40
「あ、お母さん? うん、いま萌のとこ……分かってるって、心配しないで。じゃあね」
ピッとスマホの通話を切り、私は倉庫の窓から外を眺める。
もう日も落ちて、夕食の時間も過ぎていた。稲妻さんに言われた通り、ここで待機しているけれど、本当に夜羽は来るんだろうか……
彼とは和解したらしき花火さんが差し入れを持ってきて、そのまま居座っている。お菓子とジュースばっかりだし、しかも勝手に開けて食べてるんだけど。
「あのイケメン坊や、来ると思う?」
「来なきゃそれまでの男って事だ。
【お前の女が二股かけられたショックで相談にきた。このまま親の言いなりで婚約を受け入れるようなら、女は俺が貰う。口説き落とすまで帰さねえから、止めたきゃ勝手に来い】
ってな」
「勝手な事を……」
相談に来たのは確かだけど、二股の件とはまた別だ。夜羽だって好きでそうなったわけじゃないのに……私が口説かれるとか誤解されるのは嫌だな。
「ねえ、来れなきゃほんとに龍の女になっちゃいなよ。おっさんで低収入だけど面倒見はいいよ。イケメン君の愛人ならアタシが引き受けたげるし」
「バカ言ってんじゃねえよ」
「よ、夜羽はあげません!」
軽口を叩き合っていると、ドアがバン、と開かれ、流さんが顔を覗かせる。
「おう、虻か。どうなった?」
「いやぁ、サングラスかけてた頃よりだいぶ動きは悪かったですが、根性はあるみたいでなかなか手こずりましたよ。助っ人として付けた赤井と火山は穴倉に早々のされてましたけど。それでも、ここに辿り着くまでが限界だったみたいで」
そう言って引きずってきた物体を見て、私は悲鳴を上げた。
「夜羽!!」
夜羽が、ボロボロにされていた。これはある意味、計画通りでもある。稲妻さんは夜羽に、私の身柄を預かっていると連絡し、ここに来たければ子分たちを全員倒していけと告げた。
サングラスをかけた状態の二代目『赤眼のミシェル』であれば、楽勝な人数だったらしいけど、なければ普段の気弱で泣き虫な夜羽なのだ。それが……私のために、ここまで。
(もう、手を放してもいいかも)
臆病な夜羽がなけなしの勇気を絞り出して、来てくれたのだ。不謹慎にも、それを嬉しいと感じてしまう自分がいる。ここまで頑張ったんだから、もういいじゃない……
(あ、そうなんだ。夜羽のお母さんも、きっとそうだったんだ)
唐突に、悟ってしまった。彼女が日陰者に甘んじていた理由。きっと真理愛さんも、観司郎さんのために身を引こうとしてた。そしてそれを許さなかった観司郎さんに囲われる事も受け入れた。そのせいで夜羽の状況が拗れているんだけど、それも愛の形には違いない。
私も夜羽が好きだから……夜羽は困らせたくない。別に付き合ってなくても、これまで通り彼の事を幼馴染みとして支えてあげればいいじゃないか。もう夜羽以上に、誰かを好きになれそうもないけど。
「水ぶっかけろ」
内心で覚悟を決める私をよそに、稲妻さんは無慈悲に言い放つ。ザバーッとバケツ一杯の水を浴びせられ、起き上がった夜羽は、稲妻さんの隣にいる私を見つけて駆け寄ろうとする。
「ミトちゃん!」
「おっと、動くな」
「は、放せっ」
すぐに流さんに床に押さえ付けられ、ジタバタ抵抗しながらも稲妻さんの方を睨み付ける。
「本当に一人でのこのこ来るとはな。その度胸だけは認めてやる」
「どういう事なんですか、稲妻さん! 誰か一人にでも漏らしたら、ミトちゃんを無理矢理稲妻さんのものにするって!」
げっ、そんな事言ってたの!? 普通に親や警察に通報されるんじゃないかって思ってたけど、またベタな脅しを……
呆れた視線を投げ寄越しても、稲妻さんはどこ吹く風だった。
「落ち着け、お前の事で相談されたのは本当だ。元々はお前が情けねえのが悪いんだろうが。サングラスがなきゃ何も出来ねえのかてめえは。子供だったら親にいっぺんでも反抗してみろや」