09 女王の判断
2X歳、女王です。
◇
王宮に置かれる執務室にて、女王は小さくため息をもらす。
手元にあるのは、魔王国から送られてきた親書。
悪い報せというほどではないが、女王の望んでいたものではない。
(ですが――このあたりが潮時なのかもしれませんね)
フッと息をもらし、女王は返書をしたためるべく、筆を取った。
…
数名による旅路とはいえ、遠征の距離を思えば、費用は莫大になる。
にもかかわらずアシュラムたちは、それを最低限でいいと言ったのだから、王家としては願ったり叶ったりの状況だった。
それを可能にしているのが、冒険者から引っ張ってきたスカウト職の男だということを、女王は知っている。
そして、彼が旅をやめられない理由が、同じように仲間に加わった魔術士の女性にあることも。
どちらかさえ押さえておけば、旅路に問題が生じることなく、国庫への負担も最低限で済む――はずだった。
(……だというのに、ここで追加の費用をかけさせるなんて、彼らはなにをしているのでしょう)
とはいえ、自分たちで送り込んだ勇者の支援なのだから、拒めるわけもない。
大臣たちの苦々しい顔を疎ましく思いながらも、女王はやむなく決裁し、送金せざるを得なかった。
(まさかとは思いますが、彼をパーティから追いやったのではないでしょうね)
経験不足や生活力を補うために許可した、冒険者の仲間なのだ。
逆に言えば、そうした案があることを聞いていなければ、勇者を魔王国に送り込むという方針すら、女王は採択しなかっただろう。
その彼が、もしいなくなったのだとすれば、この先の旅がうまくいくとはとても思えない。
あるいは――同行する騎士の生家を取りつぶさなければ、そこから援助をださせれば、成功の目はあっただろうか。
(……まぁ、無理でしょうね)
伯爵のパトロンはより早くに死んでおり、その煽りを受けて、伯爵家の家計はすでに火の車だったというではないか。
なにより、くだんの悪徳商人や伯爵が生きていれば、さらに多くの民たちに被害を与え、国が傾いていた可能性もある。
あれらは、つぶしておいて正解だった。
…
「いずれにせよ、すでに終わったことです――」
返書をしたため、封蠟し、女王は筆を置く。
こちらの政局は大きく荒れ、勇者の旅も滞り、これ以上の軍事行動は難しい。
そこに折よく、魔王から和平の申し入れがあったのは好都合だ。
(……いえ、そうではありませんね)
こちらの事情を把握しているからこそ、あちらも和平に舵を切ったのだ。
その老獪な手腕には、舌を巻くしかない。
(まるで為政者のお手本ですね……私が相手をするには、強大すぎましたか)
若くして即位し、いまだ未婚ですらある女王は、経験も味方も、なにもかもが不足している。
当初の予定どおり、国民の目を外に向けさせ、その隙に大きな腫瘍を摘出できた――今回は、それでよしとするほかない。
(それにしても……今後はこのような強引な手を使わず、国政を正常化しなければなりませんね)
和平が成立すれば、勇者を利用した外交の余波は、少なからず内政にも影響をおよぼすだろう。
それを乗りきれるか否か、自分の真価はそこで問われることになる。
想像するだけで頭が痛くなるが、わかっていて劇薬を使ったのは自分だ。
(彼女たち――ギフティアとは、まだまだ長い付き合いになりそうですね)
未来のことは、ひとまず意識外に放り投げ、女王は新たに筆を取る。
役目を果たした勇者たちへ、帰還命令を届けるために――。