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ハリス視点 前編

前・中・後編で執筆予定です。

まだ書き終えていないので、時間がかかるかもしれませんがご了承ください。

 





 ハリスはごくごく平凡な顔で平民である父と母の間に生まれた一人息子である。

 ただし、父母が平凡な見た目をしていたにも関わらず、ハリス自身は醜悪な顔を持って生まれ落ちた。父母の血筋の中にハリスのような顔立ちの者もいたようなので、隔世遺伝か何かであったのかもしれない。

 母は産後体調を崩し徐々に動くことも難しくなっていき、ハリスが四歳のときに亡くなった。母と触れ合った期間は多くはなかったが、体調が悪いながらに幼くはあっても可愛いとはお世辞にも言えないハリスのことを愛してくれていたし、嫌悪感なく抱きしめてくれた。優しい母だった。

 父も生きにくさがあるであろう息子に対して憐憫の眼差しを送りはしたが、それでも父としてハリスのことを育ててくれた。平民ながらに文官の才があり下級とはいえ公的な職についていた父は稼ぎは良い方で、ハリスも食う寝るに困った生活を送ったことはなかったし、世間に疎まれる見た目ながらに幸せな環境だった、とハリスは考えている。

 そんな父も、ハリスが二十歳のときに亡くなった。ハリスは既にそのとき屋敷警備等の仕事を請け負い自身の生計を立てられるようになっていたので、四十五歳という若さで父が亡くなったというショック以外に大きく困ったことはなかった。父と母はとても仲が良かったし、本当はすぐにでも後を追いたいところをハリスの為に待ってくれたのだろうくらいに思っていた。


 そんなこんなで大きな不自由なく生活してきたハリスだが、ハリスが思う以上に世間の目というのはかなり厳しい。鎧なしに街を歩けば真っ青な顔をした令嬢に目を背けられるし、酔っぱらった男共からは醜男と罵られる。それでも、ハリスは必要以上に自分を虐げることはしなかった。それは、一人の息子として育ててくれた父と、疑いようもなく愛してくれた母のお陰であったとハリスは理解している。

 幸い自分の身の回りのことは問題なく自分で行えたし、金銭面でも困ることもなかった(どちらかと言えば平民にしては高給取りである)ハリスは殆ど何不自由なく生活が出来ていた。――性欲の処理以外は。


「自分でどうにかするしかないでしょう、私たちなんて」


 お前はどうしてるんだ、と雑談の合間に問い掛けた仕事仲間――ヨルクは、呆れたようにそう言った。他の仕事仲間にも聞いてはみたが、大体が同様の返事であった。仕事仲間の彼らは一様に皆、世間から疎まれる見た目をしていた。仕事中顔も含めて全身鎧でいられるこの護衛という仕事は、何かあったときの危険がある代わりに割とお金がもらえる仕事である。とはいえ普通の者であれば敢えて身体が資本の護衛仕事なんてしたがらないし、文官系の仕事に就きたがることが多いので、こういった職に就くのは大抵ハリスのように鎧付きの方が都合がいい男達ばかりだ。

 ハリスは護衛の仕事を嫌だと思ったことはないし、自分の身体をより醜くするのに思うところはあるものの筋トレ自体は嫌いではなかったので、今更身体が多少醜くなったとて現状とさして代わり映えしないだろうとどこか楽観的に捉えていた。勿論、そうでない――生計のために嫌々身体を鍛えねばならない――者も多かったが。


「娼館とかは行かねえの?」

「勿論行ったことはありますが、大抵娼婦なんてつきませんよ。高い娼館は事前に客の姿絵を娼婦に見せますし、そうでない娼館でも大抵直接会えばその場で断られます」

「…流石に、目の前で断られるってのはキツそうだな」


 娼館事情を話すヨルクの表情を見れば、「断られる」の詳細等語られずとも分かる。理性的に謝られるのならば良い方で、目の前で吐き気を催されるか罵られるか――ヨルクは一応貴族だから直接罵られはしないだろうが、恐らく平民のハリス相手であればそうはいかないだろう――という対応であることは推して量るべしである。

