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少年は夢を見る

 我々の住むこの世ではない世界。


 ゼルラシア大陸と言う巨大な大陸がある。

 長い歴史の中で生きることだけを目的としていた人々は、文明を築き上げて時に土地を、資源を、物を、そして人の命をも奪い合い続けてきた。

 その輪廻の果てに今、ゼルラシア大陸には2つの大国といくつかの小国が存在する。


 その大国のうちの一つ、大星国の首都、華凪市(はななぎし)

 大槻 迅(おおつき じん)は、今日からそこにある大星学院軍事学校の学徒となる。

 軍事学校に入学するにあたり、大星学院の寮に入ることとなった。

 大星学院には6年制の小等部、3年制の中等部があり、迅は小等部から大星学院に通っていたが、小等部の児童や中等部の生徒には寮生活は許可されていなかった。

 母親は6歳の時に亡くなり、父は大星国の軍人で、4年前から北方の小国との国境付近に駐在している。そのため昨日までは、父の妹、叔母の家に預けられていた。

 これまでの生活に不自由こそなかったものの、新しい生活の始まりは心が弾むものであることは否定できない。


 身支度を進めていると、不意に携帯端末の通話がかかって来た。叔母の大槻 茉里(おおつき まり)の名前がディスプレイに表示されている。迅は急いで通話を繋げた。


「はい、迅です」

「あーもしもし〜?モーニングコール、モーニングコール。ちゃんと準備してる〜?」

 間の伸びた女性の声が耳に届く。声色から察するに、今起きたばかりというところだろうか。

「うん、ありがとう茉里姉(まりねぇ)。ちゃんと起きたし、もうすぐ出られるよ」


 大槻茉里。つい先日まで迅を預かっていた迅の叔母である。貿易系会社の事務をしており、現在27歳である。迅の父大槻 賢(おおつき けん)の妹で、12も歳が離れている。

 迅が11歳の時に初めて茉里の元に預けられた際、「お世話になります、茉里()()()()」と言ったら烈火の如く怒られ、以後茉里姉と呼ぶように、と強く言いつけられたものである。


「そっかそっか、偉いねぇ迅は。あたしは今起きたとこ」

「声で分かるよ。茉里姉、今日仕事あるの?」

「今日はお休み〜。兄貴も今日くらいこっちに戻って来て息子の入学式くらい見てあげりゃいいのにさぁ」

「仕方ないよ。父さんだって忙しいんだから」

「できた息子だねぇ迅は。子供にそんなこと言わすなんて兄貴も罪な親父だよほんと。ま、迅がいいならいっか」

 気楽そうな声で話したいことを話す。茉里らしい、と迅は感じていた。彼女のその性格のおかげで、茉里と暮らしてきた4年間は迅にとって苦しいものではなかった。

 茉里のすぅ、と言う息遣いが聴こえたかと思うと、続けざまに真剣な声色で迅に語りかけてくる。

「ねえ迅、頑張ってね。困ったことがあったらいつでも連絡しておいで」

「どうしたの、急に……」

 4年間共に過ごした仲でも聞いたことのない語り口に、迅は戸惑った。いつも楽観的で、悪く言えば"テキトー"な茉里が、迅に見せる初めての顔だった。

「いや、なんかね。ちょっとおセンチになっちゃった。そりゃあ兄貴から預かれって言われた時は子供の世話なんてって思ったけどさ。今は……なんかちょっと、寂しいかなって。彼氏もいないのに子離れできないなんてさ、笑い話にもなんないね」

 自嘲気味に笑いながら話す茉里。茉里は茉里なりに自分のことを想ってくれているのだと、改めて思い知った。迅は目頭が少し熱くなるのを感じながらも、真っ直ぐに気持ちを伝えることにした。

「茉里姉……ありがとう。改めて、本当にお世話になりました。でも、今生の別れってわけじゃないし、そう遠くもないんだから。また会いに行くよ」

「ん、そんじゃ。行ってらっしゃぁい」

 また間の伸びた声に変わったかと思うと、ぷつり、と通話が切れた。照れ隠しだろうか、と少し微笑んで、迅は身支度に戻った。


 迅が軍人になりたいと周囲に伝えた時に、真っ先に反対したのは茉里だった。もっと安全な仕事でも良いんじゃないか、父親が軍人だからと言って軍人になる必要はないなど、色々なことを言われた記憶が迅にはある。

 しかし、迅の決意は揺らがなかった。

 危険な仕事であることは承知している。父親への憧憬があると言うのも否定はできない。だが、何故か「そうなる必要がある」と、直感にも近い何かが、迅を軍人になる道に歩ませているのだった。

 理屈ではなく、天啓とも言えるシンプルなこと。

 軍人になりたいと感じたから。

 それこそが、彼が軍人になりたいと感じた一番の理由である。


 大星国の軍人には、主に三つの責務がある。

 まず一つは、大星国内の治安の維持。戦時下になくとも軍が必要とされる理由となる。犯罪者の捕縛や警邏(けいら)など、国家として必要な機能である。

 二つ目として、外敵からの防衛。

 三つ目として、政府の指示を受けて敵国/敵組織への攻撃を行うこと。

 この二つは、まさに軍としての模範とも言うべきものである。大星国が大国たり得るのは、この二つの機能が他の国よりも大いに優れていたからである。アーミーマシナリーもその強さの一つである。

 10年前の戦時下では、アーミーマシナリーは開発されたばかりと言うこともあり、兵数に対して機体数が極端に少なく、限られたエリートだけが搭乗を許されていた。

 今こそ少しずつ機体数は増えてきているものの、それでもなお兵士に一機ずつと言うわけにはいかず、搭乗するためにはふるいにかけられてなお残ることのできる才能のあるものだけである。


 迅は、アーミーマシナリーのパイロットになりたいと考えている。

 当然、アーミーマシナリーを出動させるような事態にならないことこそ最も望ましいのだが、それでもいざと言う時に最も国家の力になれるというのは間違いない。幼い頃から機械が好きだったと言うのも、その憧憬に拍車をかけていた。

 狭き門を潜り抜けて、パイロットになる。

 それこそが、より具体的な迅の夢であり、目標である。


 まずは、軍事学校で成果を出し、その目標に一歩でも近づきたい。決意を新たに、両手で頬をぴしゃり、と叩いて、迅は自室を後にした。


 大星歴541年、帝国歴317年。春の月33日、迅は夢への第一歩を歩み始めた。

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