにかかっていない。こんな老人になってまで、歯はすべて自分の歯。頭もたぶんボケてない。そりゃ簡単に死なないわな。
私が3年前に自分の死を悟ったのは、本能的に都会から田舎に移り住みたいと思ったからだ。いままで田舎なんて大嫌いだったのに、どうして田舎なんかに住みたいのだろうと自分で自分に驚いた。老人になると静かなところに住みたくなるというのは、本当なのだなと実感した。田舎に住んでみると、田舎は田舎で楽しい。畑で人参を作ってみたり、朝から晩まで美しい田園風景を見ながら窓辺で編み物や読書をしたり、最近は近所の中学生の美紀ちゃんと仲良くなった。私の生活はいま、とても充実していると思う。
この都会の喧騒から離れた田舎では、自分を見つめる機会が増える。あまり周りのことを考えなくていいからだ。そんな田舎に住んでいる私は、最近思うことがある。「私の人生には、いつも猫がいた。」と。人生の大事な局面や、ピンチなときにいつも猫がそばにいた気がする。「この猫だ。」といった特定の猫がいたという訳ではなく、その時々にその場にいた猫に救われていた。猫……。猫に会いたくなってきた。そう思ったらどうしてもすぐに行動にうつしたくなるのが私の習性だ。そうだ!美紀ちゃんが言っていた猫カフェというやつに行こう!美紀ちゃんはいまは学校だろうから、週末にでも誘って…。 久しぶりにウキウキした気持ちになっていると、ふいに後ろに人のようななにかの気配がした。少しの怖さが好奇心に負けて、後ろを振り返ると――――
それは、とても大きな黒猫だった。150cmの自分より2倍も3倍も大きな猫。綺麗な毛並みに、大きな美しい金色の瞳。
はじめはその大きな瞳の美しさに見惚れていたが、その瞳を見つめる度になにかを思い出した。この瞳、見覚えがあるような…。
「あなた、どこかで私と会ったことがあるわよね?」
思わずそう言うと、大きな猫は静かに瞳を閉じた。私は、自分の意識が遠のいていくのを感じた。