 貴族であるヨルクでさえ娼婦を買えないというのであれば、多少金額を出すしかないハリスが買わせてもらえる可能性は尚更低いだろう。どうしたもんか、と唸るハリスに、ヨルクはさらさらとメモ用紙に文字と地図を書き記した。


「……私もまだ相手が見つかっていませんが、ここの娼館は他のところよりも探そうという姿勢を見せてくれますよ」


 ヨルクから受け取ったメモを見ると、そこにはある娼館の名前と場所が記されていた。ハリスもよく通る大通りから一本外れた、夜になると賑やかになる場所の一つ。もしかしたら通ったことがあるかもしれないと思いながら、ハリスは満面の笑みでヨルクに礼を述べた。













 数日後、ハリスはヨルクに教えてもらった娼館の前に立っていた。じっと看板を見ていると、周りからの視線を感じる。ひしひしと身に刺さる視線は全てと言っても過言ではないくらい嫌悪に溢れたものだ。時折、「あの顔じゃ見つからないね」と言わんばかりの同情の視線があるような感覚がある。このような視線を向けられるのも随分と慣れた。

 ひとまずは店に入ろうと足を踏み入れると、オレンジ色の髪の女が「どうぞ」とハリスを迎え入れる。女は何の感情の起伏もなく客商売としてどうかと思う対応の一方、明らかに見目の悪いハリスに対して嫌悪も嘲笑もない態度である。あからさまに嫌そうに対応されるよりも随分とマシ――いっそ良心的と言っても良い――対応だ。

 女はハリスの名を聞いてから入り口付近にある待合室のような部屋にハリスを通すと、温かいお茶をハリスの前に置いた。ハリスが礼を言ってから口に含むと、女も目の前の席へと座る。どっこいしょ、と身体を重たそうに座るその様はどこか貫禄がある。もしかすると、この娼館の店主なのかもしれない。詳しくは聞かなかったが。


「で、娼婦を買いたいってことで良いですかねえ」

「ああ。といっても、俺じゃあ相手を探すのも難しいだろうしそんなに急がねえよ。お金は多めに出すつもりだ」

「そうですかい。そう言ってもらえると、こちらとしても気が楽で良いんですけどねえ。ウチでは娼婦の方にも客の姿絵を見せてるんで、後で描かせてもらっても?もし今日時間があるんなら、今から絵師を呼んできますが」

「今からで構わない」


 事前にヨルクから聞き及んでいた娼館のシステムに頷きながらハリスがそう答えると、女は納得したように薄らと笑みを浮かべて店の奥へと引っ込んでいった。きっと絵師とやらを呼びに行ったのだろう。

 女が戻るまで、と思いながらハリスは娼館の中をぐるりと見回した。壁に貼り付けられている女達の姿絵は、恐らくここで働く娼婦の姿絵なのだろう。美しい、可愛らしいと分類されるような女の姿絵が目立つように貼られ、ハリス同様この世界では生きにくそうだと思うような女の姿絵が申し訳程度に端に貼られている。こういったところで顔の美醜の格差が出てくるとなんとも言い難い気持ちになるが、例えこの中の誰であってもハリスを受け入れて相手をしてくれるというのであれば正直それだけで万々歳である。


「お待たせしやした」


 女が戻ると、女の後ろから案の定絵師と思われる男が居心地悪そうに着いてきていた。ハリスと同じくらいか、少し年下だろうか。すらりと細い体型をしている。びくびくとこちらを覗き見る様子はまるで(というよりも確実に)怯えているようだが、それが果たしてハリスという見目の悪い醜男を前にしているからなのか、それとも彼自身がそういう(ハリスと同じような)風貌をしているからなのかは分からない。ハリスからしてみればどちらにしろ絵師という立派な職業に就いているのだから堂々としていれば良いと思うが、そう簡単に考えられる人間ばかりであることも承知しているつもりだ。敢えて触れずによろしくと伝えれば、少し肩を揺らした男がこくりと頷いた。


