08 ティアナを襲う悲劇
少しかなり鬱かもしれません。ご容赦ください。
※21/10/14追記
警告入ったので大幅カットしました。
◇
困窮した懐具合も改善した勇者一行だが、彼らはいまだ、辺境の小さな町に逗留していた。
理由は言うまでもない、リネアが完全に気力を失っているからだ。
「リネア、今日も出てこないわね……無理もないけど」
「ああ……だけど、無理に引きずりだすわけにもいかないからね」
アシュラムの言葉はやさしいように聞こえて、厳しいものである。
彼らがリネアに望むものは、自分の足で立ち、悲しみを乗り越え、再び魔王討伐の旅に復帰してくれることだ。
どうしても不可能ということがわかれば、無理にでも連れだし、別れを告げ、馬車に押し込んで、王都に強制送還することになるだろう。
だが、まだそのときではない。
いつまでも待つことはできないが、訃報を聞いてからの日数を考えれば、まだ判断を下すには早いタイミングである。
少なくともアシュラムは、そう考えていた。
「――ともかく、せめて彼女が顔を見せてくれるまでは、滞在しておかないとね」
そういって立ち上がる彼には、今日もギルドの仕事が入っている。
薬草摘みの実績のおかげか、少し前から簡単な討伐依頼も受注できており、資金調達は順調だった。
王家からの援助金はもちろん残っているが、さすがに彼らも学習はしており、すぐに手をつけたりはしない。
それはいざというときの備えで、少なくともリネアが戻ってくるまでは、ギリギリの生活でしのぐつもりだった。
皮肉なことに、まず文句を言いそうな彼女は、その元気すらない状態だ。
「それじゃあ、いってくるよ」
「ええ、気をつけてね」
出かける彼を見送ったティアナは、まるで夫婦のような会話だったと思いいたり、頬を熱くする。
ヒドゥンが去ってからの厳しい道中で、ティアナは幾度もアシュラムに励まされ、支えられてきた。
そんな彼に惹かれないはずもなく、慰められ、唇を重ねたこともある。
初めてキスをしたときは、ミラに申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、最近は気にならなくなっていた。
いまの彼女は――あまり口にしたくない、聖女らしからぬ仕事をしている。
それをアシュラムに伝えないのは不誠実だし、そんなミラが彼の隣にいるのは、はっきりいって好ましくないと感じていた。
自分がその分、彼に誠実に尽くそうと考えるのは、少なくともティアナにとっては自然な発想なのである。
(別に、ミラが邪魔っていうわけじゃないけど……私のほうが想っているって、彼には伝わっているのかしら……)
この感情を無理にでも擁護するなら、ヒドゥンと別れ、過酷な生活を続けたことで、ティアナの精神もギリギリまで摩耗させられていたのだろう。
その心を支える――悪くいえば依存する対象として、彼女の無意識はアシュラムを選んだのだ。
彼の心を惹きつける方法を考え、やがてティアナはポンと手を打つ。
「……そうだわ。討伐依頼なら、きっとお腹を空かせて帰ってくるわよね。今日は少しだけ、手の込んだ料理にしようかしら」
安宿は食事も出ないため、食生活は基本的に自炊である。
四人のうち、まともに料理ができるのはティアナだけであり、食費についてはある程度の裁量が与えられていた。
それを活かしてアシュラムの胃袋をつかもうと、ティアナは鼻歌まじりで財布を手にし、食材の買いだしに向かう。
その行動が、彼女にとって最大の悲劇を招くとも知らず――。
…
辺境の町というだけあり、その土地は非常に貧しかった。
しかも一行が泊まっているのは、貧しい町でも選りすぐりというべきか、最安値のボロ宿である。
そうした店ばかりが並ぶ界隈は、いうなればスラムだ。
そんな場所をか弱い女魔術士がひとり、武器も持たず無防備に、財布だけを持って歩き回るなど、明らかな自殺行為である。
その女魔術士が美しく、豊満なバストを中心にスタイルもよく、上質なローブを着た小綺麗な格好をしているとなれば、的になることは避けられない。
欲望、羨望、嫉妬、憎悪――。
様々な感情をぶつけられながら、それらにまったく頓着しないティアナは、薄汚れた路地を抜けて大通りへ向かおうとする。
それでも普段なら、アシュラムという存在が付近にいることを危惧し、そうした悲劇は招かなかっただろう。
だが、彼らは知っていた。
その男は先ほどギルドに出かけ、その依頼で町の外へ出向いていることを。
あるいは『彼』さえ残っていれば、そんなことにはならなかった。
あらゆる悪意から彼女を守り、幼いころからナイトとして傍にいた存在。
自分が傍にいられないときでも、自衛のために必要なことを教え、それを守るよう徹底して言い含めていた。
せめて、それだけでも覚えていればよかったのだが――もはやあとの祭り。
彼から離れたことが原因か、それとも、厳しくも平穏な日常を送ることで、危機感が薄れてしまったのか。
はたまた、意識的に彼の存在を頭から消し去ることで、いまのパートナーにすべてを捧げていると、自身の心を演出したかったのか。
いずれにせよ彼女は、大事な教えすらも忘れ去ってしまうという、最大の過ちを犯していた――。
…
「確か、ここを抜ければ近道なのよね――んぅっっ!?」
一瞬の出来事だった。
ほったて小屋のような薄暗い家屋から伸びた手が、ティアナの口を塞ぎ、四肢を捉え、暗がりの中へ引きずり込む。
「んぐっっ、んんんぅぅっ! んんぅぅ――っっ!」
目を見開いて暴れるも、中には複数の――おそらく男たちがいたのだろう、女の手ではなんの抵抗もできない。
四肢を押さえつけられ、目隠しと猿轡を噛まされ、開かされた脚を曲げさせられ、屈辱的な体勢をしいられる。
(なにっ……なんなのっっ!? なにがっ……誰が、いったい――いやぁぁっっ!)
ローブの裾が限界までめくられ、太ももの付け根までを晒された羞恥に、耳の先までが熱く染まった。
恥辱はそればかりではない。
別の手が刃物を手にしているのか、ローブの胸元がたやすく引き裂かれる。
「あぐっっ、んぐぅぅぅっっ! んぅっ、んむぅぅぅっっ!」
抵抗する声を響かせるティアナだったが、その身体は恐怖に強張っていた。
(いやっ、いやっっ、いやぁぁぁっっ! 助けてっ、誰かっ……誰かぁっっ!)
見開いた目に涙が浮かび、開いた口端から涎がこぼれ、表情は屈辱に染まる。
(どう、して……どうして私が、こんなっ……こんな、目にっ……ひぃっ!)
硬直し、動けなくなった哀れな獲物に、無数の獣欲が襲いかかる。
その恐怖と恥辱にまみれた時間は、永遠にも思えるほどに長く続き、繰り返され、ティアナは身も心も尊厳も、ズタズタに引き裂かれた――。