「が、頑張ってかっこよく、描きますので……」


 そう言った男に、ハリスは一瞬目を見開いてから首を横に振った。そんなハリスの反応に、店主と思われる女と絵師の男が驚いたような表情を浮かべる。


「いいよ、そのまま描いてくれりゃあ。多少良く描いたところで大して変わんねえし、思ってたのと違うのが来たら相手も困るだろ」

「まあ、そうなんですがね。言っちゃ悪いが、それじゃあ相手がつかないかもしれないよ」

「それならしょうがねえからまた違う手段を考えるさ。絵姿と違って、会ってから断られる方がきついしな」

「お客さんがそう言うなら……」


 女はそう言うと、後はよろしくと言わんばかりに絵師の男の肩を軽く叩いて再び受付の方へと戻っていった。絵師の男はハリスの言葉通りハリス自身を偽ることなく、ありのままで絵姿を描いた。ハリスは改めて絵姿を確認し自分の顔の醜さに少し笑ってしまったが、まあ、これなら実際にハリスの姿を見て騙されたと言う娼婦はいないだろう。そもそも娼婦がつくかは分からないが。


 絵姿を確認し店主の女に渡した後は、どちらにしろ今日の娼婦では対応は難しいだろうとのことで所属している娼婦に後々絵姿を確認してもらい、ついてくれる娼婦が見つかれば次に来たタイミングで教えてくれるとのことであった。通いの娼婦もいなくはないが、大抵は人攫いに遭っただとか借金のカタや口減らしのために売られただとかで住処もない娼婦が多いらしい。そのため、ハリスが来たタイミングに他の客対応が入っていなければ、その場で買うことも可能なのだとか。

 説明を聞き終えたハリスは、また仕事終わりにでも来ようと娼館を後にしたのだった。









 ◇








 結論だけ言えば、ハリスを相手してくれるという娼婦は見つからなかった。現在登録している娼婦からは、ハリスの相手を務めようという猛者はいなかったようである。娼館の女店主――マルタはそれでも、新しい娼婦が来れば都度確認してくれるとのことだった。

 まあそうだよな、と客観的に結果を受け止めたハリスが他の娼館にも行ってみるかと考えを巡らせていると、マルタが「お客さんが嫌じゃなければですがね、」と口を開く。


「仮面デーでしたら、娼婦を宛がえますよ」

「仮面デー?」


 初めて聞く単語に、ハリスは首を傾げる。この娼館以外に足を踏み入れたことすらないハリスにはその言葉の意味が分からず、マルタの言葉を待つ。マルタ曰く、「客も娼婦も仮面で顔を隠して一夜を過ごす催し」らしい。

 本来は誰が相手なのかも分からずに身体を繋げる背徳感を楽しむために生まれた催し事なのだそうだが、それとは別に顔の醜悪な(ハリスのような)客の救済措置にもなっているのだという。


「それって、娼婦の子は嫌がらないのか?」


 知らぬ内に醜い男の相手をさせられて、と言外に問いかける。それを承知している娼婦しか仮面デーには参加しないんでね、と返したマルタは、「それに、これは堂々と言えたことではないんですが――…受けの良くない娼婦が唯一客を取る手段にもなってるんですよ」と事も無げに言い加えた。

 なるほど、つまり客側も娼婦側も「相手が醜悪な顔をしているかもしれない」というリスクを負いながら、参加するというわけだ。勿論、本来の意図通り知らぬ相手との行為を楽しむ客やそれを相手にしようとする娼婦もいるのだろうが。

 ハリスはその仮面デーとやらに参加することを決めた。客と娼婦の組み合わせについては、客の好み(身体つきや行為内容など)である程度マルタが組み立てるらしい。娼婦の顔や名前は知らされないが、つく娼婦によって多少の金額の前後はあるらしい。予算を聞かれたハリスは、ある程度は糸目をつけないこと、自分の相手をしてくれる娼婦には余分にチップを支払いたいことを伝え、次の来店日である仮面デー当日の日付を確認し。


 そうして、運命の日を迎えたのであった。










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